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十七の春


 春となり、俺は十七歳になった。正直、まだ十七か……という気しかしない。そしてこの雪解けと共に、帝国軍第一陣、総勢十六万が帝国を出発した。ちなみにこの間も、第二陣の皇帝軍は訓練を続けている。

 そしてこの対一陣の陣容についても、実は冬の間に決定していた。

 北方軍はワルン公が総司令官となり、有力貴族としてはマルドルサ・アーンダル・ベイラー(シャルル)がその傘下に。そこにカルクス伯などの地方貴族、アプラーダ王国とロコート王国から復帰し、この戦争で「土地持ち」への復帰を目指す貴族をはじめとする中小貴族、それから降伏したテアーナベ兵など、様々な兵が加わり、計七万の軍勢だ。

 加えてベルベー王国・エーリ王国・ガーフル共和国からの援軍も加わる。このガーフル共和国は全く信用できない連中だが、まだ軍の立て直しは完了していないらしく、この遠征には帝国側で参戦した。この北方軍はヒスマッフェ王国と共同で皇国の北側から攻め込むことになる。


 南方軍はチャムノ公を総司令官にしてヌンメヒト・アドカル・ヴァローナなどの有力貴族が加わっている。そこにオダメヨム伯ら地方貴族、ヘルムート二世の「ばら撒き」に以前から反応していた帝都の下級貴族、あるいは土地の獲得を狙う代官貴族……こういった連中の雇った傭兵などの兵が加わり総勢七万。そこにアプラーダ・ベニマ・ロコート・ゴディニョン等の南方諸国家の援軍が加わる。

 そして回廊攻略軍については、ゲーナディエッフェの指揮する帝国・ゴティロワ族連合の二万だ。この帝国軍については、直轄領から徴兵した兵を主としている。あと、昇進予定のブングディット家とカドギオール家もここだ。実のところ、今回の遠征で確実に戦果を挙げられるという確信があるのはここだからな。

 皇国と帝国が長年、実行支配を巡って争ってきた天届山脈中の「回廊」については、この戦争で確実に帝国のものにしたいと思っている。流石に二十万の出兵で回廊の獲得だけは割に合わないが、今回の戦争での優先目標の一つなのだ。


 一方で、帝国に残る有力貴族は、ラミテッド・ニュンバル・リュスカーン。彼らは帝国で皇帝不在中の留守が任される。まぁ、ニュンバル侯は息子を皇帝軍に派遣してるけどね。

 個人的にはラミテッド(ファビオ)はヘルムート二世係として連れて行きたかったんだが……まぁ流石に許してあげよう。ヘルムート二世の相手するの苦痛過ぎて、最近やつれてきたみたいだし。

 後は単純に、信用できる公爵に帝都の留守を任せたいって理由もある。何より、ドズラン侯の襲撃の時に「市民と協力して皇帝を守った貴族」として、帝都市民からの評価も高いのだ。そんな事情もあり、帝都の留守はファビオに任せることにした。



 この時点で帝国軍だけで十六万、さらに周辺諸国からの援軍を加えたこの遠征軍の出陣は、東方大陸の諸国に激震を与えた。帝国の出兵に半信半疑だった反皇国諸国は一斉に皇国に宣戦布告し、こうして『対皇国連合』が成立した。

 またこの知らせで当初は恐慌状態に陥った皇国貴族だったが、それも短かった。彼らはすぐに帝国軍の動きが緩慢なことに気づき、そして皇帝とヘルムート二世がまだ帝都にいること、そして皇帝が皇国内の各派閥との接触・交流もまだ望んでいることを知ると、即座に軍を帝国以外の周辺国へと向けたのである。


 こうして天届山脈の東が一気に大戦争に突入する中、帝国にも続々と知らせが入ってきていた。

 まず一つは、ロコート王国の動きである。ロコート王国は帝国が軍を出発させると同時に帝国陣営での参戦を宣言。そして同時にダウロット王国に宣戦布告を行ったのである。これを受け、当然ダウロット王国は皇国陣営で参戦した。 ……いや、早えよ。今南方軍のチャムノ公、まだゴディニョン王国に入ったくらいだろ。

 他にも、北方大陸の冒険者組合が中立を宣言した。が、彼らは「この戦争とは無関係の」借款を帝国側で参戦した各国に認めている。完全に戦費調達の支援だが、別に皇国との取引を絞ったりとかはしていない。完全に商人の動きだ。

 あと、リカリヤ王国が南の小国サマ王国と、西に位置するカルナーン王国の両国を相手取り、戦争を開始した。今までは帝国の介入を警戒して小規模な戦争に終始していたが、帝国が大軍を皇国に向けた今がチャンスと判断し、両国を滅ぼすつもりのようだ。


