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バクト=フローサの戦い(上)



 そこからの二週間、皇国南部に展開した帝国軍および同盟諸国軍による『対皇国連合軍』とテイワ皇国軍・フィクマ大公国軍による『同盟軍』の間に戦闘は一切なかった。ゴディニョン王国を通過した連合軍は、なんの抵抗もなく皇国領内へと侵入できたのだ。皇国側の国境地帯の各都市は防衛を放棄し、無血開城を選択した。

 この辺りは敵の戦略もあるだろうが、旗印にヘルムート二世を担いでいるのも大きい。この連合軍の大義名分が「正当な皇王を皇位に復帰させる」である以上、無血開城の名目も他国に降伏するのではなく、「ヘルムート二世の復位に賛同する」とできるからだ。

 まぁ、この開城の報を聞いて「朕の威光だ」とか騒いで調子乗ってるのは腹立たしいが。


 そんなこんなで抵抗を受けずに皇国領へ侵入した後、連合軍の耳に「皇国とフィクマ大公国の同盟軍が、この先のどこかに展開している」という情報が入ってきた。そこで俺たちは、進軍速度を意図的に緩めて北上を開始した。

 この意図は敵の待ち伏せを受けたくなかったからだ。情報収集を強化することで、敵の位置の特定を優先したのだ。

 これに対し、同盟軍はこちらに対し仕掛けることなく、緩やかに後退していたようだ。途中、ハラスメント攻撃などもなかった。兵数的に圧倒的不利な敵は、兵力の温存を優先させているようだった。

 この動きを皇国領奥深くに引き込み、有利な戦場で仕掛けるつもりと判断した俺は、軍を三つの集団に分けて進撃させることにした。中央を皇帝軍およびチャムノ公指揮下の諸侯軍。東にメヨムラル伯等の貴族の軍、西に諸国からの援軍からなる同盟国軍だ。


 その狙いは二つ。まず、最大の理由は進軍速度を上げるため。全軍を一か所に集めると、どうしても進軍速度が遅くなってしまう点。これは車の渋滞が発生する理由と一緒だ。僅かな速度の低下が積み重なり、最終的には動きが止まってしまうのだ。

 次に、敵を誘い出すため。軍を分けることで、各個撃破のチャンスと考えた敵が仕掛けてくるなら、少なくとも敵が想定していた狙い通りの戦場ではないところで戦える。そして何より、分散させた軍集団間の距離はそれほど空けていない。敵に動きがあれば、すぐに再集結できるよう、細心の注意を払わせた。

 よく勘違いされやすいのだが、軍を分散させて進撃させることは、決して悪いことではない。悪いのは、あくまで分進中に各個撃破されることである。


 ただまぁ、そんなことは敵も当然分かっている訳で。流石にこんな誘いには乗ってこなかった。その代わり、敵は後退をやめ、いよいよ連合軍の前に姿を現したのだ。



 皇国……というより、天届山脈以東において、多くの河川は南北に走っている。だが、当然のことながら全ての川が真っすぐに海まで流れている訳ではない。大きな河川は湾曲し、部分的には東西に流れている場所も存在する。

 敵が最初に布陣したのは、そんな東西に川が流れる地点。大河の北側の、平原になっている場所である。そこで中央集団は、川を挟んで向かい合う形となった。とはいっても、交戦可能な距離までは近づいていない。

 純粋な平地での戦いであれば、兵数の差でこちらが勝つだろう。だがこの場合、こちらは渡河を強いられる戦場。場合によっては戦況がひっくりかねない。


 そこで俺は、分進させていた西の軍集団を合流させ、一方で東の軍集団には迂回させる機動を指示した。東の貴族軍にはより下流で渡河できる地点を探し、渡河を狙うよう指示したのだ。渡河さえできれば、本隊と敵軍を挟撃できるかもしれない。そしてもし、敵がこの迂回軍の対処に向かったのであれば、今度はこの本隊が渡河することができる。

 もちろん、この動きに対する敵の動きは複数考えられる。たとえば、敵も軍を分けて対処する。あるいは迂回軍の対処へ行ったように見せかけ、本隊が渡河を開始したらすぐさま軍を反転し本隊を叩く。もしくはこちらにそう警戒させ、本隊が渡河を躊躇っている隙に迂回軍を叩く……などなど。

