十年ぶりの
誤字報告助かります。感謝です。
その後も馬車に揺られていたが、日も高く昇った頃、隊列は突然停止した。
まぁ、急ブレーキをかけた感じではなかったし、慌ただしさも感じない。だから襲撃等では無いと思うが……何かのトラブルだろうか?
しばらくすると、馬車の外から声がかけられた。
「食事が出来ました」
側仕人のティモナ・ルナンの声だ。しばらく待たされたから何事かと思ったが……昼食かよ。
馬車を降り、広めのテントの中で普段より少しだけ温かい食事を摂る。とは言っても、わずかに温い程度だけど。宮廷での冷え切った食事よりはマシだと思おう。
……あれ、前世の温かい食事が懐かしくなって時々泣きそうになるんだよね。冷たい食事は精神的に来る。電子レンジは偉大な発明だった。
ちなみに食事内容は普段と変わらなかった。 ……そう、普段と変わらなかったのである。
宮廷で皇帝が摂る食事は一日三食。この辺は地球の、中世ヨーロッパとは少し違うと思う。たしかあちらは朝食を摂らないか、「軽く済ます」ことが常識だったよな?
朝食の語源が『壊す・断食』から来ているように、向こうには宗教上『断食』の考え方があった。それに対し、こちらの聖一教には『断食』の考え方は存在しない。むしろ、「三回食事をとる事が正しい行い」と考えられている。
これは『授聖者アイン』の伝承に起因する。中央大陸を追われた彼らは、信者を引き連れ「長い船旅」に出た。この時代の船はあまり性能が良くなく、本来であれば餓死者が出てもおかしくない状況だったようだ。しかし『神の恩寵』により、「正しき信仰」がなされている限り、信者たちは一日三回の食事にちゃんとありつけたと伝わっている。その代わり、「正しき信仰」がなされていないとき、信者たちは食事にありつけなかったという。
この「教え」が事実かどうか議論するのは、この時代においてはナンセンスだ。それがこの世界の常識なのだから。
ロザリア曰く、この教えのせいで逆説的に「三回しっかり食事を摂らないのは信仰上やましい事がある証拠」となるらしい。なんで宗教ってそう極端なのかね。
おかげで宮廷にいる時と同じコース料理。
大量の料理人連れてくるのも頷ける。
あと、馬車の中に謎のボウルがあったんだけどそれの用法もわかったよ。エチケット袋だ。
「では陛下、出発致します」
んで、また馬車に詰め込まれ出発と。そういえば直轄領は早く抜けたがってたっけ。
「嫌じゃ!」
「へ、陛下!?」
そんな事情知らんがな。馬車の中で吐くくらいなら歩いたほうがマシ!
***
皇帝の突然の我儘により、馬に乗った(馬車とは別に何頭も連れてきている)俺は護衛に囲われながら周囲を散策することに。ロザリアは馬車の中にお留守番だ。
隊列に宰相とか式部卿がいれば実現しなかった可能性が高い寄り道だが、宰相は前線を取り繕う為に先行しており、式部卿は帝都に籠っている。俺が少しだけ、気楽さを感じている理由の一つがここにある。
「何もないのう」
「陛下、見て面白い物など何もございません。そろそろ戻りましょう」
護衛と言ってくっついて来た近衛長官がしきりに戻るよう誘導してくる。けどなぁ、ロザリアもあまり調子良さそうではなかったし、戻る理由ないんだよね。あと誘導が露骨すぎて何か隠してるんじゃないかなって思う。
周囲は相変わらず田園地帯だが……耕地の中に民家が点在している。こういった集落を「散村」と言ったはず。
目を凝らすと、都合よく昼食を摂っているらしい農民を見つけたので近づいてみるとしよう。
「お待ちください陛下。あのような下賤な者共に近づけば穢れてしまいます」
おおう、何か中近世の貴族っぽい。そんなセリフ初めて聞いたよ……まぁ、平民と関わって来なかったって言うのもあるんだけど。
「何じゃブンラ伯。余が穢れると申すのか」
肯定しようとしたブンラ伯に、同じくくっついて来た侍従武官が割って入る。
「何をおっしゃいます陛下。陛下は『絶対にして不可侵』のお方。いくらあの者どもが下賤だろうと、陛下が穢れるなどとんでもございません」
「おぉ、そうか。であれば問題なかろう」
この場合はヴァッドポー伯の主張の方を採用しても問題ないだろう。いちおう、皇帝は「不可侵」の存在として位置付けているのだからな、帝国は。
それにしても……この先に近衛長官が隠したがり、侍従武官が見せたがる何かがあるということだな? ちょっと楽しみ。
とりあえず、このままティモナの自然な誘導に従えばいいか。
そのまま昼食中らしき数人の男たちの元へと近づく。何やら畑脇の空き地で、火を使って調理しているようだ。鍋で煮込んでいる……ということは、粥か?
