答え合わせ
お待たせしました(反省)
丘陵での戦闘は圧勝に終わった。
地の利で有利だったゴティロワ族、そして騎兵の中では鈍重なガーフル騎兵に対し、速さと小回りで勝るアトゥールル族。この結果は当然だったのかもしれない。
追撃戦の後、俺たちはアトゥールル族に護衛されながら、一度帝都へ帰還することになった。ちなみにゴティロワ族は自領に帰るそうだ。まぁ、彼らは馬を持ってきてなかったからな。むしろよく、ここまで来てくれた。
巡遊の隊列とは完全にはぐれた訳だし、俺の安否については帝都でも混乱していることだろう。宰相や式部卿が余計な動きを見せる前に戻る必要がある。
問題は帰還してからの立ち回りだな。宰相派、摂政派を批判し、その勢いを削げるチャンスではあるが……やり過ぎると俺が排除される。
逃亡中に皇帝の馬車を乗り捨ててしまっていたので、普通の馬車を調達してもらい、それで帰ることになった。
あの馬車とは違い、この馬車にはめんどくさい規則が無い。ちょうどいい機会だし、帝都に戻ってからの動きについて、ティモナとロザリアと打ち合わせでもしようと思い、同じ馬車に乗ったのだが……
ここでもう一人、見知らぬ男が乗り合わせることになる。
***
その男は俺たちが馬車に乗り込んだ時、ふらりと現れた。白い肌に腰辺りまで伸びた銀髪、そして閉じられたままの瞳。
聖職者の格好をしていながら帯剣していたその男は、デフロット・ル・モアッサンと名乗った。
「ヴォデッド宮中伯アルフレッドの子、と言った方が陛下には分かりやすいでしょうか」
ちらり、とティモナの方に視線を向けると、彼は一度小さく頷き、デフロットと名乗る男に向け話しはじめた。
「お名前はお聞きしたことがあります。現在、枢導卿の位におられるとか。ですが……聖職の身になられた際、宮中伯とは縁を切っているはずです。どのような用件で……そして誰の指示で現れたのですか」
隣に座るロザリアの身がこわばり、護衛のアトゥールル族が臨戦態勢に入る。
まぁ、勝利後の油断は暗殺者にとって、もってこいのシチュエーションか。しかも西方派教会のトップは宰相の弟。殺しにくる理由もある。
「勿論、我が師父より陛下の身の安全を守るようにと言われたのです。それと……師父曰く、いくつかの手助けを。まずはこちらを御収めください」
そう言って彼は、懐から一冊の本を取り出した。
「それは?」
「こちら聖一教の原典となります」
しばらく沈黙が広がった後、口を開いたのはティモナだった。
「それはありえません。聖一教の『原典』と呼ばれるものは、数冊しか確認されておらず、全て天届山脈以東でしか確認されておりません。見つかれば国宝級の代物、それをこのように扱うなど」
「えぇ、勿論これは原典を翻訳したものです。陛下でも読みやすいよう、ブングダルト語に。ですが……かなり正確に訳せた自信があります。帝都までご同行させて頂けるのでしたら、質問も受け付けますよ」
天届山脈以西には無いはずの原典を自ら訳した……それが本当なら、別の宗派と繋がっている? だとしたらこんな怪しい手段で近づかないか。何より、『枢導卿』の地位がどんなもんかは知らないが現職の西方派聖職者なのだろう。聖職者は、他の宗派に繋がっていたと判明すれば異端として即火刑だし。
ではその『原典』の所有者も、西方派の聖職者? だが今まで帝国では発見されていない……いや、ずっと秘されてきたのなら有り得るか。それこそ、政治にしか脳がない歴代の真聖大導者を警戒して。つまりその『師父』とやらは真聖大導者と対立している……?