 つまり、俺はここで相手にターンを渡したのだ。そちらはどう動くんだと、相手の指揮官に投げかけたのだ。



 だが、それに対する相手の答えは意外なものだった。そして同時に、やはりこの敵は侮れないと確信した。

 敵はこちらの渡河を叩くことなく、さらに後退したのである。


***


「こちらが周辺の地図です」

 帝国軍の本陣、仮設の大天幕の中には、帝国軍の指揮官のみならず、同盟諸国軍の指揮官らも集まっていた。敵との距離が空いた為、こうして集結する余裕が生まれたのだ。

 そんな中、帝国軍元帥チャムノ公が引き続き説明する。

「我が軍が布陣しているのがこちらになります。西からファブート村、フローサ市、ティップ村」

 この村々は東西に延びた街道に沿っている。左翼はファブート村に諸国軍……つまり周辺国からの援軍の連合部隊が三万。その内訳はロコート王国一万二千を筆頭に、アプラーダ王国六千、ゴディニョン王国五千、ベニマ王国四千、プルブンシュバーク王国三千だ。総司令官はビリナ伯爵、オタ・ビリナ。流石にロコート王国の名将、故ウード・コンクレイユの家臣だっただけはあり、寄せ集めの諸国軍ながら堅実な指揮をとっていた。ここまでの行軍で、俺の中の評価が急上昇した一人だ。

 その隣、ファブート村とフローサ市の間にチャムノ公率いる帝国軍二万、そしてここフローサ市に皇帝軍三万。

右翼はティップ村に元皇太子を名目上の総司令官とした帝国貴族軍四万。その補佐役兼事実上の指揮官がオダメヨム伯ボリスだ。

 帝国側の総勢十二万の軍勢が、こうして街道沿いに展開している。ちなみに、ヘルムート二世と傭兵主体の一万は、ここよりさらに南の都市に駐留している。これはヘルムート二世が最前線に行くのを嫌がったからだな。指揮権を与えられて、ノリノリで前線に来た息子とは正反対だ。


「対する敵の布陣ですが、間に丘陵があるため、敵の現在の布陣は正確には分かりません。こちらから確認できる数はエボックス村に約一万、ジュコイド村に一万」

 ファブート村から北へ進んだところにエボックス村が、ティップ村から北に進んだところにジュコイド村ある。

「この二つの村の北にはバクト丘陵あり、さらにその北にはミフト村があるとのこと。敵前衛がエボックス村、ジュコイド村に展開している為、残る敵軍はバクト丘陵からミフト村にかけて展開していると思われます」

 バクト丘陵は木々に覆われていて、仮に敵軍が伏せていたとしても分からない。またこの丘陵自体それほど急斜面でもない為、軍勢が越えることも簡単にできる。


「そして降伏したフローサ市の人間から敵の正確な数が聞き出せました。敵の軍勢は皇国軍三万、フィクマ大公国軍四万の計七万」

 まぁ、この数字は嘘の可能性もある。だがこれまでの目撃情報や、その他の情報を分析しても、だいたい七万くらいの予想にはなるからたぶん事実だ。

 そしてこの情報をあっさりと渡してきたってことは、敵はここで決戦を挑んでくる気だ。

「敵はこちらの約半数か」

 貴族軍の貴族が楽勝だと言わんばかりに気の抜けた表情をしている。これが敵の狙いだろう。

 戦いたくない時は自軍を強く多く見せ、戦いたい時は自軍を弱く少なく見せる。だというのに、この馬鹿共ときたら……。


「砲兵は丘陵斜面の向こう側に展開しているだろう」

 いわゆる反斜面陣地ってやつだ。こちらからは丘陵の向こう側は見えないが、敵の観測手が丘陵からこちらを見下ろせば、狙いの調整は簡単だ。そして砲弾は曲射可能……不用意に近づけば、一方的に砲撃されかねない。

 そこで、偵察兵からの情報を受けた宮中伯が情報を補足する。

「ミフト村から敵前衛が展開する二村には、丘陵を迂回するように道があるようです。しかしこの二部隊が邪魔して、我々からは観測不可能です」

 帝国軍側は完全な平地。一方で敵は丘陵の上からこちらの布陣も軍の移動も観測し放題だ。その上、二つの村のどちらを主攻とするかも敵に選択権がある。

「また、偵察兵によるとエボックス村、ジュコイド村の両村は、簡易的な要塞化がなされているとのことです」

 空堀、土壁に木柵……かなりしっかりと堅められているらしい。それもここ最近じゃできないくらいに。



 つまり、敵は最初からここで戦うことを想定していたという事だ。何ともまぁ、準備のよろしいことで。

 敵に有利な言い方をすれば、我々は誘い出されたという事になる。だが現実としては、こちらも格別不利という訳ではない。まず、敵の脅威の一つである騎馬砲兵部隊の機動力を封じることができている。

