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同衾



 執事服の男が帰り、しばらくしてドアがノックされた。

 入るよう促すと、案の定ティモナだった。彼は部屋に入り、扉を閉めたかと思うと、流れるような動作で平伏した。


「陛下の元へ暗殺者の侵入を許すなど、末代までの恥。お詫びのしようがございません。ご命令あれば今すぐにこの身、自らの手で切り刻ませていただきます。どうかご命令を」

 ……なにそのグロテスクな詫び文句……え、本気じゃないよね?


「その変死体、誰が処理するんだよ……詫びの必要はない。それだけ、彼は優れた魔法の使い手だったよ」

 空間干渉できるのって普通にズルいよな。俺は空間系の魔法が使えないから羨ましい。

 ゲームのイメージで上手くいかないから、ある程度の理論かじってて、より細かいイメージが必要なんだろうなぁ。


 主君として本来は叱責するべきなのかもしれないが……これを責めるのはちょっと違うと思う。

 ぶっちゃけ、寝てるときに忍び込まれたら打つ手無しだっただろうし……あぁいや、その場合は寝ずの番のティモナが防ぐのか。その時はちゃんと防いでくれただろうし、やっぱりティモナを咎める必要も無いだろう。


「ただ……流石に疲れたな」

 命のやり取りをしたのだ。肉体的な疲労もあるが、何より精神的な疲労が大きい。


「……ロザリア様をお呼び致しましょうか」

「何故そうなる。ところで……あの男が出て行ってからこの部屋に入ってくるまで、少し間があったな。そんな遠くに隔離されていたのか」

「いえ。腹に据えかねたので、一発蹴りを」

 魔法使って逃走中の彼を捕捉して一発入れてきたってことか。それ、俺でも難しそうなんだけど。


 ……あれ、俺見逃すって言ったよな? ……もしかして問題になる?

 


 いや待て。俺は見逃すと言ったが、「その他の誰か」がどうするかについては何も言ってない。だからきっと大丈夫、うん。問題ない問題ない。


「……それで? 前線の様子はどうなっている」

「はい。それではテアーナベ連合国境における戦況を報告させていただきます」



***



 俺たちの今回の目的は、交戦中の国家……いや帝国的には反乱軍か。まぁともかく、そのテアーナベ連合との前線を見て、「ちゃんと戦っている」ことを確認するのが表向きの目的。

 そして宰相らは、どうにかして皇帝に「ちゃんと戦っている」と勘違いさせるべく、わざわざ前線へと赴いている訳だ。


 実際にはまともに戦ってないからな。それが皇帝にバレないよう、これまで以上に厳重な警備に囲われることになるだろう。敵への備えではなく、現実を知っている平民や商人と俺が接触しないようにっていう備えだな。


 ……当然、無駄な努力だが。



「既に国境は突破している模様です。この隊列も予定を変更し、国境を越えた位置まで前進するでしょう」

「……皇帝を最前線に? それだけ押し込んでいるということか」

 いくら今回は傭兵ではなく、公爵領の軍を宰相が直々に率いているとはいえ、ここまで一方的になる物なのか?


「いえ。前線ではほとんど戦闘が発生しておりません。テアーナベ連合軍は後方まで下がり、国境付近の村々は見捨てられたようです。現在、ラウル公軍はこの村々を焼き払い、『戦闘に勝利』と言い張っています」

 戦闘すら起きていないだと?

「罠の可能性は」

「ございます。ですが……軍を伏せた様子が無い事、ラウル公軍を上回る軍勢であることを隠す様子もない事、テアーナベ連合の都市に近づいた部隊が殲滅された事から、彼らは会戦を回避したものと考えられます」

「チッ。全部読まれてんのか」

 思わず舌打ちが出た……できれば少しでもラウル公軍とテアーナベ連合、敵同士で潰し合ってほしかったんだが……


「損切り、か。商人らしいな」

「はい。会戦による兵の損失といくつかの村が()()することを天秤にかけ……許容できる範囲まで下がったと見てよろしいかと。そしてそれに気づいた公爵軍も、一定以上は踏み込んでいないようです」

 クソ。結局()()()()で済まされるか。


 ……まぁ、テアーナベ連合の軍勢自体は確認できている。ということは、中央大陸に更なる兵器や傭兵を送らせないという、最低限の仕事は達成しているということだ。今回はそれで良しとするしかない。



 となると、問題は……

「摂政派に動きは?」

「摂政派、でございますか?」

「あぁ。ラウル公軍を削らせるために、余計な支援をされると困る」


 戦争が絶えない中央大陸……そこで着実に利益を拡大している『黄金羊商会』。彼らは中央大陸に対し、不足している物を高値で売りたがっている。その一例が武器や傭兵だ。


 だが戦争中の国家において、それ以上に不足する物がある。

 そう、『食料』だ。


 そして帝国は……東方大陸有数の『穀倉地帯』を抱えている。


「少しでもラウル公に嫌がらせをしたいからと言って、テアーナベ連合に食料の支援などをされると困る。連中、間違いなく中央大陸に売りさばくぞ」

「なるほど。そちらは密偵に監視させましょう」

「頼むよ」


 正直、帝都で派閥を強化している式部卿に、そんな余計な事している余裕は無いと思うが……領地に残っている彼の息子たちが、どんな動きをするかがちょっと読めない。



 それにしても……

「国土を侵されても『切り捨てる』か……もはや国家とは言えんな」

 普通、侵略されたら軍を出して迎撃する。不利だったら()()()()機会をうかがう。

 損害が大きく、割に合わない勝利を「ピュロスの勝利」と言うが、逆に言えば「割に合わなくとも戦争は起きるもの」なのだ。それを「損だから」と言う理由で国土を明け渡すなど……到底、国家の行動とは思えない。


