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【閑話】ラミテッドの再興1

閑話が続きます。

ファビオはこっちが素です。



「うげぇ。気持ちわりぃ……」

 ファビオ・ドゥヌエ改め、ファビオ=ドゥノウ・ル・ヴォデッド。彼はベルベー王国のとある港町で項垂(うなだ)れていた。桟橋の柱に腰かけている彼は、カーマインから受けた命令の難易度の高さに黄昏(たそが)れているのだ。


 ……もっとも、ネガティブな思考は船酔いから来たものであったが。


(ロザリア王女に会って、目的を悟られないように大陸間貿易について聞けって……無理だろ。そもそもどうやって一国の王女と会うんだよ)


 無論、カーマインないしヴォデッド宮中伯の使者として向かえば、王宮には通されるかもしれない。しかし正式な書類等を持ってない現在、直接王女に会うのは叶わないだろう。


(ある程度の情報は密偵が手にしてるだろうしなぁ)

 とはいえ手ぶらで帰る訳にはいかない。ファビオはここ数ヶ月の養父によるスパルタ教育を思い出し、身震いした。


 だがまるで王宮に忍び込めとでも言いたげな指令は困難極まる。養父(ヴォデッド宮中伯)の指導を受けはしているが、そういった技術に関しては未だに半人前の領域なのだ。

 ……技術を既に習得した側仕人(友人)もいるが、ファビオからすれば、アレは狂信じみているので例外である。



(そもそも陛下が欲しがってるのは大陸間貿易の情報と『黄金羊』の情報だろ? ロザリア王女に聞けってことは、地理的にベルべー王が把握していると考えてるんだろうが……あの人は陛下と違って、一般的な()()()()止まりだからなぁ)


 少し気分が良くなり、考えがまとまり始めたファビオは立ち上がり歩き始めた。



***



 ファビオにとって黒歴史に近い対面を経て、彼はカーマインに忠誠を誓うこととなった。

 なぜ黒歴史かといえば、それは彼にとってあの対面が満足のいくものではなかったからだ。本来、自分を売り込むべき機会(チャンス)だった。だが命を握られている状況に冷静さを欠いていたファビオは、自身の誇りを守るので精一杯だった。


 半ば強制的に忠誠を誓わされたファビオだが、実のところ、その事に不満はなかった。そもそも一度潰れた家である。少し名を挙げたところで、再び潰されるのがオチだ。であれば劣勢な陣営に付き、高い見返りを得る、ハイリスクハイリターンな選択肢が最良であると元々考えていたのだ。


 そして仕えることになった主君、カーマインが予想以上に優秀なことも幸いであった。ファビオ自身はカーマインと数える程度しか話したことはないが、その言動や行動、命令内容からある程度の人柄や能力を推し量ることができる。これは長い潜伏生活の中で、ファビオが身につけた能力だった。


(陛下は何だかんだ人が良い。他人を減点方式で見ていくからな。初期値が高いことは臣下としては喜ぶべきなんだろうが……今回みたいな場合は、現場で対応していかなきゃな)

 自分の主君を、13歳の少年はそう冷静に評価した。



(実際、この任務を俺()()に任せるのは理にかなっている)


 ヴォデッド宮中伯配下の密偵は優秀な人材が多く、単純に「様子を探る」だけなら密偵だけで手が回る。

 しかし今回のように友好国で、さらにある程度事情を知っている人間……つまり貴族などに接触する必要がある場合、密偵では都合が悪い。

 なにせ密偵とは、()の人間である。そして裏の人間と言うのは、何もしていなくても「そこにいた」だけで疑われ、相手に不信感を抱かせる存在である。ましてや貴族と接触する場合、社会的身分が必要となることが多い。密偵の多くは平民の為、そういう意味でも相性が悪い任務と言える。


 そういった状況に備えて、必要とされていたのが()で動ける人間である。勿論、表で動ける「宮中家の従者」はいた。彼らは密偵とは関係なく、そういった技術を持たない。故に警戒されることもない。

 だが圧倒的に人手が足りていなかった。その()()として動かされているのが、ファビオ()()である。


 ファビオはヴォデッド宮中伯の養子となった。貴族である宮中伯の「代理」として十分な身分である。そして何より、ラミテッド家現当主でもあるのだ。


 ファビオがラミテッド家唯一の生き残りとなった時、ラミテッド家に仕えていた多くの人間は離散した。ある者は市井に下り、ある者は他家の従者となった。だがわずかながら、ファビオに忠誠を誓い、付き従った者たちもいる。ファビオがこの年齢まで生き残れたのは彼らのおかげである。