……あぁ、そうか。そいつか。だからこのタイミングで……なるほど。道理で。
「分かった。馬車の中で詳しく聞こう。諸君らにも心配をかけた。問題ない」
アトゥールル族の護衛たちにそう告げた後、俺はデフロットを馬車の中に引き入れた。
……あれ、彼らってブングダルト語分かるのかな。まぁいいか。
***
「陛下。信用なさるおつもりですか」
動き出した馬車の中で、ティモナが未だに警戒の目でデフロットを見ている。
「その師父とやらは俺を殺すつもりは無いと思うよ。異民族の長を味方に付けさせる為に、他国の襲撃を利用したりはしてもね」
俺がそう言うと、デフロットはクスリと笑った。
「えぇ。師父の目はまるで未来を見通すかのようですから」
「どういうことですの?」
ロザリアが驚きの表情で声を上げた。まぁ、こっちは命懸けで逃げていたからな。今回の襲撃事件から戦闘までが、全て誰かの手のひらの上だったなんて言われたら驚きもするか。
「ちょうどいい。答え合わせがしたかったところだ」
今回の襲撃事件……ガーフル騎兵による国境越えからの一連の流れには、ひとつ大きな問題がある。
「国境を守っていた傭兵の離反、そしてガーフル騎兵の精鋭集団による巡遊隊列の襲撃。あまりに突然だった為、俺たちは全力で逃げる羽目になった。ではここでロザリアに問おう。この襲撃は突発的なものだったと思う? それともよく練られたものだったと思う?」
「それはもちろん、よく練られて……あっ」
そう、彼らの動きは正確すぎた。まるで皇帝がいつどこを通るのか分かっていたかのように。
「間違いなく……彼らは皇帝の動きを掴んでいた。それは本来、帝国貴族の一部しか知りえない情報なのに。つまり誰かが彼らに情報を流した……さて、それは誰だと思う?」
「えっと……ラウル公、でしょうか?」
うーん。首を傾げる仕草が可愛いけど残念。ロザリアのその答えは30点だ。
「確かに、ラウル公には動機がある。彼はどうでもいいテアーナベ戦線から、一刻も早く自領へ引き上げたかった。もし皇帝が自領で襲撃を受けたとなれば、確かに撤退する理由にはなるだろう。だがそれにしてはリスクが大きすぎる」
現に、ラウル公の威信は急降下しているはずだ。自領に敵の侵入を許したばかりか、それが自分の雇った傭兵による裏切りが原因。しかも領内を通過中だった皇帝が襲撃され、一時的ながら消息不明に。そして何より、皇帝を守り敵を打ち破ったのが自軍ではなく異民族の軍勢。
面目も丸潰れ。どころか、宰相の地位すら揺らいでいるはずだ。あまりにも失ったものが多すぎる。
「ティモナは誰だと思う?」
「……ラウル公が『ガーフル軍に不穏な動き有り』程度で計画していたものを、式部卿が利用して実際に襲撃させた、でしょうか」
うん、いいね。でも60点だ。ちなみに安直に「式部卿」だけだったらロザリアと同じく30点の回答だった。
「確かに、皇帝も宰相も帝都から遠く離れている今、帝都にいる式部卿にとっては権力掌握の絶好の機会だ。もし皇帝が死ねば、帝都を完全な支配下における可能性が高い。だがその場合、一点だけ問題がある」
「……ヴァッドポー伯、でしょうか」
「その通り」
あの時、襲撃を受けて真っ先に逃げた貴族。摂政派貴族のヴァッドポー伯。
彼はわざわざ、「侍従武官として護衛に付く」と発言してまでついてきた。にも関わらず、彼は皇帝を見捨てて逃げた。
もし式部卿が初めから皇帝を殺したり、捕えさせるつもりなら、わざわざ自派の人間を隊列につける必要はなかった。
実際俺は、帝都に戻ったらその点を指摘して式部卿の勢力を削るつもりだしな。
「さて、俺の予想だが……確かにはじまりは宰相だと思われる。自領に引き上げる理由を欲した彼は、ガーフル共和国に情報を流した。ただし、その情報は『皇帝が付近にいる』程度の大雑把なものだったはずだ。これで少しでもガーフル軍に動きがあれば、それを理由に帰還する予定だった」
情報を確かめる為に、ガーフル共和国が密偵や偵察を動かすだけでも、それを理由に引き上げるつもりだったはずだ。
