爆発騒ぎ(一カ月ぶり二度目)
良くない知らせというのは続くものだ。
大タブレン島と小タブレン島の諸国が連合し、地域の一大勢力になったとの知らせを受けた後、今度はトミス=アシナクィ平定を任せていたワルン公が、継承派信徒と思わしき暗殺者に襲撃され負傷したとの報告が入ってきた。
当初は毒を受けたとの報告もあったが、その後の経過観察によると、一応は問題ないらしい。
それでもワルン公には大事を取るように伝えた。なんか継承派の上層部を取り逃したことを謝罪しに来るつもりだったらしいが、これも不要だと伝えた。万が一にも、彼の体調が悪化したりする方が困る。
ワルン公の手腕は信用しているし、彼に無理なら他の者でも無理だったろう。流石にもう少し『国家』という体裁にこだわりがあると思ったが、連中にそんなものは全くなく即座に潜伏を選択されるとは思わなかった。その点は俺の読みが甘かった。
まぁそもそも、継承派は過激思想で主流派から追放されて以来、あらゆる手段を用いて勢力を拡大させ、最終的にトミス=アシナクィを自力で成立させた連中だ。潜伏した現状の方が、トミス=アシナクィ本来の姿と言えるかもしれない。
実際、暗殺は厄介だが……国家として軍を動かされる方がもっと厄介だった。だから現状は及第点といったところだろうか。
あとはベルベー王国の統治次第だな。さっさと彼らに領土の管理は押し付けよう。
こうして、トミス=アシナクィの討伐に向かっていた大軍が帝国に帰還する中、宮廷ではまたしても爆発事故が起こっていた。
一度風邪を引いてから、俺は仕事量の調節等全てティモナに任せている。そのティモナに休息するように言われたので、俺は寝室で休息を取っていた。そんな時に、部屋の近くで爆発音のようなものがした。
「……前回より近いな」
一瞬、またヴァレンリールかとも思ったが、それにしては近すぎる。むしろこの辺りは……皇帝と皇妃の生活スペースだ。
「お待ちください陛下」
ティモナの制止を振り切り、俺は爆発音の発生元らしき方向へ向かう。
廊下に出れば、すぐに分かった。部屋の扉がさっきの衝撃で吹き飛んだところ……ヴェラ=シルヴィの部屋だ。
「陛下、お下がりを」
「何があった!」
同時にその場についた近衛の制止を無視し、俺は部屋に飛び込む。
部屋の中は、一画が吹き飛び壁に穴が空いていた。散乱した家具と、唖然とする侍女たち。そして顔を真っ青にして動揺するヴェラ=シルヴィ。
「ど、どうし、どうしよ」
過呼吸気味のヴェラ=シルヴィに、ある程度事態を把握した俺は、まずは彼女の動揺を抑えようと試みる。
「大丈夫、大丈夫だから。ゆっくり息を吸って」
唖然としていたのはチャムノ伯がヴェラ=シルヴィにつけている侍女だ。彼女らは決して、仕事ができない訳じゃない。
もし外部からの襲撃なら、彼女たちはとっさに庇ってるだろう。それが啞然としているってことは、内部での事故……より正確に言えば、たぶんヴェラ=シルヴィが魔法を暴発させてしまったのだ。
その後、ロザリアとナディーヌも部屋に駆け付ける。同じく状況を察したティモナが一瞬二人を止めようとするも、俺がそれを手で制す。
「大丈夫だ、何があっても抑える」
俺の言葉に頷くと、即座にティモナが周囲に指示を出す。
「近衛は人払いと警備を。その他は各自、己の職務に戻るように」
「ご、ごめんな、さい」
泣き出すヴェラ=シルヴィを、ロザリアとナディーヌの二人がかりで宥める。
それでも、空気中の魔力は乱れている。相当ショックだったらしい……このままだとマズいな。万が一魔法がまた暴発しても絶対に俺が抑えるが、それよりもまた暴発させたらヴェラ=シルヴィが自身を再び責めかねない。そうなれば悪循環だ。
俺はそっと、試しにヴェラ=シルヴィにある魔法を使ってみる。すると、まるで気を失ったかのようにその場でがくりと崩れ落ちる。
「ちょ、ちょっと!」
その体を三人で支えながら、焦った声を上げたナディーヌに説明する。
「大丈夫、眠ら……眠っただけだ」
正確には睡眠の魔法をかけた。俺が昔、傀儡時代に不寝の番だった侍女にかけてた魔法だ。だがこの魔法は、誰でも眠らせられるわけではなく、元から眠気に襲われている人間じゃないと効き目が薄い。だから効いたらラッキーくらいで掛けたんだが、ここまでとは。
そのまま彼女を横に寝かせ、近くの侍女に訊ねる。
「最近、寝不足だったのか」
「あ、はい! お嬢……皇妃様は、このところ御気分が優れず」
やっぱりか。俺の前では平気な顔をしてたから気づかなかったが、ずっと体調不良で寝不足だったんだな。そしてメンタル的にも不安定だったのだろう。
