7 殺竜騎士
ドズラン侯による宮廷襲撃事件。その際、ドズラン侯の協力者として竜騎士が参戦し、近衛や宮廷に甚大な被害を与えていた。そして東方大陸ではドラゴンの類は絶滅しており、竜騎士という存在は未だに竜が生息する北方大陸にしか確認されていない。
次に北方大陸についてだが、ここは複数の都市国家が存在し、そして各都市国家は冒険者組合によって運営されているという、特殊な国家形態をしている。つまり、北方大陸は実質的に、冒険者組合によって統治されていると言っていい。
とはいえ、俺たちは北方大陸について、それほど多くの知識がある訳でも無い。ただ、魔道具の材料として魔獣の素材が使われる為、帝国と北方大陸の交易はそれなりに盛んだ。だから最低限の情報は入ってくる。
しかしそれは結局のところ、商人伝いの情報になってしまう。以前、外交官として親書を持ってきたこともあったが、その使者こそ、今回宮廷を襲撃した竜騎士だったしな。
帝国としては、この竜騎士が個人的理由で参加したのか、あるいは冒険者組合の意向なのか、正確な事情を掴みかねている。最悪の場合ドズラン侯の襲撃の背後に冒険者組合がいた可能性も視野に入れなくてはならない。そこで、帝国から抗議の使者を送って、冒険者組合の反応を見ようとしていたのだ。
俺は急ぎ着替え、謁見の間に向かう。勿論、先日燃やした部屋とは全く別の部屋だ。
道中、宮中伯に相手に関する情報を貰いつつ、いよいよ北方大陸からの使者と対面する。
「よく参った。卿が北方大陸からの使節か」
そこには平身低頭、ひれ伏して謝罪の意を表明する冒険者の姿があった。
こちらが抗議の手紙を送ったタイミング的に、北方大陸に届いた後、彼は最速でやってきたのだろう。当然、ドラゴンに乗ってきた速度だ。
さて、前回の北方大陸からの使者……つまり襲撃犯の一人である竜騎士はこのタイミングでいきなり名乗り始めたが、今回はちゃんと儀礼を弁えているらしい。
俺から許しが出るまで口を開こうとしない。
「余が八代皇帝カーマインだ。直答を許す、名は?」
敢えて丁寧には名乗らない。今回の件について、帝国側の態度をそうやって言外に匂わせていく。
「ははっ! 私は、『全都市委任外交官』マティアス・フルティエと申します。この度は、我らの監督不行き届きの結果、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまったこと、全冒険者を代表して心よりお詫び申し上げたい」
ふむ。あえて「面を上げよ」と言わなかったんだけど、ちゃんと頭を下げたまま謝罪を始めた。これは、もしかすると本当にまともな人間がやってきたのかもしれない。
「面を上げよ。こちらの状況は先日送付した書状の通りだ。こちらの納得いく説明を求める」
「説明の機会を頂き、誠にありがとうございます」
こうして始まった説明は、そう驚くようなものでは無かった。『全都市委任外交官』曰く、今回帝都を襲撃した竜騎士は元A級冒険者『青竜騎士』、ジークフリート・ティセリウス。ドラグーンであり、リトルドラゴンを使役していた男だ。
彼はある失敗により北方大陸で失脚。その後、北方大陸で政権交代が行われ、この移行期間にリトルドラゴンに乗り逃亡。冒険者組合はそのタイミングだった故に後手に回ってしまい、新政権が逃亡した元竜騎士の行先を捜索していると、帝国から抗議の手紙が来た……ということらしい。
「つまり、今回の一件に北方大陸の意思は全く関わっていないんだな?」
「その通りにございます」
さて、本当にそうなのか、失敗したのを見てそういう事にしたのか。
……前者だろうな。言い訳ではなく、事実の説明のみ行っている感じが本当っぽい。
「それは良かった。ひとまず、全面的な対立は避けられそうだ」
こちらとしても、必要以上に大事にするつもりはない。別に対立したいわけじゃないからな。
「しかしこちらは、そちらに対する理解も低い。色々と質問することになるが、良いな?」
「はい、何なりと」
まず、北方大陸は複数の都市国家からなり、冒険者組合がその都市国家を実質的に支配している訳だが、その各都市国家の市長に相当するギルド支部長の中から、四年に一度、国家元首に相当するギルド長……正式名称は「ギルドマスター」らしい……を選出するとのこと。
