内乱のハジマリ
お待たせしました。新章開始です。
(誤字報告助かります。感謝です)
「ワルン公、挙兵す」
新暦468年5月、この報せが帝都にもたらされた時、宮廷ではさほど驚きの声は上がらなかった。元々ワルン公と宰相は先帝時代から「皇帝派」と「皇太子派」で対立しており、それ以上に同じ「皇太子派」でありながらそれぞれ「武」と「政」を司る者として、対立していたワルン公と式部卿は「犬猿の仲」として知られていた為である。
いつ蜂起してもおかしくない。それが大半の貴族の見解であった。むしろよく今まで黙っていたものだ、なんて声まで聞こえた。
大義名分としては事前の予想通り、「即位の儀」が未だ執り行われていない点を指摘した上で「政治を壟断している宰相、式部卿を討ち、皇帝陛下を解放する」という、いわゆる『君側の奸を討つ』が各地の貴族に通達された。
これを受け、宰相と式部卿はひとまず政争を棚に上げ、ワルン公が指摘した「即位の儀」を急ぎ執り行うことで合意した。
問題はどちらが帝冠を皇帝の頭上に載せるか。これまで「即位の儀」が執り行われてこなかったのはその一点に尽きるからな。
結論から言おう、二人で帝冠を持って同時に載せる、だ。
……それでいいなら初めっからそれでやっておけよ。
人間、追い込まれないとやる事やらないってことなのかね。
この時点で決まったのはその程度だったか。何て言うか、焦りが感じられなかった。
宮廷が蜂の巣をつついたかのように騒々しくなったのはその三日後、ワルン公の軍勢がドズラン侯領を無傷で通過しているとの報せを受けてからであった。
帝国南部、ワルン公領のすぐ北に位置するドズラン侯領。その領主、ドズラン侯アロワ・ル・ヴァン=ドズランはその名に「ヴァン」が入る通り、元皇族の血筋である。
その始まりは3代皇帝シャルル1世の5男ルネーに始まる。さらにその長男シャルルは、男児がいなかった4代皇帝エドワード4世の養子となり、5代皇帝シャルル2世として即位した。つまり「暗愚」な6代皇帝エドワード3世や式部卿の父親である。当然、俺もその子孫だ。
正しく(ブングダルト帝国的には)名門の家系と言って過言ではない。だが血筋と実力が比例しないなんてことはよくある話で。
現ドズラン侯アロワ・ル・ヴァン=ドズランが治める領地は、伯爵領規模にまで落ちている。それは『第3次アッペラース戦争』……父上が暗殺された戦争の講和交渉において、領地の一部を隣国のアプラーダ王国に割譲されてしまった為である。
領地の奪還を目指すドズラン侯は帝国でも最大の規模を誇るラウル公の軍勢を当てにし、宰相派に近づいていた……主に賄賂で。
だがドズラン侯が宰相派になる事は無かった。それは彼の長男、マンベル・ル・ヴァン=ドズランが「少しでも早く実父を追い出して爵位を継ぎたい」と考える野心家で、そしてその野心に付け入るように式部卿が介入したためである。式部卿の支援を受けたマンベルはドズラン侯の実権の一部を掌握。結果、この親子は親宰相派と親摂政派に分かれ対立。結果どっちつかずとして『中立派』と称されるようになる。
……ちなみに、自領の一部が割譲されたのは『名門』ドズラン侯を警戒した、ラウル公その人の陰謀である事をドズラン侯は知らない。
外野から見ると哀れな男だったよ。
当然、彼らの骨肉の争いは帝都における宰相派・摂政派の争いの代理戦争であった。
だがワルン公の挙兵により、帝都では宰相・式部卿の間で「政争を一時中断し、共同してこの反乱に当たる」ことで合意がなされた。
そのため、ドズラン侯領における家督争いも一時休戦とし、共同してワルン公の軍勢と当たるよう、通達が行っていたようだ。
だが……
「馬鹿な。時間を稼ぐよう指示は出ていただろう」
「本当に一切戦闘が行われなかったのか?」
「いくらなんでも進軍速度が速すぎる! 徴兵が間に合わんぞ!!」
昼寝してたらテンパった宰相たちに引っ張り出され、玉座に座らされた俺は、焦る貴族共の狼狽を延々と見させられている。
愉快愉快。
ちなみに宮中伯から報告を受けた俺はこのタネを知っている。どうもドズラン侯アロワ次男、アンセルム・ル・ヴァン=ドズランが色々と工作し、両者を仲違いさせた上で軍を掌握。父親と兄を討ち、ワルン公の軍勢に領内の通行許可を出したようだ。
一連のアンセルムの行動が、はたしてワルン公による策略なのか、あるいはアンセルムによる独断かは分からない……が、俺は後者だと睨んでいる。
このアンセルム、ワルン公に通行許可は出したが、軍を率いての合流はしていない。もし仮にワルン公と事前に繋がっていたのであれば、そのまま兵を出して公を助力するはずだ。
「落ち着けぃ! 落ち着けい!!」
宰相が叫んでる。大変だねぇ。
つうか動き出すのが遅すぎるんだよ君たち。ワルン公が挙兵した時点でキビキビと動くべきだったろうに。大方ワルン公を脳筋だと見て侮ってたんだろうよ。
ただまぁ、貴族共が慌ただしく動く分には俺としても動きやすいかな。
「幸運にも、怪しげな動きを察知したヴォデッド宮中伯によりワルン公ナディーヌの身柄は拘束しておる。奴のことだ、娘を人質に交渉すれば時間などいくらにも稼げよう。その間に兵を集めるのじゃ。まずは手当たり次第に傭兵を集めよ」
式部卿のその言葉で貴族共は沸き上がった。
あ、美味しいとこ持ってかれた宰相がムッとしてる。
俺? 俺は変わらずボーっと眺めているよ。つうかこれ、俺が呼ばれる必要あったか?