「申し訳ございません、陛下。私たちも気づけませんでしたわ」
「本人が気を遣われたくなかったんだろう」
ヴェラ=シルヴィにとって初めての妊娠だ。体調不良やメンタルが不安定になるのも当たり前……そういえば、ロザリアの時はヴェラ=シルヴィがかなり魔法で支えてくれていたと言っていたな。そのロザリアの時を基準で考えてしまっていた。
「魔法が暴発したのね」
「あぁ……そこも危機管理が甘かった」
この世界では『魔法』がそこそこ一般的だ。みんなが使えるわけではないが、貴族には使える者も多い。だが魔法とは、剣や銃と変わらない殺傷道具にもなり得る。それも、そういった凶器とは違い持ち歩く必要もなく、魔法によっては殺人の証拠が残りにくい。そのままなら、この世界は魔法による暗殺が横行する世界になっていただろう。
だが、この世界には『封魔結界』と呼ばれる魔道具が存在する。これによって、この『封魔結界』の中ではほとんどの人間が魔法を使えなくなる。だから宮廷や貴族の館など、多くの場所において『封魔結界』の魔道具は生活必需品と化している。存在するだけで魔法による暗殺への抑止力になっている訳だ。この魔道具に必要な素材を安定供給するから、北方大陸の冒険者組合は東方大陸の各国と友好関係にある。
しかし時々、この『封魔結界』内でも魔法を使えてしまう特殊な人間が存在する。それがヴェラ=シルヴィだ。まぁ、俺も使えるは使えるのだが……俺の場合は邪道というか、力業というか……たぶんこの特殊な人たちの中でも特殊な方法だと思う。
ともかく、ヴェラ=シルヴィは希少な『封魔結界』の中で魔法が使えてしまう人間。そんな彼女が、懐妊し体調も精神も不安定になった……その結果、魔法が暴発してしまったのだ。
「みんな『封魔結界』が当たり前になり過ぎて、油断していたわね」
ナディーヌの言う通り、宮中は『封魔結界』の領域……魔法が使えないということは、本来魔法の暴発も起こり得ないということ。だから安全だと思い込んでしまっていた。
「……知識はあったのに、思い至りませんでしたわ」
ロザリアが穏やかな表情で寝ているヴェラ=シルヴィの頭を優しくなでながら、そう反省を口にする。
ベルベー王国では、市井の魔法の才能のある子供を少年兵として登用し教育する。とはいっても、無理やり最前線に……という訳ではない。むしろ準貴族としての身分が保証されるし、一般的な農民よりはいい暮らしができると思う。
そもそもこのシステムができた要因の一つは、強い魔法の才能のある子供が、市井においては多く殺されてしまうという現状があるからだ。農村などの一般的な平民家庭に魔法の才能がある子供が生まれると、成長過程で魔法がコントロールできず暴発し、周囲を傷つけたり最悪の場合殺めてしまったりすることがある。だから村によっては、魔法の才能のある子供を先に殺してしまう所もある。それを、国として拾い上げて『封魔結界』下で暴発させずに育てる……それがベルベー王国の少年魔法兵だ。
つまり、帝国も含めた各国で「貴族に魔法使いが多い」のは、正確には「『封魔結界』のお陰で貴族の子供は魔法が暴発することが少なく、無事に成長できる可能性が高い」なのだろう。
そして『封魔結界』内で魔法を使える人間が、稀に存在するものの「ほとんどいない」本当の理由も何となく分かった。一般家庭と同じだ……成長の過程で暴発し、死んでしまうのだ。
「ヴェラ=シルヴィは、幽閉されていた頃から無意識に『封魔結界』の内で魔法を使っていた。その後、一般的な魔法や制御を覚えたが、それらは全て後から習得したもの……無意識に暴発させてしまうのも無理はない」
ヴェラ=シルヴィの場合は、幸運なことにある程度の年齢まで事故なく成長できた。その後、元摂政によって幽閉され……その特殊な環境下で魔法が暴発した。ただ、その暴発の方向性が自身や周囲を傷つける方向ではなく、自己生存の方向性に暴発したんだと思う。幼い外見や体格は、これが原因だ。
だから誰かを傷つけそうになる暴発は、今回が初だろう。
「それでも、今回は暴発させてしまった後に、咄嗟に『防壁魔法』をちゃんと展開できている。そうじゃないと、この被害の小ささは説明がつかない」
壁は一部吹き飛んで、外が見えるほどの威力だ。その場にいる人間全員、大けがしていても可笑しくない。だが侍女たちは無傷だった……ヴェラ=シルヴィは反射的に自分と周囲を守れたのだ。
「今後、どうするの」
ナディーヌの言葉に、俺は表向きの対応を答える。
「ひとまず部屋は移ってもらわないとだな……ここは補修が必要だし。あとは暴発しないように、制御する術を学んでもらうしかない」
