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財務卿の訴え

あと一話くらいでこの章を終わりにしたい。

……プロットではこの半分だったはずなのに……どうして……



 侍女たちの噂話によると、皇帝の突然の我儘を受けた二人の大公は、多忙の身ながら仕方なく旅程の調整に入ったという。


 ……よく言うよ。最初っから乗り気だった癖に。自派の土地に皇帝がいる間は接待してその印象を良くし、いない間は留守の帝都である程度好きに動ける。あの二人がこんなうまい話に乗らないはずがない。


 んで、俺はというと……とある貴族の猛抗議に合っていた。


「お考え直し下さい陛下! 既に帝国の国庫は空なのです。巡遊費用など捻出できませぬ!!」

 ニュンバル伯ジェフロワ・ド・ニュンバル。中立派貴族にして財務卿の地位にいるこの男は、ヴォデッド宮中伯曰く『帝国最後の防波堤』である。

 先々帝の時代から続く財政難の中、なんとか国家を切り盛りしてきた彼は、ある意味最大の忠臣と言えるかもしれない。まぁ、こうやって批判される方が()()()()()ので、演技したまま接するが。


「それをどうにかするのが卿の役目じゃろう」

「もう手は尽くしております!」

 うん、よく頑張ってくれてると思うよ。激務のせいで頭皮が悲しいことになっているのも、常に胃痛に苦しんでるのも、寝不足で常に目の下に隈が出来てることも……知ってるけど今の俺にはどうしようもできない。



 現在、帝国財政には三つの問題がある。

 国家としての『造幣能力』がないこと、『重度のインフレ状態』にあること、そして『財政赤字』が続いているということ。これだけで帝国は()()()()()と表現されてもおかしくない。


 一つ目の『造幣能力』は先々帝、エドワード3世の時代に端を発する。彼の愚行は挙げるとキリないが、『造幣所の売却』一つでも歴史に名を残せると思う。史上初なんじゃないかな、そんな馬鹿なことしたやつ。俺は前世で経済を学んだ訳ではないので、ほとんど知識は無いが……それでも「これは無い」と思う。

 先帝エドワード4世の時代に貨幣を発行しようとはしたらしいが……二人の公爵の妨害により、断念している。何より、造幣設備だけでなく人員まで持っていかれたのが致命的だ。どの国でも造幣所は『偽造通貨』を防止するため、厳重な監視下に置かれ、その製法も極秘となっている。つまり、造り方は働いていた人間しか知らない。そんな職人を一から育てる余裕は無かったようだ。


 実のところ、貨幣が発行できないだけならば()()()()()()。未だに民間では物々交換も立派な「支払い」の手段だし、徴税も穀物を直接納めてもらい、それを兵たちの「給料」代わりにすることも可能と言えば可能なのだ。 ……恐ろしく非効率的だし、徴税能力は著しく低下するだろうが。

 この件の問題は、造幣所をラウル公とアキカール公が購入したということ。結果、二人は()()()()として独自の基準で貨幣を発行しだした。

 つまり、帝国政府としては発行してない通貨が、帝国の通貨と銘打たれ、しかもそれが二つあるという状況……混乱しない訳が無い。しかもケチな二人は帝国時代より金銀の含有率を下げた。

 その結果、ラウル公領で発行される「帝国金貨」とアキカール公領で発行される「帝国銀貨」の『信用度』……つまり貨幣としての価値はゴミくず同然、皆無となっている。


 これが二つ目の『重度のインフレ』の原因である。貨幣価値が低下すると超インフレ状態になる。これは俺でも知っている節理だな。その結果、いくつもの国が滅んだことも。

 ちなみに、貨幣として信用価値皆無な「ラウル金貨」と「アキカール銀貨」だが、帝国の兵士や使用人たちにはこれで支払われる。諸外国の通貨(外貨)は貴族たちが商人への支払い用に確保しているからね。

 普通の商人たちはこんな『悪貨』での取引は認めないが、ラウル公とアキカール公の息がかかった商会だけはこれを許容する。つまり、兵士や使用人たちは二人の影響下にある商会でしか買い物ができないということだ。その結果、本来皇帝に忠誠を誓うはずの彼らすら、二人の私兵と化す。


 そしてこれが三つ目の『財政赤字』にも繋がっている。役人がラウル公とアキカール公の言いなりだから、本来納められるはずの金額より税が『少なく』申告される。当然、二人の派閥下にいる貴族の領地でも同様のことが起きる。こうして『浮いた』税金は現地の貴族の手元へと行き、皇帝の元にはほとんど入ってこない。その癖、『帝国貴族』である彼らは「飢饉対策」だの「災害復興」を名目に帝国のなけなしの予算を奪っていく。こうしてほとんど収入が無いのに、支出ばかりかさみ、年々赤字額がネズミ算的に増えていく。



