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爆発騒ぎ



 西方派の貴族は、生まれた直後に聖職者が立ち合う儀式がある。まぁ、儀式とは言ってもそれほど仰々しくはない。生まれた赤子の健康と幸せを願う祝詞。それから性別や、双子だった場合はどちらが兄かなどを確認するくらいだ。

 基本的には高位聖職者が担当するが、中でも最高指導者である真聖大導者にその儀式を執り行ってもらうことは名誉とされる。噂によると、毎日のようにオファーがあるらしい。大変だねぇ。

「スカーレット・ドゥ・ラ・ガーデ=ブングダルト。この新たなる命に幸あらんことを」

 まぁ流石に皇女の誕生ともなれば、要請しなくても向こうから来る。最近真聖大導者になった、『アインの語り部』のダニエル・ド・ピエルス。彼の言葉で儀式は締められた。もっとも、性別などは生まれた直後に近くにいた聖職者によって一度確認されているが……改めて宗派の最高指導者に見せ、認定してもらうのが、高位貴族や皇族にとってのステータスらしい。その感覚は正直分からないが……まぁ、エタエク伯のような例を出さないためのダブルチェックだと思えば納得か。

 ちなみに、儀式の間スカーレットはすやすやと眠っていた。なんてかわいい寝顔なんでしょう。いくらでも見てられるね。

「……陛下、猊下がお待ちになられているはずですわ」

 そんな時間も、ロザリアの言葉で終わりを告げる。……はい、仕事します。



 ティモナによって謁見の間ではなく、応接の間に通されたダニエル・ド・ピエルスは、遅れてやって来た皇帝に綺麗な所作で一礼する。

「改めまして……おめでとうございます、陛下」

「あぁ、ありがとう……随分と機嫌が良いな?」

 一見するとそっけない態度だが、これは相当機嫌が良い方だ。何せいつもは眉間に皺寄せて、煩わしそうな態度だからな。

 ……まぁ、俺のせいという説もある。真聖大導者を押し付けたの、俺だし。

「新たな命の誕生はいつだって喜ばしいものです」

 物腰柔らかな真聖大導者は、そう言ってティモナが淹れた紅茶に口を付ける。


「そう言えば……余がなるよう言っておいてなんだが、真聖大導者よ。エルフの場合も、死ぬまでその座にいるのか?」

 ダニエル・ド・ピエルスはエルフである。これ自体は別に隠してないし、聖一教においても何ら問題ない。

 というか、聖一教においてエルフは「良き隣人」として伝わっている。どうやら中央大陸では、聖一教に対する弾圧からエルフが助けてくれたらしい。逆に、弾圧に加わったとされるドワーフなんかは相当嫌われている。ちょっと似てる部分があるってだけで、ゴティロワ族が嫌われるくらいにね。


 まぁ、ドワーフは中央大陸と西方大陸の民であって、東方大陸にはいないんだけど。そしてエルフもまた同様に、本来は中央大陸と西方大陸にしかいない民だ。ちなみにこれ、以前までは中央大陸にしかいないと思われていたが、ハーバート・パーニからもたらされた情報で、西方大陸にも住んでいることが判明した。

 ただエルフの場合、一部は聖一教徒と共に東方大陸に上陸しており、またその後も定期的に移住する者がいるため、東方大陸においては「珍しくはあるがたまに見る」種族となっている。

