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12 十六歳になりました



 この冬の間は色々とあった。まず、『アインの語り部』のダニエル・ド・ピエルスがついに真聖大導者になった。随分と就任まで時間をかけたが、これが正規の手順らしい。

 どうやら、一定以上の階級にいる聖職者の間で、複雑な投票システムを経るらしい。で、これがかなり時間がかかるし中々決まらない……ので宰相の権力で無理やり就いたのが先代の真聖大導者ゲオルグ五世だったと。

 今回はその先代との違いを明確にするためにも、正式な手順を経る必要があった訳だ。あの老エルフが、俺が「真聖大導者になれ」って言った時に嫌そうな雰囲気だったのも納得だ。


 次に、ベイラー=トレ伯・クシャッド伯の反乱。これもこの冬の間についに鎮圧された。ただ、二人とも生け捕りにはできなかった。その代わり、捕縛された一族の者が帝都で処刑された。

 あぁ、一族の者と言ってもちゃんと反乱に加担した人間だ。加担しなかった人間については、ちゃんと助命した。

 それで……彼らが反乱を起こした理由だが、これは宮中伯の調査で既に判明している。要するに、テアーナベ連合成立当初から彼らは内通していたのだ。宰相派、摂政派の両派が彼らの独立を許し、その討伐に失敗した理由の一つがこの内通だったようだ。

 彼らは宰相や式部卿にもバレずに上手くやっていたのだが、皇帝が本格的に侵攻しようとしているのを見て、「今回は成功しそうだし、成功したら内通がバレる」と反乱を起こしたらしい。

 馬鹿な連中だ……その結果貴族として家が滅ぶんだから。



 あとは……貴族の再仕官なんかもあったな。元ゼーフェ伯、ジュストー・ド・ゼーフェ。俺の要請を一度断って下野していたこの男は、リトルドラゴンの討伐時にバルタザールに助力したらしい。

 そのバルタザールからの希望もあり、面会したんだが……クソ面倒な人間だった。

 いや、確かに一度断られたが、その後皇帝に対し剣を向けたとかではない。そしてドズラン侯の襲撃の際に功を立てた、だから復帰させよう……としたのにこれを断るんだ、コイツは。

 ちなみに、彼は地方貴族ではなく、宮中貴族……つまり宮中伯だったわけだが、元の爵位に戻そうとすると断る。一個下げても断る。地方貴族にしようとしても断る。

 自分は一度皇帝に背いたから忠誠を誓うべきではないと言って、こっちの提案を聞かなくてさ……これで俺にどうしろと?


 最終的には、ブロガウ市での戦いで果敢にも意見を具申した(しかも意見が真っ当だった)ブレソール・ゼーフェが彼の孫だってことが判明したので、彼を取り立てて貴族に叙任し、彼に雇ってもらう……つまり陪臣にすることで手を打った。

 頑固だというかなんというか……腕は確からしいが、俺とは反りが合わないなと思う。


 そんな彼ら……名目上はブレソール・ゼーフェ改めブレソール・ド・ゼーフェには、皇帝直轄軍のうち二千の指揮を任せ、ワルン公の指揮下に入らせた。

 ジュストー・ド・ゼーフェの方は大軍の指揮経験もあるが、その実力を頼っていきなり一万とかの兵力を任せるのは、流石に既存の指揮官が反発するだろう。

 これで遊兵と化していた皇帝直轄兵を少しは動かせるようになった。


***


 そうこうしているうちに冬も過ぎ、ついに春になった。

 この数カ月は、ロザリアも安定期に入ったようで定期的に直接話す時間をつくれた。前世では独り身だった人間が、転生したら十六で父親か……と、未だに不思議な気持ちである。

 あ、どうでもいいけど十六になりました。


 そして春になったので、雪解けと同時に停戦を無視し、ワルン公指揮の下、帝国軍の大軍が一斉にテアーナベ連合領へ雪崩れ込んでいった。奇襲となったことで、前線は易々と突破。順調に北上を続けているそうだ。

 まぁ、正確に言うと停戦は破ってないんだけどね。俺が結んだのはトミス=アシナクィとの停戦だから。

 帝国はテアーナベ連合とは停戦してないし、そもそもトミス=アシナクィとテアーナベ連合の合併も認めてない。というか大前提として、そもそも皇帝カーマインはテアーナベ連合の独立も認めていない。実質的に独立しているってだけだからね。


 だから今回の戦闘は停戦してないテアーナベ連合への攻撃だ。しかも名目上は「帝国領内の反乱鎮圧」である。

 そしたら「何故か」テアーナベ連合領にトミス=アシナクィ兵がいて、「向こうから」攻撃してきたから停戦が破棄された。つまり、停戦を破ったのは向こうだって帝国側は主張できる訳だ。

