魔導士が生まれた日
3歳になった。使える魔法は日に日に増えているし、かなり上手く使えるようになってきたと自負している。これは転生による一種のアドバンテージかもしれない。
赤子故に上手く動かせない手足を日々動かし、物を掴めるようになっていく感覚と、魔力を扱い、思うがままに操れるようになっていく感覚はかなり似通っている。
おかげで、いくつか新しい魔法を使えるようになった。その中で、今後重点的に修練したいのは次の二つの魔法だ。
一つ目は、空気中の魔力を直接操って、物を動かしたりする魔法。「超能力!」って勝手に脳内で盛り上がっている。とはいえ、まだ木の葉一枚とか、小石とか、その程度しか操れない。
だが自分の手で作った氷や、土を固めた礫を操る方が圧倒的に簡単なこともわかった。こっちはある程度の重さ、大きさがあっても操れる。
今は使い道の無い魔法だが、いつか「ファン○ル!」とかできるかもしれない。
二つ目は、熱を操る魔法。元々は凍らせる魔法を使いたくて色々と試していたら使えるようになった魔法だ。凍らせる魔法を使うには単純に「凍らせる」イメージだけで良かったのだが、変に「熱エネルギー」の概念を知っているせいで、「熱の行き場」をイメージしないと使えなかった。この過程で「熱そのもの」をある程度操作できるようになった。
この魔法はかなり便利で、体温調節も楽々にこなせる。赤ん坊の身体でこれはとても嬉しい。
そして何より……魔力を純粋な「熱」に変換するのはとても簡単で、かつ変換効率が良いことを発見してしまった。炎を作るよりも、ただの「熱エネルギー」に変換する方が、より少ない魔力でより大きなエネルギーを生み出せる。
つまりどういうことかと言うと……魔力を熱エネルギーに変換して収縮させ、放つだけで……攻撃手段として成立してしまうということである。
3歳児ですが無事、攻撃手段を得ました。
とはいえ、それなりの効果を出すには「照射」し続ける必要がある。この辺は今後の課題として、使う魔力を増やすなど、色々改善策を探していきたい。
あと、少しずつではあるが体内の魔力も上手く扱えるようになってきた。今までは魔法の発動の際に「磁石」として使っていた体内の魔力だが、魔法を発動させることなく魔力だけを体内でぐるぐると回すこともできるようになった。
感覚としては……空気中の魔力よりも体内の魔力の方が濃度が高いような気がする。体内の魔力をただ動かすだけでも、魔力のコントロールに良さそうだ。なにより、ただ体内の魔力を動かすだけなら屋内でもできる。
……順調に脱走に向けて準備が整っていると言えるのではないだろうか。
***
とはいえ、この年齢では一人で生きていくのは現実問題厳しいだろう。その上、正体が露見すれば確実に命を狙われるのだ。だからしばらくは大人しくしようと思っている。
そのくらい「皇帝」なんてやる気のない俺だが、どうやら皇帝としての役割が課せられつつあるらしい。宰相と式部卿以外にも、何人かの貴族(おそらく大貴族)と顔合わせがあった。
まぁ、顔合わせと言っても向こうが一方的に俺に挨拶していくだけなんだが。さすがに3歳児に何も期待していないだろう。ただそこに座っていればいいって感じだった。
それにしても、よく貴族に転生する物語で見たことがある、「貴族の名前を覚えるのは当たり前」みたいなのって、本当にあるのだろうか。顔合わせた貴族たちは皆、官職とか称号とかしか名乗らなかったから、名前なんて一向に覚えられんのだが。
もしかすると「忌み名」みたいな文化があるのかもしれないな。俺も名前ではなく「陛下」って呼ばれるし。名前で呼ばれたのは宗教家(前世で言う神父とか牧師っぽい人)が分厚い本持って、俺の部屋で洗礼か何かの儀式した時の一回のみだ。
……いやでも宰相とか式部卿とか普通に名乗ってたよな。やっぱり本名を名乗ることがタブーって訳じゃないのか。
……しかし自身の主君には「諱」で呼ばれることもあった、みたいな話を聞いたことがある。あの二人に忠誠なんてものは無いだろうけど、儀礼とかに則って名乗ったのかもしれない。
うーん。わからん。こんな簡単なこと、誰かに聞ければすぐに分かる簡単なことだろう。だが聞くことは出来ない。だって3歳児だから。
バレないようにこっそりと情報収集できれば便利だろうと思い、幻影だとか透明化だとか、そういった魔法にも挑戦してはいるのだが……全く成功する気配がない。今までの魔法の修練で、イメージが上手くいけば魔法は発動することが分かっている。だが幻影も透明化もそのイメージが中々上手くいかない。
光学迷彩とか、原理全く知らないし。
知りたいことを調べられるようになるのが先か、それとも脱出するのが先か……
まったく。本当に不便だ。早く抜け出したい……
あと、最近ようやく宰相派と摂政派の人間の区別がつくようになった。
まず、宰相派は宰相の事を「両ラウル公」と呼び、式部卿を「アキカール公」と呼ぶ。対して摂政派の人間は宰相を「ラウル公」と呼び、式部卿を「アキカール大公」と呼ぶ。そしてこの双方を「両」や「大」を付けずに呼ぶ人が中立派だ。もっとも、表向きの立場と実際の立場が違う人間もいるだろう。だが、大まかな見分けが着くだけでかなりの進歩だ。