 どうも東方大陸はエルフにとって住み心地が良いらしい。何せ、東方大陸の主流宗教である聖一教徒から諸手を挙げて歓迎されるからな。定住する者は少なくない。


 逆にダニエル・ド・ピエルスなんかは、特徴的な耳を露わにしてるとただ歩いてるだけで有難がられるので、普段は隠して生活していたらしい。

 ……それも真聖大導者になって隠せなくなったんだけど。常に煩わしそうにしてるのは、たぶんこれのせいだ。


 閑話休題、俺の質問に老エルフは首を横に振る。

「いえ、その場合はあらゆる者から命を狙われかねませんので……最大二十年の任期がございます」

 二十年か、それでも長いな。

「しかし西方派においては前例がありませんので、今後話し合い、もう少し短くするつもりです」

 エルフってだけで西方派的にはポイント高いのに、真聖大導者に選出されるのに時間がかかった理由はこれだろうな。

「余としては長く務めてほしいのだがな……それで、用件はなんだ」

「天届山脈以東の『アインの語り部』と連絡を取りました」

 このエルフ曰く、『アインの語り部』は全員が聖一教徒という訳ではないらしい。とはいっても大半が聖一教徒であり、この老エルフの様に否定する者の方が少ない。まぁ、もう表向きは否定できないけどね。真聖大導者が実は聖一教徒ではないって知ったら、西方派の人間は卒倒するんじゃないだろうか。


 ちなみにこの老エルフ、確か父親がアインと共に中央大陸に渡ってきたエルフのはずだ。だから正確には、「時が経って信徒の都合で少しずつ教えが変化してしまった聖一教」の教徒ではないのであって、授聖者アインの教えには忠実だったりする。

「しかし、歓迎はされておりません。こちらの思惑を探っているようで」

「あぁ……こちらがヘルムート二世を担ごうとしているからな」

 たしか『アインの語り部』は転生者が科学文明をもたらし世界を発展させることを望むと同時に、世界が一度滅びかける原因となった古代の魔法文明関連の代物(オーパーツ)を危険視する人々だ。

 一方で、テイワ皇国を含む歴代の皇国やその国教である聖皇派は、このオーパーツを積極的に発掘して利用してきた過去がある。だから天届山脈以東の『アインの語り部』は、皇国と聖皇派を敵視している。

 ……まぁ、俺以前の帝国はふつーにオーパーツ使ってたけどね。


「しかし表向きは彼を担ぐことになるしな……皇国が保有するオーパーツやダンジョンを見つけ次第、情報を共有するというのはどうだろうか」

 帝国としては、ヤバそうなものはちゃんと管理したり封印したりしてくれればいい。だが天届山脈以東の『アインの語り部』にその能力があるかは分からないからな。

「悪くないとは思いますが……それより、あの件を公表なされれば、かなり好意的になるかと」

 心当たりのない俺は、真聖大導者の言葉を聞き返す。

「あの件?」

「ガーフル共和国と講和を結ぶ際、貴族が保有していたオーパーツを破壊しているはずです」

「……あぁ!」

 他人の印象を操作するあの指輪! そう言えばぶっ壊したわ。

「それでこちらの印象が改善されるなら」

「我々が『危険視している』というのが十分に伝わるでしょう。それで彼らの態度も大きく変わるかと。では、事情に詳しい者を派遣しましょう」

 まさかあれが、ここにきて効いてくるとは。単純に、交渉の際に厄介だからその場の勢いで壊したんだけどね。


 そこでふと、俺は疑問に思い彼に訊ねる。

「ところで、彼らの感性も卿と同じなのか」

「……と、おっしゃりますと」

「オーパーツに対する考え方だ。卿の場合、全てのオーパーツを即破壊しよう……という訳ではないだろう。ただ大抵のオーパーツは危険かどうか分からないから、分かるまでは使うな、というだけで」

 どちらかと言えば、「危険なものは使わせない」の方針だ。帝国の『儀礼剣』とかな。

 逆に言えば、危険がないと判断した物に関しては寛容だ。俺が持ち歩いてる『偽の儀礼剣』なんてダンジョンにあった、オーパーツになる前の『元となる魔道具』だし。


 俺の疑問に、真聖大導者は手を顎に当て、深く考える。

「……本来の我々の目的は、『世界を白紙にした過去の過ちを繰り返さないこと』です。魔道具と変わらないような代物に関しては、使用しても問題ないと判断します」

 どちらかといえば、古代魔法文明の知識が眠る『ダンジョン』の方を危険視している。だからこそ、その知識の解析をしたがるヴァレンリールとは犬猿の仲なんだけど。

 とはいえ、知識が無ければ解体も無力化もできない。だから見逃している、というのが現状だ。だからヴァレンリールに関しては、密偵でも監視しているが、たぶんこの真聖大導者の手の者もがっつり監視してると思う。宮廷外に逃亡して、知り得た知識を広めようとしようもんなら殺しに来ると思う。

