10 引き抜き登用
いよいよ十二月に入った。この間に起きたことは、ヴァレンリールによる「解析」の結果が出たことだろう。
彼女の解析は本格的だった。オーパーツである自動人形を分解し、内部で使われている魔法陣を事細かに解析していた。
ただし、記録……すなわちメモリの方は、びっくりするほど高度な暗号化処理がされているらしく、解読するのは時間がかかるらしい。それはできるかと聞いたところ、不貞腐れながら「やってみますー」と答えていた。
それと、このオーパーツの推定年代だが、「古代文明黎明期」か「白紙戦争期後半」か「最近」との回答が返ってきた。なんで最近の可能性があるか聞いたところ、「使い方は斬新だけど、使ってる魔法自体は良くある魔法」らしい。
ただ使い方については面白かったから、そっちの研究をしたいところで、暗号解読なんてクソめんどくさい仕事を押し付けられたから不貞腐れていた訳だ。
あとは、最近ロザリアと文通を始めた。というのも、この頃はなかなかロザリアに会えなくなったのだ。医官による判断で、接触の数を減らされている……今後はさらに減らされていくらしい。
これもそういう慣習だと言われた。まぁ、意図は分かる。この時代の医療レベルだと、妊婦が病気に罹かるという事はなるべく避けたいのだろう。
一方で俺は、皇帝として人と交流する機会がどうしても多い。病原菌を拾ってくる可能性は確かにある。ロザリアの体調の為と言われたら頷くしかない……だから手紙を交換することにした。
でも定期的に、ナディーヌやヴェラ=シルヴィまで書いてるのはどういう事なんだろう。あの二人はいつでも俺に会えるだろうに。
閑話休題、冬になったことで帝国は本格的な社交シーズンに突入した。少しずつだが、皇国周辺の各国の使者も宮廷に出入りするようになった。まぁ、いきなり接触すると怪しまれるかもしれないので、少しずつ慎重に、そして極秘に会うことになるだろう。
ただ、以前から反皇国の立場を鮮明にしていたプルブンシュバーク王国、メザーネ王国、リンブタット王国の使節に関しては、俺は会わないようにしている。彼らは反皇国が露骨すぎて、俺が接触すると怪しまれるからだ。
その代わり、彼らにはニュンバル侯に接触してもらっている。演技上ではあるが、ファビオに元皇王一行の肩を持たせたとき、それに反発する役目を任せていたからな。彼らとは、今年は貴族が交流し、皇国に攻め込む直前になったら俺が出ればいい。
まぁ、この三国は帝国と皇国が開戦すれば勝手に便乗するだろうから、連携できなくても何とかなるだろうけど。
それにしても、少し前までは周辺に大量の仮想敵国を抱え込んで余裕なかったのにな……ほんと、随分と情勢も変わったものだ。
そしてもう一つ、重要な使節が帝都にやってきた。そう、ベニマ王国の使節である。
彼らが着いて早々、俺はベニマ王国との講和交渉に臨んだ。基本的には領土等は取らない、現状維持の講和である。帝国としてはベニマ王国をどうこうするつもりは無いし、友好国に転じつつあるロコート王国がベニマ王国の存続を望んでいる以上、これに応えてやるつもりだ。
そのベニマ王国との講和だが……思った以上に早く話が進んでいる。これは当然と言えば当然で、そもそも、ロコート王国が戦争から離脱した以上、ベニマ王国には帝国相手に勝つビジョンが無かったというのもある。だがそれ以上に予想外だったのは……。
「この条件で講和しておくべきです。ここから先、時間が進むごとに条件は悪化していくでしょう」