 さてここで問題です。なんでこんな末期的状態なのに帝国は滅んでいないのでしょうか。


 答えは簡単。周辺諸国にとって、帝国を滅ぼすという行為にメリットが無いから。

 今帝国が滅んでも、ほぼ無傷のアキカール・ラウル両国が誕生するだけだ。だから周辺諸国は、土地を奪うことは狙っても、滅んでほしいとは思っていない。むしろ『瀕死の病人』のままでいてくれた方が脅威も少なくて良いと思ってるんじゃないかな。領土割譲に関しても、うっかり滅ぼしてしまう可能性があるから慎重になっていると思われる。その場合、新たに誕生するアキカール・ラウル両国に逆侵攻の大義名分を与えてしまうからね。

 そしてアキカール公、ラウル公が独立しないのは……いくつか理由が挙げられるが、最大の理由は本来の収入以上の金額が入ってくるからじゃないだろうか。美味しい思いをしているのに、無理に独立する必要も無いのだろう。帝国の政治もこの二人が握っているしな。



 そんな中、帝国財政を預かるニュンバル伯。そりゃ不健康そうな見た目にもなる。


 専門知識など全くない俺でも、いくつか使えそうなもの……いわゆる『内政チート』の案はある。だがこんな状況でそれを実行したところで、役人が宰相と式部卿の言いなりなのだから、二人の手元へ行くだけだ。つまりあの二人……というより、両大公家を潰さなければ何も始めることができないのだ。

 今回の巡遊の目的には、その為の協力者探しもある。だからこそ、巡遊を取りやめるつもりはない。



「落ち着かれよ、ニュンバル伯。陛下に向かって声を荒らげてはなりませぬ」

 ヴォデッド宮中伯の言葉を受け、ニュンバル伯はグッと一度言葉を飲み込んだ。

 財務卿が抗議に来るのは予想出来ていたから、ヴォデッド宮中伯に仲裁役としていてもらっている。

 

「既に商人たちからは借用を断られているのです。これ以上の出費はお止めください」

「うむ、お主の言ってることはよくわからぬぞ」

 ギリっ、と歯を噛みしめる音が響く。しまった、煽り過ぎたか。

「ニュンバル伯。心を鎮めよ」

 宮中伯の叱責が飛ぶ。いや、ごめんなホント。


「巡遊には、お金が必要です。そのお金が、ありません。なので、お止め下さい」

 もの凄い圧を感じる。ニュンバル伯の目が据わってるからかな。

 彼のその意見は、正論ではある。少しでも財政を良くしようとするのが財務卿の仕事だからな。実に仕事熱心でありがたい。

 でも今更、巡遊にかかる費用をケチったって状況は好転しないと思うよ。


「おぉ、そういうことか。ならば安心せい、財務卿よ。宰相と式部卿のうち、()()()()()()()()()()()()行くとしよう」

「……それだけは、それだけはお止め下さい陛下! これ以上、彼らに借りを作っては()()()乗っ取られてしまいます」

 ニュンバル伯が必死に訴える声には、涙すら混じっているようだった。


 既に帝国として二人からそれなりの金額を借金しているようだしな……帝国貴族として、そして財務卿としてのその考えは道理だし、理解できる。

 だが、このままニュンバル伯がどう足掻こうが、それはわずかな延命措置でしかない。()()()()()()()()()。帝国は生まれ変わらなくてはならない。



「あの二人は余の忠臣ぞ。そのようなことはあるまい」

 俺の言葉に、宮中伯が応えた。

「では私が伝えて参りましょう、陛下」

「ヴォデッド卿! 貴様という男は!!」

 ニュンバル伯が宮中伯を睨みつける。中立派貴族の中で、帝都で活動する二人の不和だ。


「うるさい。もうよい、下がれ」

 皇帝の言葉を受け、何かを言おうとしたニュンバル伯だったが、ふと諦めた表情を浮かべると、一礼し部屋を出ていった。


 ここは俺の部屋で、当然この時間は侍女たちもいる。この中立派貴族内の対立はすぐに宰相派・摂政派へと広まるだろう。そしてこう考えるはずだ、「しばらく中立派が一つにまとまる事はない」と。

 そして中立派へ向ける警戒はより一層下がる。 ……中立を宣言している、ロザリアたちへの警戒も同様に。

 つまり狙い通りって事なんだが……うん。そういうの一切聞かされてないニュンバル伯は本気で怒って、本気で失望したんだと思う。


 俺が政治を握ったら(あつ)く報いるつもりだから、我慢してくれ……伝わらないと思うけど。



ちなみに通貨に関しては、『ラウル金貨』も『アキカール銀貨』も帝都に限ればそれなりに利用可能です。帝都の商人は大抵どちらかの派閥の影響下にあるので。

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― 新着の感想 ―
むしろこれ半端に貴族が持っているからだめなやつ。 民間売却なら軍事力でつぶせなくもない分ましになるやつ・・・
[一言] こん国って金本位制だっけ?
[一言] ニュンバル伯かわいそう。織田家だったら切腹しちゃうよこんなん
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