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異民族の戦い

高評価・ブックマーク登録ありがとうございます。



 それから軽く軍議を行い、ゴティロワ・アトゥールル両部隊には布陣してもらったが、実際に戦闘になるかは分からなかった。


 というのも、本来彼らは突然の襲撃に混乱している皇帝を、楽に捕らえる予定だったはずだ。


 それが逃走され、友軍と合流されてしまった時点で、彼らが諦め撤退する可能性も十分にあった。しかし……


「敵は随分とやる気のようですね」

「サロモンか。随分とタイミングよく現れたな」

 そう言うと、サロモン・ド・バルベトルテは無言で頭を下げた。


「侍女たちは?」

「ロザリア殿下の行方を()()()()()探すよう命じました。今頃、街で聞き込みでもしている事でしょう」


 ……なるほど。

 ゲーナディエッフェ、ペテル・パールとの交渉が上手くいって、ちょっと落ち着いたおかげか色々と見えてきたぞ。


「ガーフル騎兵は1000騎と言っていたが、見たところその倍以上はいるように見えるな。色々と()()()()()()()()卿なら、説明も容易かろう」

「ガーフル騎兵は重騎兵に分類されます。携帯している馬上槍は貫通力が高い代わりに折れやすく、突撃の度に自陣に戻り新たな槍を受け取ります。その為、武器の替えを持つ従士が従軍しております」


 全く動揺する様子も無く、サロモンはそう説明した。


 まぁ、責めたところで証拠もないし躱されるだろうし、咎める気は無いんだけどね。

 ちなみに色々と察したティモナはサロモンを思いっきり睨めつけている。



 さて、気を取り直して目の前で始まりそうな戦闘に気持ちを切り替えよう。


 敵ガーフル兵は騎兵がおよそ1000騎と従士らが1500程度。これが丘陵を半包囲するように布陣している。

 対するこちらはアトゥールル騎兵約500騎、そしてゴティロワ族の兵士が約300人。うち丘陵に籠るはゴティロワ兵300のみで、アトゥールル騎兵は平地に展開。敵左翼と向かい合っている。


「……陛下、本当によろしかったのですか。あのような作戦で」

「俺は彼らの戦い方も得意戦術も知らないからね。任せてしまった方がいいだろう」


 先ほどの軍議で俺は、戦術や指揮についてはゲーナディエッフェとペテル・パールに全部投げた。その結果、アトゥールル騎兵は単純に敵の数を減らすことだけを考えて良いこととしたし、ゴティロワ族は得意な戦場である山中に敵を引き込むべく、丘陵の麓ではなく木々の生い茂る、ある程度上の方で戦うことになった。その分、頂上にいる俺の所まで攻撃が飛んでくる可能性はあるが……防壁魔法(クステル)で防げるしな。


 二人とも自分たちの得意な戦い方ができれば絶対に負けないと言っていたし、俺は軍事の専門家ではないから任せたのだ。


「しかしアトゥールル騎兵は丘陵(ここ)から離れております。離反される可能性が無くはないかと」

「ティモナの心配も分かるが……今回は大丈夫だと思うよ。この筋書きを描いた者は相当優秀みたいだ。この戦闘もたぶん……」

 ……いや、勝てるとか言うと負けフラグか。止めとこう。



「ん? 敵に動きがあるな。あれは……馬から降りたのか?」

「あれがガーフル騎兵が強いと言われる所以の一つです。彼らは歩兵としての訓練も受けておりますので」

 こちらが布陣したこの丘陵は、山頂付近は禿げているが、それ以外は木々におおわれている。騎馬での攻略は無理と判断したか。


「陛下、敵左翼がアトゥールル騎兵に突撃を開始しました」

 どうやら馬を降りたのは敵中央と右翼のみで、左翼は騎兵として同じく騎兵であるアトゥールル騎兵と交戦するようだ。


「お、アトゥールル騎兵はさっそく後退し始めたな」

 事前にペテル・パールが言っていた情報によれば、アトゥールル騎兵の戦法は騎乗弓による引き撃ちだ。

 この世界ではまだ、銃よりも弓の方が射程が長い。特に彼らが使っている弓は特殊らしく、他の弓に比べて優れているとのことだ。おそらく、複合弓だろう。


 いくつかの部隊に密集し、一糸乱れぬ一斉突撃を行うガーフル騎兵。それに対し、こちらも高い連携を維持したまま、後退しながら一方的に弓を撃ち続けるアトゥールル騎兵。どちらも訓練を重ねた精鋭騎兵だ。統率が取れている。


