謁見
本日2話連続投稿です。この後にもう1話あります。
即位式から三日経った。帝都自体はまだ封鎖しているが、完全に人の流れを止めるというのは不可能だ。大貴族の粛清と、貴族の一斉逮捕という大事件の情報を封じ込めるのは流石に無理がある。それをするには帝都の人口が多すぎるのだ。
そこに密偵を使うより、今は情報が欲しい場面だ。彼らには当主が不在の諸侯領の動き、そしてラウル・アキカールの動きを探るよう指示を出した。
早ければ既に、即位式の件についてラウル公領やアキカール公領にも情報が届いているだろう。彼らはすぐにでも挙兵すると予想される。
それと即位式の翌日、粛清について情報を開示したいとチャムノ伯から要請があった。さっきも言ったがどのみち隠せるものではないし、有意義に使ってくれるならばその方が良いと許可を出した。
許可を受けたチャムノ伯は、部隊を率いて参加していた宰相派、摂政派の指揮官らに即位式で起きた粛清の件を伝えたようだ。さらにチャムノ伯は、「貴族の多くが逃亡し、逃亡先にこの軍が疑われている」と、「皇帝の私兵と帰順したワルン公の軍に攻撃されるかもしれない」という嘘の情報も追加した。
チャムノ伯の軍勢にいた、諸侯軍の部隊指揮官の多くは陪臣格……貴族の中でも最下層に近い連中だ。事態が呑み込めない彼らは、一先ず自領へと戻ることにしたようだ。敵中にも等しい帝都近郊にいられないというのは当然の判断だろう。
こうしてチャムノ伯は、諸侯の軍勢を実質無力化した。武装解除ではなく逃走をさせたわけだが、俺としてもそちらの方が有難い。いつまでも「敵兵」になりかねない連中が帝都近くにいるのは困るし、武装解除させようとした結果抵抗された場合、貴重な兵力の消耗に繋がる。
信用できない傭兵とはいえ、今は貴重な戦力だからな。
何より、今一番されたくないことはこちらが捕えている貴族の奪還だ。暴走されるよりかは自領に戻ってもらった方が良い。貴族の当主を捕えている以上、その配下の軍勢は封じているに等しいからな。
そして俺の手紙を受け取ったワルン公だが、どうやらこちらとは敵対するつもりがないようだ。既に帝国に帰参し、皇帝に忠誠を誓うとの親書が届いている。そこで今日、ワルン公には宮廷に来てもらうことになった。チャムノ伯、そしてファビオと共に謁見となる。
本当は昨日にでも来てもらいたかったんだが、流石に無理だった。何せワルン公の軍勢はチャムノ伯の軍勢と対陣していたのだ。彼らにとっては昨日まで敵対していた相手。その目の前を通って帝都に向かわせるなど、ワルン公が承知しても家臣が承諾しないだろう。
そこでまずは、両軍に移動してもらった。チャムノ伯の軍……今はほとんど傭兵しか残っていないこの軍勢には帝都の南側に、そしてワルン公とファビオの率いる軍勢には、帝都の西側に陣を移してもらった。
これは帝都の構造上、南と西の防御力が高い為だ。流石に停戦(そもそも戦闘は起きていないが)して数日で、城壁の無い東側なんかには行かせられないからな。
***
ワルン公が護衛を伴い、帝都の門をくぐった。これを市民は熱狂を持って迎えたようだ。
これは俺の演説によってワルン公=忠臣の印象がつけられたのもあるだろうが、元々彼は元帥時代に民衆から人気があった。勝利をもたらす指揮官はいつの時代も人気なのだ。
そんなワルン公と、チャムノ伯、ファビオの三人を俺はこれから迎え入れることになる。
謁見の場は即位式のあった宮殿ではなく、6代皇帝の時代に社交が行われた宮殿を仮初の『謁見の間』とすることにした。即位式のあった宮殿は宮廷の中でも奥まった場所にあり使いづらいし、何より『掃除』が終わっていない。
……列席者を取り押さえる際にも多少の血が流れたからな。そして宮中で働いていた者たちの中には、宰相派や摂政派だった人間も多くいる。下手に使えないのだ。
そんな急ごしらえの謁見の間に、ワルン公らはやって来た。ちなみに玉座は4代皇帝エドワード2世が使っていた物を引っ張り出してきた。一番装飾がシンプルで、その割には品があって座り心地も良かったのだ。
