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終わりではなく、始まり

時系列少し前後しています。(『血浴の即位式』 破)と(『血浴の即位式』 急)の間、主人公視点のお話になります。



 即位式の後、手早く身体についた血などを洗い流した俺は、自室でヴォデッド宮中伯、『語り部』のダニエル、そしてニュンバル伯を呼び出した。

 ちなみにバルタザールとサロモン卿には警備や拘束した貴族の監視を任せている。


 部屋に入ると、三人とも素早く膝をつき、頭を垂れる。俺が楽にするよう言うと、ニュンバル伯を除いた二人が顔を上げた。


「ニュンバル伯、卿も顔を上げるがよい」

「……全ては賊徒を欺くための、偽りの御姿であられたとは……」

 そのまま謝罪をしようとするニュンバル伯の肩に手を置き、俺は声を掛けた。

「この国がまだ保たれているのは卿の働き有ってこそ。余は深く感謝しているのだ。どうか顔を上げてほしい」

「……勿体無きお言葉」


 むしろニュンバル伯には迷惑をかけた自覚がある。その上で、これからも働いてくれなくては困るのだ。そのくらい人材不足な現状で、しかも問題は山積みである。

「これからもよろしく頼む」

「はっ。有難きお言葉」

 むしろ過労死の心配をするべきかもしれない。



「まずは略式ながら裁判を行いたいと思う」

 椅子に座った三人に向け、俺はそう告げた。


 ちなみに、この裁判には容疑者とか弁護人とかは絶対に必要という訳では無い。さらに言えば裁判官が中立的な立場である必要もない。そういう意味では、前世と同じ意味での「裁判」ではないのかもしれないが……この時代、この世界ではそんなものだ。

「皇帝が保持する裁判権を行使し、ラウル公爵家、並びにアキカール公爵家に対する裁判を開廷する」


 この裁判権というものだが……まず、領主貴族には「領主権」というものが存在する。これは国……つまり皇帝が認めている権限だ。その中には(その領地内限定だが)徴税権や裁判権が存在する。つまり各領地での問題(揉め事など)は、その土地の貴族が裁く権限を持っている。これに対し皇帝は、その「裁く人」である貴族を裁く権限を保持している。


 皇帝の権限内で裁判しますよ、というのがさっきの宣言の意味になっている……のだが。この辺は全て「法典」として明文化されている訳ではない。つまり「慣習法」なんだよな。

 はっきり言って、この辺の法整備は相当甘い。この理由については帝国法と部族法の二つが未だに混在しているからとか、特権階級(貴族や皇族)が自分たちを縛る法律を作りたがらないからとか、武力(つまり戦争)が法の力を上回るからとか色々ある。


 そもそも法律っていうのは存在すれば無条件に守られるものではない。法には「守らせる力」が必要だ。現代で言えば警察などがこの「力」に該当するだろうか。

 この国ではその役割を担うのは皇帝の武力……つまり軍隊だ。ただし、当然これには反抗が可能だ。何故なら貴族も軍事力を持っているから。だから皇帝の下した「裁判結果」に不服な場合、貴族は反乱を起こす。つまり皇帝も好き勝手裁けるという訳では無いのだ。

 そして当然のことだが、当事者以外の貴族も「明日は我が身」と判断すれば反乱を起こす。だから皇帝は貴族の顔色を窺う必要がある。


 ただし、今回はそれについて気にする必要は無い。何せラウル公とアキカール公は粛清済みなのだ。領主を殺された両公爵領では確実に反乱が起こる。どうせ起きるのだから、彼らの顔色を窺う必要もない。


「聖一教導司として、ダニエル・ド・ピエルスが立会います」

「ラウル公爵家は前皇太子ジャンの暗殺を指示し、アキカール公爵家は先代皇帝エドワード4世の暗殺を指示した。さらに両家は帝国にとって不利な講和条約を不当に結び、さらにアキカール=ドゥデッチ侯・ラミテッド侯・べリア伯に対し無実の罪を着せ、これも不当に侵攻・占領した。その他複数の罪状に対し、異議のある者があれば直答を許す」


 ちなみにこの裁判、聖職者の立ち会いと罪状を下す皇帝、そしてそれに対し肯定ないし否定する貴族の最低三名がいれば成立する。しかも異議が出ない限り、証拠を出す必要もない。だから信用がないし、貴族も公然と無視したり反発したりする。それが「当たり前」になっているのだ。


「異議無しと見なし、両公爵家は有罪とする。これらの罪状に対し、ラウル公爵家並びにアキカール公爵家には全財産と保有する全爵位・官職の没収を宣告する。さらに両家の家長には死刑及び晒し首の刑を宣告する。異議のある者は直答を許す」