 これは細かいところに確認を入れてない向こうが悪い。まぁ、本職の外交官じゃなかったから仕方ないんだろうけど。



 こうして、トミス=アシナクィ攻略が順調に進む中、俺は一人の来訪客を宮廷に招き入れていた。

「よく来てくれた、ハーバート・パーニ殿」

「い、いえ……お会いできて光栄です、陛下」

 数年前、ヒスマッフェ王国の支援の下、世界一周の船団が企画された。その船団の副司令官だった男である。つまり黄金羊商会以外で、船に詳しい人間だ。正直、喉から手が出るほど欲しい人材だ。

「なに、これは公式の謁見ではない。そう硬くなるな」

「いえ……このような厚遇、どうしていいものか」

 ハーバート・パーニの笑顔は若干引きつっている。別に取って食ったりしないんだが。

「何を言う。貴殿らは世界一周を成し遂げたと聞く。その栄誉は讃えられてしかるべきだ」

「いえ……残念ながら我々が初めてではありませんでしたので」

 そう……これが彼の困惑する理由であり、そして帝国を頼ってきた理由でもある。


 数年前、彼らはヒスマッフェ王国の船団として世界一周を目指して出航。そして最近、ついにこれを成し遂げヒスマッフェ王国に到着した。しかし遡ること二年前に、アサン王国の船団が世界一周を達成していたということらしい。

 そしてアサン王国は、この業績を国を挙げて喧伝した。船団の生存者に栄誉を与え、国の威厳を高めるために国家の偉業として周辺国に触れ回ったのだ。その為、このことは東方大陸の東側では有名な話だったらしい。

 ちなみに、アサン王国は東方大陸の南東部、大タブレン島と呼ばれる場所にある。帝国からは遠すぎて、あまりその話は入ってこなかった。


 こうして先を越されたヒスマッフェ王国は、何とか帰還してきた彼らの船団に労いの言葉をかけると、そのまま船団の解散を宣言したという。別に二番目でも十分凄いと思うが、彼ら的には「二位じゃダメ」らしい。

 まぁ異常に冷遇されてるとか、迫害されてるとかでは無かったようだけどね。単純に厚遇するだけの余裕が無かったのかもしれない。


 あと話を聞く限り、そもそもヒスマッフェ王国の主目的は世界一周ではなかった可能性が高い。

 この船団はヒスマッフェ王国の命令により、中央大陸を経由した後、一度北方大陸にある彼らの入植都市、ナルトゥタルバへ行くように命じられていた。そしてそこで中央大陸に関する情報を提出した後、改めて西方大陸を目指したらしい。

 つまり世界一周というのは「できたらいい」くらいのおまけで、あくまで目的は中央大陸の情報収集だったと思われる。というか、むしろ世界一周はできないものだと思っていたんじゃないだろうか。そんなまさか成功するとは思っていなかった偉業に、報酬などの準備をしていなかったから、一番じゃないことを理由に解散させた……というのが真相な気がする。



「一人目でないからといって、その旅路が簡単になる訳でもあるまい。困難な旅路を乗り越えたあなた方は、称賛を受けるべきだ」

 まぁ、だからと言って帝国から何かを与えるわけではないんだが。だって彼らはヒスマッフェ王国の船団として世界一周をしたからね。それを讃えても、別に帝国の威信には繋がらないし。

「そのお言葉を頂けるだけでも、望外の喜びにございます」

そしてそのことを、ちゃんと本人も分かっているらしい。居心地悪そうに、本題に入っていいかと様子を窺っている。

「いや、悪かった……貴殿が帝国を訪れた理由はラミテッド侯から聞いている……すまなかったな。貴殿らとしては侯爵に話をしたかったのだろうが、余が無理を言って紹介してもらったのだ」

 かつて俺が黄金羊商会についての調査を頼んだ時に、ファビオはこの船団と知り合っていたのだ。その縁で、こうして帝国を訪ねてきてくれたと。

 いやぁほんと、ファインプレーだよファビオは。知り合いになっていたのもそうだし、すぐに俺の方に話を回してくれたのも素晴らしい。

「さっそく本題に入ろう……金銭的援助が欲しいのだったな?」


 船団はヒスマッフェ王国に帰還した時、もうボロボロだった。さらに、その船旅で多くの船員が亡くなったらしい。しかしヒスマッフェ王国から報酬がある訳でも無く船団は解散となってしまった。つまりヒスマッフェ王国的には、全て終わったことになったのだ。

