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目を逸らしてはならぬ

難産だった。

念のため……R15、グロ描写注意です。



 五月某日。皇帝一行は無事、ベイラー=ノベ伯領北部……すなわちテアーナベ連合との国境付近に到着した。


 北部にあるこの街は、まるで祭りでもあるかのように賑わっていた。


「随分と賑わっておるのぅ」

 馬車の中は相変わらず、俺とロザリアだけ。皇帝とその妻しか入れないっていう規則だからな。


 だがここに来て、馬車の周りには常に貴族が張りつくようになった。そのせいで常に愚帝モードでいなくちゃならない。ホント、めんどくさい。


「えぇ、陛下。我が領ではいつもこれくらい賑わっております。流石に帝都と比べられてしまえば閑散としていましょうが」

 ベイラー=ノベ伯ティモナ・ル・ショビレ。官職は確か……狩猟長官だったか。印象的なしゃがれた声で、自己顕示欲にまみれた物言いが不快だったから、よく覚えている。


「余は宮廷から出ぬ故、分からんのう。じゃが帝都から出立する時は静かじゃったぞ」

「なんと! 私は賊軍と対峙しており、常に最前線におりました故、帝都の様子は知りませんでした。この見識の狭さをお許しください」

 「帝都より俺の街の方が賑わってて凄いだろ」っていう意味なんだろうなぁ。

 ……幼い皇帝相手にマウント取って楽しいかね。言動も行動も小物臭いな、コイツ。


 そもそも、この街の賑わいはいわゆる『戦争特需』によるもの……単純に()()景気がいいから賑わっている。ラウル公から直接、資金の支援などもされているだろうしね。戦争が無ければ辺境と言っても良いこの街は、ここまで賑わいはしないだろう。

 そしてこの男は、定期的に帝都の俺の元へ来ては遠回しに馬鹿にして帰っていく。嫌みとか全部気づかないフリしてるからな。毎回満足そうに帰って行くよ。だから帝都の様子を知らないってのも嘘。

 その上、最前線にいるっていうのも嘘だ。この街で兵士が略奪してきた物品を「徴税」と言い張り何割か巻き上げては豪遊している……と、ティモナから報告を受けている。実際、ここ数か月で体の大きさが倍になったんじゃないか? もちろん横に。


 嫌だなぁ。この国の貴族連中、こんなのばっかりだったら。()()するの大変そう。


「うむ、良い。して前線とやらはどこじゃ。近いのであろう」

「えぇ勿論。本日はこちらに一泊していただき、明日参りましょう。本日はこの街のご案内を……」


 お前ずっとこの街にいるんだからここが最前線なんだよな? って皮肉だったんだけど、伝わってます? ……あ、伝わってねぇなこれ。


 でもロザリアは小さく笑ってた。やったぜ。



***



 翌日の朝食……面倒なことに現地貴族や宰相らとの会食になったこの時間に、珍しくティモナが俺の側にやって来た。ティモナはなるべく目立たないよう立ち回っている為、貴族がいる前では黙って控えていることがほとんどだ。

 そのティモナが、よりによって宰相がいる前で、わざわざ俺の元にやって来たのだ。


「陛下、朝食は控えめに」

 ティモナの耳打ちは、短いその一言だった。


 だがそれだけで十分だ。

「うむ。それでよい」

 宰相の前で怪しまれる訳にはいかない俺は、感謝の言葉ではなく、そう言葉を返した。ティモナにはこれで伝わる。本当に、ありがたい忠告だ。



 忘れていた訳ではない。ただ、想像力が足りないのだ。前世で戦争を体験しなかった俺には、そこがどんなところなのか、あくまで抽象的なイメージしか湧かなかったのだ。

 ……この世界で皇帝として生まれた俺には、許されない甘えだ。




 最前線……そう宰相たちが主張する地域。その一帯を見下ろせる、小高い丘を登っている。流石に馬車では上がれないので、馬で移動しているのだが……むせ返るような血の匂いが、どんどん濃くなっていく。


「臭うのう。鼻がおかしくなりそうじゃ」

「ハッハッハ。陛下、これが戦場の匂いですぞ」 

 前を行く宰相がそう言った。振り返った彼の目は、冷徹に俺を観察していた。


 まだこのくらいの生理的嫌悪であれば、口にしても問題にはされないようだ。だがあまり態度に出ると、次から戦争や軍に対し、一切口出しが出来なくなるだろう。「陛下は戦場が苦手なご様子。嫌なことを考えられる必要はございません」とでも言われてしまえば、俺はもう何も言えなくなってしまう。

