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13 仕事ができる側仕人



 ハーバート・パーニに西方大陸の情報を教えてもらったが、その後も興味深い話が続いた。

 というか、これに関心を持たなかったヒスマッフェ王国が心配になるレベルだ。貴重な情報の宝庫と言っていい。


 中でも個人的に興味を抱いたのは「白紙戦争」と「魔族」について。

 まず「白紙戦争」の話だが、これは世界各国に伝わる伝説や伝承から、共通する部分だけを総合した話をしてくれた。本来、交流の無いはずの各地で同じ内容が話されている……ということは、たぶんこれは実際にあった歴史上の話で間違いない。

 ちなみに、俺が以前、『アインの語り部』から聞いた内容と合致している。これも説を裏付ける証拠だ。



 内容としてはこうだ……昔、世界には五つの大陸があり、四つ、または五つ(これは地域によって異なる)の種族が住んでいた。はじめ、そのうちの一種族、西の大陸に住まう魔人族が覇を唱え、他種族を圧倒した。そこで他の種族たちは連合を組んでこれを破った。こうして魔人族は衰退し、他の種族が足を踏み入れられないようなところに逃げ込んだ。

 次に、勝った種族の中で対立が起きた。中でも汎人族が覇を唱え、恐ろしい兵器を大量に生み出した。他種族は存亡を懸け、汎人族と戦った。

 その長きにわたる戦争は神の怒りを買った。海は裂け、地は蠢いた。五つの大陸は分裂し、やがて再び五つにまとまった。その間に、全ての文明は消え去った。後の人々はこれを『白紙戦争』と呼んだ。


 ……これが各地で共通する話だ。違いは細かいところと、どの種族の視点で語られるかって違いだった。

 そして俺は、これが単なる伝説ではないと思っている。まず、この「恐ろしい兵器」がオーパーツの正体だろう。あれだけ、とんでもない力を持っている兵器が大量に有ったら、そりゃ文明も滅びるよなって思う。

 それともう一つ、東方大陸の地形だ。中央にそびえる要害、天届山脈。あの異常な高さの山々は、たぶん二つの異なる陸地が衝突した結果生まれたものではないだろうか。

 そう思う理由としては……実は天届山脈以東の地形は、山や川は南北にはしっていることが多い。一方、天届山脈以西の山や川は東西にはしっているところが多い。川は言わずもがな、ベニマ王国の国境地帯なんかも丘陵が東西に延びている。

 帝国の国境は東西に長い横長気味で、皇国の国境が南北に長い縦長気味なのもこの影響だ。丘陵や河川が国境になることが多いからな。

 これはつまり、天届山脈の東側と西側が元は別の大陸だったことを示しているのではないだろうか。

 まぁ、これについては知ったところでどうという事はないかもしれない。一つ確かなことは、戦争を「やり過ぎ」るとまた同じことを繰り返しかねないという事だ。



 次に『魔族』について。これは『白紙戦争』の件で出てきた、『魔人族』の生き残りだと言われているらしい。他種族が足を踏み入れられないような、辺境の地へ逃げ延びた民。

 彼らは他の種族より長命な者も多いが、滅多に他種族と交流をしないそうだ。だが時々、変わり者が他種族の前に現れるため、存在自体は確認されている。そして彼らのコミュニティーは、中央大陸の山岳地帯、西方大陸の未踏地域に存在するらしい。

 この魔族の特徴は、血族ごとに魔法とは異なる異能……能力のようなものを持っているとのこと。


 そして何より興味深かったのは、彼が北方大陸で聞いた噂話だ。つまり、人々が住まない「凍土」には魔族の国があって、冒険者組合の上層部はその対応で意見が割れているというもの。

 ……『全都市委任外交官』のマティアス・フルティエは本当に優秀だ。知られたくない情報はちゃんと隠していたのだから。

 あと、ヴォデッド宮中伯の一族が『ロタールの守り人』であった理由……彼らが持つ「血を食み、その記憶を覗き見る」異能。これも間違いなく、魔族由来のものだな。まぁ、ヴォデッド宮中伯の場合は純魔族では無くて混血だろうけど。


