海の方針
すみません。遅れました。
「裁判は以上だが、諸侯には残って欲しい」
聖職者二人が部屋を辞すると、俺は居並ぶ諸侯に向けて言った。
「次に、会議を行いたいと思う」
「会議……にございますか?」
ニュンバル伯が戸惑い気味の声をあげる。無理もないだろう。先帝の治世をざっと調べたが、貴族に意見を求めることはあっても、意見を出し合い話す場など無かったようだしな。
「そうだ。いずれは前ギオルス朝時代の『賢人会議』を復活させたいと思っている」
賢人会議は前ギオルス朝ロタール帝国の時代に存在した諮問会議だ。皇帝が大貴族と皇族を招集し、政策に関する意見を募った。
それは後ギオルス朝の時代には一度も開かれなかった。詳しくは省くが、「帝国衰退の原因」と考えたらしい。だが俺はこの「賢人会議」自体は悪くなかったと考えている。とはいえ、ただ復活させるだけでは二の舞になる。対策が必須だ。
「だがそれはいずれの話だ。此度は余が卿らの意見を欲し、この場を設けさせてもらった。裁判とは違い、積極的な発言を求める」
「はっ」
「まずは行方不明となっていた『先帝の私財』……それを奪った犯人についてだ」
先帝の私財が消えた件について、ヴォデッド宮中伯は調査を続けていた。
先帝の死後、式部卿により「侍従財務官」という役職が新設され、ディンカ伯サリムがこれに任命された。財務に関する新設された役職など、あからさまに怪しい。実際、宮中伯もこの男を最も疑っていた。
ところが即位式の後、拘束された彼やその周囲を調べたところ、この件に全く関わっていないことが分かった。どうやら「侍従財務官」は名目上の仕事であり、一切役割も無く、何も知らなかったようだ。とはいえ、完全に「白」とする証拠も無いので裁判保留のまま拘束しているが。
手がかりはむしろ、書記長官によって隠蔽されていた書類の中から見つかった。そこには皇太子が亡くなった直後、先代皇帝の私財がある人物に渡ったという記録だったのだ。その人物は……
「イレール・フェシュネール……黄金羊商会の頭目にして『テアーナベ連合』を裏で操っていると見られる女だ。ヴォデッド宮中伯、説明を」
「かしこまりました、陛下」
イレール・フェシュネール。帝国でも有数の豪商の娘として生まれ、15歳の時に父を追い出し、彼の商会「白羊会」を乗っ取る。その後、僅か5年で先帝の「御用達」となった。その際、「黄金羊」に商会の名を改め、帝国最大規模の商会となった。しかし、先帝が暗殺された後は行方不明となっていた。
「摂政派が残した貿易船の記録の中に、ラミテッド侯が調査した『黄金羊商会のものと思われる偽装船』と同じものがいくつも見つかりました。どうやら、先帝が亡くなられた後も暫くは帝国領内の港を利用していたようです」
「だが連中は、多額の関税や高額な港湾使用料を徴収する前アキカール公爵の影響下にあることを嫌い、自分の都合の良い港を得ようとした」
帝国の海岸線をほとんど影響下に置いている摂政派は、港の使用料や関税によって莫大な利益を得ている。前ラウル公が軍事力によって宰相の座に就き、派閥を拡大させたのに対し、前アキカール公はこの「経済力」で派閥を増やした。
その結果、港を欲しがった前ラウル公によってヴェラ=シルヴィは利用され、チャムノ伯領の港は「宰相派唯一の港」となったのだ。ちなみにチャムノ伯領の港は宰相派の影響下にあった商人によって「過密」状態であり、黄金羊商会は入る事すらできなかったものと思われる。
「そこで彼女は『テアーナベ地方』に目を付けました。独立以前はこの地も摂政派の影響を受けていたようですが、彼女は資金を調達し、焚きつけ、中立派と目されていたこの地の諸侯に挙兵させました」
「それがテアーナベ連合……ですか」
チャムノ伯の呟きに俺は頷く。
「宰相派、摂政派共にこれを討伐しようとするも、結果は卿らも知っての通り惨敗であった」
商会として「大陸間交易」を可能とする大型船舶を複数保持し、東方大陸で「嗜好品」と言われる砂糖などを売りさばき、膨大な利益を上げていると考えられるこの商会は、現在もテアーナベ連合を裏で操っていると見られている。
「黄金羊商会頭目、イレール・フェシュネール。先帝の私財を盗んだというのが事実ならば、帝国の威信にかけてでも捕えねばならぬ」
「しかし陛下、その証拠は本当に信用できるのでしょうか」
ワルン公が疑問の声をあげた。
「我が領地にも『黄金羊』の間者が紛れ込んでいるとお聞きいたしました。そのような連中が、はたして証拠を残しておくでしょうか」
「卿の指摘はもっともだ。余も隠蔽された跡が無いことには疑問を抱く。しかし『行方不明』になった理由が先帝の私財を持って逃走した為だとすれば、辻褄が合うのも事実」
そこから考えられる可能性は二つ。犯人は別に存在し『黄金羊』に擦り付けようとしているか、わざと見つかるように残していたのか。
