屋根裏の監視者
俺がこの世界に転生して、5年が経った。俺は5歳になり、毎日のように貴族と面会するようになった。
彼らの多くが、同じ年頃の娘を紹介してくる。つまり妃候補にってことなんだろうけど、そんなもの俺に決定権がある訳がない。
ちなみに、貴族のほとんどが男性だった。やはりこの世界でも、男尊女卑の考え方が強いのかもしれない。
だが何人か、女性ながら貴族として爵位を持っている人もいた。そして彼女らは皆、魔法の才に優れているらしい。
どうやらこの世界における貴族とは、元々「魔法使い」の家系のようだ。これは貴族の発生原理を考えれば納得がいく。
地球では、貴族とは元々、戦士階級だった。
そしてこの世界において、魔法が使えるということは「戦える」ということである。ならば戦士階級は、そのほとんどが魔法使いだったはずだ。その結果、現在の貴族も多くが魔法使いであるということだろう。
ということは恐らく、魔法使いとしての才能は遺伝するのだろう。
男尊女卑の考え方よりもむしろ、魔法使い至上主義の考え方の方が優先されているのかもしれない。
参ったな。魔法が使えることは隠しておくつもりだったのだが……「魔法が使えなければ貴族に非ず」みたいな考え方だと、却って排斥されてしまうかもしれない。
この辺は慎重に見極めなければ。
ちなみに女の子たちは、あまり俺のことを好意的に見てくれません。その理由は簡単。俺の体型がぽっちゃりだから。
そりゃほとんど運動させてもらえないし、食事は大量に摂らされるからな。しかも脂っこいものと甘いものばかり。太るのも当たり前だ。
けどまぁ、これに関して最悪このままでいい。せいぜい侮って油断してくれ。
……別に女の子に嫌悪の目で見られて、いじけている訳ではない。無いったら無い。
***
貴族と会って、食事をして、宰相や式部卿の発言を肯定して、そしてこっそりと魔法の練習する。そんな毎日だ。
つまり俺の楽しみは魔法の練習だけということだ。
……食事? 冷めた脂っこい料理が旨いとでも?
いや、確かに毒味が無いと怖くて食べられないけどな。この立場って。
まぁそんな訳で、魔法の練習はかなり進んでいる。
熱はかなり自在に操れるし、物体の遠隔操作もかなり細かくできるようになった。
そして新しい魔法も色々覚えた。
その中でも、「目に見えない防壁を作る魔法」や「治癒魔法」など、脱走した後のことを考え、使えそうな魔法を重点的に開発している。あとは、寝ずの番を強制的に眠らせる為に「睡眠の魔法」も使えるようになった。
この辺の魔法は引っかかることなく上手くできた。
だが、相変わらず水を作る魔法や風を作る魔法は苦手だ。
魔法はイメージが出来なければ発動しない。だが、中途半端に「知っている」と却って上手くいかない。
「ゲームやアニメではこんな感じだった」というざっくりとしたイメージの方が上手くいったりする。
まぁ、水を作るのも風を作るのも、出来ない訳では無い。非効率的だがな。
今はそれで満足している。
それに対して、全く成功する気配がない魔法は大きく分けて3つ。
「時間」「空間」「死」に関する魔法だ。
この辺はどんなイメージを持っても成功しない。
……あまり規則がないと思っていた魔法だが、もしかするとちゃんとした法則や限界があるのかもしれない。
……ここから脱走したらそれを研究するってのもアリだな。
そんなことを考えていた俺は、今思えば油断していたのかもしれない。
***
それはいつものように寝ずの番を眠らせ、ベッドの中で魔法の訓練をしていた時の事だった。
俺は今まで使ったことの無い、「探知」の魔法をやってみようと思った。
ここから逃げ出すなら、衛兵たちを探知できた方がいいだろう。また、可能ならば壁越しでも探知できるとベストだ。