そして現在、このギルド支部長は大きく分けて二つの派閥に分裂しており、そして最近、政権交代が起こったばかりとのことだ。
「その二派閥とは?」
「はい……我々は便宜上、『東党』と『西党』と呼ぶことが多いです」
その名の通り、都市国家の中でも東側の都市が多く所属するのが東党。最近の政権交代で主流派になったのがこの派閥で、このマティアス・フルティエも東党の人間らしい。
そして現在のギルドマスターは都市国家シュトラテンゼの支部長がなったようだ。これにより冒険者組合の便宜上の首都もシュトラテンゼに移る事になる。
「一方、以前政権を握っていた『西党』ですが、今回脱走した竜騎士もこちらに所属しておりました。ですが彼らは少し、内部で対立を起こしておりまして……今回の政権交代はその結果とも言えます」
前ギルドマスターはヴィッスールの人間、一方で脱走した竜騎士はグラスヴァーに所属していたという。そういえば、前回使節としてきたときもそんな話してたかもな。
「派閥内での発言力を上げようとグラスヴァーが独断で使者を派遣。しかし一都市の独断だった為、私のように外交の委任権を委ねられた者は送れず……志願した青二才に任せた結果、そちらの不興を買った次第にございます」
なるほど……道理で酷い態度だったわけだ。だがあの時のジークフリート・ティセリウスはまるで冒険者組合の総意だと言わんばかりの態度だったが……怖いもの知らずだっただけか。
「不興を買ったことは理解しているのだな」
「はっ。その……ご不快かもしれませんが、彼は帰還した後、陛下のことを『操り先が変わっただけで、未だに貴族の傀儡』と吹聴しておりまして。こちらの要求を呑ませるのは容易だと報告しておりました。しかしその後、陛下の情報が入ってくるようになると……」
「騙されていたと分かり、彼は失脚した訳か」
まぁそう仕向けたんだけどね。ざまあみろと言いたいところだが、その結果逆上した彼に宮廷が壊滅させられたんだから、俺もやり過ぎたってことなんだろうな。
「はい。実際は、アレでも竜騎士でしたので、閑職に回しただけだったようですが」
なるほど、やはり竜騎士は特殊な立ち位置なのだろうか。
「しかし話を聞く限り、謝罪に来るべきはグラスヴァーの支部長ではないだろうか」
聞いた感じ、ほぼそいつのやらかしだろう。あんな馬鹿を使節として行かせた上、それで自分が恥をかいたからと閑職に回す。派閥の長らしき前ギルドマスターは、そのとばっちりで降ろされたようなものだろう。
「はい、おっしゃる通りなのですが……現在、そのグラスヴァーの支部長は本件の責任を追及する裁判を受けておりまして。また、謝罪の為とはいえ冒険者組合としての肩書をグラスヴァーに与えることに多くの都市が反対し……そして何より、我々も対立派閥の不祥事だからと竜騎士が逃亡するまで静観しておりましたので、このような事態になった以上、我々も責任を負うべきと思い、こちらに伺わせていただいた次第にございます」
なるほど……竜騎士が宮廷を襲撃した件、北方大陸ではこちらの想像以上に重く受け止められているのか。これは好都合かもしれないな。
「そういう事であれば卿が代表して謝罪するのも理解できる。その謝罪は、ひとまず受け入れよう。解決まで至るかはこの後次第だが」
「お聞きいただけただけでも格別、寛大な処置かと思います。全冒険者を代表して心より感謝申し上げます」
しかし、今聞いた話だけでの判断になってしまうが、東党はこの件、自分たちは知らぬ存ぜぬでも通せそうなのに、随分と下手に出てきているな。
「しかし余は、あまりに卿らについて無知だ。まずは相互理解のために、質問をしていいだろうか」
「何卒、お聞きください」
まず東党と西党、それぞれの主張と考え方について。
これまで主流派だった西党は、北方大陸の富を極力独占しようという考え方。その為、彼らはヒスマッフェ王国との関係も、対立はしていないが友好でもない……といった距離感らしい。ちなみに、ヒスマッフェ王国は冒険者組合以外で、唯一北方大陸に都市を持っている。ナルトゥタルバという都市が、ヒスマッフェ領らしい。
とはいえ、別に西党が全員金に汚いという訳ではなく、彼らは冒険者であることを第一とした考え方のようだ。北方大陸で狩猟したり素材を採取して生計を立てる以上、冒険者のみで資源を独占できた方が、当然高値で売れる可能性は高い。つまり、彼らは保守派と言い換えてもいかもしれない。