まぁ、実際には暴発しても止められるように俺が可能な限り側につくことになるだろう。俺も封魔結界内で魔法使えるし。
とはいっても、ヴェラ=シルヴィに制御する術を学んでもらうのも必要なことだ。というか、これはもっと早くやらせておくべきだった。ヴェラ=シルヴィがメンタルによって魔法の威力が左右されることも、誰かを傷つける魔法を本能的に忌避していることも俺は知っていた。だから今回、周囲を傷つけそうになって、相当動揺したのだろう。
同じようなことを繰り返さないためにも、訓練する必要がある。
……つまり、ヴェラ=シルヴィが出産して、さらに安定するまで、俺はこの宮廷から動けないという事だ。それ自体は良いんだが……その場合シャルルの引き上げ、もう少し遅らせるべきだったか。まぁ、今更後悔してもしょうがない。
その後ぐっすりと寝たヴェラ=シルヴィは、流石に持ち直した。まぁ、かなりシュンとしていたが。
ちなみに、愛娘スカーレットは今回と前回の爆発の際、大喜びだったらしい。もしかして、もう魔法や魔力を認識できているんだろうか。将来が非常に楽しみだ。
閑話休題、俺はヴェラ=シルヴィが安定しているのを確認し、宮殿の外に出ていた。今後は基本的に、ヴェラ=シルヴィの調子が良い時だけ離れることになりそうだ。
「これは陛下。確認ですか」
そう言ったニュンバル候の隣で、近衛長のバルタザールが俺に向けて敬礼する。バルタザールの方は、分厚い紙の束を捲って何かを確認している。
「あぁ、被害状況をな」
今回のヴェラ=シルヴィの魔法暴発は、具体的には爆発系の魔法が発動してしまったと思われる。その結果、部屋の壁を吹き飛ばし……その吹き飛んだ壁の一部が、隣の宮殿にダメージを与えたのだ。具体的には壁の一部が破損した……ちなみにけが人などはいなかった。
そして問題は、その被害にあった宮殿が普段、外国の使節と社交する際の社交場として使っているものなのだ。
「補修にはどれくらいかかる?」
俺の質問に、ニュンバル侯が答える。彼には財政管理以外に、こういった宮中施設や行事の采配なども任せているからだ。
「身元確かな信用できる職人集団は、宮廷襲撃事件による被害の補修と、前回の事故の補修工事についてもらっています。その後に、こちらの二か所の補修となれば……終わる頃には来春でしょう」
まぁ、そうなるか……宮中に身元不確かな職人は入れられないしな。
「社交場を最優先としてもか」
「流石に壁に穴の開いた宮殿を、他国の使節に見せるのはどうかと」
うーん、正論。社交に使う宮殿を急いで補修しても、そこからヴェラ=シルヴィの旧部屋の穴が見えてしまうのは非常に良くない。
「となると、この冬は別のところか」
「少し狭くなりますが、他国の使節を迎え入れるに十分な格式ある『広間』がございます。そちらで開かれてはと」
……それ、良い言い方してるだけで古いってことでは? まぁいいけどさ。
「ならこの冬はそこで」
「承りました」
ニュンバル侯にその辺りの采配を任せた俺は、その後も現場の確認に残っていたバルタザールに、ふと気になって話かける。
「なぁ……確か宮廷内の建材は魔法に対してある程度耐性があるものが使われてるって話じゃなかったか」
実際、ドズラン侯による襲撃の際にリトルドラゴンのブレスで攻撃されたが、宮殿自体の被害はそれほど大きくなかった。表面はコンガリを焼かれても、屋根が吹き飛ぶ……なんてことは無かったのだ。
「そのはずです……あーいえ、初期の宮殿よりは安価な建材みたいです。魔法耐性の強い建材のみを使うのではなく、外装のみ魔法耐性を強め、内部は断熱性など、居住性を向上させた……って書いてあります」
その紙の束、建材の説明とか書いてあんのか。
……あぁ、そうか。バルタザールは警備責任者の一人として、現状の確認が必要。だが外部出身のバルタザールは、宮中の施設については本来詳しくない。だからこうして資料を持ち出して確認してるのか。
「しかし直前の点検でも劣化の報告はなく、また建設時に手抜きがあったとも考えにくく……」
そうは言っても、破損してるのは事実だ。気になった俺は、落ちている破片に触れようとする。
「あ、陛下! 危ないので触らないでください」
別にガラスとかじゃないんだから大丈夫だと思うけど。
「……なら直接触らなければいいだろう」
俺は魔法で瓦礫の破片を浮かせながら、じっくりと観察する。これは爆発で吹き飛んだ方の破片ではなく、その破片によって破壊された方……つまり社交場の壁の破片だ。
これ自体には魔法に対して強い抵抗があるから、直接魔法で浮かすのは難しい。だから結界で包んで、結界の方を持ち上げれば……って、もしかしてそういう事か?
