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ヴァローナ侯の軍制改革


 こうして有力諸侯が供出する兵力なども決めつつ、同時に皇帝軍の陣容も決定していく。

 まず皇帝と出陣する、第二陣として想定しているのは四万だ。うち一万は傭兵主体のヘルムート二世の軍。つまり、皇帝が実際に指揮するのは三万だ。

 この三万については既存の皇帝直轄軍の一部に加え、皇帝軍に編入されることを望んだ一部貴族の兵士から成る。

 なぜ、直轄軍全体ではなく直轄軍の一部かといえば、練度の低い新兵は連れていけないからだ。連れていって実戦で経験を積ませるべきかもしれないが、今回は遠隔地への遠征……行った先でどんな状況になるか分からない。臨機応変に対応できない新兵に足を引っ張られるのは御免だからな。


 で、その分を諸侯から指揮官ごと借りることで補うって訳だ。

 今回の論功行賞で領土を与えた貴族については、新しい領地の維持が最優先であり、またこれまで功績を挙げれていない貴族に功績を譲るため、重臣や古参兵などはなるべく遠征に参加させないように求めた。

 だがそうはいっても、あらゆる理由で参加したい者もいる。単純に戦闘に参加したい者、皇帝に恩を売りたい者、将来を見据えて精鋭兵に経験を積ませたい者などなど。そういった一部の諸侯には、皇帝軍として、皇帝の指揮下に入るのであればという条件で古参兵などの参加を許可した。

 当然、功績を挙げても一軍の指揮官としてより、皇帝軍の一部隊の指揮官としての評価になるため、独立して兵を率いるよりも功を立てにくい。それでもいいという変わり者たちが皇帝軍に編入されている。まぁ、諸侯は俺に恩を売れるし、俺は古参兵などの精鋭兵を指揮できる。お互いにメリットのある契約だ。



 こうして参加兵が決まった今遠征の皇帝軍の特徴は、一言で言えば「多種多様」である。いろんな兵科の部隊が集っているのだ。

つまり、このままでは玉石混交が過ぎて使い物にならない。足の速い騎兵と足の遅い重歩兵が同じ部隊で戦っても、互いの長所を打ち消しかねないからな。

 だからといって、同じ兵科だけで固めるのもまた良くない。例えばマスケット銃は、命中精度を上げるためにはある程度まで敵を引き抜けなければならないが、前装式の為連発できない。つまりマスケット銃で武装した銃兵は、効果的に運用するには敵を接近させなければいけないが、接近させすぎると敵の近接武器でやられてしまうという矛盾をはらんでいる。

 だから銃兵を運用する時は、基本的に槍兵とのセットだ。長槍で敵の接近を阻止し、銃兵で敵を殺す。前世でもそうだったが、この世界でも同じ結論に至ったようだ。


 そして前世の知識でいうと「ならマスケット銃に銃剣を付ければ槍兵はいらないのでは」と言い出す人間もいるかもしれないが、そう簡単な話ではない。

 まず、現行のマスケット銃が銃剣の装着に向いてない。銃剣を装着する前提でマスケット銃が造られていないからだ。装着可能なマスケット銃を開発し、それを標準規格にするよう全国の銃工房に通達し、量産させる必要がある。つまり、手間と金がかかる。これが中小規模の国家だとスムーズにいくかもしれないが、帝国は広すぎてこの手の変革に時間がかかるのだ。

 そして次に運用上の問題。銃剣が登場したからといって、銃兵がいきなり接近戦もこなせるようになるかといえばそうではない。戦場の興奮下でも効果的に運用できるよう、訓練が必要になる。つまり、銃の運用訓練に加え、近接戦の訓練時間も取らなければいけなくなる。結果、訓練に必要な時間が増えるのだ。

 生産にも運用にも課題がある。その結果、「だったら銃の訓練だけした兵と、槍の訓練だけした兵をセットで運用すれば、訓練時間短くて済むよね」っていうのが帝国軍の現状だ。

 とはいえ……あと数十年もすれば銃剣が普及するだろう。既に訓練時間を十分にとれている中小国家の精鋭部隊では、もしかすると運用しているかもしれない。

 あと、現状で帝国軍は勝ててしまっているからなぁ。軍事上の改革って、現状の見直し……敗戦から立ち直るタイミングで起こることが多いんだよね。



 閑話休題、そんな訳で混合部隊となった皇帝軍を「ひとつの軍」とするためにこれから訓練をしていく必要があるのだが……その訓練を俺は今回、新しい人に頼もうと思っている。

