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陸の方針



 まずは現状の説明をする。


 挙兵したラウル公とアキカール公だが、彼らは直ぐに帝都に向けて進軍してくる……なんてことはない。両者共、兵を集めたり補給を整えたり、あるいは『引き継ぎ』に奔走している段階だ。


 本来、権力の譲渡は段階的に行われる。それが突然行われた場合、積み上げてきた物全てを失う事だってある……(まさ)しく、俺のように。父と祖父が死に、『皇帝』が突如として俺に回ってきた為、それまでの多くの権限や家臣は俺に引き継がれなかった。前皇太子ジャンの家臣の多くは、俺ではなくワルン公の下で働いていた。主君を失った彼らが、その腹心だったワルン公に従うのは必然だ。

 即位式での粛清により、同じことがラウル公爵家・アキカール公爵家で起きている。まぁ、俺とは違ってある程度の権力は持ったところからのスタートだが。しかし急激な変化は大きな反発を生む。その内側は存外脆いはずだ。


 あるいは、常備軍として大量の私兵を抱えていたラウル公なら掌握できた軍だけでも帝都に向ける……なんてことも可能だったかもしれない。だが彼らは現在、ゴティロワ族によって東部辺境に釘付けにされている。



「現状、彼は動けないが我々は動くことが可能だ。すなわち、選択権は我々にある。東から叩くべきか、西から叩くべきか。卿らの意見を求める」

 挙兵した両軍を、同時並行で叩くという選択肢はない。防衛や陽動のために軍を分けることはあっても、主力は一箇所に集めて運用したい。


 ちなみに、正確には今の行動方針というより、「次」の行動方針だ。「今」の我々の行動は帝国南部を完全な支配下に置くこと。その為にブンラ伯領で工作を行っている。

 あとはドズラン侯……親と兄を討ち、実権を握ったアンセルムが我々に従うかだな。既に、帝都に招集する使者は出している。もし従わないならば、まずはドズラン侯領を叩くところからはじまる事になる。



「では陛下、帝国の財政を知る者としての考えを話させて頂きます」

 まず話し始めたのは財務卿、ニュンバル伯だった。


「現在、帝国の民はあらゆる物資が不足しておりますが、食料には比較的余裕が御座います。まずは西のアキカールを叩き、港を確保した上で交易を行い、外貨を得るべきかと」

 帝国は陸で隣接する国も多い。だがその大半は帝国を敵国として視ていたり、あまり親密な関係ではなかったりする。彼らと陸路で貿易しても、せいぜい買い叩かれて終わるだろう。だから本格的に交易をするのであれば、海を抑えることは必須である。財務卿らしい、経済的な視点での意見だった。


「……軍を率いる者としては、東から平定すべきかと」

 次に意見を述べたのはワルン公だった。

「アキカールを叩く場合、旧アキカール王国貴族による強固な抵抗が予想されます。ああいった連中は厄介です。しかしラウルは同じブングダルト人。戦闘での勝利を重ねさえできれば、平定は比較的容易かと」

 アキカール貴族か……そういえばワルン公は、南方三国との戦争でゲリラに悩まされたことがあったらしい。実体験からの意見のようだ。


「ワルン公に同じく、東から叩くべきと考えます」

 ワルン公に続き、東を優先すべきと言ったのはラミテッド侯、ファビオだった。

「精強で知られるラウル軍、これを会戦で撃破できれば『帝国強し』と印象づけられます。占領まで軍を進めるかは別として、ゴティロワ族への援護も兼ね、一度ラウル軍にはこちらから仕掛けるべきかと」


 確かに、一度の勝利は多くの利益をもたらす。

「卿らの意見、どれも吟味するに値するものだ……」

 だが……軍事的脅威と経済的な利益のどちらかを優先するというのであれば、俺は前者を選びたい。


「しかし、今は一日思慮に耽ける時間など無い……よし、まずは東のラウル公から叩こう」

 何より、いくらゴティロワ族が山岳での戦闘が得意だからと言って、消耗が無い訳ではない。彼らに負担を強い過ぎると、今後の関係に影響しかねない。


「黄金羊商会がこちらの提案を受け入れたとして、実際に利用できるようになるまでは暫くかかるだろう。西の挟撃……黄金羊商会()我々()による挟撃はまだ成立しない。だが東は今なら挟撃が成立するが、ゴティロワ族が消耗し撤退すれば成立しなくなる。好機は今しかない」

 ……それと、これは権威に関わることだから諸侯には言っていないが、アキカールに対しては分断させる手札がある。その為にアキカール公の遺体には厳重に防腐処理(それ用の魔法があるらしい)を掛けさせている。



「だが西を捨てる訳にもいかぬ。故にチャムノ伯、卿には傭兵らを引き連れ自領に戻って欲しい」

 そう、東を優先すると言った場合、周辺を摂政派に囲われたチャムノ伯領は見捨てられることになる。ニュンバル伯が西を優先するべきと言ったのは、そこに配慮した部分もあるかもしれない。


「陛下、お心遣いには感謝致しますが……その必要は御座いません」

 案の定、チャムノ伯が強く否定した。たぶん、自領を見捨ててでも忠誠心を示す、とか考えてるんだろうな。

「無論、卿に遠慮した訳では無いのだ、チャムノ伯。もし黄金羊商会が我々の提案を承諾した場合、テアーナベ連合の港は彼らの活動拠点として使えなくなる。その時に備え、チャムノ伯領の港を確保しておきたいのだ」

 あとはまぁ、チャムノ伯領を失った場合、チャムノ伯は良くともその配下の士気が下がるだろう。それで皇帝に対し叛意を抱かれても困る。


「それともう一つ。今、ラウル公領はゴティロワ族が東から圧迫することで、我らに挟撃の機会が巡ってきている。チャムノ伯には同じく、西からアキカール公領を圧迫してもらいたいのだ」

