道化は誰?
調査の結果、宰相は黒だった。
彼は不要となった武器類を、いくつかの商会に売却していた。本人は分散させたつもりなんだろうが、それはどこも『黄金羊』が偽装していた商会であった。
さて、これで『黄金羊』の武器の流通ルートが判明したわけだが、同時に連中の「次の行動」も見えてきた。
黄金羊商会の手はあちこちに伸びている。これはあくまで想像だが……テアーナベ連合討伐を決定させたのも、宰相派と摂政派で別々の指揮官を立てさせ軍を分断したのも、主力ではなく傭兵主体の軍勢にさせたのも、黄金羊商会の介入によるものではないだろうか。
そもそも、二人の公が『協力して一つの軍を興す』というのが、本来はありえない話なのだ。確かに二人ともテアーナベ連合を叩きたかったとは言え、あの二人なのだ。せいぜい「テアーナベ連合と交戦中は政争は一時停戦」くらいが限界だっただろう。それ以上の協力など、長らく対立してきた二人には無理な話だ。
だが軍は興された。指揮官二人と言う、まるで各個撃破してくださいと言わんばかりの軍が。その結果、テアーナベ連合の軍に大敗を喫した。
そして現在、帝都では責任の押し付け合いが始まっている。さらに宰相と式部卿は、再びテアーナベ連合へ派兵することに消極的になった。まぁ、流石に同じ相手に二度も負けたら名誉とか威信とかボロボロだろうしな。「絶対に叩かなければいけない相手」でもなければ、急ぎ軍を再編成して送りこむ必要はない。
戦争というものはお金がかかる。その上、防衛戦争と言うのは得るものが無い。せいぜい捕虜や敵が置いていった装備くらいか。
国にとって、得るものが無くとも防衛戦争はするものだ。その為に国家は存在すると言っても良い。だが『黄金羊』にとっては違う。彼らにとって、戦争は金の損失が多く、得るものが少ない行為だ。本音を言えばやりたくないのだろう。だが何もしなければ、いつかは攻められてしまう。タイミングも決められずにな。
だから唆し、軍を興させ、それを徹底的に叩いた。どうせどこかで損失が出るなら、自分たちが勝てるようにかつ最低限の損失で済むように。その上「テアーナベ連合を責めても利益は少ない」と思わせ、二度目の侵攻を忌避させるというアフターケアまで完璧だ。
この一連の流れは全て、黄金羊商会の狙い通りなのだろう。極めて優秀で恐ろしい連中だ。帝国を思い通りにコントロールしている。
だが……そうなるとこう言い換えることもできる。彼らは今、軍を再編して送り込まれたくない。
彼らは中央大陸にもっともっと武器を売りたい。だがテアーナベ連合における武器の製造はまだ軌道に乗っていない。では売れる武器はもう無いのか。
そんなことは無い。武器はある。今回の帝国軍との防衛戦争に使った物が。
つまり黄金羊商会の次の手は、「帝国が再侵攻しないように制御しつつ、テアーナベ連合の兵に貸していた武器防具を回収し中央大陸に売る」だ。
であれば……打てる手はある。連中は「帝国の再侵攻が無い」と確信できてはじめて、このような行動に移れるのだ。ならば、そこを崩せばいい。
どれほど戦争を嫌がっていても、攻められる恐れがあるのに備えを怠るなんて馬鹿なことをする奴は……あぁ、どっかの世界の平和ボケした国には、スクランブル頻発してるのに「防衛費削減」とか馬鹿なこと言う馬鹿がたくさんいたな、うん。
まぁ、そんな現実も直視できない例外は置いといて、黄金羊商会は馬鹿ではないので、再侵攻の恐れがある限り軍備は怠らない。
『黄金羊』の三角貿易を滞らせる……武器の販売を阻害するには、「帝国軍が再侵攻するかもしれない」と連中に思わせればいい。
あとは俺の演技次第だな。
***
都合の良いことに、俺は9歳の誕生日を迎えた。外聞もあるので、宰相も式部卿も俺の所に顔を出すだろう。
俺が朝食を摂り終え、一眠りしようかと考えていると、家令のヘルクによって宰相が通された。ちなみに通していいかとか聞かれてない。 ……あいつは俺を何だと思っているのか。
「お久しぶりでございます陛下。臣として謹んでお祝い申し上げます」
そう言って宰相は片膝をつき、頭を垂れる。珍しくロタール式の挨拶だ。本来は、敬意を表す際に使うのだが……なんでだろうね、全く感じられないや。
余談だが、この『宮廷儀礼』とか『宮中語』みたいなのは、ロタール帝国時代には大量に存在した。これらは全て、ブングダルト帝国初代皇帝カーディナルによって廃止、簡略化された。理由は「めんどくさいから」。俺、この人のこういうところ好きだよ。
多くのロタール文化を復興させた人物だけど、唯一宮廷儀礼だけは別だった。というか、こういう細々としたものが苦手だったから、ブングダルト人はロタール人から「蛮族」扱いされてたんだけどね。
閑話休題。
俺は気持ちを切り替え、宰相に話しかける。
「おお! 久しいな宰相よ。今日は善き日じゃ。楽にせい」
転生してからそんなこと思ったことないけどね。前世では、贈答用の高い果物買って食べたり普段は買わないようなクラフトビール買って飲んだりと、自分を甘やかしたりしてたけど、今世の誕生日はねぇ……完全に政治イベントだからなぁ。
「ありがとうございます、陛下」
さて、それじゃ一働きしますか。
「時に宰相よ、例の件はまだか」
「は……? 例の件、と言いますと?」