「まずはこちらをご覧ください」

 そういって俺に計画書を見せるのは、ベニマ王国から引き抜いた新しい貴族、ヴァローナ侯だ。

 彼は小国であるベニマ王国軍を率い、名将と名高いワルン公相手に互角の戦いを繰り広げた優秀な指揮官だ。そして彼が小国の軍を率いて善戦できた点に着目し、俺は皇帝軍の訓練を依頼した。すると彼はさっそく訓練に取り掛かる前に、部隊編成について変更を提案してきたのだ。

「同一兵科百名を部隊の基本人数とします。帝国の呼称では『小隊』でしたか。そして銃兵二小隊に対し、槍兵一小隊。この三小隊三百名を『中隊』とし、部隊運用の基本とします」

 戦闘時は中央の槍兵部隊が敵を押しとどめ、両サイドの銃兵が火力を出す……これ自体は普通の陣形だ。

「しかし一小隊百名か。二百としているところも多いが……減らしたのには理由があるのか」

「これは一小隊の人数を減らすことで戦闘中の機動力を上げています。また小隊の人数は少ないほど、小隊長への負担も減ります。今の帝国軍に合った運用かと」

 なるほど……直轄軍は若い下級指揮官が多い。経験を積んだ下級指揮官は、どんどん上級指揮官に昇進しているからな。そして諸侯から借りていた上級指揮官は諸侯の下へ帰っていったり、より上の指揮官に昇進したりしている。その現状に合わせてか。

 今までは指揮官の不足に嘆いていた直轄軍だが、これまでの戦いで経験を積み優秀な結果を残した元一般兵が、どんどん下級指揮官に昇進している。今ならこの運用法でも足りるだろう。


「次に三中隊で一大隊。三大隊と一中隊、兵三千で『銃兵連隊』とします」

 その端数の一個中隊が連隊指揮官が直接指揮する部隊か。かなりシステマチックになってきたな。

「現在の皇帝軍では、この『銃兵連隊』が三連隊作れます。またこの銃兵小隊を全て弓兵小隊に置き換えた『弓兵連隊』が一連隊、魔法兵小隊に置き換えた『魔法兵連隊』が一連隊」

 弓兵連隊は一部、ニュンバル侯家の魔弓兵になっている。彼らは通常の弓兵より強力な攻撃が撃てる。

「もう少し銃兵はいたはずだが?」

「それは砲兵連隊の護衛に回します。槍兵も同じです」

 ……なるほど。砲兵の護衛として最初から部隊内に銃兵と槍兵を置くのか。

「では話に出たのでこのまま砲兵連隊の説明を。こちらは少し特殊な扱いをします。今回皇帝軍として運用可能な大砲は五十門」

 今回直轄軍で持っていくのは、もっとも小型の『ポト砲』だ。昔ラウル公領を平定した時に接収した物を持っていく。これは威力が低い代わりに軍隊で運用しやすく、砲身の冷却にかかる時間も短くて済む。その分他の大砲よりは威力が低いが……ポト砲でも人を吹き飛ばすには十分な威力だ。

 ちなみに、大口径の大砲は全て回廊攻略軍に持たせることになっている。なぜなら回廊の皇国側出口には『難攻不落』と言われる大要塞があるからな……帝国軍が保有する大口径の大砲、全部をぶち込んで城壁を吹き飛ばす作戦だ。


「この五十門を運用する砲兵連隊ですが、砲兵については他の部隊と同様に扱うことはできません。より防御を重視し、砲兵一小隊につき槍兵二小隊で一中隊とします」

 まぁ、大砲を敵に奪われて利用されるっていうのは最悪な事態だからな。より敵の接近を阻止することを重視した編成か。

「また、砲兵一小隊につき砲五門の運用とし、同時に砲兵小隊には銃の最低限の訓練を行わせます」

「砲兵に銃を?」

 確かに、大砲の周りで銃を撃てれば、敵の接近を阻害できるな。

「だがその場合、砲兵としての訓練と銃兵としての訓練が必要になるな」

「はい。なので銃兵です。現状、もっとも短い訓練時間で最低限の運用が可能になるのが銃兵だからです」

 これは実際そうだ。もっとも、マスケット銃を「撃てる」のと「敵に当てられる」のでは練度に雲泥の差がある。だがマスケット銃の良いところは、「撃てる」だけで一定の脅威となることだ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるっていうしな。

