子供が話し合う内容ではない
それはある夜のこと。ふと、窓の外に気配を感じた俺は、恐る恐る目を向けた。するとそこには、ぼんやりと人影が……
「ティモナ。窓の外になんかいるんだけど……」
「ファビオ=ドゥノウかと」
ホラーじゃん、と思ってティモナに話しかけると、いつもと変わらない声でそう告げられた。
……知ってたなら事前に言ってほしかったなぁ。マジでビビったんですけど。
「いつになるか正確には把握してなかったので」
そうかい。そしてそんなに俺の心って読みやすいですかね。
窓を開けると、本当にファビオだった。
「お久しぶりです、陛下。ご報告に上がりました」
窓から室内に入って来たファビオに、俺は疑問に思っていたことを尋ねる。
「なんで天井裏から来なかったんだ?」
「いや、そんな難しいことできませんよ」
え、あれ難しいの。その割にはティモナとか平然と使ってるけど。
「ふーん。てか直接報告に来るのも初めてだな」
「色々と調べてきたんで、直接報告した方が早いかと」
「あーそうか」
なら念を入れて、防音の防壁魔法使うか……
「必要ありません、陛下。本日の近衛はヴォデッド卿の手の者です」
「怪しまれないよう滅多に使えない手ですが、と養父が言ってましたよ」
……へぇ。宮中伯は色んな所に手を伸ばしてる訳ね。まぁ、今はありがたいし使わせてもらうけど、俺が親政を開始したら考えないとな。他部署に介入できる家臣って普通に危険だからなぁ。
「ま、とりあえず報告を聞こうか」
***
「なるほどねぇ」
ティモナの報告を受け、それから黄金羊商会が異大陸から輸入したと思われる商品を見る。何となくだが、黄金羊商会が何をしているのか掴めてきた。
「確認だが、中央大陸は長らく戦乱が絶えないんだな?」
「ええ。その為、多くの獣人傭兵や奴隷が南方大陸から流れているようです」
獣人はその名の通り、獣の特徴を併せ持つ種族だ。身体能力が極めて高く、兵として優秀らしい。この大陸では人間族以外ほとんど見ないから「らしい」止まりだけどな。俺も見たことは無い。彼らのほとんどは南方大陸に住んでおり、そして南方大陸に人間はほとんどいない。
「なるほど。膨大な利益を出す訳だ」
「何かわかりましたか」
まぁ、何が起きているのか本当は言う必要無いんだけど。でもファビオには言っても良いかもしれない。かなり優秀なようだし、人材を育てるという意味でも勉強材料にしてもらおう。
「恐らく利益が出ているカラクリは三角貿易だな」
東方大陸と中央大陸、そして南方大陸を結んだ貿易路。これが黄金羊商会の生命線であり、逆に言えばこれがある限り黄金羊は潰れない。
まぁ、前世の三角貿易とは細かいところが異なるだろうが。
「三角貿易、ですか?」
黄金羊商会が輸入した商品。いくつかは俺も見たことが無いものだ。だが、見覚えがある物もある。
コーヒー豆とカカオの実だ。違う名前で呼ばれていたが、その利用法は極めて類似している。そしてそれらは温暖な地域で生産されていたはずだ。ちょうど話に聞く、南方大陸のような気候で。
それにもし、中央大陸原産なのであれば、同じく中央大陸で発生した聖一教徒が知らない可能性は低い。だが、我々は知らなかった。つまり、これらは南方大陸原産の可能性が高い。
……となると砂糖も輸入している可能性が高いな。というか、それが主力商品か。
「中央大陸を経由し、南方大陸とも貿易をしているんだ。本来、中間貿易として間に入っている方もそれなりに儲かるはずなんだが……それすら黄金羊が握っているようだな」
「あー。三つの大陸で貿易しているのは分かりましたが、そんなに利益が出るもんなんですか?」
そう尋ねてくるファビオとは対照的に、ティモナはいつも通り静かに立っている。間違いなく話は聞いているだろうけどね。
