葬送の祈り
4歳になった。最近は歩き回って、侍女に質問責めして、そしてこっそりと魔法の訓練をする。その繰り返しの毎日だった。
ところが今日は朝から様子が違った。
「陛下、本日の御召し物はこちらになります」
そう言って見せられたのは、作ったは良いものの、まだ一度も着たことがなかった礼服だった。
ちなみに服は着せられる。
……慣れたよ。裸に剥かれるのも。てか入浴の時なんて侍女に身体も頭も洗われるんだぞ。それに比べたらまだマシだ。
……いや、風呂も慣れたけどな。
まぁ、それはさておき。
着替えた俺は侍女たちに連れられ、建物の外に出る。地味に、庭以外で初めての外出だ。
礼服を着てるのもあって、少しだけわくわくしている自分がいる。もしかしたら初めての公務かもしれない。
前世では小市民だったからな。「皇帝らしいこと」が出来るかもしれないと思うと、心躍る。
外には馬車と、護衛らしき騎馬兵たちが控えていた。馬車を見たのは初めてだが、思っていた以上に大きい。……俺が小さいだけか?
促されるまま馬車に乗る。中はクッションまみれだった。
動き出して、これだけクッションがある理由がわかった。馬車がとんでもなく跳ねるのだ。これは確かに、クッションがないと危ないかもしれない。
ちょっとしたアトラクションみたいで楽しかったが。
……礼服といい馬車といい、まるで子供みたいな反応をしていないか? まさか身体の年齢に精神年齢も引きずられている?
……有り得そうな話ではあるな。
嫌な可能性に気づいてげんなりとしている俺は、馬車を降りて侍女たちについて行く。
着いた先は前世の教会みたいな場所だった。俺はクリスチャンでは無かったから、どのくらい似てるかまでは分からないが。
だが、この建物はセンスがいいと思う。奥には色つきガラスによるモザイク画が、陽の光によって神聖な雰囲気を醸し出している。描かれているのは……船と先導者? 前世では特に信仰のなかった俺でも、畏まりたくなるいい所だ。
だからこそ、その雰囲気をぶち壊す壇上の見台(体育館で学校長が喋る時に使う台)のようなものが、酷く残念に思える。宝石や金・そして恐らく銀も使われているのだろう。はっきり言って悪趣味だ。
さて、ここまでなんの説明もなく連れてこられた訳だが。いい加減教えて欲しいな。
「なにがあるの?」
隣にいた侍女は少し悩んだ後、口を開いた。
「本日は葬儀が執り行われます」
「そうぎ?」
「はい。亡くなった方を御見送りするのです」
いや、それは知ってるんだが。
「だれ?」
「それは……」
何だ。宰相か式部卿でも亡くなったか?
「ノルン・ド・アレマン様にございます」
いや、誰?
「陛下の父君の御側室にございました」
言い淀む侍女に被せるように後ろから声が聞こえ、振り向いた侍女が深々と頭を下げる。
「お久しぶりです、陛下」
振り返ると、宰相が軽く頭を下げた。
……まぁいい。それよりも、側室とな?
「陛下の父君が亡くなられた時、皆悲しみに暮れておりました。しかし陛下の母君は、2人の側室を暗い塔に閉じ込めてしまったのです」
……なるほど?
父上が亡くなったとき、摂政はお腹に子供がいた。そして同じく妊娠している可能性があった側室2人を幽閉したと。
さらに、妊娠していなかったと判明した後も、彼女は側室を幽閉したまま。
そのうちの一人が亡くなり、今回葬儀をすることになった。そして、この場に摂政や式部卿の姿は見えず、いるのは宰相のみ……
なるほど。俺は今、政治利用をされているんだな?
