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帝都、出立

お待たせしました。新章開始です。



 魔法が存在し、同時に銃や大砲も発明されている異世界。この世界で『東方大陸』と呼ばれる地に『ブングダルト帝国』はあった。大陸において一二を争うこの大国は、しかしながら様々な問題を抱え、衰退と崩壊の渦中にある。経済の破綻、敗戦による領土の縮小、辺境の独立。そして、貴族らによる専横。

 俺はそんな沈みゆく泥船(帝国)の、生まれながらの皇帝『カーマイン』として転生してしまった。


 前皇太子(父上)を暗殺したと思われるラウル公(宰相)、そして先帝(祖父)を暗殺したとみられるアキカール公(式部卿)。熾烈な政争を続けるこの二人にとって、幼い皇帝は都合の良い傀儡であった。

 そう振舞わなければ、俺は今日まで生き残れなかっただろう。そして、俺はこれからも傀儡として振舞い続ける。


 ……行動を起こす、その日まで。




――新暦465年。雪解けと共に皇帝の10歳を祝う式典が執り行われ、同時に皇帝による国内巡遊が発表された。



***



 俺が乗る魔道具仕掛けの馬車……『最小要塞』は過剰とも言える隊列に囲われながら、帝都の北門に当たる『アン=ドーチ』門を出た。俺にとって、生まれて初めての「帝都の外」だ。

 五年前も帝都の外に出たと思ったんだが……それが勘違いだったと知り、俺はこの『帝都カーディナル』について調べることにした。流石に自分のお膝元(直轄領)すら把握していないのは問題だと反省したのだ。


 とは言っても、ヴォデッド宮中伯やティモナに聞いただけなんだが。大手を振って調べ、貴族たちから怪しまれる訳にはいかないからな。



 帝都カーディナル。初代皇帝により着手され、2代皇帝の時代に完成したこの都市は、セイ川とラムデット川という二つの川の合流地点に、一から作られた人工都市だ。当時としては高い防御力と、利便性を兼ね備えた計画都市である。

 北はセイ川、西はラムデット川を天然の堀とし、さらに四方を城壁に囲われた(水害対策の都合上、セイ川は城壁内部に流れるのだが)この都市は、帝都に相応しい堅牢さを誇ると()()()()()()

 残念ながらその後『大砲』が発明され、少しづつ広まり続けている現在、城壁が果たして「効果ある」のかは未知数だ。


 この「本来の帝都」ではなく、今日「帝都」と呼ばれる範囲は、ここから西に少しと東・南にかなりの領域、拡張したものである。特に東側は、本来の帝都()()()()()領域に渡り拡張している。これは元々その地にあった二つの街……セイディー市とドゥデ市を帝都が「吸収」してしまった為である。

 西と南は新たに建造された『二つ目の城壁』により囲われているが、東側の一部には城壁が()()。予想を上回る拡張速度についていけず、また帝国の財政が悪化したため、未完となっているのだ。


 ちなみに、この事業が放棄されたもう一つの理由として宰相(ラウル公)の「鶴の一声」もある。曰く、「大砲が配備された軍に対し、城壁が意味を成すとは考えにくい」と。

 (宰相)が無能でない証拠である。めんどくさ。

 ところで、なんで南側の城壁建築の時は介入しなかったんですかね。そういえば君の領地、東にあるね。そして東だけ一部城壁が無い。


 ホント、好き勝手やってくれる。



 そんな風に、貴族共の傀儡となっているお飾りの皇帝だ。帝都を出る際、パレードの時のような歓声は一切上がらなかったが……無理もない。この五年で市民からは随分と失望されたようだ。