「上手いこと需要と供給が噛み合ってるんだよ。まず、中央大陸では国が簡単に興亡するほどの戦乱が続いていて、武器や兵が慢性的に不足している」
この貿易の中で一番弱い立場だな。
「彼らは東方大陸から不足している武器などを輸入する。貿易なのだから、当然対価を支払わなければならない。基本的には金銀で支払うのだろうが……これには限度がある」
金銀は貴重だからこそ、国際通貨としての価値が証明されるのだ。当然、数には限りがある。
「直接、『黄金羊』に支払えるものが無くなった時、商人はこう提案するんだ『戦争で獲得した捕虜や奴隷を南方大陸に売らないか』と」
「奴隷ですか? 南方大陸から獣人奴隷が中央大陸に流れていますが」
奴隷同士の交換に意味はあるのかと。まぁ、普通はそう考えるわな。だが俺は前世の知識で知っている。軍人奴隷の興隆を……
「それは扱いが全く違う。獣人は人間族よりも身体能力が優れているな? 常に武力を確保したい中央大陸諸国にとって、彼らは喉から手が出るほど欲しい。だが奴隷として雑な扱いをされた者が、主人の為に命をかけて戦うと思うか?」
「それは……ありえませんね」
「そうだ。だから丁寧に扱う。そもそも下手に怒らせて獣人国家と対立したら滅亡決定だしな。だが戦争で獲得した捕虜や奴隷は違う。彼らは自分たちのことを恨んでいるし、解放したら敵対国に戻って終わりだろう。だから持て余す。それを商人が『武器の対価にしていい』と唆すんだ。彼らは当然飛びつく」
獣人って『迫害されたり奴隷にされたりする可哀そうな存在』という勝手なイメージを持っていたが、個々の能力で優れた獣人が、そう簡単に人間に支配などされないようだ。
まぁ、この世界では大陸一つが『獣人の支配領域』ってのも大きいのかな。
「なるほど。その捕虜たちが南方大陸に連れていかれるのですね」
「そうだ。そしてファビオ、君が持ってきてくれたこの南方大陸原産の品を増産する為に働かされる。そして生産された商品を、『黄金羊』は南方大陸から輸入する。彼らは武器を売って、高価な商品を手に入れられる……相当儲かってるだろうな」
「それが需要と供給、ですか。ですがそれでは獣人たちがあまり得しませんね」
そう、この説明だと獣人たちに利益が発生していない。彼らが奴隷を欲するには、カカオやコーヒーを増産してでも入手したい『何か』が無ければ釣り合わないのだ。
奴隷以外で中央大陸から欲しいものを手に入れてる……というのは考えづらい。彼らに何かを独力で輸出できる余裕なんて無さそうだし。となると、『黄金羊』が何かを売っている可能性が高いんだが……
「それなんだが……たしか獣人たちって、爪などが発達しているせいで繊細な作業は苦手だよな?」
「えぇ。そう聞いています」
「それと……もしかして中央大陸って綿花の産地だったりしないか」
「あぁ、確かそんな話も。よくわかりますね」
うーん。やっぱりどの時代でも加工して売るっていうのが一番利益出るよなぁ。
「ならそれだな。つまり三角形は一方通行じゃなくて双方向だったと」
「……なるほど。つまり中央大陸諸国は武器の対価に綿花も売り、それを黄金羊商会は衣服に加工する。衣服の需要がある南方大陸は対価である『商品』の増産を図ると」
「予想だけどな」
「そういえば」
黙って話を聞いていたティモナの声だった。
「テアーナベ地域は元々、羊毛を加工する毛織物業で有名でした」
「じゃあそれを転換したのかぁ。となると、かなり前から『黄金羊』の手が入っていたかもしれませんね、テアーナベ地方」
……え、テアーナベ地方って地球でいうフランドル地方だったの? ……毛織物って未だにこの大陸でも使われるし、北方大陸なんかではかなりの需要あるのに……なんてところ独立させてんだよ、宰相たち。毛織物業の一大産地なんて貿易の主力になるだろうに……
まぁ、それは一度置いといて。