俺は少し高くなっている、いわゆる上座で彼らが跪くのを待つ。人を見下ろして待つなんて偉そうだと思うかもしれないが、こうして先に玉座に座り「待つ」という行為自体、皇帝としては最上級に敬意を示している。
傀儡だった時は、誰もが皇帝を蔑ろにしていた。当然だが、こういった『皇帝としての作法』も守られていなかった。だからこそ、俺は自分を守る為に「皇帝」として尊大に振舞う。ここで馴れ馴れしく振舞うのは馬鹿がすることだ。親しみやすさは時に侮りを生む。
つまり、これからは「強い皇帝」を演じなくてはいけないってことだ。
三人の爵位と名前がダニエル・ド・ピエルスによって読み上げられる。本来は宰相の仕事なのだが、今は空席だからな。こういう時は聖職者に代役を頼む。
「よく来てくれた。面を上げよ」
ちなみに、ワルン公は護衛として貴族を一人連れて来ているが、この場合はいないものとして扱われる。正確には護衛は武器の代わり……つまり「物」と見なされるらしく、一切の発言は許されない。同じく、こちらの護衛である近衛にも発言は許されない。堅苦しい事この上ないが、正式な場だから仕方がない。
「まずはワルン公、余の言葉を聞き入れてくれて感謝する。公の挙兵無くして、余の決起は無かった。よくぞ動いた。公は帝国貴族の鑑である」
「勿体無きお言葉、望外の喜びに御座います」
「公には国賊を征伐次第、その大功に篤く報いよう」
ワルン公にとって、突然の粛清と『操り人形』だった幼帝の台頭だ。そう簡単には信用できない。今は皇帝の人となりを探っている段階だろう。
そんな中で宮廷まで来てくれたのは、皇帝が民衆の前で「ワルン公は逆賊ではない」と否定したこと、そしてナディーヌに託した親書が大きいだろう。
「陛下の剣として盾として、必ずや不忠者共を滅ぼしましょう」
「よくぞ言ったワルン公! 公であれば不足無し。ブングダルト帝国皇帝カーマインが、公を元帥に任ずる!!」
実のところ、これは送った手紙の内容をなぞっているに過ぎない。
ワルン公が蜂起してくれたお陰で俺が行動を起こせたこと。宰相と式部卿はこっちで決着をつけるからその間チャムノ伯率いる軍勢と開戦しないで欲しいこと。俺が帝都を掌握したら帰参して欲しいことなどは勿論、その見返りとして元帥任命と内乱平定後の褒賞まで。全部、事前のやり取りで決まっている内容だ。
「名将と名高いその手腕を以て、帝国に安寧をもたらすがよい」
「はっ。必ずや!」
俺は力強く頷くと、次にチャムノ伯に目を向けた。
「チャムノ伯。此度の働き、実に見事であった」
「勿体無きお言葉、我が身に過ぎたる誉れに御座います」
「ブングダルト帝国皇帝カーマインが、伯を元帥に任ずる。これからもその才を帝国の為に振るうがよい」
そしてこっちも当然、事前に通達済みである。権力分散の為に、元帥は二人置くことにした。まぁ、帝国の規模を考えたら二人でも足りないだろうが……そこは国内を平定してからだな。
「有難き幸せ。必ずや陛下と帝国の敵を討ち滅ぼしましょう」
「うむ。それと伯の御息女だが、既に解放されておる。あとでヴォデッド宮中伯の案内を受けるがよい」
「……はっ」
チャムノ伯の娘、ヴェラ=シルヴィは即位式のその日に解放された。彼女については、しばらくは安静にさせ、経過観察やリハビリが必要だと考えている。後半はある程度改善されたとはいえ、長い間幽閉されていたのだ。食事も運動も不足していたはずだから、とても健康的な状態とは言えないだろう。
だがまぁ、個人的にはチャムノ伯やヴェラ=シルヴィが望むのであればすぐに領地に返しても良いと思っている。
何せ宮廷ではしばらく医官が機能しないだろうからな。現に、ヴェラ=シルヴィの容態を看ているのは『語り部』の医術に詳しいエルフだ。
……なんでそうなっているかって? それは先帝暗殺の実行犯が医官の中にいる可能性が高いからだよ。今はヴォデッド宮中伯によって激しい取り調べが行われている。