「既に将軍の一人、チャムノ伯が軍勢を率い帝都に向かっている! 彼の指揮ならば相手がワルン公だろうが必ずや勝利するだろう!!」
今度は式部卿への当てつけのようにチャムノ伯の名前を出す宰相! 湧き上がる貴族! 顔が引きつる式部卿!
……意外と楽しいな? これ。
ていうかチャムノ伯……ヴェラ=シルヴィの父親が、この雰囲気だと軍の指揮を執るのか?
彼には前々からヴォデッド宮中伯が接触して、俺に味方してくれるよう接触していたはずだが……
ちらりと視線をヴォデッド宮中伯の方へ向けると、彼は無言でほほ笑んだ。
……なるほど、宰相を上手く転がした訳ね。
俺の指示を受けて別の仕事をやっていたはずなんだが……いつの間に?
***
遡ること一週間前。
俺はヴォデッド宮中伯から報告を受けていた。ちなみにこの場にいるのはヴォデッド宮中伯、ティモナ、そしてサロモン・ド・バルベトルテだ。
「陛下、ワルン公が挙兵するようです」
「するよう……と言うと、まだなのか?」
「はい。ですが決定事項です」
なるほどねぇ。この様子ならワルン公の動きは宮中伯の方で細かく追えるらしいな?
「わかった。では常にナディーヌに監視を付けてくれ。そして少しでも怪しげな動きをしたら捕らえ、牢獄に入れておくように」
「ほう……よろしいので?」
「あぁ。彼女にはワルン公へのメッセンジャーの役割を任せたい。適任だろう?」
「ふむ、道理ですな」
ワルン公は俺がただの傀儡ではない事を知らない。だから帝都内で俺が実権を掌握しても、それが伝わらなかったり信用しない可能性が高い。だがそれでは困る。その後のことを考えたら、できるだけワルン公の軍勢は無傷で吸収したい。
「間違っても自害なんてさせないよう気を配ってくれ。そうだな……早い段階で密偵の一人に『ワルン公の協力者』を名乗らせた上で接触させろ。『逃がすための機を見計らっている』と伝え、定期的に情報を与えるんだ。できれば女が良いな」
絶望は人を殺す。だが裏を返せば、ある程度希望があれば人間は生きていけるもんだ。
「承知致しました、陛下。しかし……随分と気が回りますな」
「不自然ってか?」
「いえ、感心ですよ」
「そりゃどうも」
まぁ、少し興奮してるのは認めるがね。何せ10年以上重ねた我慢が報われるまであと一歩ってところなんだ。平常心でいるのは難しいだろう?
「ファビオにはワルン公の軍勢が領内に入る直前に挙兵し、成功した際は合流せずに別ルートで帝都を目指すよう伝えろ」
「そちらも承りました」
最悪、ラミテッドの軍勢には帝都に突入してもらう必要があるからな。あとは……
「近衛の中で真っ当な人間が何人かいるな? 彼らを味方につけたい。場の用意と人員の選出を頼めるか? ティモナ」
「お任せください」
俺より一足先に声変わりが始まったティモナが応える。ちなみに剣ではもう手も足も出ない……元からか。
「陛下、何なりとご命令を」
ひとまずそんなもんか、なんて考えていたところ、サロモンがそう言った。
「そもそも余の命令で動いていいのか?」
サロモンはベルベー王国の現役の侯爵だ。そして俺らがやっていることはクーデターの計画に他ならない。
「それがロザリア殿下の希望ですので。何より……この段階から一枚噛んでおけば、ベルベー王国としても安泰でしょう」
独断専行でも結果良ければ全て良し、か。いっそ清々しいな。
「とは言え、即位式の場では間違いなく『封魔結界』が張られるだろうしなぁ」
だからこそ、俺はそのタイミングで動くつもりなのだが。その状態でも魔法が使える俺にとって、圧倒的有利なアドバンテージだからな。
「ロザリアはどうするつもりなんだ?」
「殿下は一度帰国なされるそうです。表向きは状況の変化により、その目的は……内乱に向け、追加戦力を国王陛下から引き出すために」
……うーん、俺まだ何にも頼んでないんだけどなぁ。けどもし、その援軍が実際に引き出せたならとんでもなく助かる。
「ついていかなくていいのか」
「殿下としては自身がいない間、皇帝陛下のことが心配なようで。部下と共に残らせていただきます」
……まぁいいか。予備戦力ができたと考えよう。何よりロザリアが危険な帝都から離れてくれるなら、俺としても思い切って動きやすい。
「いつどこに投入されても良いように準備しておいてくれ」
残された時間は少ない。それまでに可能な限りの準備が必要だ。
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