宝石よりも価値のある
解説回
「お久しぶりです、陛下」
珍しく、ヴォデッド宮中伯が昼に俺の部屋に現れた。さらにティモナは、いつの間にか席を外している……こんな事態は初めてのことだった。
おそらく、廊下の近衛兵も対策済みなのだろう。となると、演技する必要は無いな。
「最近は随分と忙しかったようだが……その報告は後にした方が良さそうだな。用件は何だ?」
「お戯れは程々になさいませ」
宮中伯の真剣な声色に、そう咎められる心当たりがないかと、俺は考えを巡らせる……あぁ、一つだけあるな。
「戯れなどでは無いとしたら?」
「お止めになるべきです」
……ふむ、随分と語気が強いな。本音としては「無理やりにでも止める」か。
「まぁ、待て。皇太子妃の件だな?」
俺が定期的に、幽閉の身である前皇太子妃、ヴェラ=シルヴィ・ル・シャプリエと密会している件だろう。彼女の父親は宰相派の貴族、しかも散々隠してきた魔法を堂々と使っているのだ。そりゃ咎めるのも当然だな。
「他にありましょうか」
宮中伯は食い気味に答える。どうやら俺が塔で何をしているのかまでは把握していないようだ。
だが、ヴェラ=シルヴィを幽閉している塔の見張りは、満月の夜だけ密偵に変わっている。これは気配で分かったし、魔法で探知もしたのだから間違いない。見覚えのある密偵だった。その報告を受けているであろう密偵長のヴォデッド宮中伯は、全てを把握していると思っていたのだが……そんなことは無いらしい。
「密偵から報告は受けていないのか? 俺が塔の中で何をしているかなど」
「事後報告は受けました。ですが、結界で隠蔽されていては把握などできますまい」
なるほど、そこが密偵の限界か。
今は味方だからって、この先も味方であり続けるとは限らないからな。密偵の能力は調べておきたかった。それに皇帝という存在が、配下を盲目的に信頼して良いはずがない。出来ることと出来ないことは把握しておきたいのだよ。
……現に、目の前の密偵長は現在進行形で俺に不信感を抱いているし。
まぁ、事が事だから全力で隠しているのは事実だ。家族などに宛てた手紙にも、俺のことを書かないよう言いつけてある……当然、信用しきれないので検閲もしている。これも密偵がやってくれていた。だが……それが事後報告とな?
何があったかはわかる。ヴォデッド宮中伯が忙しかったこの時期、ティモナ・ルナンが代わりに宮廷の密偵へ指示を出していた。つまり、一連の報告はティモナの所で止められ、ティモナが全てを把握していたということになる。
……ふむ。裏切っている、という訳では無さそうだが。
「陛下っ」
うん。とりあえず目の前の人間を納得させようか。
「あの塔は『封魔の結界』が張られていたな?」
「……えぇ、もちろん」
感情的になっていようが冷静な部分は残っているらしい。理性的で何より。
簡単な話だ。俺がここまで大胆に動くのは、それだけの価値があるからだ。
「初めてあの塔に近づいたとき驚いたぞ。何せ彼女の歌で、外の魔素が揺らいでいたのだから」
俺がそう告げると、宮中伯は目を見開き、小さく呟いた。
「まさか」
「近づいてさらに驚いた。『封魔の結界』など感じさせないくらい、彼女の歌によって塔内部の魔力は動いていた。実際、彼女に結界があると教えられなければ気がつかなかったな」
あの時、確かに美しい歌声だと思った。惹きつけられる美声だった。だがそれ以上に、魔力が揺らぐなど初めての経験だった。共鳴、と言い換えても良いかもしれない。
いや、もしかすると『魔力が揺らぐ』と、人は『魅力的に感じる』のかもしれない。その辺りはまだ理解が及ばない。
何せ、俺は気づいてしまったのだ。俺が理解した気になっていた魔法と言うものは、あくまで一面でしかなかったことを。
俺は体内の魔素を無理やり体外に放出することで『封魔結界』内でも魔法が使える。言ってしまえば、これは力業だ。だがヴェラ=シルヴィは違う。彼女は固定化された魔力を動かすことができる。案の定、教えてみればすぐに魔法が使えるようになった。
