大事な大事な第一歩
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バックドラフト……火災時、密閉された空間では不完全燃焼により火の勢いが衰え、可燃性のガス……主に一酸化炭素が『溜まった』状態になる。火災現場ではこの状態で、窓やドアが解放……つまり酸素が供給された時、一酸化炭素がこの酸素と結びつき、二酸化炭素へ化学反応を起こす。この急激な化学反応の際、爆発を引き起こす。
これが本来のバックドラフトだ。この現象に必要なのは密閉空間、不完全燃焼、種火、一気に供給される酸素、そして一酸化炭素が溜まるまでの時間。
これは俺が知ってる化学反応の中でも、魔術で再現しやすい部類だ。
まず、魔法で生成した「炎」を酸素すら通さない結界……『完全結界』で覆うことで酸素の供給を断ち、その上で「炎」が消滅しないよう魔法で無理やり燃やし続け、不完全燃焼を継続。そして結界内で一酸化炭素が充満してきたところで、目標地点へ結界ごと移動・解除。一気に空気中の酸素と反応し、爆発……人工的にバックドラフトを発生させる。
この魔法のメリットは、爆発が純粋な化学反応ということだろう。
例えば『炎の光線』は本来、純粋な熱エネルギーの圧縮・投射なので「対魔法」のみを条件とした防壁魔法の影響は受けない。しかしこの「熱エネルギー」を俺は魔力を変換することで生み出している。その為、この熱エネルギーも元をたどれば魔力であり、「対魔法」のみを条件とした防壁魔法にも防がれてしまう。
しかし今回使った人工的なバックドラフトは、爆発に関しては純粋な化学反応である。したがって、「対魔法」のみを条件とした防壁魔法では防ぐことができない。これは魔法への対策ばかり優先しがちなこの世界の魔法使いに対し、かなり有効な攻撃手段となるだろう。
ただまぁ、今回この魔法を選んだのには別の理由がある。
この魔法には弱点として、供給された酸素と一酸化炭素が反応するまで若干のタイムラグが発生することが挙げられる。そしてこれこそが今回選んだ理由でもある。何せ、防いでもらわなければ困るからな。ちゃんと「バックドラフト」であることも伝えたのだ。一瞬とはいえ、彼なら十分に防げると見たのだ。
爆炎が収まると、ボロボロになった執事服の男が跪き、両手を上げていた。
「……降参だ。隙がない上、私にはもう余力が無い。こちらに打つ手なしだ」
「爆発自体は例の『異空間への扉』で完璧に防がれたように見えるが?」
「これには事前準備がいる。そしてこれが最後の一つだった……ということだ」
本当かぁ? どうせ予備にもう一個くらい持ってるだろう。
「まさか影武者が同郷とは……私もついてないな」
「ふむ、惜しいな。そこまで行って答えにたどり着けないとは……まずは前提を放棄するところから始めたらどうだ?」
その言葉に、男は大きく目を見開いた。
「まさか……皇帝本人?」
「色々と訳アリでね。生まれた時から愚者を演じている。お陰で最近は堂に入っていると自負しているよ……それで? 君の暗殺理由に変化は無しかい?」
「……いや。それが本当なら話が変わる……なるほど、それで交渉か」
良かった。やはり愚帝がいただけないという話だったか。
「では交渉といこうか……まぁ、君に拒否権なんてないけどね」
***
「さて、君のご主人様の名前は言えるかい?」
「それだけは黙秘する。命に替えても」
まぁ、高い忠誠心をお持ちの様だし当然だな。むしろその方が信用できる。
「結構。ならその『お嬢様』とやらが帝国貴族である前提で話を進めよう」
その場合でも、『お嬢様』の立ち位置は推測しなければ。
「宰相派、摂政派の中枢にいるならば、そもそも俺が『愚帝』であることにデメリットは感じない。となると、中立派あるいは派閥に属するも中枢では無い、もしくは派閥中枢の家だが本人が爵位継承者でない、か」
この場合、中立派であれば宮中伯が動きを事前に補足していたはずだ。そして派閥の中枢にいない場合、特に今日の襲撃は難しかったはず。
「今日は馬鹿どものせいで大幅に遅延した……その魔法であれば、随分と前から館内に潜伏もできるだろうが……やはり発覚のリスクがある。となると、この時刻に到着することを知ることのできる立場だ。それに館内のどこに誰がいるのか把握しておかなければ、帰還を前提とした暗殺は不可……つまりどちらかの派閥中枢の貴族家だが、継承者ではない。という線が濃厚か?」
帰還を前提としない場合、暗殺結果を観測する専用の人員がいる。それが今回は感知できていないからな。単独行動と見ていいだろう。
