一本釣り、あるいは名探偵の推理
犯人の失言をもってトドメとする伝統芸能ですね。
「余がこの宮廷を案内してやろう!」
「ありがとうございます、陛下」
謁見の後、別室に控えていたロザリア王女の元を訪れた皇帝は、婚約者を引き連れて部屋を出ていった。実のところ、ここに来るのが三度目であるロザリア王女には案内など必要ないのだが……胸を張り、得意げな表情で案内する皇帝は気づかない。それと比べて、退屈さを少しも見せず穏やかに対応するロザリア王女。やはりこの皇帝はどうしようもなく暗愚だ……
――と、思われていたら良いんだが。
いや、いつも以上に貴族がいたからちょっと神経質になってたというか、わざとらし過ぎなかったか不安になるというか。
やっと一息つけてホッとしている。ロザリアとティモナと、あとロザリアの付き添いの貴族らしき人物はいるけど。
別に油断していた訳じゃない。だが確かに気は緩んでいた。
「それしてもさっきのは凄かったのう」
よく意味わからんかったがの、といつも通り愚帝を演じようとした時だった。
「ありがとうございます。でもさっきの全部、実は嘘なんですの」
そう言って、ロザリアは「秘密ですよ」といたずらっぽく微笑んだ。
……は? 嘘?
「実は帝都で暮らすこと、大反対されたので抜け出してきちゃいました。なので国王陛下からは何も言われていませんわ」
「え゛」
いやいやいやいや。え、マジで? 思わず変な声漏れてしまったっていうか、思いっきり「ベルベー王国の問題を片付けた方に味方する」って言っちゃってたよね? ……いや待て。そうか、トミス=アシナクィのこととは明言していないのか!
いやそれでもダメだろう。これも結局「どう受け取ったか」の問題だ。帝国の方がベルベー王国より圧倒的に上な以上、そんなペテンは通用しない。嘘でも真実としてごり押せてしまうのが帝国なのだから。
「発言は全部非公式なので、真偽の確認はできませんわ。それに、結果的に言った通りであれば問題ありませんもの」
確かに、今のロザリアは王女だが外交官ではない。あれだけ貴族が寄ってたかっていたせいで忘れそうになるが、あの場での発言は全て非公式なものである。それをベルベー王国に問い合わせたところで、「そのような事実は無い」と返ってくるのは当たり前のことだ。それが水面下の交渉というものなのだから。
しかしベルベー王国が言ったことにはならなくても、ロザリアが言ったことではある。当然、そこには責任が発生する。だが確かに、ロザリアの言った通りの動きをベルベー王国がすれば、誰もロザリアの発言が「嘘」だと知らないまま「真実」になる。であればそれは、問題になり様が無い。
……そう、俺以外は。俺は今、他でも無いロザリアから聞かされた。いや、聞かされてしまった。
もし俺が今、宰相や摂政にこの事を報告すれば、彼らはそれを真実として扱うだろう。皇帝の言ったことだ。本当なら結構、誤りでも皇帝のせいに出来る。
言わなければ完璧だった。にもかかわらず、俺にだけ明かした意図は? ……つまり、そういうことなのか?
「王女が家出した。なんて、外聞を考えたらどこにも言えませんから、無理やり連れ戻されることはありませんわ。ですがその分、こちらに長く住むことになるので……」
まぁ、言い方を変えれば「出奔」だからな。表沙汰になれば普通にスキャンダルだ。ベルベー王が内心どう思っているのか知らんが、帰ってくるよう「命令」することはできない。ロザリアが帝都に滞在する理由以上の理由を見つけられるなら、自然な形で帰還命令を出せるだろうが……やはりこれもベルベー王国の認識ではなく帝国の認識の問題になってくる。こうなった以上、帝国が納得する理由が必要となる。何せここは「帝都」だから。
「派閥争いに決着がついた後、最速で勝者と手を結ぶため」を超える帰還理由など、それこそ身内の不幸くらいだぞ。この「滞在理由」もロザリアの嘘らしいがな。
そしてロザリアの状況は「そう易々と帰れない」とも言い換えることができる。反抗期の家出とは訳が違うのだ。
「……それで、事実より事実らしい嘘で連中を納得させ、帝都での役割を確保したか」
そして何より、何よりだ。こうやって俺に対し、真実を明かすということはつまり……
「えぇ! それに陛下とこうしてお話ししたかったですもの」
俺が話の分かる人間だと見抜いた上で、演技無しの俺と会話するための「ネタ晴らし」。自分からあえて弱点をさらけ出すことで、切り捨てられない俺を強制的に共犯関係に持ち込む仕掛け!!
「……いつ、バレたし」
気分は調子に乗って捕食してたら気づけば船上で跳ねることしかできなくなった魚のよう!
「もちろん、初めてお会いした時からですわ!」
……こっわ。宰相たちにもバレてたら人生詰みなんですが、この娘がおかしいだけだよな?