 ちなみに槍兵とかは意外と時間がかかる。ちゃんと長槍には構え方があるし、隣の兵士と連携を取らないといけないし、何よりある程度筋肉を付けないとダメだしな。


「なるほど、牽制さえできればいいと。全員に覚えさせるのは大砲を撃っている人間が負傷しても、近くにいる銃兵がすぐに大砲の運用ができるように。その逆も然りか……だがその場合、訓練に時間がかかるな?」

「はい。ですが今回、皇帝軍は第二陣での出立とのこと。今からなら十分間に合います」

 必要な訓練時間も念頭に置いているか……まぁ、いいんじゃないのか。

「そして重歩兵に関しては、全て重歩兵のみで一連隊三千。実際は一中隊分足りませんが、近衛を加えれば丁度かと」

 なるほど、つまり皇帝が直接指揮する連隊ってことか。

 重歩兵……フル装備の甲冑を着込んだ『重装甲の歩兵』のことだ。甲冑を貫通できてしまうマスケット銃の普及により、その数を急速に減らしている兵科である。だが逆に言えば、銃兵以外には安定した戦いを展開できる。特にこの世界には魔法を攻撃に使う『魔法兵』が存在するが、こういった部隊単位で使う魔法は重装歩兵の装甲を抜けないことが多い。俺の【炎の光線(フラマ・ラクス)】が特殊過ぎるだけだからな。だから司令官の護衛部隊としては未だに現役だ。

 まぁ機動力の低さは欠点だが、どうせ十万規模の軍の機動力などたかが知れているので、今回は連れていってもその遅さが気になることは無いだろう。


「あとは……騎兵九千か。これも同じように?」

 今回はアトゥールル騎兵が四千、その他の騎兵が五千だ。皇帝軍三万の内、一万近くが騎兵なことから分かるように、今回はかなり騎兵に比重が寄っている。これはまぁ、今回皇帝軍に編入されたアトゥールル族長のペテル・パールとエタエク侯が兵を多めに出してくれたってだけなんだが。

「いえ。騎兵は歩兵とは全く異なりますので、編成を統一する必要はありません。また、エタエク侯の重騎兵も、アトゥールル族の軽騎兵も、既に独自の編成で十分な成果を挙げています。ここはお二人に一任するべきかと」

 確かに、騎兵に関しては丸投げが安牌か。


「そして訓練内容ですが……週の三日を各小隊で基礎訓練、二日を各中隊で戦闘訓練、一日を各連隊での総合訓練に充てます」

 なるほど、分りやすいな。残る一日は休養日か。

「そしてこの連隊での訓練ですが、定期的に連隊長直下の一中隊のみ入れ替えます」

「何? 連隊長を」

 正直、ここまでの内容は、分りやすいとは思ったが驚くようなものでは無かった。だが、この連隊長を入れ替えるというのは驚きだ。ちなみにこの連隊長は、皇帝軍で部隊の指揮を執る上級指揮官だ。ベルベー王国から派遣された魔法兵指揮官サロモン・ド・バルベトルテとかだな。

「はい。戦場では部隊の統合や再編、また他部隊から送ってもらった増援の指揮など、様々な状況が生まれます。ですので、他連隊の部隊の指揮も取れるよう、事前に訓練を行います。もちろん、騎兵の二部隊は除きますが」

 あぁ、なるほど。これは連隊長たちの訓練にもなるな。訓練も編成も簡潔で分かりやすい。これは本当に良い拾い物をしたかもしれない。

「ではその方針で頼む」



 こうしてヴァローナ侯の下始まった訓練だったが、訓練内容も充実していた。まずは基本的な訓練を重要視し、そして徹底して軍規を取り締まった。

 また毎日訓練内容を精査し、これを小隊ごとに競わせた。そしてもっとも評価の高かった小隊には休養日を追加で与え、逆に基準を満たさなかった小隊からは休養日を取り上げ、追加の訓練日とした。これによって訓練への意欲を上げると同時に、練度の低い部隊が高い部隊より多く訓練することになるため、結果的に小隊ごとの実力差がなくなっていった。


 あとこれはヴァローナ侯というよりエタエク侯のお陰で、対騎兵戦闘が相当上達した。まぁ、エタエク侯の騎兵突撃に慣れたら、大抵の騎兵には対応可能だろう。

 そういった訓練の結果、最終的には皇帝軍全体が優秀な兵へと生まれ変わったのである。


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