「まるで芸術でも見ているかのようだな」

 小規模な戦闘ではあるが、世界最高峰の戦いを目の当たりにしているんじゃないだろうか。


「あの戦い方ですと、敵が部隊を二分した場合、丘陵の無防備な側面に回り込まれてしまいます」

「ティモナの指摘はもっともだが……その時はゲーナディエッフェが対応するだろう」


 それに見たところ、アトゥールル騎兵も敵左翼が下がらないよう、徹底して引き離しているようだ。全体で同じ速度で下がるのではなく、まるで波のように後退速度に差をつけることで、少しずつ敵の陣形を崩している。



 とそこで、敵軍の方から一斉にラッパの音が鳴った。

「陛下、敵歩兵が前進開始。丘陵地帯に入りました」

 敵の左翼と中央が前進。斜面を前に、一度停止した。すると魔法使いらしき者たちが、一斉に前に出てきた。


「あれは……魔法か?」

「召喚魔法ですね。大抵は銃弾の一発で霧散するような弱い魔物しか召喚できませんが……」

「弾避けにもなるし、こういった戦闘では敵の位置を割り出すのにも使える、か」

 こうやって戦争で当たり前に魔法が使われていると、そういえばこの世界ファンタジーなんだったと思い出すなぁ。


「対するゴティロワ兵は……静かだな」

 というか、同じ丘陵にいるはずなのに、全く気配が無い。


 それを見て、敵は少数と思ったのか、ガーフル軍はそのまま前進を再開したようだ。だが……

「召喚された魔物が少しずつ減っていっている。それも気配も無く……恐ろしいな」


 両軍の間で本格的な戦闘が始まったが、恐らくは数で劣るゴティロワ族が優位に進めているだろう。ゴティロワ族の戦いぶりは、木々が邪魔で全く見えないが。



 その後はしばらく、ときどき飛んでくる敵の魔法を防ぎながら戦闘の推移を見守っていた。



 そんな時だ。


「ん? 敵右翼の後方、従士たちが整列しているあたり、崩れて無いか?」


 ガーフル軍の従士部隊の内、敵右翼と中央のものは、戦列隊形で丘陵には入らず待機していた。降りた馬の管理兼予備兵力といったところだろう。その一部が、突如崩れ出したのだ。


「敵右翼の後背の森に、部隊を半数ほど潜ませておきました」

 どうやらサロモンの仕業らしい。ベルベー王国の元少年兵たち……実戦を経験済みと言う報告は本当だったか。


 ……いや、それにしては崩れすぎだよな?

 そう思ってよく目を凝らすと、森から剣が数本()()された。


 ……間違いない。あの()()()()()も来ている。


「詫びのつもりか……咎めるつもりは無いんだがな」

 思わず小声で本音が漏れてしまった。

 彼が来ているなら、あの混乱はさらに広がっていくだろう。


「敵歩兵も随分と減ってるように見える……ゴティロワ族、恐ろしいな」

 何が恐ろしいって、敵指揮官からは自軍の損害が見えないせいで、例え壊滅していようが気づけない点だろう。俺が見てても、「あれ、いつの間にか敵減ってるな」という感想しか抱かない。敵にとっては何が起こっているのか理解できないだろう。


 まさに、山は彼らにとっての庭だ。あと、この戦闘が歴史上、ガーフル軍とゴティロワ族の初めての戦闘らしいってのもあるかもな。ゴティロワ族の戦い方を知らないガーフル騎兵と、騎兵からいつも戦っている歩兵へと敵が勝手に変わってくれたゴティロワ族。その差は歴然だった。