「それを確認するためにも、余はイレール・フェシュネールの手配書を出そうと思っている」
前者の場合は無視されるだろう。だが後者の場合は……案外素直に応じるのではないだろうか。
「手配書ですか……しかしテアーナベ連合は帝国の敵とも言えます。はたして効果がありますか」
ファビオの言いたいことも分かる。手配したところで、相手はテアーナベ連合にいる。帝国とテアーナベ連合が対立する限り、その手配書は無視されてもおかしくない。
「だが他に有意義な方法も無いのだ……内乱を平定した後なら、本腰を入れて戦えばテアーナベ連合も潰せるだろう。しかしその場合、黄金羊商会は船で逃走できる。結局イレール・フェシュネールを捕えることはできぬであろう」
帝国にまともな海軍がいれば海上封鎖も可能だったかもしれない。だが長年、帝国の海はアキカール公が牛耳って来た。その海軍すら、黄金羊商会が保有していると見られる大型船団に勝てるかは怪しい。
「しかし連中の本拠地がテアーナベ連合なのであれば、そこを叩くことは無駄とも言い切れないかと」
ワルン公の軍人としての意見に、俺は首を横に振った。
「損害を与えたところで、黄金羊商会が敵に回るだけだ。何より、連中は先帝の御用商人の頃から異大陸の嗜好品を仕入れていた……つまり、テアーナベ連合を独立させる以前から中央大陸や南方大陸に拠点があったということだ」
俺の言葉に、さらにヴォデッド宮中伯が情報を付け足す。
「帝国国内に、大陸間交易が可能な大型船を造れる施設は存在致しません。一、二隻程度であればヒスマッフェ王国などから購入可能かもしれませんが、推定される保有数は数十隻に上ります。間違いなく、異大陸に造船施設を保有しているものかと」
彼らは中央大陸で得た奴隷を南方大陸で働かせている。俺の予想では、彼らを働かせることである程度強固な拠点を築いているはず。それにテアーナベ連合が無くなった所で、新たな拠点を東方大陸のどこかに作られるだけだ。
「……失礼ながら陛下、陛下は『敵に回る』とおっしゃいましたか。我らの認識では、既に彼らと帝国は敵対していると見ていたのですが」
「いいや、チャムノ伯。我らが敵対しているのはテアーナベ連合だ。黄金羊商会ではない」
彼らは自分たちの利権の為にテアーナベ連合を独立させた。それも、前アキカール公の影響を嫌っての行動……つまり、彼らの敵は前アキカール公であり、帝国そのものではない。それどころか、黄金羊商会には我々に対し隔意すら無いことになる。
まぁ俺の力が及ぶ範囲で多少は妨害したから、その件をどう思っているかは知らんが。
先帝の私財についての証拠も、わざと残していたのだとしたら……下手すると俺が宰相派や摂政派と争う可能性も考慮していた? ……まさかな。そもそもその時点で俺は生まれてすらいない。ただの人間にそこまで見通せるはずが……いや、「ただの人間」でない可能性も十二分にあるのか。
「……陛下?」
「いや、すまない。余の考えとしては……手配書を公開した上で、譲歩の選択肢も提示したいと考えている」
皇帝の私財を盗むという行為は重罪だ。だがもし、我々の提示するいくつかの条件を呑むのであれば、減刑も視野に入れる……黄金羊商会にはそう通達するのだ。
「余は連中を味方に引き入れたいと思っている」
「陛下、危険な相手です。味方に引き入れたつもりが、内側から食い破られることになりかねません」
現地で調査し、危険性を体感しているファビオがすぐさま反論した。
「卿の考えも一理ある。懐に入れるには危険な連中だ。だが敵として自由にやらせる方がもっと恐ろしい。ならば手綱を握り、常に監視下に置く方がよいと余は考える」
仮に、帝国に強力な海軍が存在するならば敵対するのも有りだ。だが我々にはそんなものは無い。選べる選択肢は限られているのだ。数十年かけて海軍に注力すれば、海上で勝つことも可能かもしれないが……得るものはほとんど無いだろう。
「なるほど、アキカール海軍に当てるのですな?」
流石というべきか、ワルン公が彼らを味方に引き入れる軍事上の利点に気がついた。
挙兵したアキカール公は、間違いなく海軍も引き継ぐだろう。それほど強大なものでないとはいえ、海軍を全く保有しない我々とは比べるまでもない。たとえ地上で勝利し、アキカール公領を平定したとしても、その海軍を全て支配下に置けるかは定かではない。最悪、海賊化されて貿易が止まる。
だが嗜好品を積んでいる黄金羊商会には、間違いなく海賊対策のノウハウがある。それに表向きはテアーナベ連合所属となっている軍船の内、何割かは黄金羊商会のものだと思われる。独立してから揃えたにしては数が多すぎるそうだ。
