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賑やかな冬


 そうこうしている間に、冬になった。この間、俺は皇国への出兵に向けて色々と動いていた。

 まず、トミス=アシナクィ討伐に向かっていた諸侯の軍勢を各々の領地に戻した。この冬は、戦争をするつもりが無いという意思表示だ。来春に向けて、各兵士らは鋭気を養ってくれればいい。

 あとそうそう。この過程で降伏したトミス=アシナクィ兵については、一切帝国領内には入れずに、そのままベルベー王国に引き渡した。報告によれば、降伏したのは徴兵した兵ばかりだったらしい。つまり、元農民だ。

 一方で、幼い頃から継承派の尖兵として教育と受けたエリート兵士……言い換えれば洗脳された狂信者兵は、おそらく温存され今も旧トミス=アシナクィ領に潜伏していると思われる。


 だが一部、そういった洗脳済みの狂信者が、降伏した兵士の中に紛れている可能性も高い。そういう連中は、帝国領内に入れてしまうと、何をしでかすか分からない。だから一人も帝国には入れるなと厳命してある。

 あ、もちろん表向きは「降伏した人々も貴重な人的資源。少しでもベルベー王国のためになれば」みたいなスタンスで引き渡したよ。がんばれ、ベルベー王。


 他にも、周辺諸国との条約の履行や戦後処理が立て続けに行われていく。具体的にいうと、ガユヒ大公国が滅亡した。かつては帝国に勝利し、小国ながら「反帝国」の象徴にもなったことのある国家が、あっけなく滅んだのである。

 滅ぼしたのはエーリ王国。しかも陥落したガユヒの首都はエーリ兵によって散々に略奪され、宮殿は荒され、大公の一族は処刑されたという。そのため、既にガユヒ領内ではエーリ王国に対する反乱も発生している。

 ……エーリ王国も証拠隠滅に必死だな。そんなに帝国が怖いかね。別にガユヒ大公国が帝国を裏切った原因がエーリの王族にあっても、帝国は見て見ぬふりしてあげるのに。


 ちなみに、このエーリ王国の非道を訴えたガユヒ貴族から、帝国に恭順するから助けてって手紙が来たが、もちろん黙殺した。そんな辺境の元独立国とか、帝国じゃ管理できないよ。悪いが俺は帝国の君主……帝国にとって利益のない選択はしないのだ。

 またこの冬までに、国内の大小様々な反乱は完全に平定された。こうして、国内外において帝国と敵対する勢力がいなくなる、珍しい冬となった。まぁ、継承派みたいなのはいるけど、あれは帝国に敵対というより継承派以外の全てと敵対だからノーカウントで。

 この「珍しい」というのは、比喩無しに百年ぶりくらいかもしれない。帝国は大国故に常に警戒され、包囲網を敷かれ続けてきたからだ。これは俺が傀儡の皇帝だった時代から、それどころか先帝、先々帝、あるいはそれ以前から続いてきた国際情勢だった。それがここ数年の怒涛の戦争により、この『反帝国』体制は解体されたのである。

 とはいっても、このままでは「元気な帝国が、いつ方針を変え自分たちを潰しに来るか」と周辺国は不安になるだろう。

 そこで、帝国は皇国に戦争を挑むのである。大国同士の戦争ともなれば、さすがの帝国も余計な敵を作る余裕はない。その戦争をやっている間は帝国の矛先が自分達に向かわないと考えれば、周辺国も帝国に対する警戒を緩めるだろう。ついでに「一緒に皇国殴ろうぜ。協力してくれたら見返りもあるよ」って誘えば、帝国を警戒する必要は完全に無くなるはずだ。

 


 次に、ロコート王国やアプラーダ王国との講和成立に伴い、両国に割譲していた領地の貴族が帝国に復帰した。その貴族らと皇帝カーマインは謁見した訳だが、これに関しては一部を除いて強気な態度で接した。

