『血浴の即位式』 破
R15描写(念のため)です。
「問題は宰相と式部卿をどうするか……か。卿らはどう思う?」
それはヴォデッド宮中伯から「ワルン公挙兵」の報告を受けた時のこと。俺はその場にいた三人……ヴォデッド宮中伯とティモナ、それからサロモン・ド・バルベトルテに、宰相と式部卿の処遇について意見を求めていた。
「拘束し裁いた上で、民衆の前で処刑するか……あるいはその場で殺害するか」
「帝都市民にとって分かりやすいのは前者でありましょう……しかし奪還される危険性も考慮に入れねばなりません」
俺はヴォデッド宮中伯の意見に頷く。
「まぁ、そうだろうな。二人は?」
サロモン・ド・バルベトルテは少し考え、口を開いた。
「暗殺ならまだしも……式典の場で君主自ら貴族を殺めるなど聞いたことが御座いません。その後にも影響するでしょう」
確かに。式典の場で大貴族が殺される……それは貴族らにとって大きな衝撃となるだろう。皇帝には「一度それをやったことがある」という前例がつく。そうなると間違いなく、その後は警戒されるだろう。
「しかしその場合、これまでの『傀儡』というイメージを払拭することが可能です。警戒はされるでしょうが、反抗はしづらくなるかと」
ティモナの意見も一理ある。まぁ、その場で反抗されなくても後で行動を起こしそうな貴族たちだが。
しかし俺が親政を執り行うにあたって、これまでの「愚帝」や「傀儡」のイメージは邪魔だ。それを一度で払拭できるなら……害より利益の方が多そうだ。
「仮に余が両公爵をこの手で殺めた場合、どの程度の影響が予測される?」
「後日、改めて裁判を開き両公爵の罪状を明るみにするという前提ですが……それで陛下を恐れるのは疚しいことがある貴族のみでしょう。問題無いかと」
……整理しよう。公開処刑の場合のメリットは、民衆が「政権交代」をはっきりと理解できるということ。さらに両公爵が「悪」でそれを裁いた皇帝が「善」と印象付けることができる。これは帝都を掌握する際に活きてくるだろう。
逆にデメリットとしては万が一、公爵が逃亡に成功した場合、素早く派閥の混乱を立て直されてしまうということだ。だがまぁ、逃亡を許さなければ良いだけの話でもある。
その場で殺してしまうメリットは、派閥の長として持っている貴族に対する強い影響力をその場で無力化できることだ。一言でいえば「死人に口なし」か? あとは俺に対するイメージの払拭。
デメリットとしては民衆に理解してもらう為に一手間、余計に必要という点か。即位式の後は、時間との勝負になる。両派閥が混乱から立ち直る前に帝都を掌握し、ワルン公を指揮下に置き、さらに両派閥を攻撃しなければならない。
そこでの足踏みはあまりに大きい……か?
「結局のところ、我々がどのくらいの戦力を集められるかにかかっているのか」
「ということは……処刑する方針で?」
「無論、即位式を制圧できるだけの近衛を掌握できればの話だがな」
「お任せ下さい」
ティモナが深々と頭を下げる。
俺はそれに頷いた後、ただし、と続けた。
「両公爵を確実には拘束できないと判断し得る場合、余が自ら二人を殺す」
***
宰相と式部卿が、とうとう最後の階段を上り終えた。二人は儀礼に則り、深々と頭を下げる。
……その腰には剣を帯びていた。俺は二人の剣の腕前を知らない。だからこそ、最大限に警戒する。油断した瞬間に、一撃で二人を仕留める。
俺は静かに玉座から立った。警戒されないようにゆっくりと、力なくふらりと立ち上がる。
その拍子に、右手を机の上へと伸ばす。しっかりと剣の柄を握ったことを確認し、剣を手元に引き寄せながら二人を見た。
二人は、そろって目を大きく見開いていた。それからその視線が、俺の右手へと向けられる。まるで世界がゆっくりと進んでいるような感覚の中、俺は左手で剣を包んでいた布を勢いよく引っ張った。事前にヴォデッド宮中伯に細工しておいてもらった布は、あっさりと取れ、剣の刀身が露になった。