 自分で言っていても、相当重い刑罰だと思う。だが今回の場合、刑罰が重ければ重いほど、両公爵の行為が「大罪だった」と宣伝する事にもなる。こうやって裁判を開いている目的はそこにある。


「本件についても異議なしと判断する。よって両公爵家には全財産と保有する全爵位・官職の没収を宣告し、両家の家長には死刑及び晒し首の刑を宣告する。以上、閉廷とする」

「本法廷が教えを守り、正義の元に行われたことを、聖一教導司ダニエル・ド・ピエルスが証明します」

 ちなみにダニエルが名乗る「導司」は「聖職者」と同義だと思ってもらっていい。導司の下にも「礼司」などが存在するが、彼らは聖職者として認められていない。そして真聖大導者(西方派の代表)だろうが「導司」であるのには変わりない。その辺、他宗派ではどうなってるかは知らないが。



「ヴォデッド宮中伯、両者の首を手筈通りに。くれぐれも丁寧に扱ってくれ」

「承知いたしました、陛下」

 さて、ここから先は時間との勝負だ。市民に暴動でも起こされたら今の俺は詰みかねない。


「ダニエル卿。教会の方はどうなっている」

「既に制圧致しました。また、そちらで拘束して頂いたゲオルグ五世はこちらでは『火刑相当』の判決を下しております。身柄をお譲り頂ければすぐにでも執行可能です」

「明日にでも引き渡そう。尽力感謝する」

 ちなみに皇帝でも聖職者を処刑することはできない。聖職者を裁けるのは聖職者だけ、となっている。だから、こういう言い方はどうかと思うが「火刑」としてくれて助かる。


「それとヴォデッド宮中伯。演説場所についてだが……」

 両公爵を拘束でき、公開処刑できたのであれば、何が起こったのか市民には一目で分かったであろう。だが俺は、即位式の場で粛清する事を選んだ。その場合、市民の理解が得られない可能性がある。だからこの場合、事前に市民に向け演説をすることは決めていた。問題はその場所だ。

「やはり『白の広場』は無理か」

「残念ながら安全が確保できません。『黒の広場』が限界かと」

 『白の広場』は本来の『帝都カーディナル』の外……旧セイディー市と旧ドゥデ市の間に位置する。対して『黒の広場』はカーディナルの中だ。大きさとしては『白の広場』の方が大きく、そもそも平民が多く住むのもそちら側だ。だから演説の効果が高いのもそちらなのだが……リスクを冒すべき場面でないのも確かだな。


「それと申し訳ありませんが、新市街側の住民はやはり100名が限界になります」

 カーディナル市……旧市街側で演説を行っても、新市街側との通行を制限している現状、その演説内容は新市街側に伝わりにくい。だから新市街側での演説が不可能な場合、そちらに居住する平民を最低でも100名連れてきて欲しいと頼んでいたのだ。

「卿がその数が限界というのであれば仕方がない。準備の方を進めてくれ」

「かしこまりました」

 旧市街市民に受け入れられても新市街側で暴動を起こされたら元も子もないからな。本当は新市街側の平民はもっと多い方が良いのだが……密偵には同時並行で複数の仕事を任せている。無理は言えないな。


「あぁ、それと宮中伯」

如何(いかが)なさりましたか?」

「これからもよろしく」

 ……あの時、宮中伯には「即位式まで力を貸せ」と言ったからな。俺が自らの手で戴冠した以上、問題は無いと思うが……念のためだ。

 すると宮中伯は小さく笑い、言った。

「勿論です、陛下。あの言葉には嘘偽りなど御座いません」

 ……なんか引っかかる気もするがまぁいいだろう。



***



 演説は西方派の大聖堂で行われることになった。その準備が整うまで、少しだけ時間的余裕ができた俺は、ティモナの淹れたハーブティーを飲みながら今後の方針についていくつか思案していた。


 まずは拘束した貴族らについて。解放するのか、刑を科すのかを一人一人判断していく必要がある。あとは解放するにしてもタイミングが重要だ。早く解放すればその領主のまま安定するだろうし、逆に時間を掛ければその領地は混乱するだろう。主に、本来は爵位を継げない次男や三男などが不穏な動きをし始める。上手く扱えば貴族らの動きをコントロールできるはずだ。慎重に考えたい。

 次にワルン公について。ナディーヌは無事ワルン公に親書を届けられたと思う。後は彼がどう動くか。状況的に、帝国に帰参してくれることは間違いない。だが問題はその先だな。そのまま軍を残してくれればいいのだが、領地に戻られると少し困る。今は少しでも兵力が欲しいからな。


