14 外交官ゲットだぜ
「久しいな……息災か」
謁見の間で玉座に座り、俺がそう声をかけた相手はベルベー王国の外交官、セルジュ=レウル・ドゥ・ヴァン=シャロンジェだ。俺がその実力を高く評価する外交官である。元帝国貴族であり、そしてロザリアとも遠い親戚で旧知の間柄だ。
「お久しぶりです、陛下……その言葉は陛下にお返ししたいところではございますが」
俺が風邪で寝込んでいたことを、既に耳にしているようだ。
「いや、耳が痛い……ということは、既にロザリアには会ったのか?」
「はい。もう間もなくのようで、遠くからご挨拶しただけですが」
ロザリアの出産予定日は近い。そしてこの時期になると、残念ながら医官や一部の侍女以外は近づくことも禁止される。それは皇帝であっても例外ではない。そういう慣習なのだ。
まぁ、健康や安全を考慮したら仕方ないことだが。この時代の医療技術で無事に出産を成功させるためだ。ほんと、風邪うつさなくて良かった。
「それで、貴殿が来たという事は?」
「はい。王の許しもいただきましたので、陛下の御誘い、お受けいたします」
以前から彼には、帝国の外交官になってほしいとオファーを繰り返していたのだ。もちろん一方的な引き抜きではなく、ベルベー王も合意済みだ。
分かりやすく言えば、先にベルベー王との間で移籍交渉を行って、オーケーが出たから本人と交渉した、ってところだな。
実際、彼が帝国の家臣になることは、ベルベー王にも利益がある。帝国の外交情報を知りやすいし、ロザリアの帝国内での立場も安定する。あと、もしベルベー王国内で職に溢れた貴族が出た場合、セルジュ=レウルが雇用の受け皿になる。
帝国とベルベー王国が同盟国である限り、情報の共有も全く問題ない。同盟国の中でも最も信用できるのがベルベー王国だし。
「こちらからの提案通り、いずれは領地持ちになってもらいたい。だが今すぐというのは現実的ではないだろう……しばらく、宮中子爵として仕えてほしい」
家臣団ごと引き抜けたヴァローナ侯とは事情が異なり、彼は身一つで帝国に来ている。
まぁ、ベルベー王国はロザリアの実家だし、その気になれば家臣団も編成できるかもしれないが、無理をして余計な軋轢を生む必要はない。
「承知いたしました。ですが……」
「分かっている。外交官として最後の仕事をしに来たのであろう?」
帝国の家臣に移る前に、最後の仕事としてベルベー王から帝国との交渉を任されたのだ。
「陛下とのこの交渉が、ベルベー王の家臣としての最後の仕事になります。ですので、この交渉が終わるまでは、ベルベー王の臣としての職務を全う致します。それはご了承いただきたい」
「当然だな。そうであってもらわねば困る」
これから帝国の家臣になるからといって、帝国が優位になる交渉をする人間ではない。そうベルベー王に信用されているからこうして快く送り出された訳だし、こちらもそういう人物だからこそ雇いたいと思ったのだから。
「まず初めに……当初は昨年の内に予定していた、サロモン・ド・バルベトルテ率いる魔法兵部隊の帝国派遣ですが、これはトミス=アシナクィの討伐後になります」
一度ベルベー王国の要請で帰還していたサロモン・ド・バルベトルテが、ベルベー人部隊……精鋭魔法兵部隊を増員して帝国へ帰ってくる……という話があった。
だがトミス=アシナクィがテアーナベ連合を吸収合併したことにより、ベルベー王国は国内の戦力を減らす訳にもいかず、この話は急遽流れてしまったのだ。
「分かっている。そもそも好意で提供してもらっている部隊だ。こちらとしても全く問題ない」
別に帝国側で戦おうが、ベルベー王国側で戦おうが、今回の場合は関係ないからね。
「ありがとうございます。こちらはトミス=アシナクィの脅威がなくなれば、帝国に常駐させることが可能です」
