楽しい魔法実験(劇物使用)
完全に蛇足だと思っている。後悔はしていない。
ファビオはしばらくヴォデッド宮中伯の元で教育されることになった。しばらくは動いてもらうこともないからな。
今、宰相も式部卿も「他国」を警戒して領地へ戻っている。このタイミングで下手にその勢力を削ってしまうと、他国に侵攻される可能性が出てくる。ラウル公領の民もアキカール公領の民も、等しく帝国の民だ。不必要な犠牲は避けたい。
だから俺は待つことにした。しばらくは宮廷で今まで通りの生活だ。
ただし、ちょうどいいので打てる手は打とうと思う。特に俺自身に関することは、派閥争いに影響を与えないからな。
日課となりつつある剣術の稽古が終わったところで、俺は宮中伯に尋ねる。
「ヴォデッド宮中伯。これは書物で読んだのだが……とある王族は毒殺対策に、薄めた毒を服用し身体に耐性をつけるという。可能か?」
まぁ、読んだのは前世の本で、だけどね。
ちなみに前世の記憶がある事は言っていない。だが、この宮中伯のことだ。ある程度は予想がついているだろう。
「お望みとあらば。ですが、やらないよりはマシ程度の効果しかありませんよ?」
妙に実感が籠っている。まぁ、密偵長だもんな。宮中伯は既に身体を毒に慣らしているのかもしれない。
「構わん……ティモナはどうする」
黙って控えていたティモナに話を振る。
「いえ。自分は陛下の毒味ですので」
あっさりと断られてしまった。
確かに、毒味は毒に慣れていない人間の方がいい。その方が反応が出るからだ。
だからこそ「毒味役辞めていいぞ」って意味で言ったんだがな……そもそも、工夫されてしまえば毒味役ではわからんだろ。
例えば、単体で摂取しても毒にならないが、二つ合わさると強力な毒になる物が有るとする。片方を食事に、もう片方を薬かなんかに混ぜておけば、毒味役は死なずに俺だけを殺すことが出来る。
他にも工夫の仕方は無数にあるだろう。毒味役がいることで毒殺を防げる可能性は、極めて低いと思う。
まぁ、毒味役無しか有りかと聞かれ、後者を選ぶ気持ちも分かる。0%か1%かなら1%の方を選ぶ……普通はな。
だが俺は、せっかく魔法が使えるのだ。
「あぁそうだ。耐性のつけられない毒も用意しておいてくれ」
たぶんあるだろう。俺は毒の知識など全くないがな。
「ほう……承知いたしました、陛下」
ちょうど良く、試してみたい魔法があったんだ。
***
翌週の稽古が無い日、ヴォデッド宮中伯がいくつかの毒を持ってきた。彼はガラス瓶に詰められた液体を、一つずつ丁寧に置いていく。透明なせいで、どれも同じ物にしか見えない。
耐性をつけるための、微量の毒が含まれたクッキーも置かれている。これも後で実験に使おう。
さて、これから新しい魔法を試そうと思う。上手く行けば、毒を無効化できるはずだ。
という訳で、一度窓から外に出る。
……仕方ないんだよ。試行錯誤するなら魔力は潤沢にあった方がいいから。
ちなみに屋内の魔力を『固定化』して、魔法が使えないようにしている魔道具は『封魔の魔道具』と呼ばれているらしいよ。
さて、これから試す魔法も先日読んだ魔法の書……魔導書から着想を得たものだ。タイトルは『壁魔法理論』。
『防壁魔法』と呼ばれるものがある。物理攻撃と魔法攻撃をある程度防いでくれる便利な魔法だ。
この魔法、術者が『条件付け』を行うことで、ある程度変化させることが出来る。例えば「物理的な干渉(攻撃かどうかの判別は付けられない為)を通過させる」ことで、対魔法特化の『防壁魔法』にできるし、逆のこともできる。
作る際に使う魔力を増やしたり、使用中壊れないように魔力を注ぎ続けたりすれば、純粋に耐久力を上げることも出来る。
当然、消費する魔力は増える。ところがこの魔法も、弱くしようとしても消費魔力は増えるのだ。『条件付け』という魔法に対する干渉に、魔力が消費されるのだ。
普通の『防壁魔法』で消費される魔力が【3】だとしよう。当然、結果もそれに見合った『3』だ。強度をあげる場合はそこに【2】を足す。消費魔力は【5】で結果も『5』だ。
