墓前にて
ルナン男爵の葬儀は、親族や知人ら数名で静かに執り行われた。
出席はティモナに「これ以上肩入れしたら怪しまれます」と断られてしまった。
俺は「お気に入りが勝手に投獄されたこと」に癇癪を起したことになっている。解放された以上、気が済んだだろうと奴らは考えているらしい。実際、宰相にもゲオルグ五世にも処罰は無かった。
……今はそれでいい。今はな。
だが葬儀に出なくて良かったとも思っている。聖職者がどんな奴で、どんな顔して祈りを捧げていようと、俺は殺意を抱かずにはいられなかっただろうから。
彼は今、宮廷内にある貴族向けの共同墓地に眠っている。これは男爵の遺言だそうだ。
きっとこれから、俺は迷ったら何度もここに足を運ぶことになるだろう。
墓前で祈りを捧げる。
本来は宮中伯の授業時間なのだが、今日は無しになった。あの人なりに、気を遣ってくれたのかもしれない。
今は俺の側仕人であるティモナの希望で、主人である俺がそれに付き合う体をとり、ようやく墓参りができている。そのティモナはとなりで膝をついて祈っているが、これも皇帝には許されないらしい。
本当、思い通りにいかないものだ。
何となくだが、なぜ男爵が命を懸けて教会批判をしたのか、察しはついている。
男爵に触れた時、体内で魔法が発動していることに気づいた。おそらく、土の魔法だ。
魔法使いは体内に魔力を持つ。俺が勝手に体内魔力と呼んでいるものだ。俺はそれを体外に放出して魔法を発動させられるが、恐らく大抵の人は使えない。
それが何らかの異常で魔法を発動させてしまったのだろう。体内の一部が、少しずつ土に変わってしまうエラー。
もちろん、どうにかしようと思った。だが俺には他人の魔法に干渉することはできなかった。それはエラーだが、同時にルナン男爵が発動させている魔法なのだ。
防壁魔法で無理やり打ち消すにしても、俺に医学の知識はないから、傷つけていけない臓器も手術の方法もわからない。
治癒魔法が使える宮廷医にも、体内で発動している魔法に干渉する方法はないようだった。
だからといって、割り切れることではない。
病で死ぬくらいならって考えたのだろう。
それでも俺は、一日でも長く生きてほしかった。
「陛下、そろそろ」
「わかっておる」
ティモナに声をかけられ、俺は墓前から立ち去る。
……前に進みますよ、男爵。
***
男爵が亡くなった後、ティモナは自身の年齢を理由に、爵位を遠縁に譲渡した。これからも俺の側仕人を続けるつもりらしい。
「陛下、私はこれにて失礼いたします」
「あぁ、うん。ご苦労……」
ティモナは昼間は俺と授業を受けたり、俺のサボりに無言で付き合い、夕方になるとヴォデッド宮中伯の所で剣術などを習っているらしい。
もともとアキカール地方の『筆頭従者』には主の護衛という表向きの仕事もあるらしい。
それを根拠に、ティモナは武術などを自身に教えるように求めた。筆頭従者であることを認めたのだ。
……建前だとしても、俺にその気は無いのだからやめてほしい。
なんていうか、まるで人が変わったかのように丁寧に接してくる。はっきり言って怖い。
変わったことと言えば、宮廷の派閥に動きがあった。西方派教会トップで宰相の弟であるゲオルグ五世は、失脚こそしなかったものの、その権威はかなり失われた。彼は実の兄に不満を持っているらしい。そして宰相派内の一部がそれに同調している。
そのまま行けば派閥が分裂しかねない訳だが、当然阻止したい宰相はそれを必死で抑えている。連日のように宰相派の、おそらくゲオルグ五世寄りの貴族を俺と謁見させてくるし、その度に俺から「お褒めの言葉」を引き出そうとしてくる。
めんどくさいから宰相の誘導に従い、望み通りの言葉を言っておく。
おかげで『傀儡帝』って呼ばれているらしい。
ところが摂政派は少し動きが違う。式部卿は宮廷での政治を娘に任せると、自領であるアキカールへと帰ってしまった。
いや、もともと宰相も式部卿も公爵なので、年中帝都に居るわけではない。割と行ったり来たりしている。
だが今回は、式部卿は自領に帰ったっきりしばらく戻ってこないようだ。
そのお陰か、摂政派では摂政の政治復帰による混乱はあまり無い。帝都は摂政が派閥を取りまとめている。
俺の仕事はそのバランス調整と言ったところか。摂政に泣きつき、利用した日から、俺は日に一回は摂政と会っている。まぁ、宰相とはそれ以上に会っているけどな。今勢いがあるのは摂政派だし、その勢いのまま宰相派を潰されても困る。
そんな中、気になることを宰相派貴族が話していた。
「このままでは『ハクレアの愚行』の二の舞になるぞ」
話の流れからすると、摂政についての話らしかった。
機会があれば宮中伯に聞いてみようと思い数日経った訳だが。
今日は何故か、俺がベッドに潜ったところで、屋根裏の人間が二人になった。
これまでは一人だった。別勢力の侵入かとも思ったが、戦闘の気配はない。
俺は手早く侍女を眠らせると、ベッドから出る。すると天井から音もなくヴォデッド宮中伯が降りてきた。
……その身のこなしは貴族じゃないと思う。ほんと、何者だよこの人。
「急ぎの用か?」
「いいえ」
え、じゃあ何で来たの。 ……まぁ何かしらの用件があって来たのだろうが、とりあえず急ぎじゃないなら聞きたいこと聞くか。
「宮中伯よ、気になることを聞いたのだが。『ハクレアの愚行』とは何じゃ」
「なるほど、宰相派貴族から聞いたのですね。お話ししましょう」
ハクレアとは後ギオルス朝三代皇帝の皇后だという。
既に衰退しつつあった後ギオルス朝だったが、三代皇帝が若くして亡くなったことで、その流れは加速する。
彼は即位の際、継承を巡り争った兄弟を一人を除いて全員殺していた。だが彼は子をもうけず、病で亡くなってしまう。
なんとこの時点で、正当な皇位継承者はブングダルト公カーディナルだったらしい。なんでも三代皇帝の姉(継承争いの時点で既にブングダルト族に輿入れしていた)の長男だったんだと。
ところが蛮族が皇帝になることを嫌った皇后ハクレアは、自身の弟の息子を「養子」とし、四代皇帝に即位させてしまう。彼は幼く、ハクレアが政治を掌握しようとする意思が丸見えであった。
この時点で多くの貴族はハクレアを見限り、セルドノアール朝へ降る者や、「対ガーフル方面の援軍」を名目にブングダルト公の元へ奔る貴族が続出。それでも尚、蛮族を嫌ったハクレアはカーディナルに援軍を求めず、後ギオルス朝は呆気なく滅亡してしまった。
カーディナル帝とかヴォデッド宮中伯家に関する疑問が一気に解消したよ。
そして「ハクレアの二の舞」ってことは摂政が政治を掌握することを指して言ってるのだろう。摂政には力を与えすぎないように気をつけているから大丈夫だよと言ってやりたい。言わないけど。
……あの人、すぐ調子乗るからめんどくさいんだよね。
「ところで、宮中伯の用件は何だ」
「おぉ、そうでした」
わざとらしく手を打つ動作に嫌な予感がした。
「北部辺境、テアーナベ地方が独立の兆候を見せております」
……なるほど。知らせに来る話だけど俺は動けないと。
「……ちょうどいいから詳しく教えていけ」
真夜中の課外授業だな。徹夜になりそうな予感がする。
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