『8人裁判』
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帝都カーディナルは安定していた。貴族に対する粛清が行われた直後とは思えない程に。
理由はいくつかある。一つは俺が、貴族の取り調べに一週間も費やしたこと。もし貴族を都合よく処罰するだけなら、形式上の取り調べを行いすぐに裁判を開く。だがそれをせずに一週間かけたことで、貴族街の連中……即位式に参加できなかった男爵や騎士階級らは静観することにしたようだ。
静観という意味では商人らも同じであろう。宰相や式部卿……既に剥奪されているから「元」をつけるべきか。彼らの影響を受けていた商人たちは、潜在的な敵と言って良い。未だに皇帝に対し協力的ではない連中だ。だが俺は、彼らに対し一切の行動を起こさなかった。彼らには利用価値があるからな。
そして市民。演説のお陰か、彼らは皇帝に対し極めて協力的である。もっとも、その評価は一つのミスでひっくり返りかねないから、ある意味一番慎重に相手しないといけないのだが。
唯一荒れているのは西方派教会だが、今干渉するのは「火中の栗を拾う」って奴だ。しばらくは放っておく。
……西方派教会の腐敗体質を治すためには、一度徹底的に改革する必要がある。皇帝が介入するしかない、と認められるくらいまではせいぜい争ってもらおう。
そんな、おおよそ平和な帝都に二つの大きな報せがほぼ同時に届いた。
前ラウル公の長男、騎兵長官ジグムント・ドゥ・ヴァン=ラウルによるラウル公継承宣言。
そして前アキカール公の次男であり現アキカール=ドゥデッチ侯アウグスト・ド・アキカールによるアキカール公継承宣言である。
さらにこの二人は、それぞれ反皇帝を掲げ挙兵。
いよいよ内乱の始まりである。
***
ラウル公、及びアキカール公の継承と挙兵。この報せを受けた俺は、帝都に帰還していたワルン公とチャムノ伯、帝都に残っていたニュンバル伯、ヴォデッド宮中伯、ラミテッド侯爵になったファビオを招集した。
その理由はこの反乱軍に対する対策……ではなく、拘束している諸侯に対する裁判である。
彼らが用意された椅子に着席したのを見て、俺は裁判の開始を宣言する。
「皇帝が保持する裁判権を行使し、これより裁判を開廷する」
こんな悠長なことをしていて大丈夫なのかと思われるかもしれないが、ラウル軍に対する時間稼ぎは既に始まっており、そしてアキカール軍に対する時間稼ぎの策も用意してある。問題はない。
この裁判に参加する5人の貴族の他、「司典礼大導者」と「司記大導者」の二人が来ており、それぞれ立会人としての宣言を始めた。
彼らは司聖堂大導者のダニエルと並び、西方派における「真聖大導者」に次ぐ高位聖職者だ。そして今、次期真聖大導者の座を巡って争っている二人でもある。この裁判を皇帝が望むように進めさせ、少しでも心証を良くしようと考えているらしい。
どうやらダニエルはこの争いから完全に手を引くつもりらしい。しばらくは警戒されないために、宮廷にも顔を出さないだろう。他にもこの争いが泥沼になると予見した聖職者は皆、この争いから距離を置くようだ。その中の一人、ヴォデッド宮中伯の息子デフロット・ル・モアッサンなんかは率先してゲオルグ5世らの粛清を推し進めた後、「事を性急に進め過ぎた」として法衣を返したらしい。
聖職者ではなくなった彼は、その後すぐに俺の元へ仕官に来た。本人曰く「帝国の為に働く際、今までは聖職者の身分は便利でした。ですがこれからは邪魔になるので抜けました」とのこと。本来そう簡単に聖職者ってのは辞められないはずなんだが、今回は責任を取って辞めた形の為、特別に許されたらしい。
……本当はこの男、聖一教の「神」にすら興味なんて無いんじゃないか?