「テアー何とかという謀叛者共のことじゃ。お主らが討伐するのじゃろ? まだなのかっ」
許しがたい不忠者とか、大逆者共とか言ってたよね? 俺を戦場に引っ張り出そうとして。
「陛下。彼らは既に国を名乗っております。そう簡単に討てるものではないのです」
ううむ、開き直ってるねぇ。まぁ連中を簡単に倒せないのは、君が売り払った武器類のせいだけどね。報告によると、宰相もそのことに気づいたらしく、あれ以降、旧式武器の売却は行われていない。 ……手遅れだろ。
「そうか。中立派の者共は信用できぬし、アキカールの兵はあまり強くないと聞く。ならば宰相しかおらぬと思うておったのじゃが……できぬなら仕方あるまい。ワルン公にでも命ずるかの」
俺がそう言うと、宰相はしばらく沈黙した。何を考えているか知らんが、お前に選択肢は二つしかないだろ。
ワルン公は既に、娘を宮廷に送り込んでいる。この件を俺がワルン公に命じれば、必ず本人が宮廷にやってくるだろう。もしそこで、ワルン公が摂政派と手を組もうものなら……宰相有利のパワーバランスがひっくり返りかねない。それを避けるには、自分がテアーナベ連合を討つと言うしかない。
……もう一つの選択肢? それは「ワルン公と摂政派が合流する前に俺を殺し、皇帝を僭称する」だ。まぁその場合、貴族連中の支持は得られないだろうがな。ある意味、俺の命も懸かった選択だが……それに関しては今に始まったことではない。
「陛下、できぬとは申しておりませぬ。ただ時間がかかるのです」
「じゃがお主が軍を興したとは聞かんぞ」
「それにも時間がかかるのです。ですが陛下、しばしお待ちくだされ。必ずや彼の軍を撃ち破って見せましょう」
ちなみに、宰相は「滅ぼす」ではなく、「撃ち破る」としか言ってない。つまりこの男は、俺の「滅ぼせ」という言葉を完全に無視している。話のすり替えってやつだな。
まぁ、そっちが俺の狙いなんだけどね!
「おおぉそうか! 流石は宰相じゃ。余は善き臣下を持った……期待しておるぞ」
ベルべー王国の件で、式部卿を褒めた分のバランスもこれで調整できただろう。
摂政が「式部卿こそ真の忠臣」とか余計な宣伝しまくってたみたいだからな。その式部卿、多分お前のこと嫌いだぞ。
***
さて、あの夜にこの「考え」を話した時、俺はファビオにこう尋ねられた。「もし宰相が本当にテアーナベ軍を破ったら、ラウル公有利にパワーバランスが崩れませんか?」と。
宰相・式部卿が共に(直接戦った訳ではないが)敗れた相手に勝てば、確かに宰相の威信は高まり、式部卿では太刀打ちできなくなるだろう。
だがファビオの考え方は、宰相が皇帝の意向に従うという前提条件で話されている。
甘い甘い。俺を傀儡としか見てない男が、そんな真っ当なことするはずがない。
それから二週間後、「国境にてラウル公の軍勢がテアーナベ連合の大軍と交戦し撃ち破った」との報告を受けた皇帝は、飛び上がる程喜び、宰相に賛辞を贈るとともに、褒美を与えるように言った。そして「テアーナベを滅ぼしたと報告を受ける日を楽しみに待っている」と宰相に伝えたのだった。
ちなみに褒美関連の実権も宰相が握っているので、実際に何が贈られたとか知らない。好きなもの適当に取っていったのだろう。また財務卿の胃が悲鳴を上げているかもしれないが、是非耐え抜いて欲しいね。
さて、こうして「ラウル軍勝利」の報告を受けた訳だが、この件で式部卿は焦ったりしないし、パワーバランスも崩れない。当然だ。何せ報告を正確なものに直せば……
「国境(付近のテアーナベ側の村)にてラウル公(が雇った傭兵)の(少数の)軍勢が(略奪をしていたら)テアーナベ連合の大軍(に迎撃されそうになったので逃げたが、そんなことを報告する訳にもいかないので、略奪した村の抵抗する村人たち)と交戦し撃ち破った」だ。
確かに嘘は言ってないな、うん。
こういう報告の偽装は別に珍しくも何ともない。前世でもそうだった。ただ歯止めがかかるか、かからないかの違いだな。
人間、歯止めがかからないとやりたい放題するからな。某戦況発表然り、某一党独裁国家の情報統制然り。まぁ、アレらよりはまだ可愛げがあるね、宰相は。
……いつか叩きつける罪状の一つとして覚えておくけどな。
だがこの行動で、俺の目的は達成されている。
俺が望むたびに、宰相は適当な傭兵にテアーナベ領で略奪をさせればいいのだ。簡単だし、軍を自分で興すより費用は掛からない。彼はこれからも同じことを繰り返すだろう。
しかしそれは、略奪とはいえ侵略には変わりないのだ。領土侵犯が繰り返される状況で、テアーナベ連合は装備を売却なんてできるだろうか。
馬鹿なら出来ただろう。だが残念ながら、『黄金羊』の頭目は極めて優秀である。東方大陸における拠点喪失というリスクを、野放しにはできない。だから装備を売却できず、中央大陸に向けた輸出は滞る。
今の俺に出来るのはこれくらいが限界だ。この一手自体、『黄金羊』の覇権を遅らせているに過ぎないし、テアーナベ連合領内での武器生産が軌道に乗れば意味のないものとなる。
逆に言えば、それまでに俺は政治を掌握しなければいけないということだ。
それはきっと、そう遠くない出来事だ。
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