【閑話】ラミテッドの再興2
彼らが再び登場するのはいつになるのか……
ファビオが持つ、『皇帝の臣下の息子』という肩書は、様々な場所において融通が利くカードである。しかしどこへでも、という訳ではない。それはこの大陸の国々が、帝国は傾きつつあると考えているからだ。
ヒスマッフェ王国……大陸北部に突き出す形で位置するこの国も、そんな「帝国に期待しない国」の一つであった。
ヒスマッフェ王国籍の大型艦船団がファビオとの会合を受け入れたのは、船団の首脳部が本国の政治的立場を必要以上に気遣った為である。実際には理由をつけて断っても何ら問題はなかったのだが、それを本国に問う時間は無かった。もし必要なことであった場合、この確認にかかった時間で相手の不興を買いかねないからだ。
両者はベルべー王国の港町にある、高級料理店で顔を合わせることとなった。完全個室の為、話し合いに重宝される有名店である。これはファビオの提案によるものであった。
(必要経費だから仕方ない。これは仕方ないことなんだ)
と言いつつ、長い間潜伏生活を続けた為、高級料理をあまり食べてこなかったファビオは、このディナーの為に朝昼の食事を抜いていた。
仕事はするが、それとこれとは別。というのがファビオの心の主張である。 ……隣で控えている侍女の格好をした護衛が、呆れた目をファビオに向けているが、本人はどこ吹く風で船団の司令官たちを待つ。
ウェイターに通され、部屋に入ってきた船乗りは三人。一人目は爽やかな笑顔を浮かべ、物腰柔らかそうに「失礼します」と頭を下げた。男の名はハーバート・パーニ。船団の副司令である。
二人目は初老の男、ライモンド・ランプニャーニ。旗艦パトロクラリスの艦長……と言うことだが、むしろ海賊の長と言われた方が納得のいく面構えである。無数にある顔の傷が、この男がくぐり抜けてきた激戦の数を窺わせる。
そして最後に入ってきた三人目こそ船団の総司令官であり、バイオ伯爵家次男のウゴリーノ・ディ・バイオである。
彼を一目見て、ファビオは驚愕した。
風貌、佇まい共に威厳を感じさせる巨漢の男であった。英雄、あるいは覇王と言われても納得できるほどである。一切動かぬ表情は、鋼鉄の堅牢さすら思い起こさせる。
(これは手強い相手になるかもしれない……)
「さぁ、どうぞお掛け下さい」
気を引き締め直し、ファビオは彼らとの会談に臨む。
***
互いに自己紹介をした後、和やかに雑談しつつ運び込まれるコース料理に舌鼓を打つ。
もっとも、会話をするのは副司令のハーバートのみである。艦長のライモンドは興味無さげに食事に専念しており、船団総司令のウゴリーノに関しては、相変わらずの鉄仮面ぶりであった。
さて、実のところ彼ら船団の目的や行動は、事前調査により判明していた。それが興味深かった為、ファビオは単なる接触に留めず、こうして話す場を設けたと言ってもいい。
彼らの目的、それは……世界一周。つまり、世界が球状であることの証明の旅である。
「ところで……本日はなぜ我々を?」
デザートが運ばれてきたところで、ハーバートはそう切り出した。どうやら、船団の外交担当は彼の様だ。
「皆様が世界一周の遠征を企図していると聞きまして、是非お話を伺いたいと思ったのです」
「あぁ、やはり知っておられたのですね。お答えできる範囲ならお答えいたしますよ」
柔和な笑みを浮かべるハーバートに、ファビオはさっそく切り出す。
「私は北方大陸と、聖典における『古き大陸』しか知りませんが……その様子ですと他にも発見されているようですね」
「えぇ、我々は東に大陸を見つけました。そしてその大陸は、中央大陸では『西方大陸』と呼ばれています」
「ほう……詳しくお伺いしても?」
「勿論です」
この世界で現在発見されている大陸は五つ。聖一教発祥の地である『古き大陸』は中央大陸と呼ばれ、その東西南北にそれぞれ大陸が位置している。
このうち、北方大陸は極寒の地であり、未だ魔獣が闊歩する。東に大きく伸びた形状の為、東方大陸の人間が多く入植している。
中央大陸は聖典における『古き大陸』であり、当時は東方大陸よりも技術等が優れていたが、終わらない戦乱により無数の国家が興亡、現在は全体的に衰退しているという。
南方大陸はその大部分が密林に覆われ、獣人と呼ばれる種族が住んでいる。
唯一、ほとんど何もわかっていないのが西方大陸である。
「我々の目的にはこの西方大陸の探検も含まれております」