あと、下級貴族の場合そもそも宿泊場所の特定も難しいだろう。準備してないときに皇帝に死なれるのは、宰相・式部卿にとっても不利……皇帝の詳しい旅程などの情報は、厳重に秘しているはずなのだ。
「ついでに言うと、『お嬢様』とやらは『家』の考えと異なる人物の可能性が高い……そんな所かい?」
執事服の男は黙って肩をすくめた……ふむ、流石に表情からは読めないか。
「愚帝が将来弊害になると考え、暗殺を目論む……つまり皇帝は真っ当な人間であって欲しいとの考え。なるほど、確かに現状は変革すべき状況だな」
「だが貴方は現状維持を望む。それは今の立場に満足している訳ではなく、単に機会を窺っていると?」
「もちろん。中途半端ではヤツらはしぶとく生き残ってしまうからね」
今でも、やり方によれば政権は奪取できるだろう。しかし、その後が問題だ。戦力のない俺では、帝都周辺の維持が精いっぱい。ラウル公・アキカール公討伐など机上の空論となってしまう。
それではダメなのだ。帝国がさらに弱体化してしまう。
「そこで提案だ……俺に協力しないか?」
「愚帝と呼ばれる貴方に、味方しろと?」
「なに、今すぐ味方になれだの協力しろだのと言うつもりは無い。俺としてもタイミングを見計らっている現状、勝手に動かれても困るしな。だから俺からの提案はこうだ。もし、俺が宮廷を完全に掌握し、帝都周辺を勢力下に置いた場合、待っているのはラウル公軍及びアキカール公軍との内戦。その時になったら、『お嬢様』にはその家を乗っ取った上で、こちらについてもらいたい」
男は眉をひそめる。まぁ、家を乗っ取るってのは相応のリスクがあるからな。
「……こちらのメリットは?」
「家名の存続。派閥に所属していたことについてと、乗っ取りについては不問とする。貴家に所属する人間に対する処罰の一任……これは無罪とするも良し、処刑するも良しだ。早い話、対抗馬のみを処刑してそれ以外は全員恩赦、でも構わない。その場合の恩赦理由は『貴家の皇帝に対する献身』としよう」
この恩赦理由の場合、家臣が恩義を抱くのは皇帝ではなく『お嬢様』だ。そうすれば『家』の統制も極めて取れやすいはず。まぁ、味方となる諸侯の家が混乱していては、他でも無い俺が困るしな。そのくらいの手間は必要経費だろう。
「爵位昇格くらいは欲しいのですがね。その位の保証は出来ませんか?」
「それは行動次第だな。悪いが無能にくれてやる席はない。だがちゃんとした働きがあれば報いるとも。何せ上の連中はほとんど一掃されるのだから、席には十分な空きがあるだろうよ」
何なら、この男が望むなら独立させてやっても良いしな。
「なるほど。ちゃんと『その後』を考えておられるようだ」
「あぁ。それと安心しろ。俺は男尊女卑なんて非効率的な考えでこの国を運営するつもりなど無いよ。男だろうが女だろうが、優秀な人間を遊ばせておく余裕など無いからな」
これは『お嬢様』にとって必要な条件であり、この上なく魅力的な条件のはずだ。この世界にも、前世ほどではないが男尊女卑の風潮はあるからな。
「……申し訳ないが、この場で返答はでき兼ねる。しかしその条件、必ずお嬢様にお伝えしよう」
「もちろんそれで構わないとも。そもそも貴家がどこなのかすら分かってないのだからね。あぁ、それとさっきの条件は俺が政治を掌握した後、こちら側についた全ての家に適応されるから」
これは言っておくべきだろう。後で騒がれても面倒だからな。
「ほう。それでは当家のみのメリットとは言えませんね」
「おや? 知っているのと知らないのとでは、比べるまでもないはずだが? 特に現状、一番乗りだぞ」
本来、こういった交渉で「一番乗り」は伏せておくべき情報だ。誰だって追従する方が安心なのだから。だが今回は今すぐではなく、「時が来たら」である。さらに言えば、具体的なタイミングは一任している……早い話、俺がその領地を攻めようとしてから、家を乗っ取ったとしても遅くは無いのだ。理由なんて、「確実に成功させられるタイミングは今でした」でいいのだし。
だからこそ、一番乗り……つまり「自分たちだけが知る情報」という部分の強調のみを考え、開示しても問題ないのだ。
「……その通りですね。そもそもこちらが見逃される時点で、格別の前払いと言えなくもないですから」
「それじゃあ交渉成立ということで。さて、問題は……」
俺は部屋を見渡す……直すのがめんどくさそうな物品は保護したが、壁や天井・カーペットなどは随分と焼け爛れてしまっている。
「この部屋をどうするかだね」
「こちらの魔法である程度修繕はできますが……如何せん魔力不足の現状ではどうしようもなく」
「魔力不足?」
別に魔力なんて空気中からいくらでも使えるだろう。