「敵左翼も崩壊しつつあるな」

 こっちは相性の問題からして、アトゥールル騎兵に軍配が上がる。騎馬にも装甲を施した突撃重視の重騎兵と、アウトレンジからの騎射をメインとする足の速い軽騎兵。それはもう、一方的な展開になっている。


「我が軍に戦況は傾いております。敵は間もなく撤退するかと」

 サロモンの言葉に頷く。


 全体的にこちらの有利。敵右翼後方での混乱が広がり、間もなく敵は皇帝の身柄を諦め、後退し始めるだろう。


「そろそろだな」

「陛下……」

 俺が何をするのか察したティモナが、呆れた声を発する。



 このまま放っておいても敵は撤退するだろう。だが、それでは敵軍は壊滅まで行かない。

 上手くいけばガーフル共和国の精鋭1000を殲滅できるチャンス。帝国の皇帝として見逃す訳にはいかないだろう。

 ここにいる者たちにはバレても問題ない。ゴティロワ族やアトゥールル族も、俺が魔法を使ったという証拠が無ければ何も言わないだろう。


 魔力を練る。さっき時々飛んできた魔法を防ぎながら分かったのは、魔法の有効射程は銃よりも少しだけ長く、弓よりも短いということ。

 ちなみに有効射程とは、一定の効果……つまりある程度のダメージが期待できる距離のことをいう。もちろん、最大射程が一番長いのは銃だ。


 まぁともかく、魔法の有効射程はそれほど長くない。それは魔法が術者から離れると、離れただけ制御が困難になるからだ。結果、魔法の威力が低下する。


「指揮官は……あれか」

 では、その制御困難になるのが一瞬なら?


「『炎の光線(フラマ・ラクス)』」

 真っすぐ伸びる光線は、その瞬間、敵の指揮官を貫いた。



 本当は何発も撃ってもいいのだが……それで、知られたくない人物の耳に入ってしまっては意味が無い。ここまでだな。


「敵指揮官は死んだ……ガーフル軍は混乱し、大きく崩れるだろう。追撃の用意だ」

「……はっ」

 


 その後の追撃戦を含め、ガーフル軍はその半数近くが討たれた。対するゴティロワ族・アトゥールル族の損害は軽微。蓋を開けてみれば一方的な勝利であった。



【異民族の戦い】は新暦465年8月、ブングダルト帝国北東部エトゥルシャル侯領の丘陵地帯において、ゴティロワ族・アトゥールル族の連合部隊がガーフル騎兵を打ち破った戦い。歴史上ではその直前に発生した【ヒシャルノベ事件】が有名であり、さらに戦闘のあった丘陵の正確な位置が未だに特定されていないこともあって、この戦闘はヒシャルノベ事件の一部として取り上げられることも多い。帝国領で起こった戦闘ながら、帝国軍が参戦してなかったため、この名がついた。


小規模な戦闘ながらカーマイン帝の初陣であり、彼が後に両部族を重宝することになる一因とも言われている。


【結果】


ゴティロワ族・アトゥールル族連合の圧勝


【交戦勢力】


〇ゴティロワ族/アトゥールル族


●ガーフル共和国


【指揮官】


〇カーマイン帝/ペテル・ド・パール/ゲーナディエッフェ・ラ・ゴティロワ


●不明


【戦力】


〇ゴティロワ族300


 アトゥールル族500騎


●ガーフル重装騎兵1000騎(従士1000~2000)


【損害】


〇軽微


●1200~1500

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― 新着の感想 ―
「後に〜」みたいな後日談 めっちゃ好き!
[一言] 『炎の光線フラマ・ラクス』で指揮官倒しちゃった!!! こういう、文字少なくバッサリやっちゃうのかっこよすぎでしょ。すごく強いのにちょっとしか活躍してないっていうの うおおおおめっちゃいい!!…
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