……ハロルド王子が物凄い勢いで講和を推し進めていることだろう。
「先日、帝国側から講和の打診があった後、カール=ジン・ド・シャルヌフ将軍が最後の攻勢を仕掛けましたね? それもワルン公の反撃に遭い、かなり手痛い損害を受けたとか」
そう、ベニマ王国の新指揮官は、着任早々に講和が決まりそうなことに焦ったのか、ワルン公軍に攻撃を仕掛け……しっかりと負けたらしい。そもそも、前任指揮官は防備を固めていたからワルン公も相手するのが難しいと策を練ったのだ。それでまんまと攻撃を仕掛けてくれるとか、ワルン公の思い通り過ぎるだろう。
「しかし、これはむしろ好機なのです。この戦争、我々から仕掛けたものです……いわば我らは侵略者、加害者の側です。我々の講和の際は陛下が抑えてくださりましたが、帝国にはこれを気に食わない者も多かったと聞きます。しかし今はどうでしょう……ベニマ王国は手痛い被害を被った。これで帝国は、少しだけ溜飲が下がったはずです。話を進めやすいのは、まさに今なのです」
すげぇスラスラと嘘つくじゃん。それ言ったら自分のとこも手痛い敗北はしただろうに。
「そして何より……陛下。陛下の目的は失った旧領の回収。当初よりアプラーダ王国とロコート王国相手には戦争するつもりはあったものの、ベニマ王国と戦うつもりは無かった。そうですね?」
急に話を振られた……もちろん、打合せとかはしてない。まぁいいけどな。
「あぁ、そうだな。帝国としてはかつて奪われた土地は絶対に取り戻さなければならない。しかしそれ以外に戦争目標はない。よってそもそも、ベニマ王国とは戦う理由が無い」
だが俺の言葉に対し、ベニマ王国の使者は『ベニマ分割案』の話で反論してくる。明らかに、自分の国を滅ぼすつもりだっただろうと。
「それが何よりの証拠ではないですか。いいですか? その『分割案』で帝国は、占領したベニマ王国領と旧帝国領を交換すると言っていたのですよ? しかし我が国が占領していた王領ヘアドだけで、貴国の全土とほぼ同じ面積です。仮に帝国が単独で貴国の全土を占領したとして、アプラーダ王国とロコート王国に占領された旧帝国領全土の回収は不可能です。つまり帝国の狙いは、最初から我が国とアプラーダ王国であり、そして同盟相手である貴国と両国の関係悪化です」
資源や人口を加味すればベニマ全土の方が圧倒的に価値は高いけどね。でもその分割案が上手くいくはずないってのは正解だ。
それにしても、誰だコイツってくらい饒舌にしゃべるなぁ。
「そしてそのことを、当時の我が国の主流派は分かっておりました。分かった上で、話に乗ってベニマ王国を分割した後、交換の約束を反故にしようとしていたのです」
いや、その分割案に興味示してたの、お前のとこの派閥じゃなかったか?
「しかし我々は違います。常に貴国との同盟を維持し、また貴国を存続させるために交渉を続けてきました」
うーむ、清々しいほどの責任転嫁だ。この男には二枚舌の才能があるな。
「そもそも、我々が帝国と講和を結んだのは、帝国が密約を呑んだからです。それは一度だけ、帝国から貴国に講和を提案する。その内容は、主権の維持、領土の不要求、そして我が国と貴国との同盟維持の承認です。力及ばず、我々の力では一度だけ提案する……というところまでしか勝ち取れませんでした。これを逃せば、我々では貴国の力になることは難しいのです」
そしてすかさず嘘を重ねていく。まぁ、帝国としては黙ってた方が都合良いので黙っているけど……あれ、これもしかしてこのまま講和が成立すると、今言った嘘の密約も既成事実になる?