とはいえ、我々が人手不足なのも事実。その場で雇い、すぐにゴティロワ自治領へ使者として派遣した。
彼はゴティロワ族長ゲーナディエッフェと俺が会談した直後に現れた。その場を整えたのは『語り部』のダニエル。つまりダニエルのメッセンジャーとして、デフロットとゲーナディエッフェには面識があると予想していたのだが……それは事実だったらしい。
すでに使者は届いたようで、ゴティロワ族は挙兵した新ラウル公ジグムントに対し、皇帝支持を表明した上でその領邦に侵攻を開始した。そもそも、ジグムントがラウルの主力軍と共に自領に残っていたのは、ゴティロワ族が戦の準備をしていた為である。いくら反皇帝を叫ぼうが、その警戒していた相手が動けばそちらに対応せざるを得なくなる。
ゴティロワ族には自軍の消耗を抑え、引き付けるだけで良いことと、もしラウル軍が無視した場合は徹底的に領地を荒らし継戦能力を削ぐように伝えてある。欲を言えばラウル軍を山岳地帯に引きずり込み、少しでも削っておいて欲しいが……それは贅沢が過ぎるだろう。
閑話休題、裁判に戻ろう。
「時間の都合上、子爵以下の貴族に対する法廷は後日とする。まずは『アキカール公爵』及び『ラウル公爵』に対する判決の確認を行う」
最初に前ラウル公カールと前アキカール公フィリップへの判決が確認され、そのまま公爵位を「継承する」と宣言したジグムント、アウグストに対する判決となった。これは前公爵の二人を裁く際、個人ではなく「公爵家の家長に」下した判決だった為である。継承し、家長となった二人にも適用される。まぁ、改めて判決を下すためにも貴族の承認がいるんだが。
当然だが止める者はおらず、ジグムントとアウグストには全財産と保有する全爵位・官職の没収、そして死刑及び晒し首の刑が求刑された。
ちなみに前公爵を裁いた時点で、それぞれの帝都にあった邸宅は差し押さえてある。換金できる調度品や芸術品は、多少はあったものの帝国の財政難を救う程ではない。特に硬貨の類はほとんど無かった。
この時代の通貨は金や銀であり、それらは紙幣とは違い、重いし嵩張る。予想はしていたが、ほとんど持ち歩いていなかったようだ。帝都では影響下にある商人に「ツケ」ておき、自領に戻った際にまとめて払っていたらしい。
次に諸侯の判決について。
まず、公式文書を偽造した罪により、前アキカール公の長男であり書記長官のアキカール=ノベ侯フリードには死刑と全資産及び爵位の没収という判決が下った。公式文書の偽造は当然ながら重罪である。しかも数年に渡り、幾度となく脱税の証拠が揉み消されていた。この死刑は罪相応と言えよう。
また、彼の息子である将軍フィリップ・ド・アキカールもこの書類偽造に関わったとして終身刑に。
宰相派では前ラウル公の書類偽造に関わったとしてヌンメヒト伯ジョゼフが終身刑となった。
続いて「先帝暗殺」の実行犯についての判決。長い間ヴォデッド宮中伯の取り調べを受けていた医官数名は、遂に自白したらしい。だがその方法で得た証言は、前世の現代では認められない程「信憑性が低い」ものだ。正直それだけで裁くのもどうかと思っていた……のだが、なんと拘束していたヴォッディ伯ゴーティエから証拠の提供があったらしい。
彼は宰相派貴族であり、『宮内長官』という官職についていた。彼は先帝暗殺の際、宮中にいた為その信憑性は高い。さらに彼は、先帝暗殺後に『大膳長官』になったオダメヨム伯ボリスがこの証拠を隠蔽したと発言。
そこでオダメヨム伯に対し、罪には問わない条件で聴取したところ、あっさりと認めたという。
ダニエルが「八つ当たり」と言った理由が分かった。他に証拠があるなら、あの取り調べは必要なかったようにも思える。
ともかく、これで医官長オーギュスト・クラウディアーノ以下3名の医官に死刑及び晒し首の刑を、他医官2名に死刑判決を下した。
次に賄賂関係について。賄賂を贈ったとして有罪判決を受けたのは外務卿のペクシャー伯ベルナルダン、侍従内務卿のカルクス伯マリユス、そして摂政の愛人である献酌官コパードウォール伯ジャン。彼らには官職の没収と罰金刑を科した。これは少し刑の中ではかなり軽い方だろう。爵位の方には一切手出ししていないからな。