 とまぁこんな風に、帝国軍の出兵に呼応するかのように、大陸中で一斉に宣戦布告や参戦などが相次ぎ、外交官が飛び交う事態となっている。当然、帝都にも外交官が大量に訪れるわけだが、その対応はリュスカーン侯が捌いている。いやぁ、外交のプロを登用できて良かった。俺もかなり楽ができる。

 あとそうそう、ベルベー王国領内では早速継承派の反乱が発生した。ベルベー王国は皇帝軍や帝国北方軍に援軍を派遣しながら、この反乱と戦わなければならない状況だ。帝国としては援軍の要請が入り次第、軍を編成して送ることになるだろう。


 それから一週間後、皇国は回廊内の守備を放棄したことが判明した。帝国軍は回廊内を完全に制圧。皇国側の回廊出口にある大要塞とにらみ合いに入っているとのことだ。

 さらに翌週、ベルベー王が継承派の暗殺者の襲撃を受けたとの知らせが入る。ただ、幸運なことに王は無傷とのことだ。あのワルン公ですら負傷させられた暗殺を、無傷で切り抜けるとは……ベルベー王の近衛が相当優秀なのだろう。

 その次の週には、北方軍の先遣部隊が皇国領内に入ったとの知らせを受ける。予想以上の早さだったが、これはヒスマッフェ王国が協力して船で輸送してくれているらしい。


 こうして定期的に帝都に報告が来る中、さらに一週間後……いよいよ遠征軍に最初の交戦があったとの報告を受ける。

 だがそれは、帝国軍にとっては悪い知らせだった。



「チャムノ公が、会戦に敗れた!?」

 そう驚くファビオに続いて、ニュンバル侯も驚きの表情を浮かべる。一方、チャムノ公の戦績等に詳しくないリュスカーン侯は無言だ。

 未曽有の大遠征の初戦が敗戦か……中々幸先が悪いな。でもまぁ、その辺は後で考えればいい。

「元帥の安否は?」

「はっ、問題なく。ただ、軍の損害が二千人程とのことで」

「そうか。無事なら、一先ず良し」

 あくまでこれは初報だ。詳しい状況などはもう少し後になるだろう。

「しかし、もう二千ですか……」

 ファビオの感覚も間違ってはない。七万の内の二千って、結構な数だからね。でも、どの兵が二千かで大きく変わる。傭兵だったらいいな。

 とはいえ、別に立て直せないレベルではない。チャムノ公に問題が無いなら、十分に立て直してくれるだろう。

「しかし……皇国の反応が随分と早いな」

「いえ、それが……皇国の旗以上に、フィクマ大公国の旗の方が多かったとのことで」

 ……なるほど、それならこの動きの早さも納得だな。


「宣戦布告も無しに、ですか」

 ニュンバル侯の言葉に、俺は首を横に振る。

「フィクマ大公国は名目上は皇国の衛星国だ。最近、帝国の呼びかけに呼応する素振りを見せただけでな」

 以前、ローデリヒが外交官としてやってきていたフィクマ大公国。皇国の南に位置するこの国は、最近まで帝国側で参戦しそうな雰囲気があったが……騙されていただけらしい。初戦からやってくれるじゃないか。

「名目上はフィクマ大公国が同盟国に軍を派遣したって体だろう。これから宣戦布告が来るんじゃないか」

 別にフィクマ大公国の動きは国際的なルールを破っていない。その前の裏外交を反故にしたってだけだ。しかも裏だから、表立って批判はできない。


「この敗戦について、チャムノ公から謝罪の手紙が……」

 手渡された物に軽く目を通す。別に暗号とかではなさそうだ。

「別に謝罪などいらぬ。戦においては勝つこともあれば負けることもあるものだ。軍が壊滅したならまだしも、秩序を保っているなら問題ない」

 とはいえ、それは俺が何とも思わないというだけの話。

「しかしこの一報は動揺を生むだろう……ヘルムート二世とニコライ・エアハルトに面会を申し込め。ラミテッド公、卿も来い。あとは商人共からの謁見要請も、常時よりは増やしてやれ」

