表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/216

混乱の後始末



 年が明け新暦466年。俺が帝都に帰還してから今日に至るまでの数ヶ月間、帝国の政治は荒れに荒れた。



 まず、俺自身(皇帝)について。

 結果的とはいえ初陣で勝利した皇帝を、帝都市民は好意的に見ているらしい。戦場で死んだ「前皇太子の子供」という負のイメージが払拭された形だ。

 だがこの勝利について、貴族たちからは特に警戒されていない。「異民族に全て任せ、本人は戦場の後方で隠れて震えていた」という噂が貴族の間では流れているからだ。まぁ、その情報元(サロモン)には俺がそう流せって命じたんだけどね。

 貴族からは警戒されず、帝都市民からは好意的に見られる。理想的な立ち位置に収まれたのではないだろうか。



 次に宰相派と摂政派について。

 俺が帝都に戻るまで、この両者は互いを批判し、責任を押し付けあっていた。

 宰相は自身が雇った傭兵が離反した件と、自領で皇帝が襲撃された件で。式部卿は「護衛」を名乗り出た自派の貴族が逃亡した件と、式部卿自身が「皇帝行方不明」だった数日の間、帝都で不穏な動きをしていた件について批判されていた。


 この不毛な争いは皇帝が帝都に戻ってからもしばらく続き、二人の政治的地位はかなり危うい状況になっていた。

 実の所、この状況は俺にとっても非常にまずかった。別に二人が失脚したところで、その傘下の貴族が皇帝の影響下に入る訳では無いし、何より、追い込まれた二人が実力行使(暗殺や反乱)に出る可能性は極めて高かったからだ。


 そこで俺が取った行動は「全ての貴族との面会を一切拒絶する」である。

 表向きは「自らの身を狙われるという恐怖を味わった幼帝は、疑心暗鬼に陥り、宰相や式部卿をはじめとする貴族を信用出来なくなった」として。


 一見、宰相や式部卿にとって不利な動きに見えるかもしれないが、これは両者の為の時間稼ぎだ。

 つまり「責任押し付けあってないでさっさと証拠隠滅をしろ」ということだな。


 どちらかの罪が明確となれば、その時点で皇帝はそれを裁かざるを得なくなる。だが(今のところ)何の武力も持たない皇帝には、実際に裁くことは出来ない。だったら「無かった」ことにした方がいいというのが俺の考えだ。


 もう既に、両者の威信や名声は落ちている。ここまでで十分だろう。窮鼠猫を噛むって言うし。



 だが何事もなく原状回復というのも面白くない。そこで俺は嫌がらせをすることにした。


 貴族との交流を絶っている間、俺は二人の人物のみ例外として面会した。一人は式部卿(実父)によって政治権力を限界まで削がれていた摂政(ババア)、もう一人は宰相の弟である西方派教会トップ、真聖大導者ゲオルグ5世だ。


 結論から言えば宰相はゲオルグ5世を、式部卿は摂政を介して皇帝との面会に漕ぎ着けた。その結果、摂政派は摂政と式部卿の二頭体制となり、宰相派も西方派教会(宗教勢力)を無視できなくなった。

 特に式部卿なんかは憤慨ものだろう。せっかく自らを派閥の頭として再編したのに、あっという間に元に戻されたのだから。ざまぁみろ。


 だが派閥としてみた時、それまで宰相派優勢だったものが、五分五分のところまで来ている。

 これは本来、宰相に代わって影響力を増すはずだった真聖大導者が、突如失速した為である。


 何があったのか分からないが、教会内部で何らかの動きがあったのだろう。間違いなく、『例の聖職者』の仕業だ。彼がそう判断したなら任せた方がいい。



 こうして帝国の政治は最大手の「宰相勢力」、次いでほぼ同等の「式部卿勢力」と「摂政勢力」、そして最後に「西方派教会」という、奇妙な四つ(どもえ)状態に落ち着いた。

 いつ発火するか分からない火薬庫のようではあるが、燃え続けているよりかはマシだろう。



 皇帝との面会が叶った宰相と式部卿は、一連の流れを丸々「テアーナベ連合とガーフル共和国による帝国の混乱を狙った卑劣な工作とみられる」ということで決着付けたようだ。この「みられる」というのがポイントだな。言い切ってないから嘘ではない。あくまで「こちらはそのように考えている」ってだけだ。

 こうやって言いがかりや推測を事実かのように仕立て上げるのは、現代地球でも腐るほど行われていた。それで14億近い国民すら騙せるんだから、推定人口3千万程度の帝国での「認識」にすることなど容易かろう。


