アインの語り部
誤字報告、いつも助かります。
「アインに子がいたことを200年間伏せ、その後も必要最低限の人間以外には伝えないこと」
その言葉を聞いた時、俺の思考は確かに数秒間停止しただろう。
聖一教では、彼は生涯独身で子供はいなかったと伝えられている。だから信者たちがその教えを引き継ぎ、その解釈の違いから分裂した。
「馬鹿な」
もしそれが本当だとしたら、聖一教全体がひっくり返るぞ。
……あぁそうか。それをアインは望まなかったのか。
子孫が利用されることを望まなかった彼は、200年という期間を設けた。その間に各宗派が盤石なものになれば、もし発覚してもデマとして処理される。波紋は小さいと見たのか。
……待て、ならば何故その話を俺にした? つまり俺は必要最低限に入ると言うことだよな。俺が皇帝だから? それとも、それ以前に伝えられるべき人間だから?
転生者。転生者に世界を託さんとする者。彼らにのみ伝えられたアインの子孫。いや、それ以前に……アイン。それは確か、『1』を意味したよな?
「ダニエル・ド・ピエルス」
「ダニエルで構いません陛下。何か?」
「アインの子供の名前は何だ?」
「もちろん、『ツヴァイ』にございます」
それは『2』を意味する名前。やはり、そう言うことか。
「だからアインは『語り部』に子供を託した。転生者に希望を見出すお前たちならば、全力でその身を守るだろうから」
つまり……
「その子供も転生者だったんだな」
「はい。そして我らは一つの仮説を立てました。転生者は、アインの子孫の中に生まれるのではないか、と。アインの血を継ぐ者全てが転生者という訳ではありませんでした。しかし、アインの子孫を可能な限り保護していけば、結果的に多くの転生者が生まれる可能性を得る。そう考えたのです……そしてその推論は、今のところ正しいようです」
アインの子孫に転生者は生まれる。だから……
「俺にもアインの血が流れている。必要最低限の中に俺も入っている訳だ」
そしてあの執事服の転生者。彼もまたアインの子孫であり、『アインの語り部』と繋がっていた。
「我らとしても、これほど早く皇帝の血統にその血が入るとは思ってもいませんでした。ましてや、その最初の子供が転生者とは」
「となると……母方の祖母か」
「はい。現アキカール公の亡くなられた奥様、マリア様がアインの子孫の一人です」
衝撃の事実が次々と。俺、これからクーデターしようってところなんだけどなぁ。
ふと見ると、音もなくダニエルが跪き、頭を垂れたところだった。
「陛下。我ら『アインの語り部』、転生者である陛下に忠誠を尽くす所存に御座います。功も褒美も要りませぬ。ただ二つばかり、お願いしたき事が御座います」
……二つ? 一つは想像つくが……まぁいいだろう。
「申してみよ」
「はっ。来たる内乱の後、可能な限りで構いません。アインの子孫の助命をお願いしたく」
やはりそれか。彼らにとっては、転生者が生まれる可能性を少しでも多く残しておきたいのだろう。その為の助命だ。
「つまりアキカール公の一族を許せと?」
「全てとは言いません。許せぬ者もいるでしょう。しかし、もし素直に陛下に降る者がいれば、その時は何卒お願い申し上げます」
……本当は徹底的にやってしまいたいんだが……それと引き換えにこの男が味方に付くならば、仕方ないか。
「その時はそっちで面倒見ろよ。あと保証もできない。まだ事は起きてもいないからな……だが心には留めておく」
「ありがとう御座います」
「だがそうまでして守る程の価値があるのか? 確かに転生者は未来を知っているかもしれない。しかしそれを悪用する可能性だってあるのだぞ?」
自己の欲望のままに、異世界の知識を悪用する。そんな人間だって、間違いなく現れる。
「えぇ、その危険性は理解しております。故に我らの役割は保護と監視です」
……つまり俺も監視対象の一人ってね。慣れてる慣れてる。
「それに……我らが最も忌避しているのは停滞です。変化をもたらすならば、ある程度の悪用すら見逃しましょう。停滞という泥沼に浸ったが故に、我が種族は滅びつつありますから」
「我が種族?」
俺がそう聞き返すと、ダニエルはおもむろに帽子を脱いだ。
そこには、長く尖った耳があった。
「エルフか」
「はい」
エルフ……その名前と特徴は、前世のおとぎ話で語られた特徴と酷似している。この世界で見たのは初めてだが……ここでは誰もがその特徴を知っている。