 もちろん、勝利のための作戦として国土を明け渡すことはあるけどね。

 そしておそらく、『黄金羊』は領主たちに対し、そのように説明しているのだろう。『黄金羊』はあくまで、テアーナベ連合に協力している一商会に過ぎないのだから。


 実際、領主たちは骨抜きになっているだろうけど。



 ……ふむ、これは嫌がらせに使えるか。

 領主たちが、『黄金羊』による撤退の強要が「作戦」ではなく「損切り」だったと確信すれば、彼らの反発は必至だろう。騙された訳だしな。


 問題はどうするかだ。最終的に奪回されてしまえば、どうとでも言えてしまう。苦しかろうとも「勝利のための撤退だった」という主張の筋が通ってしまう。


 であれば、だ。ラウル公軍がこのまま撤退できない理由……今の状況が「一時的なもの」ではなく、「維持しなければいけない」理由を作りだせばいい。



 となると……


***



「……陛下。陛下!」

 微かな花の香りがして、声をかけられていることに気がついた。

「あれ、ロザリア?」

 いつの間にか、目の前にはロザリアがいた。手を握り、心配そうな目でこちらを見ている。ふと周りを見渡すが……いつ間にかティモナはいなくなっていた。


「どうしてロザリアがここに?」

「ル・ナン卿に無理を言って入らせていただきましたわ……陛下、お怪我は?」

 どうやら俺が襲撃されたことを知っているようだ……あいつ、余計な事を。


「無いから心配するな……ティモナから聞いたのか?」

「いいえ。侍女が気づきましたの。それから戦力を集めている間にもう……申し訳ありません」

 分かりやすくシュンとしているロザリアは、そう言って謝罪した。


 ティモナにあらぬ疑いをかけてしまった……だが勝手に部屋に入れたのは事実。まぁ、その程度じゃ怒らないけど。

 部屋にいない所を見るに、俺に対する「休め」というメッセージなのだろう。



 それは置いといて。あの戦闘は激しかったとはいえ、結界が張られていた。それでも気づけたということは……


「その侍女は魔法使いか。それもかなり優れた技量を持つ」

「……はい」

 なるほどね。


「そして戦力を集めていたということは……他にも魔法使いを連れてきているな? それも全員、ベルベー王国から」

「はい……お咎めに、なりますか?」

「まさか。君が誰を連れてこようが君の自由だとも。ただ、詳しく知りたいとは思うかな」

 一国の王女様なのだ。帝国の護衛を信用せず、自国から派遣していようが何もおかしくない。俺だって帝国の護衛なんて信用してないしね!


「勿論です、陛下。この隊列に潜入できたのは3名。のこり18名は護衛に気づかれないよう、周囲に展開しております。率いているのはサロモン・ド・バルベトルテ。私の叔父です」

 彼はこの巡遊の隊列に加わっている。隊列の中と外で連絡が取りづらいだろうに、その彼が指揮官ということは……軍属か。彼、元将軍だし。


「全員魔法使いか」

「はい。本来であれば3名のみで突入させるべきでしたわ。ですが中途半端な戦力では陛下の足を引っ張り、余計な混乱を生むだけかと思いましたの……」


 ふむ。まるで自分の責任かのように言っているが……

「その判断をしたのはサロモン卿だろう?」

「……はい」

「正しい判断だ。気にしなくていい」

 俺でもそうするだろうしね。だがまぁ、中で行われていた戦闘が「介入しても無意味」と判断できるくらいには、魔法使いとしての力量のある者たちのようだ。


 ……そういえば俺とロザリアが婚約する前、追い込まれていたベルベー王国は魔法が使える少年少女を「兵士」として実戦に投入する直前までいったんだっけ? たしか彼らの面倒を見ていたのがサロモンのはず……もしかすると、その部隊か?


「外の18名とは、この街でようやく合流できましたの。ご報告が遅れてしまい……」

「もう謝らなくていい」

 なんて言うか、ロザリアにそんな表情されると落ち着かないのだ。


「彼らに頼るときが来るかもしれない。期待していると伝えておいてくれ。それから、そんな表情をしないで欲しい」

「ですが陛下。陛下に何かあったらと思うと、胸が苦しくて」

「だから無事だって、まったく……そんなに心配しなくていい」

 まぁ、皇帝が直接戦うってことが普通ではないことも分かっているから、心配されて仕方ないと思う部分もある。けどさ、こそばゆいんだよね。そういうの。



「では……お休みになられますか?」

 それも心配です、とロザリアは言った。


 そこで上目づかいになるの、ズルいんじゃないかなロザリアさん。

 本当はもう少しテアーナベ対策を考えたかったんだけど……まぁ、馬車の中で考えればいいか。


「わかった。今日はもう寝るよ」

「はい!」



 ……ん? 帰らないの?


 ここで寝る? 俺がちゃんと休むか監視するって? ……婚前の身で同じベッドで寝るってどうなの。まぁ、子供だし何も起こらないだろうけど。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 初の魔法戦、面白かったです。 同郷の彼に空間魔法のコツを聞く訳にはいかなかったのかなー?皇帝君には使えないのでねー。 強敵と書いて友と呼ぶように、転生者として友になる展開でも面白かったよ…
[良い点] いろんな描写が細かいのは長所だね
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