三家の乱
俺が生まれる少し前のこと。皇太子ジャンの戦死と皇帝エドワード4世の憤死により、帝国は皇帝不在という状況に陥った。当然、誰が次代の皇帝となるか揉めることになる。この時、皇帝になるのではないかと噂されたのは三名。いずれも女性であったが、崩御した皇帝エドワード4世の姉妹であった。
一人目はアキカール・ドゥデッチ侯の妻エリノア。二人目はラミテッド侯の妻マルグリット。そして三人目は前べリア伯の妻であり、未亡人になっていたリーズである。
この皇帝位継承問題は、戦死した皇太子ジャンの遺児が生まれたことにより解決する。ところが、皇帝候補に名の挙がっていた三家は、この決定を不服とし、反旗を翻した。
宰相と式部卿は協力し、この三家を討伐。一族を殺し尽くし、その地を実効支配した。
こうして、幼い皇帝に反旗を翻すものはいなくなった。
……というのが表向きの『三家の乱』のあらましである。
当然、真相は異なる。順を追って説明していくと……
まず、俺が生まれるまで本当にジャンの子供か分からなかった。これは摂政が愛人を作っているせいだな。 ……本当にろくな事しないな、アイツ。
さて、この皇帝位を巡る争いは当然、宰相と式部卿の派閥争いになる。宰相はアキカール・ドゥデッチ侯妻エリノアを、式部卿はラミテッド侯妻マルグリットを皇帝に推薦した。
ちなみにアキカール・ドゥデッチ侯は、アキカール公と領地が隣接しており、激しく対立していた。これは称号を巡る争いである。
わかりやすい例えで行くと……アキカール公領が『県』だとすると、アキカール・ドゥデッチ侯領は『市』だ。問題はアキカール公が任命されるよりも前から、アキカール・ドゥデッチ侯家が代々あった為に発生した。
アキカール公は「アキカール・ドゥデッチ侯もアキカール公領内なのだから自身に従うべき」と考え、アキカール・ドゥデッチ侯は「どうして後から来た余所者に頭を下げなければならない」と考えた。当然、両家は対立する。そこで式部卿と敵対していた宰相が、アキカール・ドゥデッチ侯の妻を御輿に担いだのだ。
ラミテッド侯もラウル公と領地が隣り合っており、対立していた。こちらは単純な『境界紛争』である。この時代、航空図がある訳ではないので、明確な『境界線』は存在しない。山や川などの目印があればまだ分かりやすいが、そういった目印が無い場合、「この村はこっちの所属」というように村が目印となった。ところがそんな貴族の都合など知らない村人たちは、より良い場所があれば移住してしまうし、新しい村を開拓したりする。この結果、貴族間で『境界紛争』は発生する。
こちらも同様に、宰相と対立していた式部卿がラミテッド侯の妻を次期皇帝に担いだ。
こうして政争が激化する中、俺が生まれる。状況が一変したのは俺がジャンの実子であると判別されたため。どうやらロタール帝国時代から受け継ぐ、専用の魔道具があるらしい。
俺が生まれた時、大勢に見守られていたのはそのせいだ。
なにがやばいって、宰相も式部卿も生まれてくる子供がジャンの実子だとは思ってなかったことだろう。 ……どんだけ信用無いんだ? あの人。
まぁ、ともかく正当な継承者が生まれたことで、宰相と式部卿は一時的に手を結ぶことになる。
アキカール・ドゥデッチ侯家もラミテッド家も「敵の敵」だから次期皇帝候補に担いだに過ぎない。状況が変われば敵対する可能性もある。それに対し、生まれたての幼子は育て方次第で意のままに操れる可能性が高かった。何より、エリノアもマルグリットも夫という「後ろ盾」があるが、俺には無かったのも大きい。お互いに、より軽い御輿を選んだのだ。
さて、いよいよ本題だ。宰相と式部卿の間で結ばれた密約。それは「アキカール・ドゥデッチ侯はアキカール公のもの、ラミテッド侯・べリア伯はラウル公のもの」とするものであった。
要は邪魔になった御輿を交換したのだ。べリア伯は完全に巻き込まれた形だな。
そして起きたのが『三家の乱』だ。つまり、『反乱』などそもそもなかったのだ。
反乱を起こしたことにすれば、一族を皆殺しにしても文句をつけづらい。ただそれだけの為に、彼らは汚名を着せられ、滅ぼされた。
これが七年前、俺が生まれた直後に起こった事件『三家の乱』の真相である。
「それで、この者は何者じゃ」
目の前で跪かされている男は、まだ少年だった。13~4歳くらいだろうか。縄で縛られ、目隠しされ、猿轡まで噛まされている。服は平民のものだろう、ボロボロだが……不思議なことに、貴族と言われれば貴族にも見える。