最後はファビオだ。 ……こうして公の場で言葉を交わすのは初めてだな。
「我が忠臣ファビオ。此度もまた、卿には助けられた。多くの献身、長きに渡るその忠義に余は報いねばならん」
この言葉は、ファビオに向けてというよりワルン公とチャムノ伯に向けた言葉だ。三人の中で最も率いてきた軍も少なく、貴族としての格も低いファビオに対し、二人よりも大きな褒美を与えるのは「ずっと以前から忠誠を誓っていたからだ」という説明だな。
「勿体無きお言葉に御座います、陛下」
ちなみにこれを直接言葉にすると矛盾が生じる。というのも、ワルン公も「以前から忠誠を誓っていた」ということになっているからだ。
なぜそうなっているかというと政治的な話になる。
例えばチャムノ伯は最近になって俺に忠誠を誓ったが、それ以前は俺に対し忠誠を誓っていた訳では無かった。つまり「忠誠を誓う」というのは、「それ以前には忠誠を誓っていなかった」と解釈されかねないのだ。
そしてワルン公はというと、「皇帝の為に」反乱を起こした。これで今、皇帝に忠誠を誓うと「それ以前=反乱時点では忠誠を誓っていなかった」という解釈が成立し得る。そうなると「皇帝の為の反乱」も偽りとなってしまう。だからワルン公に関しては「以前から忠誠を誓っていた」ということにする必要がある。
正直、今ここにいる人間にはこんな陰湿な揚げ足を取る人間はいないと思っている。問題は元宰相派・摂政派の諸侯だ。今拘束している貴族の内、大半は解放することになるだろう。彼らを皆殺しにしようものなら、帝国貴族の全員が敵になり俺はろくに抵抗できず放逐されるからな。
そして解放された貴族の中には、功績を立て再び中央政治に返り咲いて来る奴もいるだろう。それを止めることはできない。信賞必罰の原則を曲げたら誰も付いてこなくなる。
だからこの配慮は必要なのだ。面倒だが、前世でも政治家と揚げ足取りはセットだった。仕方がない。
閑話休題、ファビオへの褒賞に戻そう。
俺は隣に控えていたティモナから紙を受け取った。皇帝のサインが付いた正式な書類だ。
「ブングダルト帝国皇帝カーマインがここに宣言する。『三家の乱』は前ラウル公、前アキカール公による不当な弾圧であった。よって、帝国はラミテッド侯爵家、アキカール=ドゥデッチ侯爵家、ベリア伯爵家に関する罪状を全て撤回し、その名誉回復に努めるものとする。またラミテッド侯爵家の再興を認め、卿をラミテッド侯爵に叙する」
「なんと……まこと、まことに有難き幸せ。ようやく先祖の無念が晴らせましょう」
そう言ってファビオは、涙ながらに深々と頭を垂れた。
「先の宣言は勅令として発布する。よくぞ今日まで耐え忍んだ。これよりファビオ・ド・ラミテッド=ドゥヌエと名乗るがよい」
「ははっ」
……これは褒美ではあるが、俺の為でもある。ファビオに貴族として力をつけてもらうことは俺にとってもプラスになるだろうし、何よりラミテッド家のように今まで潜伏していたアキカール=ドゥデッチ侯家やベリア伯家の遺臣らが味方に付いてくれるかもしれない。宰相と式部卿の批判にもなるし。
「最後に……ワルン公」
「……はっ」
声を掛けられると思っていなかったのだろう。ワルン公の声には少し戸惑いが見える。
「公はかつて、父上と共に戦場を駆けたという。真か?」
「はっ。畏れ多くも殿下からは『わが友』とお声掛け頂いておりました」
「余は父上を知らぬ。故に公よ、どうか余に父上の話をしてはくれまいか。今は国難の最中故、あまり時間は取れぬが……この後少しで良い、戦場での父上の話を聞かせてほしい」
ワルン公の目が、大きく見開かれた。それから何かを噛みしめるかのように、彼は答えたのだった。
「おぉ、なんと……殿下が聞けばどれほどお喜びになったことか……無論に御座います、陛下。是非とも語らせて頂きたい」
ワルン公が微かに涙を流す中、俺にとって初めての本格的な謁見は終わった。
感想ありがとうございます。誤字報告も助かっております。