曰く、中央大陸にて迫害されたアインたちを助けたのが『賢く美しき長命種』。反対に積極的に迫害したのが『短躰にして短慮の蛮種』。西方派の聖職者のつまらない説教の中に、度々登場した話だった。
「そういえば、例の原典の中には記述が無かったな」
「アインは確かに迫害されました。しかし『特定の種族を賛美したり批判したりすれば、いずれ根深い差別を生むことになる』と考えた彼は、信者たちに恨まぬように言い、書き残さぬよう厳命しました。ですが……当時、アインと共に迫害を受けたものは信者たちの中に大勢いました。故に、その記述は今ではどの宗派にも残されてしまいました」
なんというか、今まではただ「聖一教の開祖」としか見ていなかったアインだが、そういう話を聞くと素直に尊敬できるな。先祖って言われたからかもしれないが……転生者として、偉大な先達だと思う。
ただ……エルフやドワーフは東方大陸に住んでいないはずだ。
「となると……『エルフはアインらを助けた』と言うのは、中央大陸での話だけでなく、東方大陸まで付いて来たことになるか。そして長命と……」
「残念ながら、陛下がお考えな程エルフは長命ではございません。よって、『アインの語り部』を興したのは私ではなく、我が父になります」
ふむ。てっきり直接会ったことがあるのかと思っていたが。
部屋はまだゆっくりと降りているようだ。もう少し、質問の時間はありそうだ。
「俺が転生者である可能性を考慮していながら、最初の巡遊で俺が他の転生者と接触するまで察知できなかった理由は何だ? そしてその後もしばらく接触が無かったのも」
「陛下ならば御分かりでしょう。西方派教会に潜り込むまで、長い年月がかかりました。その上、『ロタールの守り人』と敵対してしまえば、これまでの努力が水の泡となります」
さっきまで側に控えていた、宮中伯の顔を思い浮かべる。やはりあの男が原因か。
『アインの語り部』にとって、大事なのは「転生者」の身の安全。皇帝かどうかは二の次だ。つまり、俺がいつ暗殺されるか分からない状況であれば、ただの子供として密かに他国へ亡命させることも選択肢としてあり得た。実際、俺が逃げたがっていた時期に接触されたら、間違いなく飛びついていただろうしな。
だが「ロタールの継承者」として皇帝である俺を重視する宮中伯にとって、それは許しがたい行為だ。だから今、クーデター目前となって、ようやくあの男は接触を認めたのだろう。もう引き返せないところまで来ていると判断したから。
だがこの男もただ待っていた訳では無いのだろう。ヴォデッド宮中伯の息子、デフロットはダニエルを師父と呼んだ。つまり……
「卿らは相当やりあったのではないか?」
どう考えても俺を巡って争ってたよね、こいつら。
「ご安心ください。死者は出ておりません。共に陛下に仕える身なれば、遺恨などあろうはずが御座いませぬ」
そう言ってエルフはほほ笑んだ。目は笑ってないけど。
……穏やかじゃねぇな。
「まぁいい。余は『アインの語り部』の行動原理や思想について、ある程度理解した。それで? 組織としての規模はどの程度なのだ」
「人数で言えばごく僅かです」
そうだろうな。言ってしまえば『アインの語り部』は「転生者の保護と監視」を目的とした秘密結社だ。その性質上、構成員は増やしづらい。
「では卿個人として、西方派をどの程度掌握しているのだ」
「控えめに言って七割、と申し上げましょう」
……マジで? 真聖大導者、何やってんの?
「教会としての富は、そのほとんどが真聖大導者ゲオルグ5世個人に集約されております。反発する者が多いのも当然かと。お陰で工作が容易に進みましたが」
「そうか……正直、教会を武力で抑えることすら考慮に入れておったが……そちらで何とかなりそうか」
流石の俺も、教会と全面的に対立するのは避けなければならない。宗教っていうのは厄介だからな。全帝国国民が敵になり得るとか悪夢以外の何ものでもない。
「むしろ貴族と軍を完全に抑えて頂きたい。教会に武力はなく、貴族の手勢一つでひっくり返されます」
「元よりそのつもりだ……」
となると、むしろ余裕が出るな……まぁいい。それを考えるのは後だ。
ついに部屋の動きが止まった。
「着いたか」
「はい、陛下。大変お待たせいたしました……帝都カーディナルの地下、『帝国』の秘密。どうかその目でご判断下さい」
扉が音を立て、ゆっくりと開かれた。
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