「『三家の乱』において『反逆者』として滅ぼされたラミテッド侯家の生き残りです。傍系の傍系だったお陰で、上手いこと逃げていたようです。国外逃亡しようとしていたので捕まえました」
「ふむ。それで?」
つまり、この少年は帝国から「指名手配」されているようなものだ。存在がバレれば、即処刑されるだろう。そしてその決定は『三家の乱』の真相が明らかにされない限り、覆ることは無い。
「もう一つくらい駒を増やすべきかと思いまして。どうなさるかはご自由に」
ヴォデッド宮中伯はそういうと、一歩引いた。
……つまり、手駒にするなら自分で交渉しろということか。
とりあえず、いつでも魔法が撃てるように準備してっと。
「俺の声が聞こえるな? 聞こえているなら頷け……よし。なら今、魔法が向けられていることは分かるか?」
目の前の少年は震えながら何度も頷いた。どうやら魔法の威力も察しているらしい。優秀だな。
「もしお前が大声を上げれば、すぐこの魔法を撃つ。その喉を焼き切ってやろう。あと嘘や偽りは止めとけよ? 手が滑るかもしれん」
少年はもう一度頷く。まぁ、脅しはこれくらいで良いだろう。
「話せるようにしてやれ」
ヴォデッド宮中伯によって猿轡を外された少年は、助けを求めるようなことはしなかった。
「名は?」
「……ファビオ。姓はドゥヌエを名乗っている」
さすがに声は震えているが、この歳でこの状況にパニックを起こさないなら上々か。
「それで? なんで今更国外逃亡しようとしたんだ。もっと早く出れただろう」
「初めはこの国で、汚名を晴らそうと思っていた……だが頼みの中立派はテアーナベ連合の独立で瓦解してしまった。もうこの国に未来はない」
なるほどね。まぁ、国外で家を再興したところで、帝国では『反乱を起こした家』のままだもんな。多少の危険は承知の上で、機会を狙っていたのか。
「なぜ汚名を晴らそうとする? ただ生きるだけなら可能だったろうに」
「みんな、俺に託して死んでいった。あっけなく殺された。それを無駄にすることだけはできないんだ」
歯を食いしばる様は、嘘を言っているようには見えなかった。 ……その覚悟があるなら、この歳でも使えるか。
あと、この状況で変に媚びようとしない所もポイントが高い。対等に話そうというのは、『ラミテッド家』を背負っているという覚悟だろうな。その見栄を張る姿勢は、個人的に好感が持てる。
「なら取引だ。お前は俺に従い、手足となって働け。代わりに俺が皇帝になった暁には『三家の乱』にまつわる汚名を晴らし、真実を白日の下に晒してやる。どうだ?」
「皇……帝……?」
ん? なんだその反応……あぁ、そうか。確かに言ってないわ。しかもヴォデッド宮中伯もわざと言ってなかったな。
……変に先入観を与えないようにってことかな。
「目隠しも取ってやれ」
宮中伯が目隠しを外す。ファビオは話していた相手が自分より幼い子供だとは思わなかったらしく、目を丸くしている。
「初めまして。八代皇帝カーマインだ。『三家の乱』の直接的な原因とも言えるな」
まぁ俺が生まれなければ、ファビオは『皇帝家の傍流』になっていたのかもしれないし。恨まれても仕方ないんだが……
「は、いえ。そのようには……思ったことな……ありませんが」
「なんだ。さっきまでの言葉遣いのままでいいぞ」
むしろ丁寧な話し方って胡散臭いよね。宮中伯とかティモナとか。
「それで? 返事は」
「あっ……従います。だから、どうか」
「わかっている。今は無理だが……必ず汚名を晴らしてやる」
そもそも宰相と式部卿の「汚点」を晒さないなんて選択肢はない。ファビオがいなくても、俺が皇帝になれば明らかにしただろう。実質無料で配下を一人手に入れた訳だが……保険は必要だよな?
「ヴォデッド宮中伯よ」
「はい」
「命令だ。ファビオを養子にし、面倒を見てやれ」
ファビオは現状、その存在が判明した時点で処刑される存在だ。それを養子としていたとなれば、当然、ヴォデッド宮中伯にも追及がいく。
つまりこの命令は、ファビオが裏切らないように見張れという意味もあるが、それ以上にヴォデッド宮中伯への鎖でもある。
そしてそれが分からない宮中伯では無い訳で。
「ふっ、ふふっ……クククっ……流石ですよ、陛下。 ……かしこまりました、謹んでお受けいたします」
まぁつまるところ、試されていたのはファビオじゃなくて俺という訳だ。
合格を貰えたようで何より。
高評価・ブックマーク登録ありがとうございます!
まだの方はよろしければ評価お願いします。作者が喜びます