止められるものなら止めてみろ
ストック切れました。
日に日に朧げになる前世の記憶の中に、幼い姪っ子の記憶がある。
何か気に入らないことがあると、はっきりと「嫌だ」という子だった。そして親が言い聞かせようとすると、ムキになって全てに対して「嫌だ」というようになる。そうなればもう、誰も手が付けられない。
大暴れして、疲れ果てて寝るまで、よく姉と二人で宥めたっけ。
親が「ご飯抜き」とか、「外で反省してなさい」って言っても、それに対してすら「嫌だ」って暴れるんだもんなぁ。理屈じゃどうしようもないお転婆娘だった。
ごめんね、もう名前も思い出せないけど。ちょっとその戦法、借りるよ。
今の俺にできることはそのくらいしかないからな。みっともないだろうが、子供だからセーフだ。
さて、理屈じゃ止まらない子供の駄々を、皇帝がやったら、誰が止められるのでしょう。
***
長い一週間だった。今のところ、ルナン男爵が殺されたという話は聞いていない。ならば、まだ生きているということだ。
そしてようやく来た語学の授業の時間。講師は当然だが別の人物がやって来た。
「お初にお目にかかります、陛下。ヴァッドポー伯を頂戴しております、カルロス・ル・ヴァッドポーと申します。本日より陛下の語学を担当させて頂きます」
確か摂政派貴族で、侍従武官とかいう、新しく作った役職についていた貴族だ。覚えている。が、まずはこの男から証言を得なければ。
「誰じゃお主。それよりもルナン男爵はどうした。早う連れてくるのじゃ」
ピクり、伯爵の顔が歪んだ。
「いえ、本日から私が陛下の語学を」
「お主なんぞ要らぬ。いいからルナン男爵を連れてこい」
貴族なんてプライドの塊だ。ましてやガキにこれだけ言われているのだ。欲しい言葉は簡単に釣れる。
「残念ですが男爵は獄中におります。あの様な異端者、陛下の前に連れ出すなんてとんでもない」
かかった。
「何? ごくちゅうじゃと……?」
これで俺は、男爵が獄中に捕らえられていることを知った訳だ。
もう我慢の時は終わりだ。
「聞いておらぬぞ。誰じゃ、そのような勝手なことをしたのは。とっとと出してやるのじゃ」
「陛下そんなこと出来るはずがありませぬ」
「できないじゃと?」
ちゃんと教育を受けた子供なら、納得はできずとも理解するだろう。けどな、俺はそんな教育受けてないんだよ。
「皇帝である余の命令が聞けぬというのか貴様!!」
「はっ、いえ、しかし」
「さては貴様がやったのか!? 衛兵! この者を殺せ! 不敬罪じゃ!!」
「違います! 私ではございません!!」
俺の言葉は道理に合わないだろう。けどな、理なんて教えられてねぇんだよ!
「うるさい! 早く殺せ! 何をしている衛兵!! さては貴様も反逆者か!」
そこから先はひたすら粘るだけだ。殺せの一点張り。
皇帝のご乱心だ。当然、止められそうな人物を呼んでくる。
そして慌ててやって来た宰相と式部卿に、同じような駄々をこねる。
「お気に入りを勝手に牢に入れた」
「何も聞かされていない」
「皇帝を蔑ろにしている」
これに、『反逆者』という脅迫概念を挟んでいく。言うことを聞かないやつはきっと反逆者で、皇帝を殺そうとしている。だから殺さなければいけない。
「やったやつを殺せ!!」
そういう教えを散々してきたよな、お前らは!!