「しかし度重なる皇国や聖皇派との戦いで、思想が過激なものに変化している可能性は……否定できません」


「その場合、ヴァレンリールの存在はマズいよな」

 解体の為とはいえ、古代文明の魔法知識が彼女には備わっている。それを雇ってるって知られたら、手のひらを反して敵になる可能性もある。

「……そもそもあの女は皇国でオーパーツに関する知識を学んでおります。その時点で彼らにとっては忌々しい存在かもしれません」

 あぁ、やっぱり。あいつも本当に問題児だな。

「……幸いにも、活動は公にしていない。バレないようにしつつ、もしもの時は知らぬ存ぜぬだな」

 突っ込まれても、古代文明とは関係のないことやらせてますって言えば、まぁなんとかなるでしょう。

「万が一の時は、殺してしまえばよろしいかと」

 しれっとそう言うダニエル・ド・ピエルス……真聖大導者がそれ言っていいのか?



 だがそんな話をした一週間後、そのヴァレンリールが騒動を引き起こす。


***


 きっかけは爆発音だった。

「……何の音だ?」

 その時、俺はちょうど庭で優雅にアフタヌーンティーを楽しんでる……ように見せて、全力で体内魔力を回復させていた。一瞬、また宮廷襲撃かと身構える。

「魔力は感じましたか」

 傍で控えていたティモナが、俺にそう聞いてくる。

「いや、全く。 ……もしかして宮殿内か」

 まぁ宮殿の外でも、大きな音がするだけの魔法……とかだと気付けないかもしれないが、普通これだけの爆発音がしたら相応の魔法が使われているはず。十中八九、封魔結界の影響下にある宮殿の中だろう。

「……中へ戻るべきか?」

「宮殿内で何かが起きたのであれば、ここで報告を待つべきでは」

 ティモナとそんな相談をしていると、それほど時間を空けずに報告がやって来た。それも近衛長、バルタザール直々にだ。


「あー陛下」

 バルタザールは、もの凄く言葉に詰まっている。

 ……この感じだと、案外大したこと無さそうか?

「ヴァレンリール・ド・ネルヴァルが逃げようとしていたので、とりあえず捕まえましたが……」

 ……いや、大問題じゃねぇか。



 バルタザールに案内されたのは宮殿内の一画、床にカーペットが敷かれた廊下で、一人の女が近衛によって取り押さえられていた。

「いーやー。はーなーしーてー」

 打ち上げられた魚のようにバタバタと暴れるヴァレンリール。

 ……押さえてる近衛、あんまり力入れてそうには見えないけど。

「で、何があった」

「へ、陛下ぁ」

 変な声出すな、気持ち悪い……。

「先ほどの爆発音の発生源が、陛下が彼女に与えた部屋の可能性がありまして……確認しようとしたところ、逃亡を図っていたので、こうして拘束いたしました」

 なるほど、それでこの状況か。


「で、やったのか」

 攻撃の意図があって宮中の一画で爆発を起こしたなら重罪だが……コイツの場合、たぶん違うんだろうなぁ。

 すると、ヴァレンリールはいきなり泣き始めた。

「もう無理ですぅ。数字がいっぱいでぇ。ぐちゃぐちゃでぇ。ちょっと無理やりやったらドッカンでぇ」

 うん、分からん。というか、いい年して泣くなよお前……。


 その後のヴァレンリールの何言ってんだか分からない説明をしばらく聞き……ようやくおおよその事情は分かった。時間はかかったけどな。

「つまり要約すると、解析を任された自動人形の重要そうな術式を見つけ。それが訳の分からない数字の羅列で。法則があるかもしれないと思って解こうとしたけどさっぱり分からず。埒が明かないから無理やり突破しようとしたら突然爆発して。部屋も吹き飛んだ上に解析を依頼された人形も木っ端みじんになったので、とりあえず逃げようとしたと」

