【閑話】ロザリア3
サロモン・ド・バルベトルテは三十代という若さでベルベー王国の侯爵となった。現ベルベー王のはとこである彼は王の相談相手であり、前線で何度もトミス=アシナクィ軍を押し退けた優秀な将であり……そしてロザリアにとって善き叔父である。
何やら数冊の本を険しい表情で眺めていたロザリアは、侍女から叔父の来訪を告げられ、パッと表情を明るくした。
「叔父様! お待ちしておりましたわ」
「やぁロザリア。僕を呼んでいると聞いて前線から跳んできたよ」
これは事実である。生まれた時からその成長を見守ってきたサロモンは、ロザリアを娘のように可愛がっていた。そんな可愛い娘に呼び出されたとあって、サロモンは久しぶりに全力で馬を走らせた。
「まあ。叔父様は前線の指揮を執られているとお聞きしましたわ。平気ですの?」
「もちろん、しっかりと仕事を片付けてきたとも」
これは嘘である。この男、部下に全ての仕事を押し付けてきた。今、前線の指揮所は阿鼻叫喚と化している。
もっともこの男、部下それぞれの力量に合わせ「頑張ればなんとかなるギリギリの量」を分配し、トミス=アシナクィはテアーナベ連合救援に本腰を入れている為、侵攻は無いと判断した上で王都に来たのだ。
多少の公私混同はあるものの、間違いなく優秀な人間である。その優秀さを、たまに親戚の為に間違った使い方をする身内に甘い人間ではあるが。ただその親戚が国王だったり王女だったりするので、ある意味理想的な忠誠心と言えなくもない。
「それで、僕は何で呼ばれたのかな? 頼みごとかな?」
「えぇ、叔父様」
ロザリアは先ほど見つめていた分厚い本を持ち上げる。
「私に魔法を教えてほしいのですわ」
***
この時代、魔法使いはそのほとんどが貴族である。その理由として最も大きいのは、魔法使いとしての適性が遺伝しやすいことが挙げられる。貴族の多くが魔法使いである為、その子も魔法使いになりやすいのだ。だが魔法使い同士の子供でも、魔法が使えない子が生まれることもある。あるいは使えたとしても、ごく微弱な魔法しか扱えない者もいる。
それと同じように、魔法使いでない平民夫婦の間にも、魔法使いの適性を持った子供が生まれることもある。いわゆる先祖返りである。しかしこの『平民生まれ』の魔法使いは、そのほとんどが生き残れない。これが、相対的に『魔法使いは貴族』と言われる理由であろう。
魔法に目覚めた時、当然だが子供たちはそれをコントロールする術を知らない。故に大抵の子が制御できず、暴走する。だが貴族の子であれば、その周りにいる親や護衛、侍女が魔法を扱える為、その暴走を抑え込むことができる。侍女や護衛の仕事内容に、しっかりと含まれているのだ。
だが平民家庭に生まれた場合、この『抑え込む人間』がいない。少数の親は、子供が魔法に目覚めたと思われる兆候を捉えると、その場で殺してしまう。しかしそんなことができる親は少ない。その結果、子供は魔力暴走を起こし一家全滅、場合によってはその村が壊滅する。
例外としては貴族に仕える平民家系くらいであろう。魔法使いの子供は出世する可能性が高い。貴族にとっても、魔法使いは一人でも多い方がいい。従って、魔法が使える子供は手厚く扱われる。
もっとも、この場合の『平民の魔法使い』は結果的に『貴族』になったりするのだが。
こういった事情は大陸全土に共通している。しかし唯一の例外がある。それがここ、ベルベー王国である。
ベルベー王国では平民に魔法使いが生まれた際、その子を国に預けると莫大な謝礼金が出た。故に平民たちは子が魔法使いだと判ると、命懸けで届け出た。
なぜそんなことをしたかと言えば、答えは簡単である。魔法使いは戦場において貴重な戦力だ。たとえ子供だとしても。魔法が一人前に扱えさえすればいいのだ。
そう、このベルベー王国は少年兵の実戦投入が準備されるくらいにまで、追い込まれていたのだ。だがとある皇帝の一声により戦況は好転し、それは不要となった。とはいえ、莫大な資金をかけて集めた手前、即解散という訳にはいかない。現在『精鋭部隊』にするべく練兵が続けられている。
この『少年魔法使い部隊』の教育指導をしていたのが、他でもないこのサロモンだったりする。魔法の指南役として、これほど適材な人物もいないだろう。ロザリアがサロモンを呼んだのは、そういった事情である。
「カーマイン帝が魔法を?」
サロモンがロザリアに魔法を習いたいと思った理由を尋ねると、「陛下が魔法を使えますの」と返って来た。この『陛下』がベルベー王ではないと判断したサロモンは、すぐに聞き返した。
「それは……本当に?」
にわかに信じがたいことだった。愚帝、臆病、我侭、傀儡……そういったカーマインにまつわる噂の中に、『未だ魔法の一つも使えない』という噂もあるのだ。
「ええ。実際に見たことは無いのだけれど、でも絶対に使えますわ! 何か事情があって隠しておられるのよ」
ちなみに、ロザリアにも魔法使いとしての適性はある。しかし王女と言う立場上、その教育は重要視されてこなかった。貧乏な王宮とはいえ、城内には『封魔の魔道具』が置かれているのも大きい。
「うーん。でもロザリアが必要だというなら必要なのかな」
身内贔屓もあるが、サロモンはロザリアが実年齢以上に聡い子であると評価している。その彼女が言うのであれば、それが事実である可能性も出てくる。
(これは調べる必要があるか……いや、ロザリアに疑念を向けられるリスクは負うべきじゃないな。ひとまず様子見か)
大抵のベルベー貴族と同じように、ベルベー王はロザリアとカーマインの婚約に否定的である。それはカーマインが信用できないというのもあるが、それ以上に娘可愛さである。国内に余裕が出てきた今、「無理に嫁に行く必要はない」と考え始めたのだ。
対してサロモンは婚約に肯定的である。ただし、ロザリアの幸せの為に何としてでも正妻にしなければと考えている。皇帝ともなれば妃を複数娶り、侍女に手を出すのは当たり前のこと。それをコントロールできる正妻と言う立場は、何としてでもロザリアに就かせたかった。
もっとも、この時のカーマインはロザリア以外と結婚する気はなかったのだが。
「わかった。じゃあ今日から僕がロザリアに魔法を教えよう」
「よろしくお願いしますわ、先生!」
ロザリアの溢れんばかりの笑顔に、サロモンも顔をほころばせる。
(かわいい……やはり何としてでも正妻にしてあげなければ。そして万が一、ロザリアを悲しませるのであれば……生かしてはおけないなぁ)
同時刻、とある皇帝は唐突な身震いに襲われたという。
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