 砲兵は鈍重な代わりに圧倒的な射程と破壊力をもつが、その弱点である機動力を、馬にけん引させることで補っているこの砲兵部隊は脅威だった。だが敵は丘陵の向こう側に身を隠している……さらに二つの村と背後のミフト村の間の道は街道ではない。加えて、偵察によると道幅も狭く、高低差もあるらしい。つまり、平地で運用されるよりは機動力は大幅に低下しているはずだ。


 そしてもう一つ。こちらは街道を抑えることができた。これがあまりに大きい。軍の移動もさせやすいし、補給路としても利用できる。もちろん十分な護衛は必要だが、それでも押さえておくに越したことは無い。

 つまるところ、この地は我々にとっても敵軍にとっても、一長一短ある戦場なのだ。これまで直接の戦闘は無かったものの、俺は敵の指揮官と軍を移動させながらずっと駆け引きを行っていた。その結果の妥協点がこの地になる。ただ一つ分かっていることは、敵の指揮官は相当な切れ者だってことだ。油断は全くできない。

「そして先ほど、敵の指揮官も聞き出せました。皇国の指揮官はウィッシーブ伯、フィクマ大公国の指揮官はローデリヒ・フィリックス・フォン・スラヴニクです」

 うん、知ってた。その男が侮れないこともね。

「ウィッシーブ伯と言うのは聞いたことがない。ニコライ・エアハルト()()?」

 そしてここ最近の変更として、皇国の元皇太子でヘルムート二世の長男ニコライ・エアハルトが『テイワ皇国正統軍将軍』を名乗りだしたことだ。また出しゃばってきたと見るべきか、あるいは元帥を名乗らなかったところが彼にしては珍しい自重だとみるべきか、判断に迷うな。


「南部の地方貴族ですな。大した将ではありませんぞ」

 なるほど。つまり敵の指揮官は実質ローデリヒで確定か。面倒だな……なのに何で余裕ぶっこけるんだ? お前は。

「そのスラヴニクも政争に敗れ皇国から逃げ出した元皇族です。おそらく大公の操り人形、大した敵ではありません」

 え、それ皇国から逃げ出したお前がいうのか。とんでもないブーメランだけど。

 ……ほら、同盟諸国軍の指揮官たちが微妙な顔してるよ。

「しかし我々から仕掛ける必要がないのは確かですな」

 メヨムラル伯ヴァレールのその言葉に、右翼の帝国貴族が賛同の声を上げる。俺はそんな彼らの言葉に頷く。。

「あぁ。こちらからは仕掛けられないな。この戦場を設定したのは敵だ」

 必要がないんじゃなくて、仕掛けられないんだ。地の利が向こう側にある以上、こちらは慎重に動く必要がある。

「では、敵が仕掛けてくるので?」

 ここまで静かだった、アドカル侯がそう発言する。基本的に、新参の貴族であるヴァローナ侯とアドカル侯は遠慮しているのか、全体での軍議においてあまり発言しない。そしてヌンメヒト女侯もまた、女性故に全体では発言を控えているようだ。まぁ、貴族の中には女性当主を露骨に見下すものもいるからね。


「それは間違いない。絶対に仕掛けてくる」

 というか、そうじゃないとわざわざこの戦場に帝国軍を引きずり出してきた理由がない。

「卿はどう見る。ヴァローナ侯」

 俺が少しは話せと振ると、彼は簡潔にこう答えた。

「敵は我々に対し数に劣ります。そして劣勢にある軍は、戦いを優位にするべく常に機先を制したいと考えます。ですので、敵が先に動くのが常道かと……それが誘いに乗る形であっても」

 おぉっとそれ以上はいけない。

「では各軍、敵の動きに最大限警戒するように。解散」


***


 戦場に到着した翌日、まだ夜が明ける前に連合軍は布陣を開始した。理由は偵察兵により、敵軍が動くかもしれないとの報告がもたらされたからだ。こちらは大軍で、布陣するのにも時間がかかる。早めに動く必要があるのだ。