「こちらは貴族街ですから……陛下ではなく貴族を恐れ、遠慮したのでしょう。それにこれだけ護衛がいては、民からはちょっとした軍勢にしか見えませんもの」

 正面の座席から聞こえた声に「そういうものかね」と返しつつ、外を眺めていた視線をそちらに移す。


「はい、きっとそうですわ」

 そう言ってほほ笑むのはベルベー王国第一王女にして我が婚約者、ロザリア・ヴァン=シャロンジェ=クリュヴェイエ。愚帝だの臆病帝だのと呼ばれ、さらに男色疑惑までかけられた俺の元へやって来た物好きだ。頭脳明晰で容姿端麗。唯一欠点があるとすれば、何故か俺に対する評価が異様に高い点である。


「確かに、これだけの人数と馬があればちょっとした部隊に見えなくもない……か」

 この集団、護衛や使用人諸々を含めると総勢200人を超えている。さらに通過・滞在する各領地の貴族や保有する私兵も随時ここに加わる。


 ロザリアは勿論、ティモナや守銭奴家令(ヘルク)など、派閥関係なく大量の人間がこの巡遊に同行している。今回は宰相派の領地を訪れるため、人数比的には宰相派の方が多いが……料理人も侍女も、()()()()()()()()必要な人数用意している。

 つまり、本来必要な数の二倍である。

 だいたい、基本的に貴族の館に泊まるんだから料理人とか働く場面ほとんど無いだろう。大変無駄である。どんだけ資金に余裕あるんだアイツら。



 再び窓の外に視線を向ける。既に城壁の外だが、この辺りは下級貴族の住居が立ち並ぶ。いわゆる『男爵』や『子爵』の位にいる者たちが住む地区だな。慣習上、彼らは皇帝の馬車とすれ違う場合、見えなくなるまで(こうべ)を垂れる必要があるらしい。そうしなければ、無礼として処罰されても可笑しくないのだと。

 実行してる人間なんて一人もいないが。全員、皇帝の馬車を()()である……が、高位貴族の馬車にはきっちり礼をしている。


 ……うん、素直でいいと思うよ。幼帝の立場をこれ以上になく正確に表しているではないか。

 忘れないけどな! お前ら覚えとけよ……



 まぁ、それだけ彼らが出世に必死であるとも言える。どう考えてもこの国、貴族の数が多すぎる。本来の「帝都カーディナル」市街の内、4分の3が貴族街(もともと住んでいた市民を追い出したらしい)な上、男爵や子爵の住居がそこに収まりきらないとか……6代皇帝の『売官政策』が未だに尾を引いているのだろう。貧乏くじ引かされる身にもなってみろ、ちくしょう。



 あぁ。これら全て、俺一代で何とかしなければ……もうこのままだと帝国は持たない。


「はあぁー」

 俺の大きなため息を聞いたロザリアは、少しだけ困った表情を浮かべながらも、何も言わなかった。


***


 さて、今回の旅の第一目的地はテアーナベ連合との国境に位置するベイラー=ノベ伯領だ。

 単純にテアーナベ連合との前線を見るだけなら、その東にあり同じく宰相派のベイラー=トレ伯領でも良いんだが……これは単純に街道の問題らしい。「いくら皇帝専用馬車が高性能だからと言って、一般的な街道では幼い皇帝に長旅は不可能」という式部卿の主張が通った形だな。石が敷き詰められた『主要街道』を通る為、今回の旅路はマルドルサ侯領を縦断、ベイラー=トレ伯領を北西に抜けた後、クシャッド伯領を北上しベイラー=ノベ伯領へ向かうとのこと。お気遣いどうも……魔法で何とでもなるけどね。

 ちなみにクシャッド伯は摂政派貴族である。絶対、俺への気遣いを名目にそれ捻じ込むのが目的だったろ、式部卿。


 しばらくは帝都周辺……つまり皇帝直轄領である『ピルディー伯領』を抜けるまで、現地貴族の挨拶とかも来ないだろう。比較的気持ちが楽だな。


「皆様、できるだけ早くマルドルサ侯領に入りたいご様子ですし……今日はゆっくりとできますわね」

 久しぶりの二人きりですわ。と付け加え、頬を少しだけ染めるロザリア。かわいい。

 ……じゃなくて。


「なぁ。そんなに表情、分かりやすいか?」

 さっきといい、今といい、考えてること筒抜けって……愚帝を演じなきゃいけない俺にとって致命的なんだが?