 俺にできることは、一度の敗戦で動揺しそうな馬鹿共のメンタルケアだ。もっとどっしりと構えてくれないかなぁ。


***


 それから数日後、チャムノ公からの続報が入った。

 確かに、チャムノ公は会戦に敗れた。だが彼がもたらした情報は極めて有用であった。

「フィクマ大公国……予想よりずっと精兵だな」

 帝国の物より発展している可能性のあるマスケット銃、予想を上回る行軍速度。そして何より……。

「騎馬砲兵か」

 報告によれば、敵の大砲部隊は異常な速度で再展開していたという。

 騎馬に大砲を牽かせる部隊か……発想はあった。だが皇帝直轄軍で使うには、騎馬兵の数が少なすぎてなぁ。

「我が軍の運用とはどう違うのでしょうか」

 ファビオの疑問に、俺は答える。

「勿論、我が軍でも大砲は行軍の際、馬に牽かせているが……このフィクマの部隊は一つの大砲を複数の騎馬で牽くことで、騎馬部隊に準ずる速度を確保している部隊だと思う。これは簡単なことではない」

 当然、複数の馬で牽いた方が、一頭当たりの負担も減り、速度は出るようになる。だから砲兵とは思えない速度で展開されたのだろう。戦場において、機動力というのはそれだけで武器である。

 流石に騎兵ほどは速度は出ないだろうし、騎兵と違って全速力では走れないだろう。それでも、本来は鈍重なはずの砲兵が素早く動けるというのは、十分な脅威だ。皇帝直轄軍でも、何度か本隊の進軍速度についてこれずに大砲を置いていく判断をしたしな。


「それは……相当な練度が必要にございましょう」

 俺はニュンバル侯の意見に頷く。

「あぁ。この運用の場合、大砲を運ぶ際に騎乗している人間が、そのまま砲兵となるからな」

 つまりこの部隊の兵士は、砲兵としての知識と技術が叩き込まれている上に、ある程度の乗馬技術が求められている訳だ。流石に乗馬技術に関しては騎上で兵士として戦う騎兵とは比べるまでもないだろうが、それでも一般的な砲兵よりは要求される練度が高い。

 それを実戦投入してきたってことは、その場での思い付きとかではなく、時間をかけて部隊として運用できるレベルまで訓練してるってことだしな。

「まったく、騎兵が足りてるようで羨ましい限りだ」

 そもそも平民……それも都市部出身の志願兵が多い皇帝直轄軍においては、騎兵の数を確保するのが難しい。乗馬に慣れている人間がほとんどいないのだ。まぁ農村出身者でも、馬に乗れる人間って少ないんだけど。

 何せ、農民が馬を持っていると農耕馬であっても戦争の際に強制的に徴発されたりするからね。奪われるんだったら、最初から牛とかを農耕用に持っていた方が良いのだ。

 ……まぁ、その牛も食用に徴発されたりするんだけど。農民の生活は貴族の都合に左右され、非常に厳しいのだ。

「しかし、帝国においても採用は検討するべき発想では? これはただの砲兵ではなく、新しい兵種としてみるべきでしょう」

 なるほど、ファビオの言う事も一理ある。


 一部の貴族しか兵を出してくれなかった俺は、少数の兵でこれまでの戦争を戦ってきたが……本来、帝国というのは数で質を補う考え方である。だから砲兵の練度を上げて精兵化する……というのは、あくまで部隊レベルでしか行われない。ある貴族の軍においてだけとか、皇帝の軍においてだけとか。これを帝国全体で……という動きは基本的無いのだ。

 だが帝国全体でも、騎兵、砲兵、銃兵などの区分は存在する。そして複数の部隊で一つの軍を形成する時、兵科ごとに再編成することは良くあるのだ。まぁ、練度に差があって上手くいかないこともあるから難しい部分ではあるんだけど。こういうのは、平均化されるんじゃなくて、練度の低い部隊に合わせてしまうからな。

 それはさておき、ファビオはこの騎馬砲兵を砲兵の一種としてではなく、騎馬砲兵という独立した兵種と見なすべきだと言っている訳だ。それなら、再編成した時に鈍重な他の砲兵と一緒にされることも無いしな。


「とはいえ、直轄軍で実験する余裕はない。情報を共有して、どこかの貴族家が試してくれるのを待つしかないだろう」

 そういって、ファビオの方を横目に見る。

「うちも無理です。最低限の騎兵の確保にすら苦心してるんですから」

 ……まぁ、だろうね。ファビオは俺が親政を開始してから領地を掌握した貴族だ。しかもこのところ、立て続けに領地が拡大している。今はそれについていくのがやっとか。

「ま、この辺は大国特有の腰の重さだ。そう意味では、同じく大国である皇国でも実現しなかった発想だろう」

 皇国の相手だけを想定してたからな。ここにきてフィクマかぁ。

「精兵揃いのフィクマ大公国軍……厄介だな」

「幸いなのは国力の低さです。陛下の本隊も加わり、長期戦となれば帝国軍が有利となるでしょう」

 ファビオの言葉に肩を竦める。コイツは自分が出ないからって余裕を持ちすぎじゃなかろうか。



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