初めに考えついたのは魔力で作った超音波を飛ばすこと。だが、屋内にかけられた「魔力の固定化」に阻まれ、中々上手くいかない。
そこで俺は、全方位に微弱な「吸熱」の魔法を放つことにした。
周囲より高温の場所からは多く吸熱でき、あまり差がなければ少ししか吸熱できない。あとは、この結果を脳内で三次元的に組み立てれば、おおよそ周囲の「体温を含めた高温の場所」がわかるという訳だ。これならば「魔力固定化」の問題も、行きは魔力を注ぎ続けることで、帰りは魔力ではなく熱エネルギーであることで、解決する。
何より、「吸熱」の魔法を放つ先を「壁の向こう」にすれば、壁越しの索敵も可能になる。
ちなみに、「脳内で3次元的に組み立てる」が一番難しく、何度も失敗を繰り返した。
だが、それも繰り返すうちに慣れていく。そして扉の外にいる二人の衛兵の姿を完全に捉えることが出来た。魔法は成功。完全に習得したと言っていいだろう。
そして同時に気づいてしまった。
何者かが天井の裏にいる。
俺は上げそうになった声を必死に押えた。身体中の熱が失われていく気がする。
二階はない建物だ。つまり何者かがいる場所は天井裏ということになる。
暗殺者か、監視かは分からない。どっちにしろかなり不味い。
暗殺者だった場合に備えていつでも防壁を張れるように準備する。徐々に冷や汗が垂れてきた。
監視だった場合は尚更不味い。いつからそこにいるのか分からないが、俺は毎日のように魔法の練習をしていた。
今までもずっとそこにいたなら、その主人に俺が魔法を屋内で使えることが伝わっている……
今まで、俺以外に屋内で魔法を使う者を見たことがない。もし、屋内で魔法を使える人間がほとんどいないのだとしたら、つまり俺は希少な能力を持っているということになる。
人はそれを有能と呼ぶ。
……不味い不味い不味い!! 無能を演じていた事がバレた? 消されるかもしれない……いっそ先制的に殺すか? だがそれで状況が好転するとは思えない……
いったいどうすればいい……
結局俺はその日、一睡もすることなく朝を迎えた。
***
翌日も、やはり天井裏にいた。その次の日も。
その間、俺は一睡も出来なかった。どうやら何者かは、監視しているだけの気がする。だが、その主の目的が分からない以上、暗殺の可能性も捨てきれない。
そんな緊張感と恐怖、そして寝不足。
体調を崩すのも当然というものだ。
天井裏の存在に気づいてから三日目の朝食の時間。
俺は食事を戻してしまい、そしてそのまま気絶した。
目を覚ますと、周囲には医者らしき人間が何人もいた。
どうやら毒を盛られたと判断していたらしい。
このままだと、誰かが責任を取って殺されるのかもしれない。
味に異変はなかったか、変わった匂いはしなかったかと聞かれ、その全てを否定していく。
最後に、前日から調子が悪かったことを伝え、どうやら体調不良と判断されたらしい。
俺を取り囲んでいた大人たちの張り詰めていた空気が弛緩する。俺もホッとした。
その後、睡眠欲には勝てず、俺は再び眠りについた。
結局、天井裏の存在は何の行動も起こさなかった。
あと、天井裏にいる人間は毎日別の人物のようだ。熱感知の魔法で見たところ、体格が違うような気がする。もっとも、些細な違いだから本当のところは分からない。
そして宰相や式部卿は俺が魔法を使えることを未だ知らないようだ。侍女たちも気づいていないだろう。
俺はもう、諦めることにした。よくよく考えれば、俺以上に魔法が使える人物を暗殺者にすれば俺はあっさりと殺されてしまうのだ。
その時はその時。諦めることにする。
ちなみに、表向きも「毒」という存在を知った俺は、それから食事量を減らしても怪しまれることはなかった。
こうして俺は標準体型に戻ることに成功したのだった。