 もちろん、帝国の侵攻に呼応した貴族もいたが、事前に皇帝カーマインと接触を取った貴族は、アドカル侯くらいだった。彼に対しては事前の約束通り所領の安堵と帝国貴族への復帰を認めた。だがそれ以外の貴族に対しては、所領の安堵はしなかった。表向きは、「彼らの働きは皇帝の満足のいくものではなかった」としたのだ。

 ……本当の理由? そりゃロコート王国やアプラーダ王国と繋がってる可能性があるからね。今は友好国に転じさせることに成功したが、今後もこの外交関係が続くとは限らない。警戒するに越したことはない。


 あとそうそう。ヘルムート二世の為に、帝国が金を出して「直轄部隊」を創設してあげたよ。これから対皇国の旗印となってもらうのに、直属の部隊がないとか格好突かないからね。なんかヘルムート二世は「朕の『禁軍』じゃ」とか喜んでたよ。おもちゃを貰った子供かな?

 ……もちろん、これは「金を出して」と言った通り、傭兵の部隊だ。しかもその傭兵に金を払っているのは帝国。今は皇王の命令を聞くようにさせてるけど、今後どうなるかはまた別の話だ。



 このように、この冬は皇国侵攻へと向けていろいろと動いていた。とはいえ、中には失敗したものもある。例えば北方大陸の冒険者……彼らに対して、戦闘行為を一切行わせないという条件で竜騎士を貸してくれないかと提案したが、これはきっぱりと断られた。

 言い値で良いと言ったんだけどなぁ。まぁ、「戦闘行為」はさせないけど戦場には投入して上空から偵察とかさせるつもりだったから、彼らのこの判断は、彼らとしては正しいんだけど。

 ただ、これは完全に無駄ではなかった。こちらの要請を断ったお詫びとして、ヒスマッフェ王国と帝国の同盟を成立させるべく奔走してくれたのだ。


 具体的には、ヒスマッフェ王国が何を考えて、何を懸念事項としているのかを教えてくれたのだ。これは、言ってしまえばカンニングペーパーに等しい。

 あとは彼らが首を縦に振るだけの条件を提示すればいい。こうして、帝国はヒスマッフェ王国と正式に同盟を結ぶことに成功したのである。



 あとそうそう。つい先日、ヴォデッド宮中伯がシャルル・ド・アキカールの身柄を確保して帝国に帰還した。これでもう思い残すことなく、皇国に対し堂々と敵対的な態度を取れるわけだ。

 こうして、俺は冬の社交界の場で、皇国の非道を訴え、ヘルムート二世が正統な皇王だと宣言。この正当な皇王を「あるべき地位」に戻すべく、皇国への出兵を宣言した。


***


 例年以上に各国の使節を迎え入れた社交界の挨拶で、「ヘルムート二世を皇王に戻す」を大義名分にし、春になったら軍を招集すると宣言した帝国の皇帝は、さっそく外国の使節と極秘に面会していった。

 たとえば、反皇国筆頭のウィンル大侯国。この外交官にはこう言った。

「ウィンル()の代理人よ。この戦争、実は復讐戦争なのだ。皇国は長年に渡り、帝国に対する包囲網に裏から手をひいていた。今こそ、長年にわたる皇国の介入に復讐する時。我々の目標は皇国と聖皇派を屈服させること。その過程で得た皇国領土は、貴国が味方についてくれるなら譲ってもいいのだが……どうだろうか」

 この話、全てが嘘って訳ではない。長年介入を受けてたっていうのは本当の話だ。

 ちなみにウィンル大侯国はかつて領土の一部を皇国に奪われ、その上従属国にさせられた経歴を持つ。彼らが「大侯国」なのはそういう理由だ。だからあえて王と呼ぶことで、「うちは独立国と認めてますよ」と言外にアピールしたのだ。彼らからすれば、旧領を奪還できて、しかも独立国になれるチャンスなのだ。乗らない訳がない。


 そして次の日、いきなりの敵対宣言に慌てた皇国の外交官……今回は最大派閥の使者らしい……が来た際には、彼にこう告げる。

「我々は長年にわたる周辺国との戦争で、多額の借金を抱えている。ヘルムート二世は、彼を皇王に復位させたら、その見返りに金を払うとのことだ。だから今回は協力することにしたのだ。しかし馬鹿真面目に戦争したら金がかかる……それ以上の報酬があるなら、担ぐ旗を変えてもいいんだがな」

