斜陽の帝国
2歳になった。それなりに動けるようになってきたし、会話もできるようになった。正確には会話をしても不審がられない歳になっただがな。一応、ボロを出さないように2単語以上の会話は避けている。
さて、最近は随分と変わったことがある。まず、女性しかいなかった俺の部屋に、おっさんとお爺さんが入ってくるようになった。
このおっさんが宰相で、お爺さんが式部卿らしい。どっちも「陛下に挨拶を」って言いながら入ってきて、自分を売り込んではもう一方を非難していく。この年齢の子供に言っても、普通無駄だと思うんだけどな。刷り込みってやつなのかね。
まぁ、とにかくこの二人が俺を生かしている権力者だ。そしてこの二人の派閥は常に争っている。
それは侍女達も例外ではない。俺に付いている侍女は合わせて20人。多すぎる? 俺もそう思うよ。だが一日で見かけるのは10人程度だ。恐らく、この10人は全員同じ派閥の人間だ。つまり二つの派閥が日替わりで俺の面倒を見ているということ。
しかも最近は俺が一人で積み木で遊んだりしていると、油断しているのか平気で雑談するようになってきた。
皇帝の前で無礼だな。ぜひ続けてください。貴重な情報源なので!
そういう「立ち話」に聞き耳を立てた結果、色々な話が聞けたので、これまで集めた情報を一度まとめようと思う。
まず、爺と呼ぶほどには歳取っていない、大柄な男の方から。
今この国で最も権力を握っていると言われる男であり、宰相としてこの帝国の政治の頂点にいる男だ。え? 頂点にいるのは皇帝のはず? ……建前はね。
ラウル公や両ラウル公と呼ばれるこの男、カール・ドゥ・ヴァン=ラウルは、実際のところ、この国の政治のほとんどを掌握している。式部卿の派閥からすれば、「その立場を悪用し、私腹を肥やし、帝国を牛耳っている」らしい。ちなみに俺とは親戚の関係にある。具体的に言うと曽祖父の弟の長男。そして今は亡き祖母の兄でもある。
……つまり先帝である祖父と、その妃である祖母はいとこだったと言うわけだ。ちなみにこの国では、祖父母が結婚するまでいとこでの結婚は近親婚と見なされ禁止されていた。
それが合法になった理由? この宰相カールの弟が、この国の宗教におけるトップだからじゃないかな。
言ったろ? 牛耳られてるって。話聞く限り、結構やりたい放題してる。まぁ、どうでもいいけど。
次にいかにも「爺」という感じの……と言うより、俺に対してやたら「爺」と名乗る男、フィリップ・ドゥ・ガーデ=アキカール。アキカール公や大公と呼ばれ、式部卿という地位にあるこの男もまた、俺の親戚である。確か……曽祖父の異母弟だったはず。そして何より、この世界における俺の母親の父……つまり母方の祖父に当たる。宰相の派閥からすれば「皇太后を操り、いたずらに官職を増やし、政治を停滞させている」らしい。
そう言われるだけあって、この男が自分の派閥に配っているのは新しく作られた官職ばかり。当然、その官職には国から給料が発生する。つまり、こいつもこの国を食い物にして好き勝手している。
だがまぁ、現状は概ね宰相派閥が優勢らしい。摂政派閥はかなり劣勢だそう。それは本来、派閥の代表として動くべき「摂政」が、全く表に出てこないから。
ちなみにこの摂政という官職は、皇帝が幼かった際、成人するまで補佐する役割だったりする。そして今、その摂政の地位にあるのは俺の母親、アクレシアだ。
今、この国において最も力を持つのは宰相だが、皇帝の次に偉いのは摂政だ。その片方が引きこもっていれば、もう片方が力を持つのも道理だろう。
あの人が表に出てこない理由? あぁ、それは簡単。先日産んだ自分の子が亡くなってしまい、その悲しみに暮れているんだよ。
あ、言い忘れてたけど俺の父親は、俺が産まれる前に死んでます。
どういうことかって? あの母親はね、曲がりなりにも実の子である皇帝をほっといて、愛人の貴族との間に新しく子供を作ったんだよ。ちなみに、父が存命の頃からの愛人です。
そりゃ、その子も病死するって。本人は愛する人との子供を喪って、ショックのあまり倒れたそう。
……呆れる。
たぶん、その子殺したのは君の父親だよ。誰が見ても邪魔だもん、その子。
あぁ、お気づきかもしれませんが、母親に対して親に向ける愛情とか親愛とかは持ち合わせていませんよ。名前は思い出せなくても、俺には前世の母親の記憶がある訳で。それと比べるとまぁ、雲泥の差だなと。これを母親とはあまり呼びたくない。
ていうか、そんな話を侍女ですら知ってるって結構ヤバくないか。それ、普通に国家として「恥」にあたる話だと思うんだが。他国の耳にも入ってそう。
……もうダメだろ、この国。
それともう一つ。俺に付いていた乳母さん達がいなくなりました。俺はもう、完全に乳離れしたからね。
話によると乳母さん達は中立派貴族の奥さんが多かったらしいから、正直居なくなってしまったのはキツい。
中立派って言うのは、宰相派でも摂政派でもない人達のことを言う。数としては少ないが、傾向としては宮廷で政治を実際に動かしてきた人達の大半が中立派だ。
いわゆる官僚ってやつだな。この人たちは、そもそも領地を持ってない人が多い。対して宰相も式部卿も、その名の通り地方に領地を持つ貴族だ。その傘下の貴族も、周辺に領地を持つ貴族が多い。
唯一、俺が政治に関わるようになったら味方してくれるかもしれない勢力が、この中立派だ。領地を持たない彼らにとって、帝国の崩壊は自分たちの権威喪失と直接つながっている。生活がかかっていると言っていいかもしれない。
それに対して、領地を持っている貴族は他国に寝返ってもいいし、独立したって良い。
……中立派貴族の助けが得られないなら、やはり政治に関わらない方が良さそうだな。リスクが高すぎる。
ちなみになんで中立派の人たちが乳母をやっていたかというと、一言で言えば乳児の死亡率が高い世界だからだ。
……宰相派も摂政派も、下手に自分たちの派閥から人を出して皇帝が死んでしまったら、対抗派閥から責任を追及されるだろう。
俺が死んだら次の皇帝を選ばなくてはならない。そうなると、責任を追及されてる側の傀儡が即位できる可能性はまぁ、低いだろうな。
ともかく、これからは乳母たちがいなくなり、宰相派と摂政派の侍女だけが身の回りの世話をすることになる。気分的には常に敵に囲まれているようなものだ。
だが、彼女らも自ら率先して俺の監視や教育をするわけでもないだろう。結局、権力を持っている人間が好き勝手やって、それに多くの人間が従わざるを得ない。だから少しだけ同情もしている。故に、今のところ彼女たちに許せないという感情を抱いたことはない。
宰相や式部卿? 許せるわけがないだろう。幼帝を利用するとかどう考えてもまともじゃない。あと、前世の小市民的感覚として権力者自体が好きじゃない。
だというのに俺は、従わせる側の立場に生まれてしまった。正直性に合わない。俺だって成り上がりとか自由な冒険者とか、そういう方が良かったのにな。
いっそある程度の歳になったら、ここから抜け出して一般市民として生きていこうか。どのみち暗殺の恐怖に怯えるなら、まだ自由のある暮らしの方がマシな気がする。
そのためにも、もう少し魔法の習得、頑張らないとな。