「いえ、普段はほとんど分かりませんわ。けれど、こうして二人きりの時はとても豊かな表情をしていらっしゃるので……ふふっ。私としてはとっても嬉しいですわ」

 なんとなく目を逸らしつつ、俺は鉄格子を溶かしてしまった時のことを思い出した。どうも精神年齢ではなく、肉体年齢に引っ張られた反応をすることが何度かある。気が緩んでいる証拠、とも言えるな。貴族連中の前でやらかさないよう、気をつけなければ。



「ところで疑問だったのですが、陛下の御領地なのにどうしてここは『ピルディー伯領』ですの?」

 しばらく馬車に揺られていると、ロザリアが俺にそう尋ねた。 ……ロザリアが愚帝に質問するなど、貴族連中は想像もつかないだろうな。

「それはブングダルト帝国がロタール帝国の『後継国』だからだ」


「ロタール帝国において、例えば『マルドルサ侯領』を治めるのは『マルドルサ家』だった」

 ちなみに『家』が断絶した場合は、別の貴族がその地を治めるため、当然領地名も変更された。この領地名のことを、「領地称号」という。


「そういったロタール帝国時代の領地称号や境界線を、ブングダルト帝国はそのまま引き継ぐことにした」

 だが実際にその土地に封じたのは実績のあった貴族たちだ。その結果、領地称号と家名に乖離が起こった。日本で言い換えれば「県の名称」が『マルドルサ侯領』になり、その県知事が「アレマンさん」になったのだ。

 これも『ロタールの復興』の一つなのか、それとも新しく決めるのがめんどくさかったからなのかは知らん。


「だから爵位称号と家名が同じなのは、一部の例外を除きロタール帝国時代からその土地の所有者であった貴族だよ」

「例外、ですか?」

「分かりやすい例で言うと、皇族が『臣下』になるときだ。慣習で、与えられた領地称号を新しい『家名』とするんだ。ワルン公やドズラン侯なんかは3代皇帝シャルル1世の四男五男を初代とするし、アキカール公やラウル公は言わずもがな5代皇帝シャルル2世の三男四男の家だ。その証拠に、全員家名の前に『ヴァン』が付随するだろう。これは皇族の血統を意味するんだ」


 他にも、ブングダルト帝国になってから領地が再編された場合や爵位称号が新設された場合もあるが……まぁ、いいだろう。

「ともかく、ここはロタール帝国時代に『ピルディー伯』が治めていた土地だったから『ピルディー伯領』なんだ。まぁ、帝都があるから、歴代皇帝が必ず受け継いできた領地称号でもある」

 皇帝位は長男しか継げないが、領地称号は次男以降にも分け与えられる。それが帝国の『継承法』だ。しかし八代にわたり、皇帝位と共に受け継がれてきたのが『ピルディー伯』である。


「なるほど……あれ、でも『シャロンジェ』という領地称号は聞いたことがありませんわ」

 あぁ、ロザリアはシャロンジェ=クリュヴェイエ家だもんな。

「その領地称号は無いからな。それはブングダルト帝国の成立以前に『シャロンジェ家』を名乗ったからだよ。後継者争い防止の為に早い段階で家を出たのだろう」

 初代皇帝、カーディナル帝の四男を祖とする家系……その分家がシャロンジェ=クリュヴェイエ家だ。ちなみに、クリュヴェイエとはベルベー王国首都(クリュレイア)をブングダルト語読みしたものだ。つまり「クリュヴェイエのシャロンジェ家」というそのままの意味である。


 分家が本家よりも偉くなった典型例だな。……いや、うちもそうか。元はガーデ支族だし。



少し中途半端ですが今回はここまで。

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