とはいえ、所詮は駄々でしかない。当然だが、誰かが殺されるような結果にはならない。
二人は「調べます」と言って、逃げていった。調べるも何も、お前らが知らないことなんてほぼ無いだろうに。ちなみに伯爵もどさくさに紛れて逃げていった。
ここまでは狙い通りに行っている。
問題はここからだ……
俺は部屋を飛び出す。触らぬ神に祟りなしとばかりに、誰もそれを止めない。
俺はそのまま、摂政がいる建物まで走っていく。
***
「陛下。ラウル公を信用してはなりません。必ずや良からぬことを企んでいます」
これはかつて、摂政が言った言葉だ。恐らくだが、彼女は宰相に対し、敵愾心を抱いている。
だが彼女は、長らく政治から遠ざけられてきた。口出しされたくない宰相と、娘とはいえ勝手な行動を慎んで欲しい式部卿の思惑で。式部卿にとっては「頭は二つ要らない」のかもしれない。「摂政派」とはいえ、派閥の代表はあくまで自分だと考えているのかもしれない。
だから二人がやられて嫌なこと……摂政を表舞台に引きずり出す。
「母上、母上。お助け下さい」
しっかりと涙を流しながら、俺は侍女たちの制止を振り切り、摂政の私室に入る。
あ、涙は魔法で出してます。
「まぁ、陛下。どうしたのです」
……よかった。愛人との情事の最中でなくて。ぶっちゃけ最大の懸念はそこだったんだよね。
俺は経緯を話す。だが……子供だからその説明が不十分だったり、事実と多少異なっていても、それは仕方がないことだよな?
「母上がつけて下さったティモナ・ルナンと僕のお気に入りだったフレデリック・ルナン男爵を、宰相たちが勝手に牢屋に入れてしまったのです」
ティモナ・ルナンは全く関係ないし、「宰相(派の一部)が勝手に(式部卿の合意は得ている)」とちょっとだけ間違えてしまう。
「なんということなの!」
「なのに奴らは僕の言うことを全く聞いてくれないのです。ただ男爵を出して欲しいと言っただけなのに……僕をないがしろにして……きっと奴らはこの国を乗っ取るつもりなのです。僕は殺されてしまう!」
そりゃ「殺せ」なんて言われても聞き入れられなくて当然だし、男爵を出して欲しいなんて最初に一回しか言ってないし、奴らには式部卿も含まれるけど、まぁ誤差の範囲だな。
「もう大丈夫よ。私があなたを救ってみせるわ」
「本当ですか……信じてよろしいのですか……?」
ダメ押しとばかりに弱ってる演技。自分で言うのもなんだけど、ダサいだろうなぁ。母親に泣きつく皇帝って。
けど、母親に泣きつくのは子供として自然な事だ。だから皇帝が摂政に泣きついても、「こどもがやること」として違和感なく見逃されるだろう。たとえ結果的に、両派閥が真っ二つに割れ、四派閥になったとしても。
「えぇ、勿論ですよ。必ずやあなたの望みを叶えて差し上げます」
「ありがとう……ありがとうございます……頼れるのは母上だけです」
ダメ押しに抱きついておこう。
摂政はすぐにでも、今回の件が式部卿の了承済みだと知るだろう。
だが動かなければ俺に嫌われるリスクを背負うことになる。動けば以後、俺に頼られる可能性が高くなり、遠ざけられていた政治に堂々と復帰できる。
式部卿としては、摂政にデカい顔をされるかもしれないが、それ以上に宰相派を攻撃できる。そもそも、男爵を引き渡す代わりに利権を得ているのだ。「状況が変わった」の一言で、得た利権は失わずに済むだろうし、実は最も利益を得る人物とも言える。
そうなれば宰相は、間違いなく「損切り」をするだろう。「弟が勝手にやった事」と言えば、俺への釈明にもなる。
ゲオルグ五世は西方派のトップだ。俺が何と言おうと、摂政がどれほど抗議しようと、クビにはできない。だが面目は丸潰れだろうな。
俺が頼ることで摂政が政治に口出しできるようになり、摂政派は「二頭体制」になる。責任を押し付けられたゲオルグ五世らは不満を持ち、宰相派は派閥内に爆弾を抱えることになる。
せいぜい疑心暗鬼になって潰し合っておくれよ。
バレずに両派の力を削ぐ。当初の目標通りに。
まぁ、俺としては男爵が助け出されれば言うことは無いのだが。
あとは、間に合うかだ。
カーマインがお茶をこぼしても、「不要。殺せ」とはなりません。それと同じで、カーマインが母親に泣きついてもすぐには殺されません。ここから「母親の言葉しか聞かない」となれば、宰相たちは邪魔と判断し、暗殺を実行するでしょう。
とはいえ、この大立ち回りでカーマインは注目を集めてしまいました。今まで以上に気を使って動く必要が出てきます。