帝国としては、皇国相手の戦争に間に合ってくれさえすればいい。全くもって問題ない。
「では本題に入りますが……陛下は、トミス=アシナクィを壊滅させたのち、その領地を我らとエーリ王国に割譲するおつもりかと思います」
旧帝国領のテアーナベ連合領は回収して、異端の土地は統治が面倒なので両国に押し付ける……これが帝国の方針だったわけだが、流石に感づかれるか。
「そうだな。……いらないと言われても困るぞ」
「いえ、それ自体は問題ありません。我らとしても、覚悟はできております」
まぁ、もともとはベルベー王国領だった土地もトミス=アシナクィ領になってたりするし、旧領の奪還という意味ではベルベー王国も同じなのかもな。
「むしろ我々の希望は、トミス=アシナクィ領を可能な限り我々ベルベー王国の方で引き取らせていただくことです」
……なるほど、トミス=アシナクィの全土か。それは流石に予想外だった。
「その場合、利益を独り占めするに等しい。エーリ王国との関係が悪化しかねないと思うが」
そう、対トミス=アシナクィで同盟を結んでいるのは帝国だけではない。その東に位置するエーリ王国も考慮しなければならない。利益の独占……「がめつい」という印象を受けかねないように思えるが。
「無論、そうお願いするだけの理由がございます……一つは、トミス=アシナクィ領の統治が極めて困難であると予想されること」
それはまぁ、誰もが分かっていることだ。当然のこと……それが理由?
「正確には、帝国が東へ目を向ける際、我々よりもエーリ王国の方が距離が近いという点。また第一皇妃の関係上、どれほど状況が苦しくとも、我々は求められれば兵力を供出するという点。以上の二点から、この地は我々が引き受けた方が良いと判断しました」
……一理あるな。つまり、トミス=アシナクィ領をエーリ王国に与えると、反乱やら何やらを、出兵を断る言い訳に使いかねないと。だがベルベー王国の場合は、仮に本当に反乱が起きていても、面目を保つために援軍は出すだろうと。
確かに、帝国としてはベルベー王国に全土を与えた方が良いかもしれない。
「もう一つは、我々はそれほどエーリ王国を信用していないということ」
……それは随分と急な話だな。同盟国が、信用できない?
「下手に二国でトミス=アシナクィ領を分割しますと、その統治に差が生まれる可能性があります。この差は、あらゆる陰謀に利用されかねません」
その考えは分かる。たとえば、ベルベー王国が真面目に統治しようと、荒れた土地の修復をしながら旧トミス=アシナクィ領に適切な額の税率を課したとする。一方、エーリ王国は旧トミス=アシナクィ領を統治せず、田畑は荒れたまま放置し、その代わり税負担を免除したとする。この場合、田畑が修理されずとも、税負担の無い方が最初の数年は支持を得やすいかもしれない。
そうなれば、ベルベー王国領になった方からエーリ王国領になった方へ、民衆は移り住んでしまうかもしれない。あるいは、自分たちも税負担を無くせと反乱を起こすかもしれない。
そういう「比較しやすい差」は不満を生みやすいからな。人間とはそういうものだ。
「確かにな……そもそも、意図せずとも差が生まれてしまう可能性は大いにある」
「ですので、正確に申し上げれば我々の要望は、『トミス=アシナクィ領をエーリ王国には与えないで頂きたい』となります。もし帝国が統治なされるというのであれば、我々は喜んでそれに従います」
つまり、自分たちがトミス=アシナクィ領全土を手にしたいのではなく、旧トミス=アシナクィ領が一部でもエーリ王国領になって欲しくないと。なるほど、そういう言い方であれば、「がめつい」という印象はないな。
しかし問題は……。
「貴国らの関係は良好だったのでは? そこまで警戒する理由があるのか」
俺の疑問に、セルジュ=レウルははっきりと肯定する。