「なぁ、この表面って耐熱か?」
「えっと、それは……表面は耐熱素材ではないようですね。魔法への耐性と熱への耐性を両立した素材は高価ですので、この区画では耐熱素材の表面に耐魔法素材を張り付けているようで……って陛下?」
俺は破片を地面に戻し、それに向けて魔法を撃つ。
「炎の光線」
当然、破片の表面は無傷だ。魔法に対する抵抗力は健在だな。
次に、俺は防壁魔法を生成。これを少し加工し、空中に設置。それから上手いこといくように、色々と調整する。
それからしばらく試行錯誤をし、ベストな位置に防壁魔法を調整した後、さらにしばらく待つ。
すると、予想通り破片の表面は煙を出し始めた。
「これは……建材に問題が?」
「いや、そうじゃない。今当ててるのは太陽光だ」
防壁魔法を凸レンズ状に生成。それを空中において太陽光を集光していたのだ。前世では虫眼鏡でやったことがある……懐かしいな。
「よくよく考えると当たり前か」
ヴェラ=シルヴィの魔法が暴発。これは魔法耐性の低い内部から外に向けたものだった為、壁の一部が吹き飛んだ。この吹き飛ばした現象自体は魔法によるものだ……便宜上、魔法属性とでも呼ぶか。一方で、その吹き飛んだ破片が隣の宮殿の壁に刺さる……これは魔法とは無縁の現象だ。これは物理属性とでも仮称しよう。
俺の魔法も同じだ。凸レンズは魔法属性。だが太陽光も、それを焦点に集光するのも、物理属性……だから魔法耐性のある建材にもダメージが与えられた。
「つまり、過程に魔法属性が関与しようが、最終的な反応が物理属性なら魔法耐性は効果が無い……」
それが分かった上で、俺はいつもの【炎の光線】から属性付与を抜いた魔法……魔力を熱エネルギーに変換し、それを圧縮して照射する、ただのレーザービームを破片に向けて撃つ。
理論上は、魔力を純粋な熱エネルギーに変換し、それを投射しているだけなのだから、純粋な物理属性のはずだ。過程は魔法によるものでも、最終的にはただのレーザー光のはず。
だが、実際には建材に影響は無かった。つまり、効いてないのだ。……まぁ、出力上げれば貫通できそうだけど。
それはさておき、これが意味することは簡単だ。つまり、俺が普段撃っているレーザービームは、意図せずに魔法属性が乗ってしまっているということである。
「『魔法』という先入観が意図せずに乗っていたか」
かっこよく言えば、物理と魔法の複合属性である。これは利点になることもあれば、欠点になることもあるだろう。
「結果に意識が向きすぎて、過程が疎かになっていたか」
俺にとって、この魔法は人を殺すための魔法だ。逆に言えば、人を殺すことさえできれば、威力はそれで十分なのだ。その分、俺は今まで速度と展開数、それから精度に重点を置いてきた。だからちゃんと見つめ直してこなかった。
これは新発見……いや、再発見だな。防壁魔法を習得した時に、対物理、対魔法の考えは頭に入っていたはずなのに。
……というか、もしかして純粋な物理属性のレーザーが撃てるようになれば、対魔法防壁で防がれない魔法……ってことになるんじゃないか?
ワクワクしてきたな……やはり魔法は良い。
「……陛下。人が通りますよ」
「あ」
やべっ。完全に一人の世界に入ってた。うわぁ今の俺、完全に独り言ブツブツ言ってる奴じゃん。恥ずかしっ。
「……すまん」
まぁ、バルタザールに見られる分にはいいか。