魔法は趣味です
テアーナベ連合の独立から数か月経った。まだ国境では戦闘は発生していない。
そんな中、宮廷に一人の来客があった。
「おぉ、久しぶりじゃの」
「お久しぶりですわ、陛下」
俺の婚約者、ロザリアである。今回は宰相たちがいないせいか、表情が柔らかい。
あまり意識してなかったが、皇帝になるってことは、俺はこの娘と結婚するんだな。 ……前世でも経験しなかった結婚である。それがこの年で決まっているとは……なんだか不思議な気分だ。
ちなみにロザリアは遊びに来たわけではない。外交で来たのだ。
俺とロザリアの婚約が決まった時、宰相派と摂政派は大量の物資をベルベー王国に送った。その後、比較的早い段階でベルべー王国とトミス=アシナクィが停戦したため、物資が余っているという。帝国が侵攻される可能性が出てきた今、それを返すべきか否かというお伺いだ。食料は無いが、軍事物資には余りがあるらしい。
これは一連の支援物資が「貸した」のか「贈った」のかの問題だな。ところが今回の支援はなし崩し的に量が増えていった。その辺りの取り決めもないままに。
本来は宰相や式部卿に聞くべき事案だが、二人は帝都にいない。
「お主らはどちらが良いのじゃ」
「返さなくて良いのであれば助かりますわ」
まぁ、そりゃそうだわな。
「ならば返さんで良い」
これに関しては宰相も式部卿もいないのが悪い。俺が勝手に答えることにする。
他国との外交に関わっていいのかって? まぁ確かに、俺が政治権力を握ろうとして外交に口出ししたならすぐに暗殺されそうだけどな。だが今回、俺が動いたのは「婚約者に良いところを見せたいから」だ。……いや、実際には違うぞ? ベルベー王国が軍事力を保持すれば、トミス=アシナクィへの牽制になるからな。
「ありがとうございます、陛下!」
そう言ってロザリアは、まるで花開くかのように顔をほころばせた。
……前言撤回。ちょっとだけ下心もあるかもしれん。
***
とはいえ、ロザリアもすぐに帰る訳にはいかない。ギリギリまで宰相と式部卿を待った上で、「仕方なく」皇帝の言葉に従ったという姿勢を見せたいのだろう。
その間、俺はロザリアに宮廷内を案内する。宰相派・摂政派の護衛兼監視の元な。案内自体は婚約者なので自然なことだが……
俺は得意げに見えるように宮廷内を案内する。護衛たちには「好きな子に構ってほしいガキ」に見えるはずだ。
実はひとつ、ロザリアに手伝って欲しいことがあって、これはそのための布石だった。
問題はロザリアの反応。
「陛下は物知りなのですね」
なんかものすごい持ち上げてくる。しかも、俺が狙っていることへの援護になっている。
俺の評判は相当悪い自覚がある。なのに、この反応は何だ? 敵意も隔意も感じない。むしろ親愛の感情を向けられている……?
え、何で?
もしかして何か目的があるのか……そもそも俺が勘違いしているだけで、親愛の感情ではないのか? ……その可能性はあるな。
悪意とか敵意とか、蔑みの感情とかは簡単に分かるのに、それ以外の感情が判別つかないとは……これは不味いな。そういうので人を判断すると失敗しそうだ。今後は気をつけることにしよう。
……まさか、俺の狙いに気づいているのか? いや、まだ9歳のガキだぞ。
「そしてここが大図書館じゃ」
「これが噂に聞く、大陸最大級の大図書館! 実は私、読みたいのに見つからない本がありますの……見るだけでも、させて頂けませんか?」
「……おぉ。もちろんじゃ」
いや、そんなまさか。
「まあ、見つけましたわ。これが読みたかったのです。陛下は何をお読みになられるのですか?」
「う、うむ。そうじゃの……これとか読もうかの」
……そんなはず……
「あら? それは魔法の本ですね。まさか陛下、そんなに難しい本を?」
「うむ。まぁの」
「流石ですわ陛下。私、陛下が知的な方で嬉しいですわ。上手くやっていけそうですもの」
……あ、ヤバい。この子、完全に理解して誘導してる。
「おぉ、そうじゃの。では何冊か借りるか。お主も好きな書を借りるが良い」
そう、今回の俺の目的は魔法関連の書物。これはヴォデッド宮中伯でも教えられない分野だからな。だが、俺は暫く『魔法の使えない愚帝』を演じるつもりだ。普通に借りたら間違いなく怪しまれる。
だから「好きな子にカッコつけたくて、読めないけど難しい本借りちゃうガキ」を今回、演じるつもりだったのだ。その為に、どうロザリアを誘導しようか悩んでいたのだが……このびっくりするくらいスムーズな流れ。
間違いなく、ロザリアは全て理解した上で話を合わせてきている。え、何この子。本当に9歳?
