幼帝はお外がお好き
「陛下、本日はお庭で遊びましょう」
乳母の一人にそう言われ、俺は少しだけ期待した。庭自体は見えてたんだが、出たことは無かったんだよね。
まぁ、前世の基準でいえば庭っていうより「庭園」っていうか……一番近いイメージで言うと「植物園」だな。そのくらい広い。とにかく広い。
ここまで広いとちょっとテンション上がるな。一人で歩けるようになったら探検とかしてみたい。
ともかく、この自然の中で遊ぶって言われて、転生してから久しぶりに楽しみだったのよ。一面芝生とか生えてるし、そこで寝そべるだけでも気持ちよさそうだなと。
それがさ……椅子に座らされて、庭の端の方で、ただ座ってるだけって。
遊ぶの意味を調べて出直せ。 どうせアレだろ? 皇帝を地べたに寝転がらせるなんてとんでもないとか、そういう考えだろ?
はぁ、テンション下がるわー。
それにしても暑いな。なんつうか、豪華な服着せられるのは分かるんだけど、あまりにも通気性が悪すぎるよ。
風とか吹かないかな。魔法が使えればなぁ。こう、魔力を使って風を起こさせるイメージで。
「あうあうあー」
なんとなく声を出した。すると、一瞬だけ風が吹いた。
……うん? 今成功した……? いやいや、この前は使えなかったよな?
……よし、今は誰もこっちを見ていない。なら、魔力で大気中の水分を集めるイメージで……
「あううあー」
――パシャ
水の塊が、一瞬宙に浮いて、落ちた……
おいおいおい。どうなってる? なんかあっさり魔法が使えたんだが……え? じゃあなんでこの前はできなかったんだ……?
***
結論から言おう。庭では魔法が使える。部屋では魔法は使えない。だがこれは、よく考えてみればこれは当たり前のことかもしれない。
魔法が使える人間が(全員とは限らないが)いる世界だ。それは当然、暗殺にだって使える訳で。宮廷の中でも魔法が使えるとなると、それはもう、いつでも暗殺し放題になってしまう。
それを防ぐには、宮廷内で魔法が使えなくすればいい。
つまり屋内には、魔法か魔道具かは知らんが、魔法を使えなくする「何か」が作用しているとみて間違いない。
しかし、局部についた魔道具は作動している。この差は一体なんだ……
まぁ、それは一度置いておこう。まずは魔法が使えたこと。これを喜ぼうではないか。
あの後、何度か侍女たちの目を盗んで魔法を使ってみた。それで魔力を操る感覚はそれなりに掴めたと思う。
とはいえ、まだ自然に扱える訳では無い。あくまで集中して、ようやく魔法が出せると言ったところ。
それともう1つ。重大なことがわかった。
それは魔法を使っているうちに気づいたんだが……この魔力、身体の中にもある。
んで、この体内魔力を利用して空気中の魔力を使うと、非常に魔法が使いやすい。イメージとしては磁石で砂鉄を集める感じだ。これだと魔力を集めやすいし、コントロールもしやすい。
空気中の魔力を直接使うのは……なんかなぁ。細かい調整が難しいし、威力も抑えにくいからこっそり練習するのには向いて無さそうだ。体内の魔力を経由する方で練習していこうと思う。
ちなみに体内の魔力だけを使って魔法は発動させられない。コツが掴めればできるのだろうか……
***
初めて魔法が使えた日から、俺は魔法が使いたくてしょうがなくなった。
ラノベとかの設定でたまに出てくる「魔力総量」みたいな概念があって、尚かつそれが「魔力を使えば使うだけ増える」場合を考えたら、毎日魔法を使っておくべきだと考えたのだ。まぁ、ステータスとかが見られる世界では無さそうだから、増えていたとしても認識できないのだが。
もしかすると俺は、焦ってるのかもしれない。
だが魔法を使うには庭に出なければならない。いや、正確には出してもらわなければならない。
だから俺は毎日のようにグズった。侍女らにあやされようが、乳母たちにあやされようが、お構い無しに泣き続けた。んで、庭に出されたらピタッと泣き止む。
これで「この子は庭に出しとけば泣き止む」と思わせられ、グズる度に外に出してもらえるという訳だ。
……まぁ、焦りからくるガチ泣きもあったけどな。
あと乳母組にあやされた時は定期的に寝落ちもした。いや、あの人たち本当に上手いわ。前世は乗り物に乗るとすぐに眠くなっていた俺に、その揺れは効く。
とまぁ、そんな感じで最近はほぼ毎日外に出してもらえてる。
当然今日もお庭へ。そしてイスに座らされている。
やはりと言うべきか、近くに人はいない。庭に出ると毎回こんな感じだ。これは非常に都合がいい。
というのも、どうやら俺に直接触れられるのは乳母だけらしい。その補佐を侍女がしているようだ。あと双方の会話を聞いてると(まだ完全に言語を理解できた訳では無いが)、どうやら乳母がそれなりに高位の貴族であり、侍女は下級貴族のようだ。
そして俺が庭に出ると、乳母は一度部屋に戻る。ぶっちゃけ俺は同じ場所に座ってるだけだからな。やることが無ければ休憩時間だ。まぁ、俺がグズったりすれば呼ばれるんだろうけど。
俺に直接触れられない侍女たちは少し距離を取ったところに控えている……はずなのだが、あれは控えていると言うよりサボっていると言うのが正しいだろう。そりゃ座ってるだけの俺を見てたって退屈だろうからな。
そんな訳で、俺が魔法を使ってもバレない。火とか派手なものを出せばさすがにバレるかもしれないので、使う魔法には気をつけているが。
んで、俺は魔法についていくつか検証した。もうそろそろ、その結論をつけていいだろう。
まず、魔力総量的なものについて。体内にある魔力の総量が、魔法を使う度に増えてるかどうかについては分からなかった。
恐らくだが体内の魔力を介して魔法を使っても、体内の魔力はほとんど減らない。
これは感覚的な話だから正確では無いが……何度か使った感触として減ってない。まぁ、あくまで体内の魔力を「介して」いるだけだからな。
そういう訳で、魔力総量に関しては今は気にしなくていいと判断した。
次に魔法について。何となくのイメージで使えてしまった魔法だが、なかなか奥が深そうだ。
今使っている魔法で言えば、例えば水の球を作る魔法。これは雨の日の翌日だととても使いやすい。晴れが続いた日には、少し発動まで時間がかかる。
これは恐らく、空気中に水分が含まれることを俺が知っていて、無意識にその水分を集めて水の球を作っているからだろう。つまり、湿度に左右されてしまう。
これに対して、俺は氷を作り出す魔法も使えるようになった。こっちは気温も、湿度も、水の有無も関係ない。何も無いところから作り出せた。この魔法は、ゲームとかアニメの描写をイメージしている。するとあっさりとできてしまった。恐らく、本当に魔力だけを変換して氷を作り出しているのだろう。
これを踏まえて、魔力だけを使って水を作ろうと、ゲームの描写をイメージした。だが、上手くいかなかった。相変わらず湿度に左右される。つまり、その場でイメージを変えようとしても、脳内では未だに水蒸気を水に変換するイメージのままだということだ。深層心理ってやつだろうか。
もちろん、時間をかければこのイメージも変えられるのかもしれないが……今はそれよりも、少しでも使える魔法を増やしていくべきだろう。
ともかく、俺には時間が無いのだ。俺を生かしている者たちの気が変わるまでに、何とか生き残れる程度の力をつけなければ……