 皇帝軍の布陣は、最前列にハーバート・パーニ率いる砲兵連隊。彼については、海軍設立まで出番がないと思っていたんだが……彼が参加していた世界一周の艦隊には武装として大量の大砲が積まれていた訳だが、それを陸に揚げて戦闘に使ったりしていたらしい。試しに指揮させてみたら普通に優秀だったので、そのまま砲兵連隊の指揮官になってもらった。

 その砲兵連隊の後ろには、曲射可能な二つの連隊。アルヌール・ド・ニュンバル率いる弓兵連隊と、サロモン・ド・バルベトルテが率いる魔法兵連隊が控えている。

 そしてこの二部隊の左右には二つの銃兵連隊。一つはブレソール・ド・ゼーフェが率いている。ちなみに、ジュストー・ド・ゼーフェは本陣で観戦するつもりらしい。そもそもブレソールを抜擢したのは、経験豊富なジュストーを再任官するための方便だったのだが……まぁ、彼の元に付き従っていた古参兵や指揮官らは、ちゃんとブレソールの補佐に回っているらしいから良しとするか。

 あとジュストー・ド・ゼーフェ自体、頑固者で一度決めたことは曲げないってだけで、別に余計なこと言ったり、余計なことしたりはしないから、隣にいても邪魔ではない。あとその経験の豊富さは本物だ。


 そしてもう一つの銃兵連隊だが、これはダリウス・ド・アルブーという若者に任せている。誰だそいつと思うかもしれないがこの男、実はあの失敗続きでパッとしないアーンダル侯の弟である。

 前アーンダル侯が戦死した後、俺は長男にアーンダル侯を、そして次男を独立した貴族として宮中貴族に取り上げたんだが……彼こそその次男である。実は今までも皇帝直轄軍の下級指揮官として従軍していたんだが、なかなか優秀だったのでこの度、上級指揮官に抜擢したのだ。ちなみにアルブーとは父親……つまり先代アーンダル侯が玉砕した都市の名前だ。父の勇敢さを忘れないようにってさ。

 ……アーンダル侯を継がせる方間違えたんじゃないかって? 俺もそう思う。


 この四個連隊が二列目を形成し、その後ろに予備兵力として一個銃兵連隊。これはレイジー・クロームの指揮下だ。また今回もヌンメヒト女侯から借りました。ちなみにヌンメヒト軍はチャムノ公の指揮下に入ってるし、女侯爵本人もこの遠征軍にいる。

 今回もレイジー・クローム本人は嫌がっていたが、女侯爵とは交渉が成立している。あとそうそう、レイジー・クロームは前回の論功行賞の結果、騎士の称号を与えられてた。これで正式に、彼の身分は貴族社会の一員として迎え入れられたことになる。

 この男、生まれた身分が低すぎて、ヌンメヒト女侯本人の信頼はあっても、他の家臣は「一般的な」貴族の感性をしているため、ヌンメヒト女侯の下では簡単には貴族になれない状況だった。

 ただまぁ、ここ最近いろいろと俺にこき使われてたからな。皇帝の覚えめでたい平民として、騎士に叙されるのも妥当だろう。

そして今度も皇帝軍の指揮官として功を立てれば、次は男爵位が待っている。それがヌンメヒト女伯の望みだし、レイジー・クロームの貸し借りは互いにとって得なのだ。本人の意思? それは知らん。

 その後ろに俺が指揮する重歩兵連隊。その横にペテル・パールのアトゥールル族騎兵四千とエタエク侯の重騎兵五千。これが皇帝軍総勢三万の布陣となっている。


 で、そんな布陣を終えたころ、ちょうど夜が明け、陽が差してきた。そして戦場には、深い霧が立ち込めていた。

 それを見た俺は、さっそく動き始める。近衛の中隊に命令を出すと、俺自身も前方の銃兵連隊の指揮官、レイジー・クロームのところを訪れていた。

「これは陛下。こんな時間にこんなところで何を?」

 流石に周りには大勢の兵がいるからか、いつもの砕けた口調は使わないらしい。そんな彼に、俺ははっきりと告げる。

「交代だ」

「……は?」

「俺と卿の中隊を入れ替える。今から重歩兵連隊の指揮を執ってくれ。訓練してるし、できるだろう」

 俺がそういうと、突然の話過ぎてレイジー・クロームから素が漏れる。

「ま、待て……ください。なぜいきなり」

「必要だからだ。バリー、サロモンをここに呼んでくれ」

 俺は正面の深い霧を見つめたまま、レイジー・クロームに告げる。

「この戦い、今日が山場になるぞ」



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