「えぇ。魔法使い同士の戦闘により急激にその場の魔力が消費された場合、その周囲の魔力が一時的に枯渇し、他所から魔力が流れ込んでくるまで魔法威力の低下、及び不発が発生します。戦場などでよく見られる現象なのですが……先程の戦闘はかなり激しかったので」
「なるほどね。見たところその空間干渉系魔法、魔力消費が相当『重い』ようだしね」
「お恥ずかしながら」
言われてみれば魔力を扱いづらい……か? いやでも搾り取ろうと思えばできそうだが……その辺は個人差があるのか? まぁいいや。
「ふむ。なら少し待っていろ」
いつもの要領で体内から魔力を取り出してく。
「……何を為さっているので?」
「体内に圧縮、保管している魔力を空気中に還元している。さっき双方が消費した分……まではいかないが、君が修繕に使う分くらいはあるだろう」
「……なるほど、敵わない訳だ」
自嘲するかのように、執事服の男は笑った。
「そうか? お前も戦闘以外に消耗していただろう。この部屋が封魔結界の影響下にないのは、この部屋だけを館から隔離し、『別の建築物』と誤認させているのだろう? その上で護衛が入ってこないように細工も、か。それさえなければ、可能性くらいはあったかもしれんぞ?」
ついでに言えば、この男の攻撃でかなり危ない場面があった。そう、俺の背後から武器を用いて奇襲したアレである。何せあの時……というより、俺は戦闘が始まってからずっと、結界内でバックドラフトを再現するために不完全燃焼を再現していた。もしこれが攻撃された場合、あの魔法はその場で暴発していた可能性だってあったのだ。
彼も冷静になれば、いくつか不自然な点を見つけられたはずだ。『反撃防壁』をあの奇襲でようやく使用したのは、そもそもそれが「バックドラフト」の魔法を守る為だけに用意していたから。俺が戦闘中一歩も動かなかったのは、テーブルサイズの結界を背後に置いていたため動けなかったから。『炎の光線』の継続乱射中に追撃を行わなかったのは、ランダムに反射する光線からこの魔法を守るのに必死だったから。
つまり、彼が選ぶべき選択肢は「あのまま背後からの奇襲を続ける」だったのだ。まぁ、わざわざ手の内を明かす必要なんてないから黙っておくけど。
「あくまで数ミリの『異空間』を差し込んでいるだけですよ。それに……貴方はその気になればその程度はいつでも壊せたはずです。そうすれば『封魔結界』は戻り、あとは貴方によるワンサイドゲームだ」
……ほう? 俺が『封魔結界』内でも魔法が使えると確信していると。やはり油断ならないな。
そうこう言っているうちに、男の魔法による『修繕』は進む。
へぇ、そこはそうやって。あぁ、そこは治癒の応用なの。ふーん、なるほどねぇ。いや、勉強になるなぁ。
「最後に、生かして頂いた私からの、お礼代わりの個人的な忠告です」
部屋が襲撃前と変わらないくらいまで修繕され、魔法を止めた男はそう口を開いた。
「ふむ、聞こう」
「絶対にワインを口にしてはいけません。是非お忘れなきよう」
それでは。とだけ言い残し、男は現れた時と同じように、音もなく背景と溶け込んでいき、離脱したようだ。
……やっぱり離脱手段残してるじゃねぇか。こりゃ事前に「交渉」って言ってなかったら逃げられてたな。
……てか。
「俺子供だから酒飲めないけどな」
うーん。どういう意味なんだろう。まぁ、飲む予定無いし、しばらくは良いか。
作中ではカーマインが「正解択」と言っている「背後からの奇襲を続ける」ですが、その場合カーマインは「バックドラフト」の魔法を放棄し、『炎の光線』でのみ決着をつける選択をします。
それまで固定砲台(サイ〇ミュじみた攻撃をしてくるが)だったのが、移動しつつビームの乱射と狙撃を織り交ぜる「高軌道砲台」へと変わるので、どのみち彼にカーマインは倒せません。
正解は「そもそも『封魔結界』と止めずに、剣のみで決着をつける」です。
カーマインがあれだけの大技を繰り返せたのは、空気中の魔力を好き放題使えたからです。『封魔結界』内では体内に蓄えた分の魔力しか使えないため、そもそも攻撃自体が消極的になります。そんな薄い弾幕下であれば、護身術程度しか身に着けてないカーマインなど、彼なら容易く殺せるでしょう。
……その場合、先にティモナを倒す必要が出てきますが。特にティモナとカーマインの合流を許した場合、この主従コンビは戦闘において相当厄介です。
カーマインの魔法が反射や屈折など『曲射』に力を入れているのは、前に護衛がいる前提……つまり指揮官として味方に当たらないよう「支援」をすることが念頭に置かれている為ですし。
つまりティモナを瞬殺し、カーマインと『封魔結界』内で一対一で戦闘する……が、彼が暗殺を成功させる「最低条件」でしょうか。
……暗殺の成功率が0%から10%に上がった程度の話ですが。