この男、ちゃっかり自分の功績も捏造しに来ている。しかも「一度だけの提案」という嘘で、これをラストチャンスだと強調している。
それでも悩む様子のベニマ王国の使者に、ハロルド王子はさらに畳みかける。
「分かっております、賠償金ですね? ……陛下、帝国としては我が国との講和と、基本的には同じ条件でよろしいのですか?」
「あぁ。賠償金の名目では要求しないが、捕虜は捕虜同士の交換か、金銭での交換を求める」
これで事実上の賠償金とする。まぁしかし、国土も小さいベニマ王国にはそれほど財政の余裕はないのかもしれない。
「実は現在、我が国も捕虜の返還が進んでおります。その一部について、亡命しているヘルムート二世の一行が金銭を支払ってくださっています」
……ハロルド王子が、「今なら何と!」といってセールストークする人に見えてきた。
「これにより、我が国では想定していた支出を抑えることができております……この浮いた予算を、貴国の捕虜交換の費用に回しましょう」
え、それマリアナ・コンクレイユにもロコート王にも、事前に相談してないだろう。こいつ、どんだけ早く帰りたいんだ。
だがこの提案に、ベニマ王国の使節は食いついた。どうやら相当、懐事情が厳しいらしい。
……いや、でも皇国の亡命組が金を払って恩を売ろうとしているように、ロコート王国が払えばベニマ貴族やベニマ兵に恩を売れる……意外とロコート王国にとっても悪くないのか。
「それは良かった! 我々としても、苦労して皇帝陛下を説得した甲斐があります」
……ヤバいな。交渉一日で片付いちゃいそうだよ。
やっぱりこの男、一人の方が有能では? 普段からこのくらい働いてたら、名君として名を残しそうだ。
***
その場の勢いで成立しそうになった講和に、待ったをかけたのは俺だった。まだ帝国で確保した捕虜の数について確認中で、推定の額が出るまで待つべきだと止めたのだ。
ベニマ王国の使者はこれに快く応じた。金がない彼らにとって、捕虜の返還費用は事前に知っておくべき情報だ。一方、ハロルド王子からは恨みがましい目で見られた。
まぁ、文句は言えないだろう。俺の前で大嘘をついているのだから……とはいえ、この時間稼ぎにもちゃんと意味はある。
場所を変えて応接の間にて、俺は来客に座るよう勧める。謁見ではなく、会談の形式……それもほぼ密談だ。
「よく来てくれた、エクレート侯。余がブングダルト帝国皇帝、カーマインである」
ベニマ王国のエクレート侯、アルタウ・ド・ヴァローナ。わずかに交じった白髪に目を瞑れば、好青年と形容できそうな外見だ。温厚そうなその姿からは、軍人らしさは感じられない。だが、人は見た目によらないものだ。
彼はこの戦争の当初、ベニマ王国軍の指揮を執っていた男だ。彼の指揮は巧みだった……正直、この戦争を通して、一番帝国相手に善戦していたと言っていい。
初動は先制の優位がとれるので攻勢に出てワルン公領に侵攻。ワルン公領の一部は包囲される状況にまでなっていた。その後はワルン公が立て直したため、撤退。この撤退も、ガーフルやロコートで戦闘が続いていたらどうなっていたか分からない。ロコート王国が会戦に敗れたのを見て、自分らが退路を断たれないように軍を退かせたようにも見えるからだ。
その後は攻勢に出ても勝てないと冷静に判断し、守りを固めていた。そして、あのワルン公が相手するには厄介と判断。謀略の結果、エクレート侯は軍の指揮官から降ろされてしまった。
つまり、優秀なのに本国で冷遇されている訳だ。そう仕向けたのは我々だが、引き抜きのチャンスでもある。
「事前に書状でも伝えた通り、余は卿を高く評価している」
そもそもは、ワルン公がベニマ王国侵攻のための策略で彼を指揮官から解任させた。だが、俺がベニマ王国との講和を決めてしまったため、このままではこの策略が無駄になってしまう。そこで、ワルン公の一手を無駄にしない為にも引き抜きをかけたのだ。このエクレート侯とワルン公双方に手紙を送り、ワルン公からも了承を得ている。
ちなみに、もし引き抜きに成功したら、これはワルン公の功としたいと思っている。俺としては、優秀な指揮官が手に入ればそれで良い訳だし。
「帝国でも、同じく侯爵として仕えてほしい」
まるでベニマ王国と同じ待遇でのオファーのように聞こえるが、実際は違う。小国のベニマ王国の貴族は、その領地も小さい傾向にある。純粋な領地の面積で比較すれば、ベニマ王国の貴族称号は、帝国貴族に比べ一段下がる。
つまりエクレート侯の領地は、帝国で言う伯爵領相当な訳だ。それを侯爵領に……という話だから、待遇はベニマ王国時代よりいいはずだ。