ということは、今望まれている反応は……
「かわいそう……」
ついでに表情も作る。
これだろ? 宰相。お前が欲しいのは。
「そうでございましょう。そうでございましょう」
我が意を得たりと、宰相は大きく頷く。それで気分が良くなったのか、さらに話し始める。
「それどころか、2歳になる陛下の兄上とその母親を殺めたのです。使用人であり貴族でなかったとはいえ、あまりにも酷いことをなさる」
……異母兄だと!? 俺が産まれるまで皇位継承者だったのか? いや、母親が貴族でないからその辺はグレーゾーンだったのか。だからこの男も見逃したのかもしれないな……
それにしても……聞いた話によれば父上が亡くなった時点では、祖父である先帝は生きていたはずだが。
摂政も随分と好き勝手出来たものだな。
……いや、逆か? これだけ好き勝手やられて、特に孫を殺されて先帝が何もしないとは考えにくい。つまり、何かアクションを取る前に殺された?
ということは、摂政の父親である、式部卿が暗殺した……?
……その可能性は高いな。まぁ、だから何だという話ではあるが。今の俺には何も出来ないし。
「よくわかんない」
やはりこの宮廷は、油断すればすぐに殺される場所のようだ。
***
椅子に座り、聖職者(おそらく宰相の弟だろう)の説教を聴く。どうやら、この国で信仰されている宗教は「聖一教」と言うらしい。
そして聖一教では死者を送る際、無事楽園へと迷わずに辿り着けるよう、「聖偉人」の話をするらしい。今回は聖一教の教祖の話のようだ。
話し始めた時、後ろの端の方が一瞬ざわついた。……たぶん、教祖の話をするのはそれなりに特別な人間が亡くなった時なのだろう。それこそ国王とか皇帝とかな。んで、摂政派がざわついていると。
宗教と政治は切っても切れないと言うが、本当にその通りのようで。俺には関係ないのでどうでもいい。
さて、話の内容だが大変興味深かった。話し方は下手くそだが、知識を求めている俺は集中して聴いたおかげで、一部知らない単語はあったものの、おおよそ理解できた。
まとめると次のような話だ。
教祖である「アイン」は隣の大陸の出身であり、そこで「神の声」を聞く。だが魔法か何かだと疑ったアインはなかなかそれを信じなかった。神は幾つも「奇跡」を見せるも信じなかったのだ。故に神は「アイン」を「授聖者」とした。つまり、奇跡の力を与えた。
その力で多くの奇跡を起こしたアインは、遂に神を信じることになる。
そこでアインは、神より「教え」を広め、人々を導くよう言われる。言われた通り、教えを広めようとする「伝導者」アインだったが、激しい迫害を受ける。
そこで再び「神の声」に導かれ、僅かな信者と共に長き船旅に出る。
その中で次々と襲いかかる困難。しかしそれを「奇跡の力」で乗り越え、遂に「約束された地」である、この大陸に辿り着く。
やがて教えは広まり、役割を果たした「授聖者」は神の元へ召された。
これが聖一教の始まりのようだ。そして話を聞く中で気づいたことがある。この教会の四方の壁にそれぞれガラス絵があり、この話に対応しているようだ。
後ろの、入口の壁面が「奇跡の力」を授かるアイン。左の壁面が迫害される場面。そして先程から気になっていた正面の絵が航海の場面。右の壁面がこの大陸に辿り着いた絵だ。
この話が事実かどうか知らないが、素直に面白いと思った。この世界の歴史は、俺が全く知らないものなんだと改めて認識した。
ここを出たら、そういうのを調べる歴史学者になるのも楽しそうだ。
やがて説教も終わり、棺が閉じられた。目を瞑り、彼女の死を悼む。
会ったこともない女性だが、どうか安らかに眠って欲しいと思った。報われない人生だったろうし、死すら政治利用されてしまった彼女だが、せめて死後くらいは安息があってもいいだろう。
俺も、正確にはこの場にいる誰もが、いつ棺の中に入ることになってもおかしくない。ここはそういう場所なのだ。
ほんと、ろくでもない場所だ。