だが弱める場合、【3-2】をやっているのだ。結果は『1』だが、その際使った魔力は【3】と【2】を合わせて【5】となる。
『壁魔法理論』を一言で説明すれば、「なら初めから【1】の魔力で『1』の結果を出す魔法を作ればいいじゃん」だ。
つまり俺がこれから作ろうとしている魔法は、「毒のみ」を弾く『壁魔法』である。
ところが運用する上で問題がある。
俺は防壁魔法に「匂いを通さない」という条件が付けられる。これは俺が「匂いとは何か」を明確にイメージできるからだ。
しかし「毒」ではそうはいかない。あまりに関わりが無さすぎて、「毒とは何か」「どこまでが薬でどこからが毒か」を知らないのだ。
「特定の物質を弾く壁魔法」は出来ても、肝心の弾くものがイメージできない訳だ。
だが結局のところ、魔法とはイメージに依存する。であれば、イメージできる範囲で代用するしかない。
毒を防ぐために必要なプロセスは二つ。「毒が体内に侵入するのを防ぐ」「毒を安全に体外に排出するために隔離する」だ。その為に三枚の壁魔法を組み合わせることにする。
まずは二枚目の魔法の実験から。
宮中伯が持ってきた小瓶の中から、最も弱いものを選んで貰い、栓を開ける。揮発して影響が出たら大変だからな。
作り出すのは魔法のみを防ぐ壁魔法。工夫するのはここからだ。
先日知った『付与魔法』は「属性」はもちろん、炎そのものも付与できる。であれば毒そのものも付与できるのではないか。
魔力を使い、毒を一滴程度浮かせる。それを慎重に操作し、壁魔法に向けて付与する。
うん。成功だ。ここまで順調。
これで「毒が付与された壁魔法」ができた。これを仮に「壁魔法A」と呼称する。
さて、これは防壁魔法の性質なんだが、「魔法を防ぐ」設定の二枚の防壁魔法、この作用面(魔法などを防ぐ面。術者側は非作用面)同士を衝突させると、反発する。防壁魔法も魔法だから当然と言えば当然だが。同系統の魔法である壁魔法も同じ性質を持っている。
三枚目の壁魔法を作る。これは「壁魔法Aを防ぐだけの壁魔法」だ。
これは簡単に作り出せる。イメージも簡単だからね。これを壁魔法Bとする。
そして今ある二枚の壁魔法を向かい合わせ、衝突させる。
壁魔法Aは魔法を防ぐし、壁魔法Bは当然、壁魔法Aを防ぐ。
この二つの魔法は反発し合っている訳だが、その反発力は極めて弱い。何せ「『1』の結果」しか出さないのが壁魔法だから。
この壁魔法Bが防いでいる壁魔法Aは、毒が付与されている。これを防いでいるということは、純粋に壁魔法のみを防いでいるのではなく、毒も防いでいるということになる。そして壁魔法Bには、壁魔法A側から毒が侵入した場合、それが付与された毒なのか、そうでないのかは判断がつかないはずだ。
先ほど付与した毒をもう一滴操作し、壁魔法Aの非作用面側から垂らす。
すると狙い通り、毒の水滴は壁魔法Aの上に浮かんだ。
「ほう。器用ですな」
ヴォデッド宮中伯がジッと見ている。気が散るからやめてほしい。
ともかく、これで実験成功だ。「毒を防ぐ」という最低限の魔法は作れた。
次は「安全に体外に排出する・隔離する」魔法だ。
書物で知った魔法の中に反撃防壁というものがある。これは防壁に『反撃』を設定・付与し、攻撃を受けた際に『反撃』を発動させる、極めて効率が悪い魔法だ。
防壁で防ぎながら、別の魔法で攻撃した方が臨機応変に対応できるからな。実はこれ、一度に2~3の魔法までしか使えない人間が、苦肉の策で生み出した魔法なのだ。
素晴らしい発明である。
この反撃防壁の廉価版、反撃壁を作る。そしてこの『反撃』に「結界の展開」をセットし、「物質が作用面に触れた」ら『反撃』するように設定。先ほど重ねた二枚の上に「下向き」にしてセットする。
これで上手くいくはずだ。もう一度、同じようにして上から毒を垂らす。
一枚目は非作用面側が上なので通過。二枚目も同じく通過。三枚目が毒を弾く。返された『毒』の滴は二枚目を再び通過し、一枚目と接触し『反撃』が発動。すべてを包む結界が展開される。
「完璧だ」
狙い通りの魔法が完成した。俺、才能あるかもしれん。
いつか子供に帝位を譲って隠居して、魔法の研究者になるんだ!