本物の天才ってやつだ。
「他の人間に察知される前でよかった」
俺以外にも、その辺の知覚が鋭い人間がいるかもしれないからな。
「彼女は俺以外の『封魔結界』内でも魔法が使える人間だ」
「……問題が一つ、解消されますな」
俺が実権を握った後、必ず浮かび上がる問題がある。
それはいったい誰が皇帝に魔法を教えたのか、だ。
ヴォデッド宮中伯やティモナは俺ほど魔法が得意でもなければ、特異性もない。俺が一切魔法を使わずに隠匿できれば問題ないが、戦場に出ることだって暗殺者に襲われることだってあり得るのだ。出し惜しみしている余裕なんて無いと見ていい。
だが彼女が俺の『魔法の師』ということにすれば、この問題は解決する。俺ほどの実力は無くとも、その『封魔結界内でも魔法が使える』という特異性は、彼女が皇帝の師であるという説得力を持つ。
これは別に、彼女が「私が皇帝の師である」と言わなくても成立するアリバイだ。何なら「私が教えられた側」と事実を言った方が、「真実を隠しているのだ」と思わせられる。
俺に魔法を教えるには、俺の部屋に来なければならない。彼女が皇帝に魔法を教えたのだとしたら、幽閉されている身で塔から抜け出していたことになる。これを隠すのは当然だ。そう周りは勝手に勘違いしてくれるだろう。
この嘘を成立させるのは簡単だ。俺が実権を握った後、ヴェラ=シルヴィを塔から出し、丁重に扱えばいい。これだけで、「表向きには存在しない師への恩返し」というストーリーができる。
何より、宮廷内で魔法を使えるということは、暗殺もその証拠隠滅もし放題ということだ。それはとてつもなく危険なことだ。無論、殺してしまうという選択肢もある。だが、もし万が一殺し損ねたら? 確実に復讐者となり、俺の命は狙われるだろう。
ならば、俺と敵対しない人間へと誘導すればいい。
「ヴォデッド宮中伯。卿に頼みたいことがある。チャムノ伯は確か、中立派となり得る人物だったな? 裏からでいい、支援しろ。そして繋がりを確保し、『宰相派でありながらいつでも中立派に寝返らせられる』状況まで持っていけ……これは過大か?」
「……いいえ。むしろ少ないくらいです」
よし、何とか説得はできたかな?
「承知いたしました、陛下。 ……陛下、このアルフレッド、出過ぎた真似に浅はかな言動、誠に恥じ入るばかりです。申し訳ありません」
「いや? 卿の懸念はもっともだし、情報が足りていなかったのだから仕方あるまい。問題は……」
なんでティモナは情報を止めていた?
「ティモナ・ル・ナンからは『陛下の行為に疑問を抱くべきではない』と言われておりました……」
……何その盲信。どうしてそうなった?
「いや、それは困る。俺は間違える人間だぞ? ……というか、アイツのその盲信を何とかしておいてくれ」
「申し訳ありません、陛下。それは不可能です」
えぇ……怖いんだけど。そういう盲信タイプって、俺がなんか間違えたら「私の知る陛下はそんなことなさらない」とか言って殺しにかかって来そう……
あ、やばい。自分で言ってて本当にやりそうな気がしてきた。大丈夫だよな……?
「ま、まぁともかくだ。これからも今まで通りで頼む。それと、最近忙しかったようだが? そっちの報告はどうだ」
「わかりました。では周辺国の動向からご報告いたします……」
ちなみに報告は全て口頭だ。紙に残したら証拠となってしまうからね。
結局、その日の報告は夕食時に中断したものの、明け方まで続いた。それだけ周辺国が激しく動いているのだ。理由は単純、帝国が崩壊した後を見据えているから。
いよいよ、時間的余裕がもうないかもしれない。
ところで今回の件で確信したが、ティモナは俺が魔法を使えることに気づいているよな? 『封魔結界』内でも使えることも知っているだろう。
……一切何も言われないんだが。やっぱ怖いよ、アイツ……
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