 ……帝国が多額の借金を抱えているのは本当だ。あとは全部嘘だけど。こうして帝国の目的が領土ではないというアピールと、帝国が「帝国対皇国」の構図ではなく、「皇国の派閥争いに、ヘルムート二世という第四の派閥として介入する」構図と認識していることをアピールした。


 こんなふうに、全ての国や勢力に、帝国はそれぞれ違う目的や開戦理由を話していく。反皇国色の強い国には「一緒に皇国を潰そう」と誘い、親皇国色の強い国には「ヘルムート二世派として彼の即位の協力しない? 彼が即位して貰うもの貰ったら帰るからさ」と語り掛け、皇国の派閥には「別にヘルムート二世じゃなくてもいいんだけどな……」と囁きかける。

 もちろん、一部は情報共有され、帝国がバラバラなことを言っていると分かるだろう。帝国のどれが本音から分からず、混乱するだろう。

 もちろん、それでいい。だって、混乱させることが目的なんだからな。



 そんな諸国の使者との面会の合間。俺は帝都に来ていた帝国元帥の三人と、一堂に会していた。

「よく来てくれた、三元帥」

 ワルン公リヒター・ドゥ・ヴァン=ワルン。チャムノ伯マテュー・ル・シャプリエ。ゴティロワ族長ゲーナディエッフェの三人だ。三人には、今回の皇国出兵でも指揮を執ってもらうつもりだ。

 だからこうして改めて、説明する場を設けたという訳だ。もちろん、ワルン公については体調が安定しているらしいから来てもらった。無理はさせてないよ。

「さっそくだが、今回の皇国出兵の目標を改めて話しておこうと思う」

 とは言っても、この三人は何となく分かっているだろう。それでも、戦争理由は明確にしておかなければいけない。

「帝国の目標は、帝国の国力を極力温存しつつ、皇国の国力を消耗させることにある。これにより、皇国に対し相対的な優勢を確保する」

 より具体的に言えば、帝国が対皇国連合を結成し、皇国に対して戦争を挑む……ただし、帝国はなるべく戦わない。これが帝国の基本方針だ。


「では陛下。ヘルムート二世という旗は、最悪捨てても構わないと」

 ワルン公が三人を代表して、確認をとる。

「当然だ。卿らも他国の君主の為になど、命は掛けられまい。だが、皇国の国力を削る上で、君主は愚かな方が良い。だからまずはヘルムート二世を担ぐ。だが状況次第によっては、その旗も臨機応変に替える」

 この戦争に義理とかはない。だって皇国なんて、将来的には絶対に敵対するんだから。

「そして今回、皇国遠征に動員予定の兵力だが」

 まずは帝国軍が動員できる限界の、最大兵力について。意図的に領内の人口を少なく申告する貴族もいる為、正確な数をはじき出すのは無理だが……それらも加味した上で、ニュンバル侯とその官僚たちがはじき出した推定兵力は……七十五万から八十万。

 ただし、帝国の社会システムが崩壊していいのであれば、その三倍は動員できる。まぁ、そんな総動員を敢行すれば戦争に勝っても帝国は地図上から消えるだろうけど。

 もっとも、国内の防衛にも兵力は必要だ。よって、遠征に回せる帝国軍の兵力として算出されたのは……。

「二十万。これが帝国が送り込める兵数だ」

 もし歴史的な大敗を喫し、この二十万の兵力を全て失ったとしても、帝国は問題なく防衛戦争に移行できる。という訳で、遠征軍は総勢約二十万……かつてない規模での遠征軍になる。


「そいつは……目標と矛盾しているように思えるが」

 ゲーナディエッフェが、二十万という兵数に懸念を浮かべる。確かに一見、帝国軍の消耗を抑制するという目標に矛盾しているように見える。

「いや、これは逆なのだ。これぐらいの大軍を動員しなければ、皇国周辺の諸国家はこの戦争に『勝てる』と判断しない。その場合は自国の兵力を出し渋り、最悪は皇国との開戦すら見送るだろう。反対に、これほどの大軍を動員すれば、彼らは早々に開戦を決める。なぜなら開戦が遅れた場合、帝国が独力で皇国を降してしまう可能性があるからだ」