 まぁ、その両国の名前を挙げたのは妥当と言えば妥当だろう。

 どちらも現在帝国が交戦状態にある国家。まるっきり「何もしてない」もあり得ないからな。



 こうして「不幸な行き違い」が解消され、幼帝はこの卑怯な両国に激怒した。そして宰相にガーフル共和国を、式部卿にテアーナベ連合を討伐するよう命じた。

 ()()()()()、自身が利用されたことに憤慨している両者はこの命令を謹んで受け、仇敵を滅ぼすと皇帝に誓った。そして二人は軍を整える為、それぞれの領地へと帰還したのだった。


 ……くだらない茶番だったよ。



***



 俺だって、二人が真面目に「討伐」するとは思っていない。だが互いに、あからさまに手を抜けば、もう一方から批判されると分かっている。だからある程度の戦闘は発生するだろう。


 今はそれでいい。多少なりともこの両国に出血を強いる。

 そして俺が政治を取り戻した後、この両国は徹底的に叩く。


 これにはちゃんとした理由がある。

 現在のブングダルト帝国は、地続きで面している国が七か国ある。このうち、東のテイワ皇国とゴディニョン王国は山岳地帯で接しており、国境を動かす必要は無い。問題は北に接する両国と、南に接する3ヵ国。

 この5ヵ国は帝国の穀倉地帯を狙い、侵攻と略奪を繰り返してきた。それぞれの戦線が広大過ぎるだけでなく、常に挟み撃ちにされてきたのだ。その結果が弱りきった帝国の現状である。

 

 この両方を安定させなければ、帝国は常に戦争の火種を抱えることになる。


 だから叩く。滅ぼすかどうかは別問題として、帝国にちょっかい(略奪)をかけられないくらいに。



 ちなみにこの国家方針、実は歴代の皇帝(六代目(バカ)以降は除く)と変わらないらしい。ソースはヴォデッド宮中伯。


 あぁ、ヴォデッド宮中伯といえば。

 宮中伯の実子を名乗ったデフロット・ル・モアッサンだが、これはどうやら本当らしい。ヴォデッド宮中伯曰く、「一族の考え方と相容れなかったため、出ていった」とのこと。ロタールからの「血統」を大事とするヴォデッド宮中伯に対し、彼は「国家」を優先する考え方らしい。


「帝国の為であれば、場合によっては陛下の御身すら切り捨てようとする男です。お気をつけ下さい」とは宮中伯の弁だ。

 道理で「全力の逃亡」をさせられたり、突如「異民族の長との面会」をさせられた訳だ。まぁ、俺個人の思想はどっちかというとデフロット側なんだけど。


 彼は俺たちが帝都に入る直前に別れた。なんでも彼は生まれながらの盲目らしく、微弱な魔力を感知することで、物や人との距離を()()いるのだとか。だから「人が多いと疲れる」と言って去っていった。


 ……のだが。


「いえ、あの男は魔道具の義眼を持っていますから、普通の人間と同じように生活が可能です」


 実父がそう言うならそっちが本当なんだろう。そして彼が帝都まで付いてこなかった理由も察した。つまり、この男(父親)に会いたくなかったのだろう。


 互いに「あの男」とか「彼」としか呼ばないめんどくさい親子である。



 ……いや、俺も他人(ひと)のこと言えないか。


 母親のことを「式部卿を押さえる駒」としか見ていない(息子)と、第一声こそ「無事で良かった」だったが続く言葉が宰相や式部卿の悪口だった母親(摂政)。傍から見たら、これもまともな親子じゃないよな……



 ちなみに帝都に帰還後、ヴォデッド宮中伯からは「ご無事で何より」の言葉のみ受け取った。まぁ、ビジネスライクの関係だしそんなもんだろう。


 驚いたのはワルン公女のナディーヌだ。どうも本気で俺の身を案じてくれてたらしく、会った時には「心配させるな馬鹿ぁ」って言いながら泣いていた。あぁこれがツンデレかって思ったけど、空気読んで黙っておいた。


 ヴェラ=シルヴィにも泣かれた。しかも窓の鉄格子外した上で抱き着かれまでした。いつの間に鉄格子外せるようになったのとか、いよいよ俺の正体知ってるってこと隠す気無いなとか思ったけど、こっちも空気読んで何も言わなかった。



 自分の為に泣かれるのって慣れないな。どう反応すればいいか分からない。

 ……前世の俺は死んだとき、誰か泣いてくれた人がいたのだろうか。



読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです [気になる点] それで14億近い国民すら騙せるんだから、総人口1億にも満たない(と推測している)帝国での「認識」にすることなど容易かろう。 総人口一億にも満たないと推測して…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