 戦力で言うとチャムノ伯の指揮する部隊。この中の諸侯部隊に関しては早急に武装解除させる必要がある。「貴族救出」とかされると相当面倒だからな。細心の注意を払いたい。

 ただ、傭兵に関してはチャムノ伯が良い働きをしてくれた。本来、彼ら傭兵を雇ったのはラウル公やアキカール公だ。つまり、俺の敵になりかねない。だがチャムノ伯は俺と面会した直後、「雇用主と指揮官が同じでないと、戦場で指示通り動かない可能性がある」として、両公爵にワルン公との戦闘が終わるまで一時的に雇用主を自身に変えるよう要求していたのだ。

 お陰で、今でも傭兵らの雇用主はチャムノ伯だ。つまり、賃金が払われる限りはチャムノ伯の指示に従う。とはいえ、雇用期間自体あまり長くないらしく、我々には彼らを再び雇う金はない。


 そう、金だ。とにかく金がない。これも調達方法はいくつか考えがあるが……流石に彼らの再雇用は難しいだろう。だが解雇して野盗化されても困るしな……どうしたものか。


 そして、最大の問題。つまりラウル公領とアキカール公領との戦いについて。

 多くの貴族が即位式に参加し、彼らは我々が拘束に成功した。だが彼らも家族全員で参加したという訳では無い。そしてそれは、ラウル公もアキカール公も同じである。

 ラウル公の一人息子、騎兵長官ジグムント・ドゥ・ヴァン=ラウル。彼はラウル公領で軍を整え、ゴティロワ族への警戒に当たっていたはずだ。そしてアキカール公の次男、アキカール=ドゥデッチ侯アウグスト・ド・アキカールも同じく領地に残っていたはずだ。今回の粛清の情報が入り次第、彼らは間違いなく公爵位の継承を宣言し、挙兵する。それらを鎮圧して、初めて帝国を完全な支配下に置けるとも言える。

 

 つまり、まだ何も終わっていないのだ。むしろ内乱は始まったばかり。

 だが彼らを叩く千載一遇の機会でもある。何せ派閥の長であり領主だった人間が消え混乱している状況で、尚且つ派閥を構成していた貴族の多くは帝都で拘束できている。派閥の貴族が邪魔に入らなければ、ラウル公領とアキカール公領を直接叩くことができる。


 そしてこの二つの公爵領を完全に支配下に置ければ、あとの派閥貴族は烏合の衆と言って良いだろう。


 問題はどうやって公爵領を制圧するかだが……



「陛下。準備が整ったそうです」

「そうか。今行く」

 ティモナに声を掛けられた俺はそこで思考を中断し立ち上がった。まずはこの演説だ。


「陛下、その前にこちらを」

 声を掛けられ、ティモナに目を向けると、鞘に収まった剣を差し出していた。

「これは……あの剣か」

 帝国儀礼剣と入れ替えた『聖剣未満』が、鞘に収まっていた。

「鞘が御用意できましたので。これからもお使いになられるのであれば、印象を変えておくべきです」


 少しだけ抜くと、剣には赤い液体がついていた。

「血糊?」

「はい。儀礼剣として見ればカーディナル帝の言葉が目立ちますが、粛清の剣としてそれ以上の印象をもたらすことができれば、騒ぎ立てる者もいなくなりましょう」

「……『粛清の剣』か。いいな」

 確かに、その辺も印象一つで大きく変わりそうだ。採用。


「それと、もう一つ。宮中伯より『ワルン公の手の者を市内で発見。情報を集めている模様』とのことです。それを念頭に置かれるべきかと」

 これは単純に情報集めだろうな。何が起きているか、どうなっているか調べているのだろう。手紙一つを鵜呑みにする人でも無いだろうし。

 となると、ワルン公に向けたメッセージも加えるか……

「分かった。では、行こう」


 あの日とは違い、民衆の前に向かう俺に、恐れはなかった。



たくさんの感想ありがとうございます。全て読ませて頂きました!本当に感謝です!

レビューもありがとうございます。すごく嬉しいです。

誤字報告もありがとうございます。自分でも時々びっくりするような誤字をしているので……

【補足】主人公が「重い罰」と言っているのは、全爵位の没収についてです。普通は一つか二つの爵位の没収であり、三つ以上の爵位没収はほとんどありません。

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[一言] 「帝国法と部族法の二つが未だに混在している」点は、ローマ法典とサリカ法典が混在し、サリカ法典では民事上の争いを自力救済に委ねていたフランク王国に似ているかも知れません。 …西洋法制史を開講…
[良い点] 漫画版を見て、こちらに辿り着きました。 素晴らしい物語ですね! このような素晴らしい作品に出逢えたことを、ただただ感謝するばかりです\(^o^)/
[良い点] まず素晴らしい小説に出会えたことを感謝します。 久々にこんなにワクワクする物語に出会えました。 物語の進め方、書き方等、自分好みでとても面白いためこれからも宜しくお願いします。 [気になる…
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