 そしてもう一つ、俺はこの話を聞いて思い出したことがある。

 かつて黄金羊商会のイレール・フェシュネールが宮廷に忍び込んだ時のこと、隣に居た女……先日、イレール・フェシュネールの代理として宮廷に来たマルティーヌ・モヌメン=トゥム=エモリアと名乗るあの女は、封魔結界の影響下にもかかわらず、()()()()()()力で密偵を撃退していた。

 つまり、あの女も魔族。黄金羊商会には魔族がいる。

 ……本当に、悩みの種というのは尽きることが無いらしい。


***


 五月に入ってしばらくした頃、俺の元に急報が入った。

「陛下、リカリヤ王国が動きました。アプラーダ王国に宣戦布告し、南部に侵攻。急速に占領地を拡大しています」

「……へぇ。そう来たか」

 リカリヤ王国……急速に勢力を拡大する、新興国にして南の雄。その王太子アスパダナ・ラングは優秀そうだったし、戦力的にも相手したくない。

 ……敵対国の減った今なら、全力を出せば勝てるだろう。ただ、その場合は皇国侵攻は夢のまた夢だし、トミス=アシナクィの平定も諦めなければならない。そして、中途半端な小競り合いをするには大物過ぎる……そんな相手だ。

 まぁ、そんな国がこのタイミングでハイエナのように狙ってきたと。そりゃ帝国相手に必死の防衛戦しているアプラーダ王国は、南部国境に兵力回す余裕なかっただろうしな。

 しかしこれは……良くもないが悪くもない状況だな。


「よし、講和で」

 俺がそう宣言すると、報告を持ってきた宮中伯が確認を入れる。

「どことの講和で?」

「もちろんアプラーダ王国と」

 リカリヤと衝突するくらいならこの戦争終わりにしよう。



 俺が当初描いていた青写真は、リカリヤ王国が静観する前提のもの……いや、少し違うか。もしリカリヤ王国が最後まで介入してこないなら、アプラーダ王国の北半分くらい奪って、南側に別の傀儡国家を立てるか、あるいはアプラーダ王国を残して対リカリヤの緩衝国家にできる……これが考え得る最大値であり、最高のパターンだった。

 まぁ、現実はそう上手くいかないってことだな。


 そして考えていた中で最悪のパターンとは、リカリヤ王国がアプラーダ王国と開戦せずに、帝国に対し停戦するよう介入してくることだった。つまり、完全にリカリヤ王国がアプラーダ王国の肩を持つ形だ。この場合、帝国が断ればリカリヤ王国も参戦してくる可能性があり、受け入れれば、リカリヤ王国の仲介で講和……しかしここでもやはり、リカリヤ王国はアプラーダ王国に肩入れするだろう。つまり、帝国としては流した血に見合わない成果になっていた可能性が高い。

 リカリヤ王国としては帝国と直接対峙することも、その属国と対峙することも嫌なはずだからな。アプラーダ王国をそのまま残そうとするだろう。そうなると、帝国が講和に応じるにしろ応じないにしろ、アプラーダ王国はリカリヤ王国に恩義を感じることになる。


 自国が滅びるかもしれない状況での救いの手だ……そして当然、リカリヤ王国がアプラーダ王国より国力は優位。リカリヤ王国はさほど労を費やさずにアプラーダ王国を従属的な立場にできていたかもしれない。

 この戦争に正義も悪もないが、その場合はアプラーダ王国にとってリカリヤ王国が正義の味方、救世主に見えていただろう。つまり、帝国としては勝ったはずなのに、リカリヤ=アプラーダの強固な同盟と対立する可能性が出てくる……これが考える中で最悪のパターンだった。


 では現実はどうかというと、リカリヤ王国はアプラーダ王国と開戦してくれた。

 もちろん、この選択はリカリヤ王国として悪いものではない。アプラーダ兵が北の帝国兵との戦いに明け暮れる中、ガラガラの南側から攻め、広い領地を少ない損害で占領できるのだから。

 リカリヤ王国としては、もっとも「実利」のある選択と言っていい。だがそれは、帝国の「利益」を妨害する選択ではない。この開戦によって、リカリヤ王国は帝国と、アプラーダ王国というパイを単純に分け合う立場になった。

 つまり、帝国を封じる類の策ではない。だから帝国としてはラッキーなのだ。



「ひとまず、アプラーダ王国に講和を打診」

 滅亡寸前の状況であるアプラーダ王国は、これに飛びついてくるだろう。帝国としても、アプラーダ王国を滅ぼしてリカリヤ王国と直接対峙するくらいなら、アプラーダ王国を残した方がまだマシだしな。