 しかしこのハーバート・パーニは、このままではあんまりだと考えた。生き残った船員が再就職するためには元手が必要だし、亡くなった船員の遺族らには、少しでもいいから年金を送ってやりたい。しかし船団は解散し、貯蓄もない。

 そこでお金を借りるために、かつて知り合ったファビオの元を訪ねた……というのがここまでの経緯だ。

「はい。お恥ずかしい話ですが……」

「いやいや、事情は聴いている。その心がけには余も感動したのだ。故に是非とも……と言いたいところだが、帝国の財政事情もなかなか厳しくてな」

 全然出せるけどね。というか、出させてくださいとお願いしたいレベルだ。

 このハーバート・パーニも、生き残った船員も、可能なら帝国で雇いたい人材だ。世界一周を成し遂げた優秀さは勿論、何よりも黄金羊商会の傘下ではないというのが素晴らしい。

 帝国の海軍戦力は、以前から極めて脆弱だった。だから黄金羊商会という、頼もしくも危険な相手に海軍戦力は頼り切ってしまっている。つまり、黄金羊商会の影響下にない船乗りというのは、こちらの需要にぴったりの人材なのだ。

 そういう意味では、ヒスマッフェ王国の判断は確かに非情だが、国家の判断としてはそれほど間違ってはいない。ヒスマッフェ王国は元から海軍国家であり、海上戦力は飽和気味だ。海軍の主要ポストも空いていないだろう。つまり需要に見合わないから、リリースせざるを得なかったという訳だ。


「そこで、どうだろう。貴殿と、それから世界一周を成し遂げた船団員。まとめて帝国に仕官しないか」

 実際、ファビオの所を訪れたのは、その可能性も考慮してだろう。だが彼の領地に海はない。ならば直接帝国に雇われた方が、そのスキルを活かしやすい。

「それは……有難い話ですが、彼らに話してみませんと」

「無論だ。ただ、再就職先を探す手間は省けるであろう?」

 正直、これから友好関係を結ぼうとしているヒスマッフェ王国に「人材を引き抜いた」と思われるのは勘弁だ。だがこの冷遇ぶりなら、その心配は低いと判断した。


「それから……遺族に対して払う年金についてだが。こちらは情報料としてなら払っても良いと思っている」

「情報料……ですか」

「そうだ。貴殿が世界一周の中で見聞きしたもの、出会った人間、あるいは残っている航海日誌など。そういった情報を提供してくれるのであれば、その対価として金銭を支払おう。借りるよりは良い条件だと思うが?」

 これも需要と供給だ。大陸間貿易を独占している黄金羊商会相手にこういった情報を要求すれば、とんでもない額が付くだろう。さらに厄介なのは、勝手に値引かれて恩を売られること。彼らに売りつけられる恩とか、怖くてとてもではないが手は出せない。

 一方、ヒスマッフェ王国としては欲しかったのは中央大陸の情報。それ以外の情報……特に西方大陸についての情報は、持っていてもしょうがなかったのかもしれない。

 しかし帝国の場合は、東方大陸の二大国家の一つだ。地域の覇権国家である以上、帝国が望まなくとも世界各国の紛争や外交に巻き込まれる可能性がある。他大陸の国家が東方大陸に関心を向けるなら、真っ先に目につく大国の一つだからな。だから世界の情報は、あるに越したことは無い。



 とはいえ、出し過ぎるとニュンバル候に何言われるか分からないからな。加減は必要だろう。

「そうだな……ひとまず、帝国大金貨一万枚でどうだ」

「一万!? ほ、本気ですか!」

 国家予算を考えたら別に驚くほどじゃないんだけどね。まぁ個人で、しかも情報料としては破格に思えるかもしれない。

「無論、条件がある。一つはその遺族への年金に、帝国の名前を使ってほしい。もう一つの条件は、それが正しく遺族に支払われているか、我々の方でも確認させてほしい」

 つまり宣伝広告費も兼ねている訳だ。帝国としてはこれから海軍をつくるために、船乗りの募集を増やしていきたい。だからこれは、船乗りたちに帝国に対して「遺族への補償も手厚そう」という印象を抱いてもらうために必要な出費なのだ。


「それは……支援していただく以上、当然のことです。しかし、まだ内容どころか、どんな話ができるかもお話ししておりません。もしお話しした上で、思っていたような内容ではなかった場合……」