「んで、ヒスマッフェ王国だが……このカラクリに気づいたな」
北方大陸は『冒険者』の大陸である。魔獣の素材を求めて北方大陸に渡った彼らは、未開だったこの地域を開拓し、都市を建てた。この都市は東方大陸の国家の支配下にない……言ってしまえば独立した都市国家だ。そして冒険者を束ねる『ギルド』によって、この複数の都市国家は緩やかにまとまっている。
この北方大陸に、唯一『国家として』入植地を持つのがヒスマッフェ王国だ。とはいえ、両者は敵対していない。共存関係にあるからこそ、安定している。
が、それはつまり発展性に乏しいとも言える。
「ヒスマッフェ王国も中央大陸に手を伸ばしたい。だが何が求められていて、何を輸入できるかまだ分かっていない。だからこその『世界一周』だろう」
艦隊の『世界一周』を盾にした強硬偵察とも言えるな。ちゃんとした名目がある以上、戦争する気でもない限りテアーナベ連合は表立った妨害はできない。
「その船団が、中央大陸を経由して一度北方大陸に寄るのは、中央大陸の情報を置いていけということなんだろう。『西方大陸』は第二案といったところか」
中央大陸ではなく、西方大陸と貿易する選択肢もあるのだろう。だが、実情がほとんど分からない西方大陸より、分かっている中央大陸の方が優先度が高いのも当然だ。
「そしてそのハーバートとかいう奴、そういった事情が分かっているからあっさりと情報を吐いたな。再就職先に唾をつけておくとは……なかなかやるなぁ」
「あー。申し訳ありません陛下。勝手に帝都に誘ってしまって」
「いや、むしろ英断だったな。それだけ優秀な人材、是非とも欲しい……配下にならずとも、仲良くしておいて損はない。よくやった」
「……ありがとうございます、陛下」
うんうん。この男を優秀と見た俺の目に狂いは無かったと。皇帝として少しだけ自信が持てるなぁ。
「あと分からないことがあるとすれば……黄金羊商会が中央大陸に売っている武器は、いったいどこから出ているんだ? 独立してから生産を始めたとしても、軌道に乗るのはまだ先だろう。独立前から武器の大量生産なんて不穏な動きがあれば、保身に熱心な連中が見逃すとも思えんが」
現に、帝国内で武器の製造ができているのはラウル公領とアキカール公領、そしてワルン公領のみ。しかもラウル公の圧力のせいで、あと二つの生産地は細々としか稼働していない。
「一つだけ心当たりがあります」
ティモナが淡々と話し始めた。
「前ラウル公、ジャン・ドゥ・ヴァン=ラウルは帝国からの独立を目論んでおりました」
このジャンはジャン皇太子とは全くの別人なので要注意である。皇族の名前って被りがちなんだよね。俺は被ってないけど。
「当時は独立の為に、相当な武力増強に勤しんでいたと聞きます。ですが現ラウル公はこの『帝国からの完全独立』から『帝国最大の貴族』へと方針を転換しました。この時、軍を削減しております」
おいおい。まさか……
「その際、不必要となった武器を黄金羊商会に売ったと……?」
「あー。そういえば兵器の更新で不必要になった旧式装備の行き先も聞いたことないですね。もしかしたらそれも……」
「軍は削減しつつ兵器開発は続けておりますから、その可能性は大いに有るかと」
うーん、この売国奴。てか自分が売った武器で負けたのか、あの人。それはちょっと噴飯ものだなぁ。
「となると……ラウル公領から出た武器の行き先を調べたいな……これは密偵の方が適任か?」
それが確かなら、まだテアーナベ連合の兵器製造は軌道に乗っていないということになる。それならまだ打てる手はある。
「そうですね、裏向きの仕事です」
「伝えておきましょう」
「あぁ。頼んだよティモナ」
本当は宰相にどうにかして欲しいんだけどね。自分で蒔いた種なんだから。
【噴飯もの】飯を思わず噴き出すくらい笑えるという意味です