「おお! それは素晴らしい。まさに歴史に名を残す偉業まであと一歩ですね」
(随分簡単に話してくれるな……罠か? いや、こんな情報に罠を仕込む意味は無いか……)
相変わらず、司令官と艦長に変化は無い。流石のファビオも、この二人の顔色から判断するのは不可能だと判断した。
「きっと陛下も興味をお持ちくださるでしょう……となると、はじめはその西方大陸に?」
「いえ、まずは中央大陸に向かい、そこから北方大陸を経由して西へ向かう予定です。残念ながら上からの命令でして」
ハーバートの言葉に、ファビオは素早く頭を回転させる。
(いったいヒスマッフェ王国は何を考えている? ……いや、それは俺が判断することではないか。それよりも、なぜそんなことを教える? 国家機密という訳ではない……のか)
「なるほど。ちなみにどのくらいの行程を予定しているので?」
「それは未定としか……まだ西方大陸の大きさが判明しておりませんので。ですがどうしてです?」
「実は……陛下が聖典の記述に興味をお持ちでして。世界が球状である事に疑問を抱かれているようなのです。もしよろしければですが……無事遠征を成し遂げられた後、帝都にいらっしゃいませんか。是非とも歓迎させていただきます」
これはファビオの完全なる独断である。しかし、この世界一周に数年かかると判断したファビオは、その頃にはカーマインが実権を握っているかもしれないと考えたのだ。
もし世界一周を成功させられる優秀な人材なのであれば、カーマインは必ず欲しがるであろう。今から口説いておいても、早すぎるということは無いのである。
「それはありがたい。考えさせていただきます」
「いえいえ。代わりにと言ってはなんですが……一つお聞かせください。『黄金羊商会』に聞き覚えは?」
このファビオの質問に、初めて艦長ライモンドの眉がピクリと動いた。
「そうですね……それに関して我々は詳しくは知りません。ですが、本国では仮想敵国としているようですよ。直接お調べになるべきだ」
商会の話を振ったのに、『国』の話になる。つまりは、テアーナベ連合の裏にいると把握しているということである。
そこで、ライモンドが突然口を開いた。
「酒を頼みたい。あんたもどうだ」
無論、ライモンドはファビオが子供であることを分かったうえで言っている。つまり「そろそろお開き」と言っているのだ。
ファビオは三人の顔を見回す。三人とも、相変わらず表情が変わらない。これ以上は得られる情報は少ないと判断したファビオは、これを断り、立ち上がる。
「いえ、まだ13なので遠慮しておきます。それでは、自分はこの辺で……どうしました?」
見ると、ハーバートが目を大きく見開いていた。
「え、13歳なんですか」
子供であることは知っていたが、それほど幼いとは思っていなかったようだ。
「あぁ、そういえば言ってませんでしたね。ですが、あまり見た目に惑わされてはいけませんよ。それではごゆっくり」
***
ファビオたちが部屋を出てからも、しばらくの間、部屋はしんとしていた。
初めに口を開いたのは艦長のライモンドであった。
「見た目に惑わされるな……か。ククっ、確かにその通りじゃねぇか。なぁ、司令さんよ」
「こ、怖かったぁ」
震える声で弱々しく呟いたのは……なんと総司令のウゴリーノであった
そう。なんとこの男、英雄にも覇王にも見える容姿の癖に、喧嘩すらしたこともなければ剣も扱えない。会話に加わらなかったのも、動じていなかったのではなく、ビビったあまり声も出せなかったというのが正しい。
「粗相をしないようにと食事に集中していたのが功を奏しましたね……いやあ、危なかった」
デザートが出てきた途端に話し始めたのも、駆け引きなくファビオの質問にハーバートが答えていったのも、隣に座るウゴリーノの限界を察した為である。
「んで? あんな簡単に機密教えて良かったのかよ」
「構わないでしょう。我々も利用されているだけですから。伝手は色んな所に残しとかないと、帰って来れませんよ」
ハーバートが肩をすくめる。
「俺は別にそれでも良いんだがなぁ。まっ、帝国が滅んでいくのを間近で見るのも楽しそうか」
「悪趣味ですねぇ、我らが艦長さんは……けど、どうでしょうね」
意外と帝国は持ち直すかもしれませんね、と呟き、ハーバートは出された茶を静かにすすった。
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