「次に……その情報を知った式部卿。彼はこれを利用し、宰相の威信を落とし、代わりに自分の名声をあげようとした。ラウル公領で皇帝が襲撃されたとなれば、宰相の名誉に傷がつく。それを自派の護衛が退けたとなれば、相対的に自分たちの名声が上がるだろう。具体的に彼が何をしようとしたかまでは分からないが……例えば、宰相が国境に配置していた傭兵団のうち、どこかにこう依頼したのかもしれない。『もうすぐ付近を通る隊列を襲撃し、被害を与えないうちに撤退して欲しい』と」
そのマッチポンプの為に、ヴァッドポー伯は配置されていた。だからこそ、予定にないガーフル軍の本格的な襲撃に狼狽し、真っ先に逃亡するという愚を犯した。
「この二転三転する状況、それを好機と見た人物がいた。その人物はガーフル軍に本格的な襲撃を計画させ、これを防がせるためにゴティロワ族とアトゥールル族を皇帝の元へ向かわせた。下手したら、あの丘陵を戦場に設定したのもその人物かもしれない」
ゴティロワ族の領地はラウル公領よりも東の天届山脈付近の山岳地帯。だが、戦闘のあった丘陵はラウル公領の北西部だ。馬でも数日かかるこの距離を、彼らは横断して来た。どう考えても、数週間前からガーフル軍の襲撃を掴んでいたと見ていい。
「さらに念を入れ、サロモンにこの情報を事前に伝えることで皇帝の動きをある程度コントロール。万が一にも皇帝がガーフル軍に追いつかれないよう、皇帝は都市に逃げたという嘘の情報で足止め。ホント、よくやるよ」
デフロットはずっと笑っている。その笑いは……どうやら、俺の推測は当たっているらしい。
「その目的は三つ。一つは宰相・式部卿の名声を同時に落とす事。もう一つは皇帝とゴティロワ族長・アトゥールル族長を宰相派・摂政派の目がない状態で引き合わせ、味方につけさせること。そして最後は……自分という『支援者』がいることを、皇帝に伝えるため」
そして言葉にはしないが四つめの目的……おそらく、その人物は俺が転生者であることを知っている。その事実を俺に伝えるのも、目的の一つだったと思う。
どこから情報が流れたのかもわかっている。あの執事服の転生者だ。だからこそ、今回の戦場にあの男はいた。姿は見えずとも居ることが俺に伝わるよう、知っている魔法を大々的に使って。
彼にとっても、皇帝に味方を増やすことは利益に繋がると見ての情報提供だろう。となると、例の提案はほぼ通ったと見ていいな。素晴らしい。
本人的には、参戦したのは詫びのつもりなのかもしれない。勝手に情報を流したことについてのな。
俺はそれを咎めるつもりなど無い。彼はまだ俺の臣下では無いし、結果的に皇帝は強力な味方を手に入れた。
何より、証拠がないのだ。だから「知らぬ存ぜぬ」を貫かれれば咎めようがない。
まぁ、彼の話は置いといて。
「そして最後に……意図がちゃんと伝わっているかどうかの確認。それがデフロット・ル・モアッサン、君の役割だ。つまり、君が言う師父こそが、その『人物』だ。合っているか?」
「素晴らしいです陛下。我が師父のメッセージが完璧に伝わっているようです」
問題はその師父が『誰か』なのだが……西方派の聖職者の中でも上の方で、かつ主流派ではない人物。その気になれば特定できそうだが……止めておこう。ここまであからさまに支援してくるのだ。必要な時に向こうから接触してくるだろう。
「本来は答えにたどり着くまで数日かかると思っていたのですが……困りましたね。どうしましょうか」
ふむ? ならちょうどいいな。
「ならばこれから、この翻訳された聖典を読むとしよう。そして疑問点があったらその都度質問する。構わないか?」
「えぇ、勿論」
これが原典の正確な訳かは分からないが、そもそも聖典自体はじめて読む。この世界で生きていく上では必要な知識だろうし、帝都に着くまでに読み切らなければ。
***
この聖典、コンパクトにするためにとんでもなく文字が細かくなっていた。正直、激しく揺れる馬車の中で読むのは難しかったが……意外と慣れるものだな。
ちなみに横から覗いていたロザリアはすぐに酔ってダウンしていた。
そう言えば俺、前世でも乗り物酔いしたこと無かったなぁ。
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1/11:「……あの宮中伯に実子?」以下の、既出の表現との矛盾点を修正。ご指摘くださった皆様ありがとうございます。