「ありがとうございます、陛下!」
うん。笑顔は可愛い。けど、それがちょっと怖くなってきたよ。
不味いなぁ。俺が愚帝演じてるのもバレてる……のか? だとしたら目的はなんだ。何か政治的に引き出したい言葉でもあるのか。
どっちかの派閥と繋がっている可能性もあるしな。これは距離を取った方がいいな。
一ヶ月後、ロザリアは帰国した。その際、何か気落ちしているようだったが……やはり俺から取りたい言質でもあったのだろうか。
話くらいは聞いてあげても良かったかもな。
***
「それで陛下。何か収穫はございましたか?」
ある日の夜、部屋にヴォデッド宮中伯が降りてきた。
剣術の訓練が無い日だから、ティモナは別室で寝ている。
……いや、寝ずの番はティモナのままだぞ? ただ、昼も夜も俺に付きっ切りで、ほとんど寝て無いようだったから、訓練が無い日は無理やり休ませることにしたのだ。
とはいえ、表向きには今日も寝ずの番をやっているはずなので、侍女たちが起こしに来る三十分くらい前には俺の部屋に来るはずだ。 ……天井裏から。
なんかドアより使用頻度高くないか? この天井裏。
「うむ。特にこの『付与魔法の考察』は素晴らしいな。可能性が一気に広がったぞ」
独学で魔法を習得してきた俺だが、やはり限界があったようだ。
先人たちの知恵が詰まった書物はどれも見所があるが、中でもこの『付与魔法』という考え方は素晴らしいの一言に尽きる。これはAという魔法に、Bという概念を『付与』できる画期的な研究だ。
例えば俺が使える魔法の中で、一番手っ取り早く使えるのは「熱エネルギーを圧縮・発射する光線」だ。この魔法の最大の難点は「威力が出ないこと」だった。対象を貫通させることはできるが、あくまで熱の照射である。同じ場所に当て続ける必要があった。まぁ、皮膚に当てれば表面は溶けるだろうが、実際の戦闘においてその程度は威力不足だ。
ところが『付与魔法』を使い、この熱エネルギーに『火属性』を付与すると、この問題は解決する。照射された部位が一瞬で溶けるのだ。金属も一瞬で溶ける。とんでもない威力である。予想を遥かに上回る威力に、危うく侍女にバレそうになった。本当に焦った。
それでいて、光線のメリットである『光速・照射による持続性』は保たれるのだ。正にイイトコ取りの魔法と言えよう。さらに嬉しいことに、『付与魔法』の概念が分かれば付与するのに時間もかからない。増える消費魔力も、まぁ誤差の範囲だろう。
付与するのが『炎』ではなく『火属性』なのもポイントだ。『炎』を付与した場合、炎の形状や火が持つ「冷める」性質まで付与されてしまう。だが『火属性』の場合、「冷める」性質は付与されない。それは『水属性』の性質だからな。
いわゆる『エレメント』の概念だ。ある現象の象徴的性質を『属性』として概念化する取り組みである。初めは、科学に浸った元現代人として「前時代的な考え」だと思っていたが……『エレメント』にもちゃんとメリットが存在するのだ。こういう先入観は矯正せねば。
他にも呪術や神聖魔法、防壁魔法のより精細な『条件付け』など、多くの魔法を習得した。
……魔法のことになると、つい熱中してしまうようだ。もはや趣味に近いかもしれない。
閑話休題。
「それで? 何用じゃ、宮中伯よ」
「まずは先の調査の件から。ロザリア様はどちらの派閥とも繋がっておりません」
「そうか。助かる」
じゃあやっぱり、何か政治的なお願い事でもあったのかもしれないな。これだけ素晴らしい魔法の書物に出会わせて貰えたんだ。次会うときは、出来る範囲で便宜を図ってあげよう。
「それで、本題は?」
「えぇ、実は面白いものを捕まえまして」
そう言うと宮中伯は、屋根裏から縄で縛られた男を引っ張り下ろしてきた。
「陛下の判断に委ねようと思いまして」
「……説明せい」
俺の反応面白がってない? 宮中伯。
いつも読んでいただきありがとうございます!!