「はい。私は三国での同盟を締結した頃から、何度もエーリ王宮に出入りしておりました。エーリ王とも懇意にしていただいていたのですが……ガユヒ大公国でクーデターが起きた直後から、少し距離を取られるようになりました」
確かに、以前セルジュ=レウルは三国を代表して、帝国と交渉していた。その縁で何かを勘づいたのか。
「また、エーリ王の寵臣も同じ反応でした。一方、それ以外の貴族については以前と変わらず歓迎していただいておりました」
「なるほど……それが不自然だったと」
「はい。そして結局、理由については心当たりがなかったのですが……この度、帝国との交渉を最後に帝国の家臣になると伝えた際、はじめは異常なほど強く引き留められました。しかしその後、私の考えが変わらないと悟ると、今度は陛下がエーリ王国をどう見ているか……これをどうにか教えてほしいとのことでした」
確かに、聞いているだけで挙動不審だ。違和感を抱くのも分かる。
「これらのことから、あくまで個人的な予想なのですが……」
セルジュ=レウルは、怒りを滲ませた声で、こう続けた。
「ガユヒ大公国のクーデター、エーリ王室の誰かが関わっているかもしれません」
……なるほど、そういうことか。
「王の寵臣の反応からして、王族の誰かがガユヒ大公国に工作を行っていて、それが発覚するのを恐れていると?」
「はい。それも傍流ではこうはならないでしょう。また、タイミングと王自身の性格からして、エーリ王が関わっている可能性も低いです」
エーリ王本人が関わっているなら、クーデターが起きた後ではなく、前々から距離を置かれていた可能性が高い。
「王族の誰かが余計なことをして、後から知ったエーリ王は、その隠蔽に必死になっていると?」
「はい」
……可能性としてはあるな。帝国の密偵も、エーリ王国には元から全然派遣してない。同盟国で密偵が見つかると、余計な誤解と警戒を招くからだ。
だから、こちらが把握できていないだけでその可能性は十二分にある。
「それにしても……相変わらずの嫌われ者だな、帝国は」
俺が思わずそう漏らすと、セルジュ=レウルがこれに答えた。
「先帝の時代、帝国は南方の諸国家とは戦争しましたが、北方の諸国家とはほとんど戦はありませんでした。ですので印象は未だに、あの六代皇帝の時代から変わっていないのでしょう。かくいう私も、長く北側諸国にいたせいで、この目で陛下を見るまでは偏見を抱いておりました」
まぁ、ただでさえ大国だしね。何もしなくても警戒されたり嫌われたりってするわけだ。
「よし、分かった。帝国としては現状での約束はできない。だが、ベルベー王国の主張は帝国にも利のある内容だった。前向きに検討しよう。それと、エーリ王国のために何かしらの補填になり得る材料は考えておこう……後はトミス=アシナクィを滅亡させた後の会議で決めよう。これでどうだろうか」
「陛下の期待以上のお言葉、誠に感謝いたします」
まぁ、エーリ王国にも反帝国派がいたってだけだろう……それ自体は別に驚くことじゃない。
かといって、懲罰とか言い出したら、また皇国戦を前に背後に敵をつくりかねない。明確な証拠が出てきたら外交的に抗議しなきゃいけないんだろうけど……できれば無かったことにしてスルーしたい。
それに、確かにガユヒ大公国内のクーデターによって、帝国は少しだけ迷惑は被ったが……別にガユヒ大公国だけじゃないし。あとタイミング的に、エーリ王国以外にもガユヒ大公国に謀略を仕掛けた奴がいるのは間違いない。
あと個人的な感情としても、別にやりやがったとか、裏切られたとか、思わなかったな。宣戦布告、離反、暴走、襲撃……定期的にそういうのが発生するからか、この件も「またか」が素直な感想。
「では、これから頼むぞ……卿には期待している」
「はい、お任せください」
それより、優秀な人間を臣下に加えられたことを今は喜ぶとしよう。