「何か勘違いしているようだ」

 ようは、話をした後に、「思ってたのと違う」と言って支払いを拒否されないか心配しているのだろう。

「内容に関係なく、最低が大金貨一万枚。内容が有意義だった場合はさらに出そう。ティモナ、書類の用意を」

 情報料なんて建前で、宣伝広告費だけでも十分に見合う額だ。もちろん、他の国からしたら違うだろう。見合わないと思う国もあるかもしれない。

 しかし帝国の場合は、ほぼゼロから海軍をつくらなくてはいけない。実績も何もない状態だ……こんな状態で募集しても、普通は誰も来ない。歴史的に見ても、帝国は陸軍国家で海軍は弱いからな。

 ならば初期費用は高くついて当たり前だし、こんなとこでケチってたらコケるに決まっている。


 それに大丈夫。戦争に勝ち続けている帝国は、いくらでも借金できるから。

 借金が悪なのではなく、返せない借金が悪なのだ。そして国家の場合は「返せないのでは」と疑われたら終わりだ。その点、今の帝国にその心配はない。

「そこまでおっしゃるのであれば……ぜひお願いいたします」

「取引成立だな。それで……どうだろう? 帝国に仕官するというのは。まずは貴殿だけでもと思うのだが」

 ハーバート・パーニという男は話の分かる人間だ。帝国が金離れの良い事も分かっただろうし、きっと快く受け入れて……。

「それは……申し訳ありません。今はその話、お断りさせてください」


 ……あれぇ?


***



 自信をもってオファーを出したら思いっきり断られた。流石に動揺が顔に出そうになるが、抑えて笑顔で理由を尋ねる。

「……何故だろうか」

 今度は俺の顔が引きつってはいないだろうか。

「はい。実は……」



 ハーバート・パーニは、ちゃんと理由を答えてくれた。要するに、行方不明となった船団の総司令官を捜索したいのだそうだ。どうやら、とあるトラブルに巻き込まれ、西方大陸で船団はこの総司令官とはぐれてしまったらしい。

 ……で、問題はそのトラブルの内容である。

「魔女?」

「はい、西方大陸は別名『魔女の大陸』と呼ばれています」

 曰く、人類では挑戦どころか対峙すら不可能な圧倒的な存在。それが『魔女』と呼ばれる存在なのだという。

 なんか古代文明のオーパーツみたいだな。関係あるのだろうか。

「その『魔女』によって西方大陸は支配されていると?」

「いいえ。魔女は支配などしません。あれは天災です」

 曰く、落雷などと同じらしい。西方大陸の人々は、魔女の気まぐれで死に、国は気まぐれで滅びる。しかし西方大陸の人々は「殺される」とか「滅ぼされる」という表現はしないらしい。落雷に殺されるとは言わないように、地震に滅ぼされるとは言わないように、彼らは魔女を人類と同列の存在とは見なしていない。


「中には魔女を神として崇める者もいます。そして魔女を災害と見なすなら、それ以外は他の大陸と何ら変わらない生活をしています」

 ……何だろう、急にファンタジー感増してきたな。

「魔女の正体について、何か分かったのか?」

「いいえ、全く。現地では『そういうもの』として受け入れられてますので、調べようとする者もおりません。ただ、魔女の存在に言及した資料で、調べられた限り最古のものは五百年前のものです」

 つまり、少なくとも五百年前からは存在する、謎の存在か。

「しかし、魔『女』なのか」

「えぇ、それは我々も気になりました。誰も本体を見たこともないのに、なぜか魔女と呼んでいます。実際の性別は不明……そもそも性別があるのかすら不明です。そしてこの呼称は、五百年前の記録からずっと続いているようです」

 ……人類ではないかもしれないし、人類かもしれない存在か。まぁもし人類だった場合、長命種なんだろうけど。

 前世には「充分に発展した科学技術は魔法と見分けがつかない」みたいな言葉があったが、こっちでは「充分に発展した魔法は神の御業と見分けがつかない」だ。



「そしてこの魔女たちですが、各々が勢力圏のような、ある種の領域を抱えています。その各領域の中心に各魔女の本体があるのではないかと言われていますが……共通する特徴として、近づいて生き残った者はおりません。また、この魔女の領域同士が衝突することがあります」

 ……魔女たちも勢力争いをしているのか? だとしたら随分と人間くさいが……。

「この衝突は『衝災』と呼ばれているようですが……我々の船団の半数は、この『衝災』の()()で消滅しました」

 余波でその威力か……西方大陸の人々は、本当に天災だと思わないとやっていられないだろうな。

「そして我らが総司令官は、この『衝災』の直前に忽然と姿を消しました」

「……いや、それは生きていないだろう」

 普通に考えて、その総司令官は死んでいる。


「いえ、生きている根拠はあります。それは私たちです」

 ハーバート・パーニが言うには、彼らのいた場所は『衝災』の発生地点だったらしい。その余波で船団が壊滅する災害なのに、彼らだけは無傷で生き延びた。周りの景色が壊滅する中、彼らだけ生き残っていたらしい。