「そういうことであれば、しかと承りました」

 ……もう一つ、傭兵を押しつけるって本音もあるんだが。

 帝都周辺で解散させた場合、そのまま野盗としてその辺で暴れられかねない。あとはラウル公かアキカール公と再契約される可能性もある。


 彼らも貴重な兵力ではある。だが武器の確保さえできれば、徴兵によって兵力は維持できるからな。もちろん、傭兵と徴兵した兵では、圧倒的に傭兵の方が強いだろう。徴兵された兵など、少しでも不利と感じたなら逃亡する。

 だが彼らは裏切らない。その判断をするのは指揮官(貴族)であって、(民衆)では無いからな。それに対し、傭兵は裏切る可能性がある。それは彼らの指揮官がこちら側の人間ではなく、あくまでその傭兵団の長などだからだ。


 今回は、逃げられるよりも裏切られる方が不利になると判断した。何より……傭兵団は一つではなく、それぞれの連携を取るのは非常に難しい。そんな傭兵の軍勢では、訓練されたラウル軍には勝てない。

 言ってしまえば、平地で正面から戦えば傭兵だろうが徴兵した兵だろうがラウル軍には勝てないのだ。


 当然だが俺は、そんな状態で戦うつもりなど一切無い。徴兵した兵で勝てる戦場を「作る」つもりだ。そこで必要なのは裏切らない兵……不確定要素である傭兵は「邪魔」なのだ。


「彼らに支払う代金も心配するな。しっかりと確保する。卿にはそれが用意でき次第、出陣してもらう」

 代金の話をした途端、ニュンバル伯の眉間に深々としわが寄った。金策についても目途が立っているから、そんな顔しないで欲しい。


「お待ちください陛下」

 だがその声はニュンバル伯のものではなかった。ワルン公だ。

「どうした、ワルン公」

 何か不満でもあるのだろうか。


「彼らへの報酬は、彼らに持たせるべきでは御座いません。必要最低限の分だけを渡し、軍を割いてでも我らが輸送するべきです」

 ……なるほど。目の前に金があれば持って逃げる可能性もあるのか。

 大規模な傭兵団や諸国から常に求められるような「有名」な傭兵団であれば、そんな「次の仕事」に響くような行為はしない。だが傭兵団を名乗っているだけの元野盗など「次の仕事」を意識していない連中ならばやりかねない。

 ……完全に頭から抜けていた。非常に助かる。

「なるほど、良い指摘だ。感謝するぞワルン公」

「いえ。陛下の御言葉、遮ってしまい申し訳ありません」

「では追加報酬については我らが責任持って送り届ける。チャムノ伯、卿にはすみやかに出陣してもらう」

「ははっ」


 これで軍事面での方針は一先ず良いだろう。あとは……外交についてだな。


「最後にもう一つ、周辺諸国についてだ」

 間違いなく、彼らはこの内乱に介入しようとするだろう。それが直接的か、あるいは間接的かは別として。


「余としては、同盟国以外に介入させるつもりは無い。敵としては勿論、味方としてもだ」

 敵に回られると厄介。だが味方にして「借り」を作らせるのはもっと厄介。それを完璧に防ぐのは相当な負担になる。

「よって暫くは、余が外務卿の位に就き、直接交渉するものとする」

「陛下が御身自ら!?」

 ニュンバル伯が声を上げ、ワルン公やチャムノ伯も同様に驚いている。いや、ファビオも驚いているな。唯一反応が無いのはヴォデッド宮中伯……というかこの男、軍の話題になってからは一度も言葉を発していない。自分の専門外と判断して余計な口出しを控える……流石と言うべきだろうな。


「そうだ。法の上では皇帝が兼ねても問題ないはずだ」

「しかし前代未聞のことです。元帥を兼ねる方はいらっしゃいましたが……」

 まぁ、君主として戦場に立つのは確かに派手だからな。目立ちたがりが多いんだろう。そう考えると外務卿は地味に見えるかもな。

 個人的には皇帝権の中に軍事指揮権含まれてるんだから、元帥兼ねる方が無駄だと思うんだけど。


「無論、一時的な措置だ。余が周辺諸国との交渉に直接関わることで、意欲的であると諸国に示す」

 まぁ、単純に人手不足だ。これで誰かに任せて、激務の結果健康が悪化するなんてことの方が困る。


「場合によっては、彼らに対し下手に出ることも、弱気な交渉を行うこともあるだろう……だがそれらは全て、内乱終結までの時間稼ぎである。余は彼らと協定を結ぶ気など一切無い。そのことだけは心に留めておいてもらおう」

 ……また弱者や弱腰の演技だ。そしてそれを見て失望されたり叛意を抱かれたりしても困るからな。事前に言っておく必要があった。


「本日の会議は以上とする。有意義なものであった」

 こうして直近の、大まかな活動方針は共有できただろう。


 ……あとは帰還させる諸侯がどこにつくかで、方針はその都度微調整が必要だろうけど。



読んで下さりありがとうございます。ブックマーク登録、高評価も感謝です。


皆様の感想、全て目を通させて頂いております。ありがとうございます。時間はかかると思いますが、皆様のご意見を元に改善していきたいと思います。

誤字報告助かります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう次の展開への溜めの回も良いです。 さて思惑通りに事が進むのかどうか [一言] ラウル公やアキカール公の後継がどんな人物かまだ見えてこないのが気なります。 こういう時有能な在野の人物…
[良い点] 今後の展開が気になります。 [気になる点] 誤字報告 卿にはそれが容易でき次第、 「用意」ではないでしょうか? [一言] 続きを楽しみにしています。
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