生まれたての皇帝
初手、下の話
俺は今、離乳食を食べている。このどれかに毒が入っていれば、俺は直ぐに死ぬ。その恐怖を抑えて、口元に送られる流動食を食べる。
前世では多少、転生物のラノベを読んではいたが……その主人公たちは、こんな恐怖の中で幼少時代を過していただろうか。転生チートも神との会話も、義務やお願いも無かったぞ……
もっとも、前世でどんな風に死んだかも覚えていないのだが。まぁ、あまり人を信用しなかったせいで友人の少ない人生だったことは確かだ。
それに誰かを咄嗟に命がけで助けられるような出来た人間でも無いだろう。そう考えると、この転生は「褒美」では無いと思われる。
「間違えたお詫び」でも無いだろうな。それなら神との会話があるだろうし。だが……その記憶を消されている可能性がある? いやいや、それにしたってノーチートで暗殺対象は無いだろう。
となるとやはり罰か。罰かぁ……俺、なんかしたっけなぁ……そんな大きな悪事できるようなメンタルしてない一般人だったんだけどな。
いまいち前世の記憶もぼんやりとしているし……両親や兄弟の顔は思い出せるが、名前が思い出せない。自分の名前もだ。死の間際の記憶に関しては丸々無い。おかげで罰を受けるようなことをしたのか全く分からない。
……それにしてもこのペースト不味いな。これ毒だったりしない?
***
さて、俺がこの世界で唯一可能性を感じているものがある。それがこの、前世では明らかに感じなかった空気中の何かだ。
ついでに侍女が庭でゴミを燃やす時、指先から火種を出していた。
魔法だ。ファンタジー確定。
ちょっとだけテンション上がる。
まぁ、何をするにしろ、誰かしらの監視を常に受けている現状、赤ん坊の俺に出来ることは目の前の魔力的な何かで遊ぶことくらいしかできないってのもある。
おもちゃ? 積み木とかなら遊んでるよ。手と指のコントロールの為にね。
さて、この魔力的な何か。……もう魔力でいいか。
これをどうにかして意のままに操れれば、個人としての戦闘力を得られるんじゃないだろか。中世とか近世では、戦闘力はそのまま生存力に直結するからな。なんとしてでも使えるようになりたい。
まずは……触れてみる。うん。何も感じない。正確には知覚できていても変化を感じない。ついでに、目に見える訳でもないから、粒子状なのかどうかも、風などに流されたりするのかも分からない。
なら次は……念じる。この指に集まれ……集まれ……
ダメだ。全然集まってる気がしない。やはり詠唱が必要なのだろうか。
「あうーあー!」
うん。まぁ、無理だよね。知ってた。侍女が微笑ましく見てやがる。ちくせう。
あーもうだーめだ。わかんね。操れそうな気がするんだけどなぁ。
***
「はい、陛下。おねむの時間ですよ」
なぁ乳母さんや、それすっごい違和感あるんだけど。やめない? 陛下だよ? だって陛下だよ? 国の最高権力者の尊称をそんな風にさぁ……なんか変なプレイみたいじゃん。
さて、抱き上げられた俺は今日も柵と天蓋がついた無駄にキラキラしたベッドに横たわる訳だが。
何なのこの金ピカ。趣味悪いよ。
まぁ、その話は置いといて。異世界系ラノベによくある大事な物、すっかり忘れてたよ。
魔道具。魔法があるなら大抵はこれがある。
そしてたぶん、俺はこの魔道具とやらを使っている。
俺は赤ん坊で、当然排泄とかは垂れ流し。これはもう慣れた。抵抗したって無駄だしね。恥も外聞も無いし。
この世界のおしめは、当然だが紙おむつなんて便利な代物ではなく、ただ布を当てているだけだ。
しかし……それなら小便する度に布びちゃびちゃになるよな? 普通。
だがこれがならないんだわ。不思議だよな? んで、マジマジと下の方見て、初めて気がついた。いや、なんで今まで気づかなかったんだろって思うんだがな? なんか、付いてたわ。
局部の先端に、なんかこう、煙管をものすごく短くしたような物がついている。
その存在にようやく気がついた俺は、一日中この道具について観察した。
そこで分かったのだが、どうやら乳母たちは布を換える際、一緒にこの道具も付け替えていたらしい。正確にいえば交換しているのは先端部分。これを回して外して、同じ物をまた付ける。
ただし一日一回、俺がお湯に浸けられる時だけは軸の部分から外す。
今まで気がつかなかったのは、布を換えられたり入浴したりする際、必ず目を逸らしていたからだろう……慣れたとはいえ、気まずいものは気まずいのだ。
さて、この局部に付けられた道具だが……まず間違いなく魔道具だろう。吸水量に比べて先端部があまりに小さすぎる。おそらく何らかの魔法が作用しているに違いない。
では具体的に、どんな魔法がこの魔道具の中で発動しているのか。それを暇つぶしがてら考えてみようと思う。
まぁ、そもそもこの世界の魔法について法則も効果も限界も対価も知らないので、ぶっちゃけ完全に未知の概念……例えば精霊だの祝詞だのがあった場合はお手上げなんだが、その時はその時。この世界の神話とか伝承とか学ぶ時に覚えるしかない。
なのでまずは俺の理解の及ぶ範囲……すなわち前世とそんなに差がないと仮定して想定してみる。
まず、水分を吸うっていう基本的な効果に間違いはない。正確には「吸水」か、「圧縮」のどちらかだと思う。入浴の度に軸から外すっていうのがな。整備の都合と言うより、誤作動防止と考えた方がいい。
「転送」とかも考えはしたが……それなら定期的に交換する理由がわからん。
んで、次に大事なのは吸臭性だ。色んなペーストを食べ始めた俺の便は、自分で言うのもアレだが臭う。だが、この魔道具をつけている間、小便の方の臭いは全くしない。それは先端部を交換する時もだ。
ということは、吸水だけでなく吸臭までこの魔道具の中で行われているのかもしれない。
俺は臭いが圧縮できるものなのか知らん。そもそも、前世の法則とこの世界の法則は一致しない点もあるだろうし。だから個人的には水分と臭いが区別なく「吸われて」いるんじゃないかと思っている。
最後に費用対効果。
この魔道具、実は形にバラツキがある。いや、基本的な形と、軸と先端の接合部は完全に一致してるんだがな? それ以外の部分が微妙に歪んでたり、あと露骨になんかのマークが刻まれてたりする。一瞬、呪いかな? って怖くなったんだが、侍女でもハッキリ分かるだろうに、見逃されている理由がわからん。となると、これは「屋号」的なものだと考えられる。
つまり、職人による手作業で作られた一品物の可能性が高い。このマークは職人らによるアピールってやつだな。
そうなると今度は再利用出来そうな「転送」の可能性が出てくる。もちろん、「吸水・吸臭」で他に「脱水」の魔道具があるって考え方もできるが……それより怖いのがなぁ、そもそもこの一品ものを、毎回破棄している可能性だ。
いや、普通はありえないぞ? そんなこと。いくらなんでも効果に対する費用が高すぎる。無駄としか言えない行為だ。
でもさ……俺、腐っても皇帝なんだよね。有り得そうなんだよ、そういうの。
大丈夫だよな? 民衆に革命とか起こされないよね? まだ啓蒙思想広まってないよね? 下克上とかギロチンとか勘弁だぞ……ホント……
あ、眠くなってきた。今日はもう寝よう。