 そうなれば彼らは一世一代のチャンスをみすみすと逃すことになる。

「……つまり陛下が我々に望む戦いは、消耗を抑制した戦いにございますか」

「その通りだ、チャムノ伯」

 それに大軍の方が、敵もむやみに仕掛けて来ないだろう。そういう意味でも、大軍を動員した方が兵の消耗は減るはずだ。

 その分、兵糧などの物資が大量に消耗されることになるだろう。とはいえ、それは本来周辺国との戦争で消費する予定だった分も残っているし、道中の同盟国に供出してもらう分もある。それでも不足した場合は、あとは現地調達……つまり略奪ということになるだろう。

 まぁ、略奪で物資を奪うのも皇国の国力を削る行為の一環だからな。必要になったら略奪する。俺は皇国の君主ではないからな。


 俺は次に、地図を指しながら元帥たちに説明する。

「むしろ問題は、この大軍をどうやって皇国領内に送り込むかだ」

 帝国と皇国の国境はそのほとんどが天然の要害、天届山脈によって仕切られている。軍を送り込めるのは、天届山脈の間にある『回廊』と呼ばれる狭く細い、S字状の地域のみ。大軍を一度に送り込めるような場所ではないし、回廊の出口で待ち伏せされたら包囲殲滅される。

 他の侵攻ルートとしては、講和はしたものの帝国に対して反抗的なガーフル共和国を経由し、北方大陸の冒険者組合のお陰で親帝国の立場になったヒスマッフェ王国も経由し北から攻め込むルート。あとはガーデ支族(皇帝一族)とも婚姻関係にあるゴディニョン王国を経由し南から攻め込むルートの三つだ。

 そしてこの南北のルートは他国を経由する為、回廊ルートとは違って安定はしていない。今後の政情の変化で、背後を断たれかねないリスクを孕んでいる。


「つまり、どのルートも一長一短だ。よって、帝国が取るべき侵攻経路は……全てだ。軍を三つの方面軍に分け、同時に三方向から皇国に侵入する」

 当然、敵は各個撃破を狙ってくるだろうが……皇国の領土も広い。一つの方面の帝国軍を破っても、別の方面の軍を迎撃するまで時間がかかる。何より、今回の帝国軍は総勢二十万。ここに同盟国の援軍も加わるのだ。兵数だけで見れば、一方面軍だけでもこちらが有利になる可能性が高い。

「なるほど……それで消耗の抑制か。敵は各個撃破に動くかもしれねぇから、それを受けないように慎重に戦えってことですな?」

 俺はゲーナディエッフェの言葉に頷く。最悪、皇国領に侵入した後は逃げ回ったっていいのだ。領土を荒らし回り、撤退したって良い。もちろん、最初はヘルムート二世の復位という分かりやすい目標があるからそれを目指しつつになるが。


「それと、今回の戦争は余も出る。これはヘルムート二世を名目上とは言え担いで、皇国に連れていく都合上だ。ただし、余がどのルートに合流するかは、皇国の出方次第になる」

 一応、第一候補はあるが、皇国の動きによっては変わることになるだろう。極端な話、相手が軍を一か所に集中させてきたら、そこには皇帝は向かわないだろう。

「では、軍は四つに分けると」

「そうだ、チャムノ伯。余が四万を率い第二陣となる。そして回廊の軍だが、ここは大軍の展開はできない……よって二万とする。残る十四万を、南方軍と北方軍それぞれに七万だ」

 そして回廊方面軍はゲーナディエッフェ。北方軍はワルン公、南方軍はチャムノ伯がそれぞれ元帥として指揮することに決まった。

 総勢二十万の軍勢による、三方面からの同時侵攻。ここに周辺国や同盟国軍も加われば、これは大陸でも最大規模の戦争になるだろう。

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