これは生き残る為に必要不可欠な情報だと思っている。貴族と会話するようになる前に判別がつけられて良かった。
***
夜、無駄にキラキラした天蓋で、俺は寝かされる。無駄に広いベッド、無駄に広い部屋、そして寝ずの番が常に真横にいる。
人間、慣れというのは恐ろしいもので、俺はこんな状況でも寝られるようになってしまった。こういう所で、俺は「カーマイン」になったんだと、強く実感する。
だが運良く、寝ずの番が寝ている時がある。いや、警備的には大問題なんだろうが、俺としてはありがたい。
椅子に座った侍女が寝ていることを確認し、おもむろに股間に手を伸ばす。
……ナニをするんだと聞かれそうだが、そういうことでは無い。
前々から気になっていた例の魔道具、これをいい加減解析したいと思う。
もう3歳になった俺は、自力でトイレに行ける。この魔道具を付けられるのは夜だけであり、やがて外されるだろう。そうなる前に、可能な限り仕組みを調べておきたい。
あ、ちなみにトイレは水洗式トイレでした。仕組みとしては、現代のようなレバーで流すのではなく、少量の水が常に流れているタイプ。「中世ヨーロッパには水洗式トイレが無かった」みたいな話は聞いたことがあったから、少しだけ拍子抜けした。
だがそれより前のローマ帝国の時代にはあったらしいから、別におかしなことでも無いのかもしれない。
閑話休題。
おしめを上手く外せたので丸い部分と管の部分に分解してみる。
まず、管の部分……うん。部屋が暗くて何も見えん。
丸い先端部分も同じだ。だが、こっちは強い……というか、高密度の魔力を感じる。そしてそれは空気中に少しずつ流れ出している。
と、いうことは。おそらく動力にあたる魔力は空気中の魔力を使っているのではなく、この先端部分にある高密度の魔力を使っているのだろう。
できれば灯りをつけたいところだが……万が一にも見張りを起こす訳にはいかないし、何より見たところで魔法に関する知識がほぼゼロの俺に理解できるとも限らない。だからこれに関しては、今回は諦めるとしよう。
それよりも、一つ試してみたいことがある。
空気中に流れ出ている魔道具の魔力。これを使って魔法が使えるかどうか。とりあえず、熱エネルギーに変換。
……一瞬手応えがあったのだが、すぐに魔力が霧散してしまった。
次に、魔道具の軸との接続部分、つまり「穴」を手のひらで塞ぎ、魔道具内で魔力を熱エネルギーに変換する。
……できた。
次に手を離す。……が、熱エネルギーは手のひらに残ったまま……確かに暖かい。
……なるほど。
何らかの魔法か魔道具による効果でこれまで屋内では魔法が使えなかった訳だが……その具体的な効果が分かった。
屋内で魔法を使えなくしている魔法あるいは魔道具の効果。それは、「空気中の魔力の固定化」もしくはそれに準じたものだろう。
魔法を使う際、空気中の魔力「を」現象やエネルギーに変換する。
イメージとしては粘土遊びだ。魔力は粘土。それを練って、何かを形作る。この「出来たもの」が魔法だ。
だが、この粘土が完全に乾燥し固まっていたら、そのままでは練ることは出来ず、何かを形作ることも出来ないだろう。
つまり空気中の魔力を固めてしまえば、それを「練る」ことが出来ず、魔法は発動しない。
体内の魔力は動かせるのも、魔道具を使えるのも、「密閉された場所」だから魔法が発動する。おそらく「空気中の魔力と触れていない」から発動できるのだろう。
だから今みたいに魔道具に手で蓋をして、その中でなら魔法は発動する。そして一度発動した魔法を無力化させるような効果は、この屋内に施された魔法にはない。
もっとも、発動した魔法を「動かす」や「飛ばす」ことにも魔力を使う。だから今みたいな方法で魔法を発動させたところで、どうにも出来ない。
実際、既に手のひらの熱は冷めている。これは熱エネルギーを「維持」することにも魔力を使うからだ。
だが今回、俺は重要な糸口を掴んだ。
空気中に流れ出ている魔道具の魔力で、一瞬ながら魔法発動の手応えがあった。
つまり、新たに魔力が空気中に流れ出た際、その魔力が固定化されるまで僅かながら猶予がある。
なら、体内の魔力を体外に放出することが出来、かつ一瞬で魔法が発動出来れば……屋内でも魔法が使えるのではないか?
よし、やってみよう。
とりあえず嫌な予感がするので分解していたおしめを戻し、付け直す。
そして体内の魔力を動かし、右手に集める。ここまでは簡単。問題はこれをどうやって体外に出すか。
とりあえず魔力のイメージを変える。今までは流動体のイメージだったけど、これを粒子状に。大きさは皮膚細胞の隙間を通れる程の小ささに。これを、「魔素」と名付けよう。
すると、手のひらに続々と魔素が流れ出してきた。急いでこれを魔法に変換……とりあえず熱エネルギーに変換。
……できた。できてしまった。やはり体内の魔力の方が高濃度なのか、手のひらがめちゃくちゃ熱い。
それと同時に感じる脱力感。あぁ、体内の魔力が抜けるとこうなるのね。
そのまま俺は倒れ込むと、気絶した。