「帝国とアプラーダが講和するのであれば、その話し合いのテーブルにはリカリヤ王国ものってくるだろう。自分たちのいないところで話し合われるのはリスクが高い」

「では、講和会議はアプラーダ王国領内ですか」

 俺は宮中伯の言葉に頷く。三国での講和会議だ。開催されるのは帝都ではなく、中間地点であるアプラーダ王国内のどこかになるだろう。


「で、問題は講和の内容だな。旧帝国領の返還は絶対条件として……」

 俺がそう口にした時には、ティモナがアプラーダ王国の地図を広げていた。そこに宮中伯が、「最新の情報です」と帝国、リカリヤ王国それぞれが占領している地域を地図に反映する。

「新国境として考えられるラインは……まずはこの二つの河川。北のカルドゥ川、南のアオラ川」

 基本的に、国境は何らかの自然の地形に沿って引かれる。衛星写真とかないこの時代では、これが一番揉めにくい。

「それから現在もアプラーダ王国とリカリヤ王国の国境の一部になっているベニマ山脈……これを真っすぐに西に引いたライン」

 非常にややこしいが、ベニマ王国とアプラーダ王国の国境にもなっているこのベニマ山脈が、アプラーダ王国の方にも少しだけ延びている。現在の国境はここから南側に延びた川を基にしているが、これを山脈から西に真っすぐ引いたラインも国境になり得る。

「あとはアプラーダ王国の北側辺境、帝国側ではプロペ=カルと呼んでいた地域」

 これはかつてアキカール人が、当時の大国カルナーン大君国との国境地域をそう呼んでいた地名だ。たぶんアプラーダ人はそう呼んでいない。

「このプロペ=カルより南で、アオラ川とカルドゥ川のちょうど中間あたりのこの辺より北、簡潔に言えばアプラーダ王国で最も豊かな王都周辺地域……仮にパレテー圏とでも名付けるか」

 要するに豊かな地域ってことだな。まぁ、アプラーダ側にはちゃんとした行政区分とか地名とかあるかもしれないけど。


「国境として考えられるのはこんなところか。で、問題はリカリヤ王国の勢い……今すぐに講和を打診したとして、実際に講和会議が始まる前にはアオラ川まで到達してそうな勢いなんだよな」

 ガラ空きの国境を攻め進めるのはさぞかし楽しいだろうな。

 一方、帝国側もかなり攻め込んではいる。さっき言った、豊かな地域……パレテー圏はほとんど占領し、東側では一部、アオラ川まで到達している。ただまぁ、豊かな地域ということは人口も都市も多い。だから攻略に時間がかかっている訳だ。一つの都市をひと月で落とせても、それを何度も繰り返せばこれだけの時間はかかる。

 ちなみに東側の方が攻略が進んでいるのは、ベニマ王国が戦争から離脱した影響も大きい。アプラーダ王国としてはベニマ王国が帝国側で参戦してくるかもしれず、その場合はどうせ守れないからと放棄したのだ。まぁ、実際に参戦したのは南のリカリヤだったんだけどね。



「で、講和についてだが……上手いところアプラーダ王国を味方につけて、リカリヤの権益を削るか、リカリヤが恨まれるように仕向けたいな」

 帝国とアプラーダ王国は確かに激しい戦闘を一年くらい続けてきた。だが、そもそもこの戦争はアプラーダ王国側から仕掛けたものだ。しかしリカリヤ王国の場合は一方的な奇襲……アプラーダ王国のヘイトは、上手く誘導すればリカリヤ王国の方に向けられる。

「せっかくリカリヤ王国が自分から憎まれ役を買って出てくれたのだ。帝国はアプラーダ王国に対し、最大限に優しくしてあげよう」

 当然、帝国の利権は確保した上で。

「帝国が絶対に確保したいのはプロペ=カル地方。ここにアキカール人貴族を送り込み、分離独立させる」

 何度も帝国に反旗を翻してきたアキカール人貴族。それを帝国の外に追いやる……厄介払い、あるいは追放といってもいい。

 これがもし、アキカール人にとって縁も所縁もない土地なら、彼らは拒否するかもしれない。だがこの一帯は話が変わる。

「かつてアキカール人が支配していた時期もある地域だ。そしてここ最近は何年も、反乱を起こしたアキカール人貴族たちを徹底して叩いてきた。彼らにはこちらの提案を呑むしかない」