その為、そもそも外交自体、あまり積極的ではなかったようだ。
一方、現政権の東党は開国派……あるいは改革派と言い表せるかもしれない。国際社会での孤立を危惧し、より積極的な外交を展開していくべきだとの主張のようだ。こちらは、ヒスマッフェ王国とも極めて友好的な関係だそうだ。
こちらの考え方は、国家としての在り方を第一とする考え方と言えるかもしれない。そういう意味では、本来は冒険者の組織に過ぎない冒険者組合の考え方としては、彼らの方が異質とも言える。
「つまり、冒険者としての立場から考える西党と、『北方大陸人』としての立場から考える東党か」
「えぇ……その表現は言い得て妙です。我々は北方大陸人として、国際社会での孤立を防ごうと考えております」
そんな、これから国際社会に出ていこうというタイミングで、帝国との間に大事件が起こったのだ。それはもう、血相変えて飛んでくるのも理解できる。
それにしても……敵対派閥に関して一方的に悪口を吹き込むわけではないというのが、個人的には好印象だ。やはり冒険者はあくまで冒険者。魔物を狩ることを生業とする人たちだからか、派閥争いに熱心にはならないのかもしれない。
実際、意見の対立で血が流れるようなことはほとんどないらしい。イメージとしては、冒険者はもう少し荒くれ者な感じを想像していたから意外ではある。貴族社会の陰湿な政争の方が血は流れるぞ……まぁ、俺が実権を握ってからは、戦争続きで派閥争いをする余裕もないんだが。
「こちらの国々と比べて随分と理性的なのだな」
「いえ、そのようなことは。単純に我らが極寒の世界では、人間同士で争う余裕はないというだけの話です」
「ほう、それほどか」
彼の説明によると、北方大陸はそのほとんどが一年中雪に覆われた世界らしい。入植地である都市国家は大陸の南側にしかなく、北側は未開とのことだ。そしてそういった人里離れた地が多いからこそ、未だに巨大な魔獣が多く生息しているという訳だ。
あとそうそう、黄金羊商会も北方大陸に顔は出しているらしい。そして彼らとの交易も受け入れるのが開国派の『東党』、彼らを警戒し締め出そうとするのが保守派の『西党』だそうだ。やはり連中は、どこへ行っても議論を巻き起こす存在らしい。
さらに「これはお詫びの一つです」と北方大陸の大まかな地図まで提供された。流石に気前が良すぎる気もするが……まぁ、現実問題として、東方大陸の国家が北方大陸に攻め込むなんてことは現実的ではない。彼らとしては、これくらいの情報は渡して問題ないらしい。
「随分と小さいな」
大陸という割には思った以上に小さいな。帝国の方で所有している世界地図に書かれた北方大陸よりもはるかに……いや、そうか。帝国のはいわゆるメルカトル図法で描いているのか。高緯度地域が実際より大きく描かれてしまうせいで、実際よりも北方大陸は広いと勘違いしてしまうのか。
「この地図も正確ではないのですが……魔獣が生息する環境下での測量は困難でして、特に北側の凍土につきましては推測の域を出ません」
それでも、現地から提供された地図というのはありがたい。
「有難く受け取るとしよう。それで……」
他にも、色々と気になっていた話を聞いていく。冒険者という存在が、どういう生活をしているのかとかな。
話を聞く限り、冒険者の生活はイメージ通りだ。受注した依頼の成功報酬や、採取した素材を売却することで金を得ている。ただ、肉体労働の仕事だからずっと続けるわけにはいかず、引退した冒険者が裏方……つまりギルド支部長などのスタッフ側に回ったり、稼いだ金を元手に商売を始めたりするらしい。
他にも、稼いだ金を持って故郷に帰る冒険者も多いようだ。一部の人間を除いて、これは自由らしい。ただ、死亡率も当然高く、引退まで生き残れる人間はそう多くないそうだ。
それでも、一攫千金を夢見て北方大陸に渡る人間は後を絶たない。故郷に帰ることを許可してるのって、こうやって新規の人間を呼び込む効果を期待してのことだろうな。
ちなみに、このマティアス・フルティエは北方大陸生まれらしいが、ルーツは帝国にあるという。祖父が帝国生まれだったようだ。今回、使者としてきたのはそれも理由かもしれない。