「もう一つ大きな利点がある。我々は現在、戦力が不足している。兵は徴兵で賄えるが、彼らに渡す武器が無い。だが黄金羊商会は、中央大陸に傭兵や武器を輸出していたことが確認されている。その武器を購入できれば、我々の戦力不足が解消されるかもしれない」
実を言うと、武器不足は我々にとって最大の問題点でもある。この一点を解消する為なら、悪魔と契約を結ぶこともやぶさかではない。
そしてもう一つ。我々は、異大陸についてほとんど情報を持っていなかった。東方大陸にとって中央大陸は「古き大陸」であり、関心が薄かった。東方大陸諸国にとって、その目は常に北方大陸に向けられていたのだ。
だが南方大陸から供給される嗜好品……これは世界の流れを変えるに十分すぎる。我々が手を伸ばさなければ、いずれ他国の保護を受けるだけだろう。
そこでニュンバル伯が、おもむろに口を開いた。
「しかし……彼らは乗ってきますか」
懸念するのも無理はない。自分を罪に問うと言っている相手に、同時に「手を組もう」と言われても普通は無視するだろう。だが彼らは商人だ。それも、時代の最先端を行く鼻の良い商人なのだ。
「余は乗ってくると予想している。そもそも連中は、帝国の食料を中央大陸に輸出したがっていた。さらに帝国にいるほぼ手付かずの3000万の消費者……そして何より、余にはまだ『御用商人』が存在しない。これだけの商機を逃すとは考えられない」
現在の帝国には、十年近く大規模な戦争が無かったため食料だけは豊富にある。だが貨幣経済が壊滅した影響で、国内にほとんど貨幣が流通しなくなり、平民らは食料を貨幣代わりに物々交換をしている。だが食料の価値自体が(余っている為)高くないこともあり、深刻な物資不足に悩まされているのだ。『黄金羊』とは利害が一致している。
「だが黄金羊商会は、自分らにとって都合の良い港を得ようと国を独立させるような連中だ。表向きには我々に従う振りをして、裏ではテアーナベ連合と繋がりを保つ可能性も十分にあり得る」
元の鞘に収まるなんてことは防ぎたいという訳だ。
「それを防ぐ為、黄金羊商会とテアーナベ連合の関係を寸断させる」
テアーナベ連合という国家は特殊だ。君主はおらず、帝国から独立した諸侯による連合体。したがって彼らに命令をする者はいない……はずなのだが、彼らは常に「黄金羊商会」の顔色を窺わねばならない。ただでさえ、この世界は未だ身分制度の色濃い時代……商人に指図される状況を、貴族であるテアーナベ連合の領主らが良しとするはずもない。
それに「カーマイン丘」の件も無駄ではなかったらしい。「黄金羊商会」の利益を優先するイレール・フェシュネールと、国家として考える領主たち。既に対立は存在するようだ。
「テアーナベ連合には交渉の使節を送る。こちらの要求はイレール・フェシュネールの身柄引き渡し。その代わり、我々はテアーナベ連合の独立を正式に認め、国家として承認し停戦すること。イレール・フェシュネール以外の『黄金羊商会』についてはテアーナベ連合側の自由にしていいこと。この二つを提案する」
商人に指図されてきた貴族に、「その商人を引き渡せば独立を認める」と伝えるのだ。間違いなくテアーナベ連合側は乗ってくる。さらに今の黄金羊商会は、さながら金の卵を産むガチョウ……間近でそれを見ている彼らに、そのガチョウを「好きにしていい」と言うのだ。確実に飛びつくだろう。
陛下、とヴォデッド宮中伯が声を上げた。
「まだご報告できていませんでしたが、調査の結果『黄金羊』はテアーナベ連合を独立させる際、同じく前アキカール公の関税を嫌った複数の商会も抱き込んでいたようです。彼らにもイレール・フェシュネールの身柄と引き換えに『黄金羊』に関する特許状を出しましょう」
「……良い提案だ。ついでに余の『御用商人』の話も褒美に加えよう」
「それほどの条件を出せば、却って黄金羊商会は強硬な態度に出ませんか? 帝国とテアーナベ連合双方に見切りをつけ、異大陸に拠点を移すかもしれません」
「その可能性はある。だがラミテッド侯、彼らは商人なのだ。ただでこの大陸の利権を手放すくらいなら、リスクを承知でやってくる……余はそう考える」
俺は諸侯を見渡す。どうやら他に意見は無いようだ。会議といった割には、ほとんど俺の考えを通すだけになってしまったが……こうして意見を聞き、こちらも説明するという過程は無駄ではないはずだ。
「ヴォデッド宮中伯、手配を頼む」
「承知致しました」
さて、実を言うと本題はここからだ。
「次に……アキカール公、ラウル公の挙兵に対する我が軍の方針について決めたいと思う」
読んで頂きありがとうございます。
誠に申し訳ないのですが、ただ今作業に追われていまして……週末の更新はお休みとさせて頂きます。正直、今日の更新もかなりギリギリで……(間に合いませんでした。ごめんなさい)
その為、感想なども見れておりません。次回更新(おそらく来週木曜)までには読ませて頂きます。
いつもありがとうございます!