そこで向こうもこちらに気づいたらしい。緊張と畏怖の眼差しでこちらを警戒している。まぁ、当然だな。
流石に相手が皇帝だとは思っていないだろうし、気軽に会話しても問題ないはず。
馬から降り、地べたや手ごろな岩に座っている彼らに話しかける。
「お主ら、それは何じゃ」
近くで見ると、やはり粥だった。お椀のような木製の器と、同じく木製のスプーンで食べるようだ。
そして何より、俺の目にはそれが米にしか見えないのだが。
「……これは、千米の粥にご、ございます」
農民の中の一人が、緊張した様子で答える。
「ふむ、見たことないのう。一口食わせよ」
転生してから初めて目にする米だ。実食一択だな。
「陛下!!」
俺の言葉を聞いた侍従武官が本気で止めようとしてくる。近衛長官に至っては、本気で気色悪がって距離を取っている。まぁ、これがこの時代の当たり前の反応か。
「陛下、まずは私が」
そんな中、ティモナが前に出てお椀を受け取り、口をつける。毒見だ。
「問題ないかと」
「陛下! それは平民が食すものです!!」
「何、一口じゃ一口」
スプーンですくって、口に運ぶ。
味はほとんどついてなく、動物からとったであろうわずかな出汁と、野菜のわずかな甘味しか感じなかった。
出汁に臭みがあるせいで、とてもじゃないがおいしいとは思えない。野菜も余り物を入れただけのようだ。
何より、米自体が不味い。恐らく精米が不完全なのだろう。その上、粥状にもかかわらずまったく中に味が染みていない。前世の米とは、比べものにならないくらいに不味い。
なのに、なんでこんなに泣きそうになるんだろうな。
「マズいな! これは……」
こんなところで泣く訳にはいかないから泣かないけど。涙なんて、少し魔力をコントロールすれば自在に操れるのだ。
「マズすぎるぞ! じゃが、麦とは違って面白いのう。お主ら、もっと味を改善せい」
いや、日本の米ってめちゃくちゃ美味かったんだな。品種改良や努力の成果を、何となくで食べてた。結構後悔している……ほんと、今更だけど。
「陛下、この者らにその権限はございません。ここはこの辺りの領主代理にお願いするべきかと」
「おぉ、そうか。ではティモナ、案内せい」
呆然とした表情の彼らを置いてきぼりにして、再び馬に乗った俺はティモナについていく。
「陛下! 千米は農民が食するものです。貴族の食べ物ではございません!」
そう言えば、小麦より稲の方が収穫量は高いんだっけ。どうも白麦が「貴族の食べ物」として扱われているようだ。収穫量の少ないものは貴族の手にしか届かず、逆に収穫量の高い米は平民の主食となっているのか。
「あのような物、食してはなりません!」
さっきから侍従武官がうるさい。
「そのような教えがあったのか?」
「は……? いえ。それはございませんが……」
この場合の『教え』は聖一教教義のことを指す。一発で黙らせられるからとっても便利。
「ならば何も問題なかろう。全ては神の恵み、なのじゃろう」
***
その後、近衛長官がそわそわし出したり、領主代理として出てきた子爵が焦っていたりしていたから、何事かと思ったが……なんてことは無い。皇帝直轄領の代官を宰相派の人間が務めているというだけのことだった。
……政治を私物化されてんだから、直轄領も同じようになっているなんて、最初から予想していたことだ。その程度の事で驚きなどしないし、むしろ拍子抜けと言うべきだろう。そんなことで侍従武官はニヤついていたの?
だが……この場合の正しい反応はそうではないだろう。
「何故……何故余の領地が宰相の配下の者に奪われておるのじゃ!」
俺の言葉に、宰相派の人間は滝のような汗をかき、ヴァッドポー伯は溜飲が下がったような表情をしている。
いや、宰相本人がいれば涼しい顔して自身の正当性を主張しつつ、俺を殺すかどうかの判断もしていると思うよ。
「お待ちください陛下」
そう言って俺を止めるのは……ティモナだ。
「宰相閣下は陛下の代わりに政治を執り仕切り、陛下が戴冠式を挙げるまでこの国を守っておられます。陛下の御領地に代官を置くこともまた、守るために必要な事なのです。代官がおられなければ、陛下が御留守の時、いったい誰がこの地を守れましょうか」
「むう。 ……ならば、良い」
全く心のこもっていないティモナの意見を、全く良いと思っていないが認める。これがベストだろう。
これで、ティモナは宰相派に対し分かりやすい『貸し一つ』をつけた。上手く使ってくれ。
……マッチポンプ? そうですが何か。
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