「はいぃ。もう無理でぇ」

 数字の羅列ねぇ……なんか前世で似たようなの聞いたな。RSA暗号だっけ? ……あれ違ったっけ。もう全然覚えてないや。


「いや、何で逃げた?」

 別に、今の説明で逃亡を図る理由まったく分からないが。

「だって、だって、木っ端みじんでぇ」

 ……こいつ、頼まれた仕事ミスったから逃げようとしたのか……子供か。

「別に逃げる必要ないだろう。そもそも、お前が一番詳しいから任せていたんだ。お前が無理ならもうどうしようもないだろう」

 無理やりってところが気になるが、他に詳しい奴いないし。俺も実際の魔法はそこそこ分かるが、魔道具やオーパーツについてはさっぱりだしな。


「でも吹き飛んじゃってぇ」

「別に誰も怪我してないし。事故なら仕方ないだろ」

 襲撃とか攻撃の類じゃなくて良かったよ、まったく。

 ……よく見るとヴァレンリールの髪と服の端っこの方が焦げてるが、被害に合ったのはヴァレンリールだし。

「でも、お金なくてぇ」

「いや、弁償しろとか言ってないだろ。任務中の事故なら経費で出すわ」

 そんなケチだと思われてんのか? 俺は。

「ほんとですか!? あぁよかった」

 ヴァレンリールは押さえつけられたまま、喜びを表現するように器用に跳ねる。メソメソと泣いたり、今度は喜んだり忙しないなコイツ。ていうか、逃げた本当の理由はそこかよ。

「はぁ……お前、すぐに逃げようとするなよ」

 俺は深々とため息を吐く。こいつ自分の立場分かってんのか? 宮廷から外に許可なく逃げたら、最悪殺されるんだぞ。



 さっきの爆発音は事故。自動人形は自爆してしまったが、これは仕方ない。コイツは賠償させられると思って逃げようとしたが、その必要はない。うん、そこはいいんだ別に。

「事故では罪に問わないし賠償もない。他に逃げる理由は?」

「ありません! ありがとうございます陛下ぁ」

 そうかそうか。良かったよ、ほんと。じゃあ、気になってること聞いて良いか?

「ところでお前、至近距離で自爆食らったんだよな? よく無傷だったな」

 俺がそう言うと、ヴァレンリールはどこか得意げにお腹を見せる。

「それはコレのお陰です! 何とこのベルト、近くで発生した衝撃を自動で検出して、吸収してくれるんですよ、それも一瞬で! 常に防壁を展開しているわけじゃないのに、ちゃんと守れるの不思議ですよね! 術式も大量のものが複雑に絡んでてぜんっぜん分からないんですけど、一周回ってその複雑さが美しいというか! あぁ、でも今回ので壊れちゃったのでもう見えないのが残念なんですけど……っと、失礼。悪い癖です」

 うんうん、なるほど。それは凄いね。ところでさ。

「お前それオーパーツだろ」

 やかましかったヴァレンリールの反応がピタリと止んだ。

「……申告はしたか?」

 その答えはまたしても無言。俺はそんなヴァレンリールに、こちらも無言でニコリとほほ笑んだ。

 しばらくの沈黙の後、それに耐えられなくなったヴァレンリールが一言。

「……てへ?」


「おい、バリー、コイツを一日、牢にぶち込んどけ」

 自分でも表情が抜け落ちるのが分かる。コイツはもうダメだ。

「うえぇぇん待ってぇぇええ。陛下の噓つきぃぃいい」

「それとこれとは話が別だバカ!」

 俺前回、ちゃんと申告しろって言ったよな!? ほんっとコイツは……いい加減にしろよマジで。


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