「恐らく、魔女の一人によって総司令官は攫われました。その際、攫った側の魔女の領域がもう一方の魔女の領域に衝突して『衝災』が発生。その場にいた我々はどちらかの魔女……恐らく攫った側の魔女に守られた」

「……推測の域を出ない話だが」

「えぇ。ですが、魔女が『人を攫う』なんて前例はなかったそうです。そして『衝災』の発生地点で生存した例も我々以外にありません」

 なるほど……異例なことが起きたから、生きているかもしれない……か。



 さてこの話、どうみる……この際、彼には申し訳ないが総司令官の生死は二の次だ。

 西方大陸には『魔女』がいて、ファンタジーみたいな現象が起きている。そしてその『魔女』の詳細を知ることができるかもしれない「ヒント」がその総司令官と、ハーバート・パーニだ。

 しかし帝国にとって、西方大陸は遥か遠い場所の話である。少なくとも、俺の代で関わることは無いだろう。帝国としては触れずにおくべきか?

 ……だが将来的には? 俺が死んだあと、もし数百年と帝国が続く場合……その時も帝国が東方大陸の大国であり続けた場合、この件に関わる可能性はあるか?


 ……あるな。十二分にあり得る。ならば、情報はあった方が良い。それに、他の国が知らない「情報」は、外交の手札になり得る。仮に失敗しても、全くの無駄にはならないか……。

「それについても、仕官してくれるなら協力してもいい。帝国に海軍ができれば、その調査に艦隊を編成して派遣することも、いずれ可能になるかもしれない」

「本当ですか!?」

「だが、流石にこれは無料では無理だ。その魔女とやらが明確な脅威である以上、それを調査するのはリスクを伴う」

 だがそれだけの脅威、東方大陸では噂すら聞かなかったという事は、西方大陸から外の世界に干渉してくる可能性は低い。いきなり帝国に天災が……なんてことにはならないと思う。

「しかし、我々が用意できる対価は、先ほどの遺族年金の分くらいしか……」

 まぁ、それもそうか。確かに十分有意義な情報だし、これくらいは協力してもいいか。

「……いえ、そういえば総司令官は手記を肌身離さず持っていました。彼は船乗りなのですが……植物のスケッチと記録が趣味という変わった人間でして。それをまとめた手記を常に肌身離さず持ち歩いていました。最後に見た時も持っていましたから、今も持っている可能性は高いかと。もしかすると、魔女に関する秘密も記録しているかもしれません」


 植生か……それは、極上の情報じゃないか。

 数十年単位の視点で見た時、国家や人物の情報は移り変わるが、植生は変わっていない可能性が高い。遠い異大陸の情報として、これ以上になく価値あるものだ。

「では成果報酬として、それを帝国で写させてほしい。もちろん、出版目的ではなく記録のためだ。それが認められるのならば、この件についても全面的な協力を約束しよう」

 非情かもしれないが、もしその総司令官が既に亡くなっていた場合でも、遺品として手記は回収できる可能性もある。

 何より、このハーバート・パーニに恩を売った上で彼を雇用できるなら、そう安い買い物ではないはずだ。

「どうだろう、これで心置きなく帝国に仕官してくれないだろうか」

「はい。お言葉に甘えさせていただきます」

 まぁ何はともあれ、これで海軍の指揮官候補をゲットだ。



「……そういえば、先ほど『魔女』が複数いそうな言い方だったが、全部で何体いるとか分かっているのか?」

「えぇ、それは勿論。現地の伝承によれば、魔女の数は全部で四体。おおよそ四方に対応しており、東の『異形の魔女』、北の『魔浴の魔女』、西の『冬眠の魔女』、それから南の『人形の魔女』」

 なるほど、ちょうど東西南北に。まるで四神みたいな……。


「……人形?」

「えぇ。まるで()()()()()()()()()()を作れるとか。その人形は意思疎通できるらしく、四体の魔女の中で唯一、人間に近いのではと言われていました」


 おい、まさか、ドズラン侯の襲撃にいた自動人形って。

 ……もしそうだとして、目的はなんだ? なぜそんなことをした?

「此方から払う金額、どうやら安すぎたようだな。後でもう少し増やしておこう」

 いや、そんなことより、魔女の手は()()()()この大陸に伸びている?

 ……後でヴァレンリールにも情報共有がいるな……考えることが尽きないな、これは。


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