 生き残ったアキカール人貴族には、この新天地でやり直す選択肢以外存在しない。というか、残さない。全員、この地に追放して、新国家を樹立させる。それができるくらい、今回は完膚なきまでに叩きのめした。

 まぁ、アキカール人系で帝国に帰参したアドカル侯がいるけど。彼については警戒はするが、今もアプラーダ攻略に参加しているし……後で対応を決めよう。


「あとは可能な限り帝国が利権を得られるように、ただし直接統治は負担が重いので無し。その上でアプラーダ王国とリカリヤ王国の対立を煽りつつ、アプラーダ王国がしばらくの間帝国に敵対しない状況の確立……」

 でもこれ、完全にアプラーダ王国とリカリヤ王国の出方次第な面もある。

「交渉の場で臨機応変に、柔軟な交渉が可能……な人間が講和の場に出なければならない」

 でも帝国の諸侯って武闘派が多いんだよね。交渉ごと苦手そう。その点、鬼のように強そうなイレール・フェシュネールは絶対に自己利益を追求する。ニュンバル侯は帝都の外に出したら帝国の内政が止まる。


「やはり余が向かうしか」

 でもアプラーダ王国って遠いよなぁって思っていると、宮中伯に言葉を被せられる。

「残念ながら陛下は嘆願書にサインをなされています」

 彼の手には、ワルン公に突き付けられた嘆願書が。この一瞬でどっから出てきた……まさか、ずっと持ってるのか?

「いや、それは戦場に出ないという……」

「現在のアプラーダ王国は、広義で言えば戦場です」

 ……いや、拡大解釈が過ぎるだろ。この場で破り捨ててやろうか。


「ではどうする。信用できて、臨機応変に動け、余の考えに沿った講和内容をまとめられる……そんな人間」

 どこにいるって言いかけて気づく。俺が宮廷から動かない上に、ドズラン侯の一件以来、密偵の宮中の警備は強化され、近衛も宮廷に詰めっぱなし。この状況であれば一人、最適な人間を動かせるじゃないか。

「一人だけいたな。ティモナ、頼んだ」

 俺の傍でずっと俺の考えを聞いてるし、信用できる。完璧な人材だな。


「なぜですか」

「余が行けないのだから仕方ない。余はティモナ以外は代理として認めないぞ」

 俺は嘆願書に書かれたティモナのサインのところを指でトントンと叩く。俺に対する要求に、俺に黙って参加したんだから、その責任は果たせってことだ。

「…………チッ」

 舌打ちした! 今この人、主君に舌打ちしましたよ!?


***


 ティモナはすぐにアプラーダ王国へ出立した。終始キレ気味だったけど、ちゃんと皇帝の名代として、講和会議に参加してくれるらしい。


 で、その間の俺についてだが、頑張って政務に邁進……できませんでした。いや、最初の方はいつも以上のペースで仕事を消化していたんだけどな? なんと病(たぶん風邪)に罹り、一カ月近く寝込むハメになりました。

 症状自体は軽かったが、なかなか熱が下がらなかった。もちろん、その前から接触が制限されていたので、妊娠中のロザリアにはうつっていない。ちょっと厳しすぎると思っていたが、慣習にもちゃんと意味があるんだなと再確認した。


 それにしても……今回の件で気づいてしまったんだが、どうやら普段はティモナが仕事量を調節してたらしい。あとロザリアが妊娠する前は、定期的に彼女たちとの時間をとっていたが、それもちゃんと休憩時間になっていた気がする。

 今回は止める人間もいなかったので、つい調子に乗って仕事をしすぎてしまったようだ。

 その間、ヴェラ=シルヴィが看病してくれた。ロザリアからは手紙で怒られた。本当に反省してます。


 ……宮中伯? あの男は身体の耐久力が人間離れしすぎているからね。俺が寝込んでるのを見た宮中伯が言ったのは「あぁ、身体は普通でしたね陛下。忘れていました」だからな。

