大公同盟(1)
謝罪、言い訳、宣伝等々は活動報告に書きます。
ここでは一言だけ。お待たせいたしました。
結局、シャルル・ド・アキカールについては保留とすることにした。実際、彼を生かすメリットはいくつかある。反乱の予兆を掴みやすいのは勿論、彼自身が法に詳しいことも生かしておきたい理由である。
この世界、この時代では当たり前な『慣習法』を、俺はどこかで明文化し法典としてまとめたいと思っているからな。彼が恭順するつもりなら、その才覚を利用しない手はない。
そして何より、俺は既に親戚である宰相・式部卿を粛清し、これから彼らの血族も潰す。そうなれば皇族はほとんど残らない……それでは、また貴族の権力が強大になりかねないだろう。
今は協力的なワルン公が、いつ第二のラウル公になるか分からないし。
結局、重要なのはバランスなのだ。彼が力を持ちすぎない為にも、残しておく価値はある。
まぁ表に出してはいないだけで、俺に対し深い怨恨を抱えている可能性だってある。時間をかけて判断したい。
***
それから数日、俺は周辺国の外交官の相手や商人の相手を続けた。
外交官の方は、どこも挨拶に来て、軽く探りだけ入れて帰っていく。どうやら大抵の国はこの内乱を中立の立場で終わらせるつもりらしい。
どこの国もこの内乱が長引くと考えているようだ。帝国が内乱で弱体化したタイミングで美味しいところを頂く……そんな風に考えているのだろう。
ただ、イレール・フェシュネールの身柄引き渡しを要求したテアーナベ連合については、この挨拶すらもなく、一切の交流を断たれてしまった。
……どうやら、イレールの身柄確保に失敗したらしい。それどころか、乗っ取ろうとした黄金羊商会に手痛い反撃を食らったようだ。
ということは……あと数日で黄金羊商会から接触があるかもしれない。
次に商人の方だが、こちらは順調だ。まず、宰相派・摂政派だった商人の中から、こちら側……いわゆる「皇帝派」につく者が現れ始めたのである。
その多くが帝都を本拠地に構える商人だった。どんな裏があることか……と思ったのだが、どうやら「彼らが」というより、彼らの取引先である「職人たちが」俺を支持してくれているらしい。
帝都に駐留しているワルン公軍のお陰で、即位式の後も治安は安定している。そのお陰か、帝都に住んでいる平民階級からの支持は得られており、彼らと取引している商人らも追従した形だ。
そんな支持を表明した商人たちには、さっそく借金をすることにした。まぁ、帝国は財政破綻していると言ってもいい現状であり、その方面での信用は全くないため、大した額は借りられないのだが。
だが少額とはいえ、いくつもの商人から借りていけばそれなりのまとまった額になる。
なにせ、元から借金まみれなのだ。多少増えたところで気にならない。
……ニュンバル伯の心労? 知らんなぁ。
その他の商人、つまり依然としてラウル・アキカールを支持する商人たちについては、以前認めた「罰金の立替」は未だに進展がない。どうやらお伺いを立てている段階のようだ。
だがそれとは別に、ラウル・アキカール両公爵の傘下にいた子爵以下の小貴族たち……帝都にて軟禁状態(簡単に脱走可能だが)にしていた下級貴族らについて、一部を開放する代わりに、保釈金を支払ってもらうことにしたのだ。むしろこっちの方が良い金策になっている。
この下級貴族たちを裁くことは現実的ではない。あまりにも数が多すぎる。いつか減らそうとは思っているが、今やるのは現実的ではないからな。
それと、建前上では保釈金という形になっているが、まぁ実際は身代金である。そのため「皇帝派」ではない商人たちは『身代金』という言葉を使ってくる。
だが帝国の立場としては、まず彼らは帝国貴族であり、そもそも「敵」ではない。この世界において、敵国の貴族を捕虜とし、解放する代わりに身代金を要求するというのはごく当然のように行われていることだが、それに当てはめてしまうと、そもそも帝国の法で彼らを裁く「権利」すらなくなってしまう。
彼らは「帝国の貴族」であってはじめて「帝国の君主」である皇帝に従う義務が発生するのだ。慣習法とはつまり「従い方」でしかない。
にもかかわらず、しきりに「身代金」という言葉を使ってくるあたり、気の抜けない相手だ。その表現を認めてしまうと、俺が彼らを「敵」として扱ったことになるからな。
帝国の立場から見た彼らは、反乱やその他の「法に違反する行為」をしたかどうか調査中の身。法を犯した「犯罪者」の立場ではない。