 そう、カーマインは「ラミテッド家の再興」を条件に、ラミテッドの遺臣たちも手に入れていたのだ。書類上はヴォデッド宮中伯の従者となっている彼らも、ファビオと共にベルベー王国へと来ていた。現在は港で情報収集をしているはずだ。


(とりあえず皆の集めた情報次第かぁ……)



***



 宿で合流した彼らは、集めた情報を吟味する。嘘に惑わされないよう、慎重に考えをまとめていく。


「なるほど、陛下が危機感を抱くわけだ……これは思った以上に手強いぞ……」

 港で情報を集めた結果、ここ数か月、黄金羊商会の船は()()()寄港していなかった。さらに言えば、テアーナベ連合行きの船もである。これは地理的にあり得ることだった。ベルベー王国の港に寄港せず、直接テアーナベ連合へ向かっている可能性もあるからだ。


 だが船乗りたちは、誰も黄金羊商会を()()()()()()

 これは明らかに不自然である。つまり、黄金羊商会は()()()()()()()()()()()()()()可能性が高い。


 そこで怪しいと思われる船……つまり異大陸から貿易品を持ち運べるような、大型で最新鋭の船舶の出入港記録を調べた結果……


「行き先はカルナーン・リカリヤ・ダウロット・プンブンシュバーク、そして大タブレン島諸国……帝国以南あるいは以東の国家に綺麗に散らばっている。だがどこから来たかが分からない、か……」


 ファビオは確信した。間違いなく、彼らは西の大陸と貿易している。


 遺臣の一人が口を開く。

「船乗りたちは北方大陸から来たのではないかと言っておりましたが……」 


 極寒の地、北方大陸。過酷な環境であるこの大陸には、未だ多くの大型魔獣が生息し、東方大陸では絶滅したドラゴンなどが生態系の頂点に君臨している。そういった魔獣の毛皮や牙、鱗などと言った素材は東方大陸では希少であり、高値で取引される。この希少な素材を求め、北方大陸に入植した者たちを『冒険者』と呼ぶ。


「食料が不足している北方大陸では、食料が高値で売れると聞く。本当に北方大陸と交易しているならば、行きの船に食料を乗せて行くだろう。だがそのような出港記録は無かった。商人が利益の出る行動を取らないということは……」

 それ以上に利益が出る取引をしているということである。


「他に西の大陸と交易していそうな動きは見当たらなかった。事実上の独占状態か……?」

 港にいた船乗りたちの関心は「北」であった。つまり西の大陸が巨万の富をもたらすことを知らないのだ。


(隠蔽されてる以上、そうそう情報は探れないだろう……むしろ幅広く情報を集めて、陛下に判断してもらうしかないな……)

 自分より年下の皇帝だが、自分以上に物事が見えているはずだとファビオは考えた。


「では『黄金羊』以外の件で報告を頼む」

「自分から一点ご報告が。市場にいくつか、自分も知らない食品がありました。かなり高価でしたし、もしかするとそれが輸入した商品かもしれません」

 冒険者上がりの従者がそう報告する。かつて北方大陸で活動していた彼が知らないのであれば、それは西の大陸から輸入したものである可能性が高い。


「それは購入しておいた方がいいな。養父(父上)からは潤沢な資金を預けられている。多少高価でも構わない。任せる」

「はっ」


 そこで侍女の格好をした女性が手を上げた。

「私からも一つ。今週中に大型船の船団が寄港する予定とのことです。彼らはヒスマッフェ王国籍とのことで、黄金羊商会とは関係ないと思いますが……もしかすると何か知っているかもしれません」

「なるほど。それは接触したいな……贈答用の贈り物を用意しておいてくれ。ヴォデッド宮中伯家の使者として接触する。他には?」


「西の大陸の『聖地』を奪還すべきという回帰主義派の聖職者が……」

「北方大陸の地図を……」

「どうもベルベー王宮では……」



 少しでも多くの情報を、少しでも正確な情報にすべく、彼らは奮闘する。


 全てはラミテッド家再興の為、全ては偽りの大逆罪を晴らす為、彼らは休むことなく働き続けるのだ。




 ちなみに王女と接触する必要はないと判断したファビオが、後にこのことを知った王女から猛烈な抗議を受けるのだが、それはまた別のお話。



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― 新着の感想 ―
[一言] こっちは有能だ
[一言] 今日見つけて一気に読んでしまいました。 今後の展開や主人公が隠した爪をどのタイミングで出していくか楽しみです。
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