これにもちゃんと理由がある。こういった賄賂の場合、その貴族が直接相手に渡すわけではない。実際に手渡しするのは貴族の遣いの者だ。つまり「本来は寄付だったのにその遣いの者が賄賂と勘違いした」と主張されると、減刑しない訳にはいかないのである。あまりに醜い言い訳だ。
当然だが、彼らに対する俺の心証は最悪だ……穏やかに死ねると思うな。
あとの貴族は大抵、無罪判決を下した。列挙するとクシャッド伯シルヴェストル、メヨムラル伯ヴァレール、アーンダル侯テオドール、ヴァッドポー伯テオファン、ヴォッディ伯ゴーティエ、オダメヨム伯ボリス。彼らはじきに解放されるだろう……ただし、そのタイミングはしっかりと見計らいたい。
その他、判決を保留とした貴族もいる。その内の一人、近衛長官だったブンラ伯ユベールは「近衛を私物化した容疑」で調査中である。まぁ私物化なんてほとんど全員やっていたから今さらなのだが……ようは時間稼ぎだ。
この裁判全体に言えることだが、俺が皇帝として「下したい」判決と「下せる」判決は別物だ。その一例がこのブンラ伯。普通に裁判をすれば彼は無罪となり釈放される。だが彼の領地はワルン公領の北、ラミテッド侯領の南に位置している。もし彼を解放して、そのままラウル軍に合流された場合……最悪ワルン公領との連携を断たれる。戦略的に見て、反攻拠点に成りかねないこの突出部を、決してラウル軍に明け渡す訳にはいかないのだ。
今はこのブンラ伯領にて様々な工作を行っている。それが終わるまで、彼の裁判をするつもりは無い。仮に不当な拘束と言われようともな。
そして最後に……摂政アクレシアの判決だ。
彼女の罪は幼い皇帝を利用した専横への協力、前皇太子の側室に対する不当な幽閉指示、そしてジャンの子をもうけた使用人とその子供の暗殺指示。さらに先帝暗殺を見て見ぬふりをした可能性もある。十分に死罪に値する。
「罪状に異議無しと見なし、摂政アクレシアを有罪とする。これに対し、アクレシアには全財産と官職の没収、及び死刑を宣告する。異議のある者は直答を許す」
「異議が御座います」
ファビオが挙手と共にそう言った。
「許す。述べよ」
「陛下。古今東西、君主が母を殺した例はございません。たとえどのような暴君であってもです」
本当だろうか? 確かローマ帝国の暴君に母親殺しがいた気がするが……まぁ、確かにこの世界では聞いたことが無い。
「そして市民にとって、『親は敬わねばならない』ものです。市民の評価は移ろいやすいもの。陛下がアクレシア殿下に極刑を下せば、その評価は期待した分、反動でより悪化しましょう」
「それほどか」
「はい、間違いなく。少なくとも、陛下が望む治世には反しましょう」
……なるほど。まぁ、別に死罪に固執している訳でもない。それに、鬱陶しいようなら暗殺という手段も取れる。わざわざ市民に不信感を抱かせる必要は無いな。
「卿の意見よく分かった。宣告を改め、摂政アクレシアには全財産と官職の没収、及び終身刑に処す! 異議のある者は直答を許す」
異議の無い事を確認し、判決を下した。
「以上、閉廷とする」
聖職者二人の宣言を聞きながら、俺は不思議と小さく息を吐いた。
読んで下さりありがとうございます。
感想・ブックマーク登録、高評価感謝です。誤字報告もありがとうございます。
基本的に一人称(カーマイン視点)で進むため、主人公の自己分析と他者の分析が異なる場合があります。どちらが正しいかはその時々です。
この裁判でカーマインは、無意識にアクレシアの判決を最後に回しました。
【追記】紛らわしい表現部分を削除しました。申し訳ありません。
この時点で『アキカール公爵』の爵位称号はアウグストが保持しています。これはカーマインの「没収」を認めず、自らが「継承」を宣言した為です。カーマイン視点では『アキカール公爵』の爵位称号はカーマインが「所有するべき」もので、この状況はアウグストに「盗まれている」状況です。
カーマインが負けを認めれば、カーマインが「アキカール公爵」に対する請求を取り下げます。アウグストが負けを認めればカーマインが「アキカール公爵」の爵位称号を獲得(没収を宣言した他の爵位も同時に獲得)します。