だからこそ、命懸けならば逃亡が可能な軟禁状況でも、彼らは逃亡していないのだが。逃げた方が疚しいことあると言ってるようなものだからな。
むしろ人手不足で皇帝に頼られるのを待ってる者すらいるかもしれない。信用できないから今は様子見だが。
こうして商人に解放された彼らは敵に回るだろう。しかし解放するのは一部の人間のみであり、たとえ彼らが敵に回ったとしても、この内乱の『情勢』に影響は与えないと思う。
というのも、当初の予想では即位式の際、帝都に居なかった大貴族(侯爵・伯爵ら)は、すぐにアキカールやラウルの反乱軍に合流すると見ていたのだが、現在に至るまで彼らが動かないのだ。
そして帝都にて拘束している大貴族の領地では、皇帝派について成り上がろうとする分家や、兄弟での跡目争いが多発しており、どこも混乱しているようだ。
旧宰相派、摂政派がそれぞれ、派閥内での連携が取れていない今、むしろチャムノ伯に押し付けた傭兵が支払い不履行で野盗化する方が厄介である。
という訳で、この借金と釈放金で稼いだ金は彼らへの支払いに充てるつもりだ。国内でしか機能しないようなラウル金貨とアキカール銀貨での支払いになるだろうが……まぁ、無いよりはマシだろう。少なくとも「支払う気はある」というアピールになるはずだ。
それと、この金策については副次的な効果もあった。商人らに保釈金を求める流れの中で、軟禁中の下級貴族の中になんと「そもそも貴族でない者」が混ざっていることが判明したのだ。
どういうことかと言うと、六代皇帝の時代に行われた「売官政策」の際、貴族の爵位(主に騎士号だったが)を金で買った者が大量にいた。問題はこの爵位、元は「一代限り」のはずだったのだが、それを知っていてか知らずにか「親の爵位を継いだ」として貴族を名乗る人間がかなりいることが判明したのだ。
日本の戦国時代などでも、たしか武家が朝廷に献金し、官位を受け賜わったことがあった。この時も、やがて朝廷から任命されていないのに官位を僭称する武士が増えたという。
この世界では特に貴族と平民で身分がはっきりと分かれている。そりゃ貴族を名乗れるなら名乗りたいだろうな。
そもそも、帝国の伝統的な「騎士」が一代限りの身分なのだから、売官が横行した『帝国騎士』の身分も一代限りであるというのは、高位貴族にとっては当たり前のことだ。だが、平民の中にはそれを知らないものを大勢いるだろう。本来、自分が貴族を名乗れないと分かっていてやっている連中もいれば、中には本気で自分が騎士の身分にあると思い込んでいる奴もいそうである。
そんな彼らをリスト化できたのは極めて大きい。何事も「不明」が一番面倒で恐ろしいからな。
こうして分かった「貴族モドキ」に対しては当然、商人も金を出さない。
そんな見捨てられた彼らだが、何かしらには使えそうである。正直、このまま解放して貴族として活動されるのもまた混乱の元になりかねないしな。
軟禁状態から逃亡した連中? 彼らについては内乱が終わり次第、申し訳ないが見せしめとして滅んでもらう予定だ。これまでは皇帝の命令に従わなくても宰相たちが守ってくれたかもしれない。だがこれからは違うということを示さなくてはならない。
逆に、今回解放した下級貴族たちについては、敵に回ったとしても滅ぼしたりはしないつもりだ。彼らは皇帝である俺の命令に従ったし、そしてアキカールやラウルの命令にも従う。ほとんど力を持たない彼らに、これに逆らう選択肢は無いのだから。
***
ここ数日の主な仕事はそればかりである。
今日もまた商人との謁見が終わり、またまた次の商人……かと思った時、代わりに入って来たのはヴォデッド宮中伯だった。
「陛下、ラウル・アキカールの反乱軍について、新たな動きがありました」
宮中伯と入れ替わりで、ティモナが謁見を予定していた商人を帰すのだろう、部屋を出ていった。
ついに局面が動くようだ。
「何があった?」
「ジグムント・ドゥ・ヴァン=ラウル、及びアウグスト・ド・アキカールの両名が帝国からの独立を宣言。さらに両勢力は攻守同盟を結んだようです」
攻守同盟……つまり不戦や不可侵の同盟ではなく、共同して帝国と戦うための、軍事同盟だ。
「諸侯を集めてくれ。詳細もそこで聞く」
勝てそうな戦いが、勝てる戦いになった。
この先も不定期更新が続くかもしれません。詳細は活動報告を見て頂けると幸いです。
重大発表もあります。