この魔法は「壁魔法A」に付与した毒は全て防げる。あとは古今東西、集められる限りの毒を集め、この「壁魔法A」に付与すればいい。
問題点としては、一連の魔法は使いきりになってしまうこと、サンプルが無い希少な毒及び新種の毒には対応できないことだが……皇帝だから集まる気がする。皇帝だから。
念のため確認。もう一度同じ工程を踏み、三重の魔法壁をつくる。
魔法で水を生み出し、上から垂らす。壁魔法に引っかかることなく、地面に落ちた。これなら普通の食事や水はちゃんと通過するな。
次に、耐性をつける用の例のクッキーを砕いて、壁魔法に落とす。
するとちゃんと反応し、結界が張られた。
我ながら惚れ惚れする出来だ。
あとはこれを喉に設置すればいい。
前世ではコンタクトレンズつけてたし、自分で作った魔法だし、「異物を入れる恐怖」はあまり無い。
「それで防げるのであれば、耐性をつける必要はないでしょう」
俺の一連の実験を見ていた宮中伯が言う。
「身体に毒を慣らすと子供が出来づらくなりますよ」
「そうなのか?」
「ええ。生まれても何かしら問題を抱える可能性が出てきます。私の子供も盲目でした」
……なるほど。やはり実体験だったか。あと反応しづらい空気になった。
「……密偵の間でも使って良いぞ、この魔法」
「無理でしょう。そんな器用な真似、できる人間はそういませんよ」
あ、そうなの。
「……あと隠居しても政務はありますよ」
窓を乗り越え部屋に戻ったところで、そう告げられた。
なんで考え読まれてるんですかね?
カーマインが使った「毒防システム」の簡単な説明
上から
【壁C】下向き。反撃魔法付与。発動したら【壁A~C】の全てを包む『結界(魔法・物質共に防ぐ)』を展開
【壁A】下向き。「毒」が付与されている。魔法のみを防ぐ
【壁B】上向き。【壁A】を防ぐ。【壁A】に付与された毒も防ぐ
何が起きるかの説明(喉に設置するので、毒が侵入した場合も当然上から下へ進みます)
※前提条件として「【壁A】に付与した毒にのみ反応」
1.「毒」が【壁C】を通過。非作用面からの侵入の為、反応なし
2.【壁A】を通過。非作用面からの侵入の為、反応なし
3.【壁B】が毒を防御。これは「【壁A】の方向から来た毒」が「【壁A】に付与された毒」なのか「そうでないのか」の判別が【壁B】にはつけられない為
4.毒が【壁A】を通過(下から上)。これは【壁A】が「魔法のみを防ぐ」為
5.【壁C】の作用面に毒が接触。【壁C】が反応し、『結界』が展開される
6.「反撃」が発動したことは術者に伝わるので、展開された結界を魔力で操作して対外に排出すれば完了
作中でカーマインが説明した問題点の他に、「一度発動した後、毒を用意できない」場合や、「そもそもよく使用される毒をわざと用意されない」場合……つまりヴォデッド宮中伯に裏切られた時、普通に毒殺されてしまいます。
ちなみに宮中伯が言う「器用」とは、魔法そのものもそうですが、【壁C】と【壁A】の間を「接触していないが限りなく近い」状態にできる技量のことを言ってます。具体的には顕微鏡が発明されればようやく見れるレベルです。




