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ヒシャルノベ事件2



 その夜、俺たちは丘陵地帯で野宿することとなった。


 隊列が止まった位置からは、かなり南に距離を取れたと思われる。この辺りは高低差があるおかげで、土地勘のないガーフル軍の進軍速度は落ちるはずだ。とはいえ、俺やロザリアにもそれは無く、地図を頭に入れていたティモナですら実際の地形との齟齬に苦戦していた。この時代の地図は、やはりまだ正確性が高くはないらしい。


 夜通し逃げるという手もあったのだが……敵が捜索の為に部隊を分散させている為、情報収集を優先する形となった。



 ガーフル軍が展開していると思われる一帯から死角になるよう、反対側の斜面に簡易的な陣を敷く。

 ベルベー王国の魔法使い部隊が近くの街で急遽購入した簡易テントや寝具しかないから、陣と言うよりただの野宿だが。


 追跡されないよう、かなり気をつけての逃走だった。ここは死角になっているし、一晩くらいは捕捉されずに越えられるだろう。焚火の煙は見えるかもしれないが……ある程度近づかなければ分からないはずだ。周囲は彼ら魔法使い部隊が警戒に当たってくれているし。



「捕捉されるとしたら明日の朝か」

「敵が野営し、しっかりと休息を取るならば……一日分の距離は開けたかと」

 ティモナの言う通り、この辺は敵がどう動くかで変わってくる。だからこその情報待ちだ。


「だがその可能性は低い。敵はかなり帝国領奥深くにまで侵入しているからな。なるべく早く皇帝を捕えたいはずだ」


 ここまでやれることはやった。だから後は……


「寝る。ティモナとロザリアも今のうちに寝ておけ。見張りは彼らに任せる」

 ベルベー王国の部隊は他国の人間だ。本当は信用してはいけないのだが……交代で見張りなんて言ってる余裕は無い。それに、彼らが本当に裏切るなら一人だけ見張りにしようが無意味だろう。その時はその時だ。



***



 人の気配と話し声で目が覚める。剣呑な気配ではない……味方か。


 テントから出ると、既にティモナは起きていた。その隣には、土ぼこりで汚れた男が(こうべ)を垂れていた。


「陛下。こちらアンリ・ドゥ・マロー。ヴォデッド卿の配下で、今巡遊における密偵の頭目です」

「御身を危険に晒し、弁明しようがございません」

 なるほど、密偵の生き残りとようやく合流できたのか。


「謝罪はいい。報告を」



 彼らが持ってきてくれた情報は、まさに値千金と言うべき物だった。


 まず、ガーフル軍の動向。彼らは現在、定期的に小休止を挟みながら移動してきているらしい。


 順を追って説明すると、馬車の隊列の中に皇帝がいないと確認した彼らは、皇帝は真っ先に都市へ逃げ込むつもりだと判断した。まぁ相手がただの愚帝であれば、俺でもそう考える。この判断自体は間違っちゃいない。だが残念なことに、俺はそちらには向かわなかった。


 周辺都市へ向かう道を封鎖するも皇帝を捕捉できなかったガーフル共和国軍は、この段階で撤退の準備に入っていたようだ。

 彼らにとって、既に最低限の作戦目標は達成できたという判断だったのだろう。

 帝国を混乱させ、ラウル公の威厳を損なわせ、皇帝にガーフル共和国に対する恐怖心や苦手意識も植え付ける。確かに、巡遊の隊列を襲撃した時点でこれらの目標は達成できているからな。


 しかしここで、状況が一変する報告が彼らの元に入る。「皇帝の乗っていた馬車」が発見されたのだ。これにより、皇帝がその周辺にいる可能性が高まっただけでなく、皇帝が不慣れな騎乗で逃亡していると判断。追いつけると考えた共和国軍の指揮官は、全軍に進軍を命令した。

 彼らは街道封鎖を行っていた部隊を呼び戻しつつ、捜索の輪を広げながら南下中。このままいけば明日の朝にはこの丘陵地帯で捕捉されるだろう。



 次に帝国側の動き。大前提として、ラウル公はテアーナベ連合との前線に主力部隊を連れて行っており、その埋め合わせとして傭兵を雇っている。これは元々知っていたことだった。