……今思えば宮中伯は、こうなる事を確信していたのかもしれない。
俺の剣の腕は大したことが無い。ティモナには勝てないしな。だから確実に殺す為、魔法まで使う。
儀礼剣と入れ替わった『聖剣未満』。その内部に蓄えられた魔力を引き出し、剣に魔法を纏わせる。
『炎の光線』……普段なら投射する熱エネルギーを、刀身の周りに、刃状に展開した。
自分でも驚くくらい冷静だった。左手も柄を握り、右足を前に出して狙いを定める。
ようやく理解したのか、声を上げようとする二人。高さの違うその二つの首を一太刀で斬れるように、俺は強く踏み込むと全身の力を乗せ、丁寧に剣を振り抜いた。
ずっと暗殺に怯えてきた。ずっと愚者を演じてきた。ずっと静かに耐えてきた。ナン男爵、テアーナベ連合の村、そしてグァンダレオ。一つとして忘れたことは無い。
だから俺自身、その瞬間は喜びの感情を抱きながら殺すとばかり思っていた。
だが憎悪も、歓喜も、そこには無かった。ただ無心で、剣を振っていた。
魔法を纏ったその刃は左から右へ、驚くほどあっさりと通った。
鮮血が舞った。頬にはねたそれは熱かった。そして、少しだけ焦げた血肉の臭いがした。
二つ、何かが落ちる音がした。それからこぼれ落ちそうになった帝冠を、俺は左手でそっと受け取った。
悲鳴が聞こえた。俺はようやく、先ほどまで静まり返っていたことに気がついた。
瞬く間に広がる貴族たちの悲鳴、そして混乱。むせ返るような血の臭いの中、俺は勢いよく息を吸うと声を張った。
「狼狽えるなっ!!」
力を失った二つの肉体がゆっくりと倒れる。俺はもう一度、声を荒げた。
「皇帝にのみ帯剣が許された理由を忘れたかっ!!」
前列の貴族たちは動きを止めたようだ。後方には届いていないが……既に入り口には武装した近衛らが駆け寄ってきていた。
俺は右手に持った、少しだけ焦げた血がこびりついた剣を掲げ、叫んだ。
「皇帝、そして皇太子殺しの大罪人共は、余が自ら粛清した! 異論のある者は来るがよい」
幸いなことに、ほとんど封じられていたお陰か帝国儀礼剣の能力は一部を除き知られていない。その一部……つまり『守り人』や『語り部』は味方に付いた。もし魔法に気づいた貴族がいたとしても、間違いなく『儀礼剣』の魔道具としての性能だと考えるだろう。『封魔の結界』内での魔法行使よりも、そっちの方が「あり得る」からな。
それからしばらく、俺は貴族たちを見下ろしていた。既に隣にはティモナが駆けつけている。だが刃向かってくる貴族はいなかった。
奥の方ではバルタザールの指揮のもと、武装した近衛らによって次々と貴族たちが拘束されていた。どうやら会場内にいた非武装の近衛から制圧したようだ。ほとんど抵抗も見られない。そして密偵の一部も制圧に加わっているようだ。流石というべきか、スムーズに進んでいる。
俺は左手に持った、温かい帝冠を被ろうとした。そこでようやく、俺は自分の手が震えていることに気がついた。
敵の指揮官を魔法で狙撃したのとは違い、剣で直接殺めるのは流石に堪えたようだ。どちらも人殺しには変わらないのに、身体は正直らしい。
俺は左手に無理やり力を籠めると、血が滴り落ちる帝冠をゆっくりと掲げた。
その血塗れの帝冠を、俺は自らの頭上に載せた。
「余はブングダルト帝国8代皇帝、カーマイン・ドゥ・ラ・ガーデ=ブングダルトである。忘れるな、諸侯。余は自ら帝冠を戴いた! 余は何者にも従わず、何者にも屈さぬ!!」
また血が一滴、零れ落ちていった。
「余が皇帝である!!」
それはまるで、未来を暗示するかのようだった。
視線の先で密偵長が一人、ゆっくりと頭を垂れた。
投稿遅れました。すみません。
頂いた感想の量に驚きました。ありがとうございます。期待に見合うだけの物を描けるかは分かりませんが、頑張らせて頂きます。
感想の返信はできたりできなかったりします。作者の個人的な(主に時間的な)都合です。こちらもお詫びさせてください。
誤字報告ありがとうございます。