「この帝都に来てから、陛下は我が国との講和を成立目前にまで進めているとの噂を耳にしました」
俺の提案に対し答えるのではなく、エクレート侯はさらに続ける。
「しかし、講和はまだ成立していない……私が断われば、私の身柄を講和条件に盛り込むおつもりでは? しかしそれをしてしまうと、忠誠を強制することになる。そうなれば快く帝国の臣下にはなれない……だから先に自分の意思で選ばせようとしている」
「こちらの評価が正しく伝わっているようで嬉しい」
もっとも、それは「できる」というだけで、実際にやるかどうかは別だ。そんな方法使っても、叛意を抱かれる可能性が高いからな。ただ、否定もしない。
「だがそれも全て、貴殿の才能を惜しんでのことだ。このまま、貴殿が冷遇され続けるだけならばいい。だが最悪の場合、謀殺されてしまうかもしれない……そう判断したのでな」
俺は淡々と、密偵の情報などから導き出した帝国側の見解を述べる。
「我々は貴殿を高く評価しているからこそ謀略を巡らせた。しかしその結果、若くて実績のないカール=ジン・ド・シャルヌフが新指揮官についた。彼は実績を欲した……しかしそんな折、帝国と貴国の間に講和のうわさが出た。焦った彼は、少しでも実績を上げようと攻勢に出て……そして失敗した」
まぁ謀略も、カール=ジン・ド・シャルヌフを破ったのもワルン公だけど。全て一任してるから、こちらから介入したところはない。それでもこの場だけは、その功を帝国のものとして偽ろう。
「恐らくだが……彼の補佐役に降格させられていた貴殿は、この攻勢に反対したのでは? だがその正論は受け入れられずに、案の定失敗した。ここでカール=ジン・ド・シャルヌフはこう考えるだろう……このままでは自分が指揮官から解任され、対抗馬である貴方の後塵を拝すことになる」
あくまで仮定の話だ。あるいは、最悪の場合を想定した話。それでも、あり得ないとは言い切れないからこの男はここに来たのだろう。
「それを受け入れてくれるならよい。だが受け入れられない人間だった場合、あなたは良くて失脚、最悪の場合は殺されるであろう」
そして、かつて帝国を苦しめていた名将の養子という看板は、ベニマ王国内ではあまりに重い。この凶行が成功してしまう可能性は十分にある。
だが、エクレート侯は答えない。無言で、目を瞑って悩んでいる。家名の存続とベニマ王国への忠誠で揺れ動いているのだろう。
正直、エクレート侯の命運はもう彼の手を離れつつある。国内に残れば、カール=ジン・ド・シャルヌフの一存で彼の命運は尽きるかもしれない。俺からの提案は、彼が自分で選び得る最後の選択肢だ。
そんな状況でもなお、祖国への忠誠を捨てきれないというのは、はっきり言って好感が持てる。臣下にするなら、そういう人間が良い。
「余は皇帝だ」
しかし悩んでいるという事は、あと一押しであるという事である。あとは彼の、祖国への忠誠心という未練を納得させる一言があれば良い。
「帝国の民のために余は選択する。よって他国の人間が何を言っても、余の判断は余の考えで下す。だが、臣下の言葉であれば話は別だ。余は彼らの言葉に耳を傾ける……そうやって、この短い期間に帝国は成功を重ねてきた」
実際は、あんまり意見してくれないから俺の独断で決まることも多いんだけどね。
「卿が余の臣下として、ベニマ王国を守るよう進言するのであれば、余はその意見と真剣に向き合うであろう。あとは余を納得させる『何か』があれば十分だ。道理でも、実績でもな。そして帝国は、この講和の後、暫くはベニマ王国と戦う予定はない……その間に、いくらでも材料は揃えられるはずだ」
つまり、帝国の家臣になって、帝国の内側からベニマ王国を守ればいい。これもまた、忠誠の一つの在り方なのではないか……という誘い文句だ。
まぁ、あえて「暫く」と言ったけど、実のところ帝国としてはベニマ王国に攻め込む理由もメリットもないから、俺が皇帝の間はもう戦争にならないと思うけどね。
「参りました……陛下の慈悲深きお誘い、お受けしたいと思います」
「よくぞ言った! アルタウ・ド・ヴァローナ……卿には旧ドズラン侯領を与える。またこの地の名前を改め、ヴァローナ侯領とする」
流石にこれには驚いたのか、アルタウ・ド・ヴァローナも目を見開いている。まぁ領地名変えるのも珍しいけど、これはドズラン侯が大罪を犯したからね。名乗らされる方が印象悪いでしょ。
でもたぶん驚いている理由は、新参者かつ経緯的に帝国にだけ忠誠を誓っている訳ではない自分に、そんな「反逆者」の領地をいきなり与えたってところだろうな。
まぁ、どこ任せても裏切られる時は裏切られる。そう思ってるからね、俺は。