 だが宰相は、領地に残した『ラウル公軍』を国境に配置せず、大都市に駐留させていたようだ。そして国境警備は傭兵団に任せていた。

 今回の襲撃は、この国境警備に当たっていた複数の傭兵団が、ガーフル側に裏切ったことがそもそもの原因である。もちろん、金で。


 ……どっかの権謀術数主義の外交官ではないが、傭兵とはそういうものである。



 さて、それでは共和国軍に対し帝国側が無抵抗かと言うとそんなことは無い。ラウル公以外の宰相派貴族領にて兵の動員が始まったようだ。が、こっちは間違いなく間に合わないだろう。


 現実的に間に合いそう……というか、俺の元に現在進行形で向かって来ている軍勢は二つ。いや、正確には()()()か。


 一つは『ゴティロワ族』。ブングダルト帝国内に()()自治領として存在する部族だ。その領地は『天届山脈』の麓であり、ラウル公領のさらに東の辺境に位置する。いわゆる山岳部族であり、彼らはガーデ支族が南下してきた時、真っ先に盟約を結んだ一族だ。それからガーデ支族がロタール帝国の臣下になった時も、ブングダルト帝国を興した時も、変わらず隣人として、盟友としてガーデ支族を支えてきた。

 では現在、帝国と友好な関係かと言えばそうではない。どうも宰相は彼らといくつか利権対立を抱えているようで、『帝国』の名で彼らの自治にしきりに干渉しようとしているようだ。


 現族長、ゲーナディエッフェは分裂していた南北ゴティロワ族を20代のうちに統一した部族の英雄だ。その為、敬意をこめて『両ゴティロワ族長』と呼ばれることもある。

 彼らが、わざわざラウル公領西部まで出張ってきている……どう考えても事前に情報掴んでただろう、これ。不穏だな……本当に俺を救うつもりなのか、あるいは殺してしまうつもりなのか、もしくは……見極めたいのか。


 もう一つの軍勢は『アトゥールル騎兵団』。傭兵団を名乗ってはいるが、その実情は一つの遊牧騎馬民族である。ガーフル族のように土着化(定住化)しなかった一族で、聖一教西方派が異民族排斥に勤しむ一因でもある。

 傭兵として活動することにより、その地の貴族の保護を一時的に受けることができる。そうして生き残ってきた彼らは、現在ラウル公に雇われている。現族長ペテル・パールの元、統率のとれた彼らはアンリ・ドゥ・マロー曰く「傭兵の中で最も厄介な部類」だそう。


 彼らもまた、味方と安易に考えてはならない。


 (宰相)はゴティロワ族と対立し、アトゥールル族を雇っている。しかし弟の方はアトゥールル族迫害を推し進め、ゴティロワ族とは対立していない。この辺の微妙な関係のせいで、皇帝をどうするつもりなのか全く読めない。しかもこの両部族は仲が良いらしいよ。



 この両部隊が、真っすぐこちらに向かって来ているらしい。間違いなく我々を捕捉しているんだろうな。


「いかがなさいます、陛下」

「逃げるのは論外だ。状況が好転する未来が見えない。待つしかないだろう」

 そもそも本物の遊牧民族から逃げ切れるわけないし。


「この混乱に乗じて陛下を討つ算段かもしれません」

「その時はその時だ。なりふり構わず戦うさ」

 全力で魔法ぶっ放して暴れれば何とかなるだろう。ダメだった時は……ここで死ぬ。それだけだ。


 それが戦争。自分だけ違う土俵にいるつもりなど毛頭ない。


「ここに来るまでどのくらいだ?」

「夜明け頃には視認できる位置まで来られるかと」

「まもなく東の空が明らみ始める頃です」

 ティモナの補足で東の空を眺める。 ……なるほど、もうすぐか。


「両部隊の動きに気づき次第、ガーフル軍もここを目指してくるだろう。上手く両部族が味方となってくれればここで交戦だ。アンリ・ドゥ・マロー、この丘陵及び周辺の地図を出来る範囲で作れ。灯りの使用も許可する」

「はっ。承知致しました」

「ティモナ、側仕人として族長二人を歓待する準備を。出来る範囲で構わない」

「……かしこまりました」


 これは賭けだ。上手くすれば……強力な味方()が二つ手に入る。というか、それくらいできなきゃ皇帝としてこの先やっていけないだろう。


「とりあえずロザリアを起こすか」


 あとは神のみぞ知るってね。



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