 それでも尚、しつこく口を出せば怪しまれるだろう。そして、愚かな傀儡ではないと判断されれば、すぐに処分(暗殺)される。


 あくまで皇帝()は、遊戯盤や演劇を見ているかのように、そこで殺される人々が自分と同じ人間だなんて思いもしないように、無邪気で短慮で愚かに振舞わなければならない。

 戦争が悪だとか、平民も貴族も同じ人間だとか、そんなことは教えられていないのだから。こんな所で、貴族共に怪しまれる訳にはいかない。


 例えそこに広がる光景が、この世の地獄であろうとも。



 辿り着いた丘の頂上。そこから見下ろすのはテアーナベ連合領の村……いや、()()()()場所だ。



 燃えていた。田畑も家も、そして道端の木に吊るされた()()()()()()()()も。



 ベイラー=ノベ伯が、得意げ声で堂々と()を言い放つ。

「ご覧ください。あの村には卑怯にも敵軍が潜伏していたのですが、我らはそのような卑劣な戦法に臆することもなく勝利。大勝利でありました」


 テアーナベ連合軍(黄金羊商会)は交戦することで兵士が消耗することを嫌い、帝国近くの村を見捨てた。だからここには、テアーナベ連合軍は来ていない。

 恐らく、彼らは自分たちの村を守るべく抵抗したのだろう。そしてこいつらは、それを『敵軍』と言い張った。それがこの惨状に繋がる。



 血の臭い、肉の焼けた臭い、田畑が焼けた煙の臭い、そして少しの刺激臭。吐き気を催す臭いの中で、初めに聞こえた音は笑い声だった。


 兵士たちの、笑い声。


 そして鋭く響く、絶叫。それから再び起こる笑い声。



 それが何か理解した時、俺は今更ながら、こう思ったのだ。


――あぁ、ここは異世界なんだ、と。




 生きながら燃やされている男の悲鳴、犯される女性の怨恨の声、そしてそれを見る兵士たちの歓声。耳に残る、貴族共の笑い声。


 これが、この世界の、当たり前。



 そして……この惨状は、俺の言葉で引き起こされたことだ。俺が宰相にテアーナベ連合討伐について尋ね、巡遊の視察先に選ばせたことで起こったことだ。



――俺の命令で、こうなったのだ。



 もしかするとこれまでだって、俺の何気ない言葉で、行動で、この惨状は起こっていたのかもしれない。そして、俺が皇帝として実権を取り戻し、この国を動かしていくのであれば、全く同じ光景を何千と繰り返すことになる。


――それが、皇帝。



「では奴らは、敵兵の生き残りなのか?」


 ……気持ち悪い。


「それと敵に協力した者も含まれますなぁ。しかし平民は信用なりませぬ。再び敵に協力する前に殺してしまわねば」

「うむ、そうか。ではあそこでは何をしているのじゃ」


 気持ち悪い。


「あぁ、あれは。 ……他の敵部隊の情報を聞き出しているのですよ。奴ら、ああでもしないと口を割りませんからなぁ」

「ほう! 既に次の戦いに向け準備をしておるのか。重畳(ちょうじょう)重畳(ちょうじょう)


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!!


 この光景が! こいつらの笑みが! そしてこんな言葉を吐かなければいけない無力な俺が!!


 気持ち悪い……クソッ……




 ……皇帝とは、なんて罪深い存在なんだ。

 この光景が、その罪の証拠だ。来世があれば、彼らの分も苦しみを得るだろう。地獄があれば、永遠にその苦痛を味わうだろう。


 それは既に、思い知らされた。だからもう……耳を塞いで、目を閉じてしまいたい。


 そもそもこんな所に来なければ、知らずにいられたなら、どんなに楽だっただろう。ただ人を数字として見て、書類一つで数百数千の命を殺す。それがこの世界の為政者なのだ。俺だって、それでいいんじゃないか。


 早く、この光景から目を背けてしまいたい。



――けれど、それでも。

 『知らない』ということは、それ以上に罪深いことだと思うから。


「次は戦っているところが見たいのう」


 目を逸らすな。


「むぅ、いつもそう危険危険と……遠くからでもいいから見てみたいものじゃ」


 この嫌悪を悟られるな。


「おぉ! 燃え上がった。これはこれで圧巻じゃのう」


 そしてこの光景を魂に刻め!


「しかし流石に煙たいのう……何? 丘の手前に天幕があるのか! 準備が良いのう。流石は宰相じゃ」


 欺け。笑え。そして忘れるなっ!


 ――俺は、皇帝だ。



 日が沈み、炎が全てを焼き尽くすまで、俺はその光景を目に焼き付けた。



どこまで書くべきか、どこまで書いていいか、どこまでがリアルでどこからが余計なのか。悩むとキリが無いですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] これが異世界なら 地球上には異世界がいっぱいだね
[一言] 良い章だ。
[一言] 皆殺しか 相当悪い方の貴族像だなぁ
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