 まぁ何はともあれ、ロザリアにうつらなくて本当に良かった。



 そんな状態から復活して数日。なんとティモナが帰ってきたのである……講和内容を持って。いくら何でも早すぎるだろ。

「帝国とリカリヤ王国、及びアプラーダ王国間での講和について、草案がまとまりましたので、ご報告に上がりました」

 どうやら、レイジー・クロームを現地まで連れていき、帰りはワープで帰ってきたらしい。なんか最近、便利な移動手段として使われすぎじゃないだろうか。


「講和が成立次第、アプラーダ王国は帝国及びリカリヤ王国との間に十年間の不戦条約を締結する。アプラーダ王国がこれに違反した場合、残る二国はアプラーダ王国に対し宣戦布告する。帝国、あるいはリカリヤ王国のどちらかが違反した場合、残る二国は違反した国家に対し宣戦布告を行う」

 停戦十年か……帝国としてはありがたいが、向こうもよくその条件で吞んだな。

「アオラ川以南についてはリカリヤ王国の勢力圏と認め、カルドゥ川以北は帝国の勢力圏とする。その間の地域についてはアプラーダ王国の領土とする」

 結局、川のラインか……アプラーダ王国としては随分苦しい条件。だがリカリヤ王国にもかなりの土地を与える条件になったな。

「また、帝国の勢力圏内において帝国の一切の決定・行動は帝国の自由。リカリヤの勢力圏も同じ……三国間での講和内容は以上です」

 この条約だと、帝国とリカリヤ王国は勢力を大幅に拡大し、アプラーダ王国は帝国とリカリヤ王国の間で両国を恨みながら風前の灯火……となりそうだ。だがティモナはそこで報告を終えず、さらに続ける。


「次にアプラーダ王国との間に『密約』を交わしました。これは先ほどの講和条約が成立した際に効力を発揮します」

 つまり、今の講和条約の草案がそのまま通り、講和が成立したら有効になるし、成立しなかったら無かったことになる密約か。

「帝国はプロペ=カル地方より南側の一帯をアプラーダ王国に返還。このプロペ=カル地方のすり合わせも済んでおります。この見返りとして、アプラーダ王国は帝国商船に対し港湾の利用権を付与」

 なるほど……帝国はいらない領地を返す代わりに、実利を確保。さらにこの密約は講和成立時のみ有効だから、アプラーダ王国は先ほどの条件で講和を呑む可能性が高い。

 これにより、一見すると帝国とリカリヤ王国が領地を大きく切り取ったはずの講和が、蓋を開けてみるとリカリヤ王国だけ過剰に受け取った形になる。アプラーダ王国のヘイトはリカリヤ王国に向くだろう。

 そしてこの密約は、講和条約にも違反しない。それぞれの勢力圏ではどんな決定をしてもいいんだから、領地を返すのも自由だ。


「また、アプラーダ王国は黄金羊商会に関税の軽減、港湾使用料を免除する。その見返りに、黄金羊商会は復興支援としてアプラーダ王国に対し融資を行う」

 ……なるほど、黄金羊商会にも実利を与える代わりに、黄金羊商会からアプラーダ王国に金を貸させることで、アプラーダ王国は一時的に財政を立て直せる。これだけの大敗をしたんだから、アプラーダ王国の財政は相当悪いはずだ。これを和らげることで、余計な恨みがこちらに向きにくくしている。



「良いんじゃないか、その条件で講和を結んでしまって。そして浮いた兵力を対トミス=アシナクィのダメ押しに使ってしまいたい……黄金羊商会に話は?」

「通してあります」

「なら完璧だ」

 それどころか、期待以上の働きと言っていい。やっぱりティモナは何でもできるな。

「ではレイジー・クロームを向かわせます。いいですね?」

 成立したんだから自分はもう行かなくていいよな? って圧を感じた。俺は無言で頷いた。


 惜しむらくは、本人がこういう仕事を本気で嫌がるってとこなんだよなぁ。

「……で、私が不在の間、お倒れになられたとか」

 ……汗をかくなんて、暖かくなってきたなぁ。


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― 新着の感想 ―
ティモナさん有能! 忠誠MAXで皇帝の思考をトレースできて視野もちゃんと広いオールラウンダー、どこへでもピンチヒッターで入れるけど、本人の代わりはそうそう作れないので貴重なコマですね。領地の経営がある…
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