あ、後ろに控えてたティモナ君も冷や汗かいてるー。レアな光景だなー。
……俺は今、きっとチベットスナギツネみたいな顔してるよ。
***
その後、どこからともなく現れたヴォデッド宮中伯の高速介入(本当に助かった)により、俺の部屋で深夜の密会が行われることとなった。密偵たちは総出でサポートに当たってくれるようです。うん、すまん……
「改めまして……お久しぶりにございます、陛下」
自室で寝ているはずのロザリアがそう言って一礼する。
まぁ、寝ているのは女性の密偵だよ。ロザリアはまだ11歳。それを真似るためにベッドの中で必死に身体を丸めていることだろう……合掌。
「隣に控えているのはサロモン・ド・バルベトルテ。私の叔父であり、今回の帝都入りの後ろ盾ですわ」
そう言って紹介したのは、先ほどの案内にもついてきた貴族の男……三十代くらいだろうか? 貴族にしては若い。だがその名前は確か……ファビオの報告では「国王の右腕」って聞いたはずなんだけど?
「お初にお目にかかります陛下、王女の護衛程度に思っていただければ幸いです」
んな訳あるか。
「卿は……確か軍を率いる身だったはずだが?」
何故こんな所に、と聞こうとしたところで衝撃的な言葉に遮られる。
「問題ありません、陛下。将が前線から一人二人いなくなったところで問題なくなったのです」
……つまり、トミス=アシナクィの軍事的脅威が低下した?
「決して表に出ない条約ですが……三国同盟の締結に成功しましたの」
同盟を結んだ国家は三つ、『天届以西』で帝国の北にある国家は全部で七つ。最も西にあるベルベー王国がそのうちの一国なのは当然で、敵対するトミス=アシナクィは絶対に違う。その東にあるエーリ王国とその南に誕生したテアーナベ連合、両国に挟まれた小国ガユヒ大公国、この三国と面するガーフル共和国。そしてその更に北にあり、『天届以東』にも国土を持つヒスマッフェ王国。これで七か国。
三国同盟ということは間違いなく……
「エーリ王国とガユヒ大公国か」
「はい。国境の接するエーリ王国はトミス=アシナクィに侵攻し、接していないガユヒ大公国はテアーナベ連合を牽制し援軍が向かわないようにしております。既にエーリ王国軍の一部がトミス=アシナクィ領へ入りました」
つまり、ベルベー王国は既に帝国の政争に介入できる余力がある……? それではロザリアの帝都での身が……なるほど、だから密約か。
テアーナベ連合を挟んだ北の事情だ、宰相や式部卿にこの情報は届かないだろう。これに関しては二人が能力不足というより、その辺の動静を監視していた北部辺境がテアーナベ連合として独立してしまったのが原因だ。事実、この独立を事前に察知していたらしいヴォデッド宮中伯でさえ、テアーナベ以北の情報を入手するには一苦労らしい。
ちなみに、ファビオ達は普通に優秀だから、よくそっち方面に回されているようだ。
それにしても……
「よく両国を説得できたな」
エーリ王国とガユヒ大公国は別に、昨日今日にできた国家ではない。これまで両国は、ベルベー王国がトミス=アシナクィに一方的に侵略されるのを傍観していたのだ。その矛先が自分たちへと向かないように。
それが今になって、急に方針転換したのだ。
「我が国の外交官が優秀だった……と言いたいところですが、やはり婚約の影響が大きいようです」
婚約、の所で少し照れた表情を浮かべないでもらって良いですかロザリアさん。かわいいな。
いかんいかん、邪念が。えぇっと? 皇帝とロザリアが結婚した場合、その両国間にあり敵対しているトミス=アシナクィは間違いなく邪魔である。当然、共同して攻めることが予想される。つまり……
「今のうちにトミス=アシナクィの領土を切り取り自国領とする。または交戦しておくことで帝国により征服された後『分け前』を要求する。そんなところか?」
「ご明察、といったところでしょうか。あとはテアーナベ連合成立によりトミス=アシナクィ、テアーナベ連合、ガーフル共和国の『線』ができたことも理由の一つかもしれません」
あーそうか、その三国が手を組めばエーリ王国とガユヒ大公国は海に向かって半包囲を組まれた形になる。言わば『先制的自衛』ってやつか。
「なるほど……こちらでは聞けない貴重な情報だった。それで、卿の目的はなんだ? バルベトルテ卿」
一軍の将がここに来るのだ。何か目的があるに違いない。
「ただ一つ……ロザリア殿下を正妻にして頂くだけで十分です。それ以上は望まず、それだけは譲れません」
「……あぁ、うん。そのつもりだ」
……やべぇこの人、目がマジだ。ベルベー人、怖い人ばっかだな……
まぁ、そんなこんなで協力者が増えた。俺との婚約が現在の国家戦略の前提となっている以上、裏切られることはない。状況が変わればわからんが。
ともかく今は、やけに俺に対して好感度の高い婚約者との新生活に気持ちを切り替えなければ……少しでもミスると一気に下がりそう。不良がネコ拾うと良い奴に見えるやつの逆だな。
ロザリアは「異様に好感度が高い」というより「尽くす気満々」という方が正しいです。生まれながら「夫を支える」ように教え込まれてきた王女が、年寄りの妾にさせられるのかと思いきや自分より年下の男の子と婚約した訳ですから、「尽くさなきゃ……!」の一心で動いています。