そして意外なことに、帝国にルーツを持つ人間は多いらしい。ブングダルト語の話者も普通にいるようだ。だからこそ、帝国との関係が断絶しかねない今回の事態には批判も強かったらしい。
……思ったよりも親帝国的というか、友好的な関係が築けそうだ。
「しかし意外だな。それほど帝国に所縁ある者がいるとは」
「当時の帝国は……色々とあったようで、集団で北方大陸に移り住んだ者も多かったようです」
彼の祖父世代……俺の祖父よりちょっと上……六代皇帝の時代じゃねぇか。
なるほど、またあの本物のせいか。彼が言葉を濁すのも仕方がないな。
それと、『全都市委任外交官』についても軽く説明があった。国家の観点から見ると、北方大陸はあくまで独立した都市国家が同盟を結んでいる状態だ。ただ、その各都市国家のトップが冒険者、運営も冒険者で、そして冒険者全員が所属しているのが冒険者組合という形なのだ。
つまり、実質的には冒険者組合の統治下にあっても、建前上では違うということになる。
「よって、外交権は各都市国家が形式上は有しております。もっとも、各都市から一々使節を送られても迷惑でしょうから、全都市の『委任』を受けた者が派遣されることが通例となっております」
それが『全都市委任外交官』か。つまり以前使者と名乗ったジークフリート・ティセリウスは、冒険者組合の使者としてではなく、グラスヴァーの使者として来ていた訳だ。ただ、冒険者だと名乗っただけで。この辺はこちらの理解不足だったのかもな。
「貴重な情報、感謝する。お陰で、こちらが貴殿らに抱いていた疑念も晴らすことができそうだ」
「陛下のご慈悲に感謝いたします」
「しかしもう一つ聞いておかねばならぬことがある……竜騎士についてだ」
そもそも、今回宮廷を襲撃したのは竜騎士だ。本来は国家機密にあたる情報かもしれないが、ちゃんと話してもらわなければ困る。
「もちろん、理解しております。何なりと」
まず、竜騎士とは人間が飼いならしているワイバーンではなく、唯一野生の中で人間に懐くリトルドラゴンに乗れる者を指す。どうもリトルドラゴンは人間に飼育された環境下だと繁殖しないらしい。
このリトルドラゴンの卵を巣からとってきて、人の手で孵化させると人間に懐くらしい。それに乗れる者が竜騎士だと。
「その人間に懐くリトルドラゴンに、パートナーとして選ばれた人間が竜騎士になる訳です」
ちなみにリトルドラゴンは、パートナーを一人しか選ばない。それと、このマティアス・フルティエもやはり竜騎士らしい。この早さで謝罪に来れたのはやはりそういうことだったか。
「しかしドラゴンの姿を見たという報告は無かったが」
「事件の直後でしたので……帝都からは少し離れたところに降りて、そこからは陸路で」
最近、帝都がドラゴンの被害を受けたばかりだからと、気をつかったらしい。
「それで……あんな奴でも竜騎士になれるのか?」
ジークフリート・ティセリウスは控えめに言って馬鹿だ。だが竜騎士ということは、ドラゴンに選ばれたという事になる。
「人から見た人の評価と、ドラゴンからみた人の評価は基準が異なります。また、個体によっても好みは大きく異なりますから……中には知能の低い人間と気が合う個体もいるでしょう」
辛辣だな……人間の方はまだしも、意外とリトルドラゴンの方にも。
「個体差か」
「はい。単調な命令しか聞けない個体から、人竜一体の妙技を披露できる個体まで様々です」
なるほど……しかしこの言い方だと、竜騎士はそれなりの数がいるのか?
「先ほど、竜騎士だから閑職に回されただけで済むと言っていたが、どのくらいいるのだろか」
「いえ、それほど多くありません。なりたいと思えばなれるものでもなく、またなりたいと思う人間もそれほど多くないので」
なりたくても竜に選ばれないとなれないっていうのは分かるが、不人気なのか? あまりそうは思えないが。
「確かに我々竜騎士は、強力な魔物から都市を守る戦力であり、また他国に対する抑止力です。ですが、冒険者として狩猟を行う際、騎竜することはまずありません。勿論、余裕が無ければ騎竜して戦いますが、我々の目的は魔獣の素材を手に入れる事です。それも、極力良い品質で手に入れたい……そのためには、狩り方も重要になってきます」
「そうか……ブレスなどで殺すと、素材が傷むという事か」
なるほどなぁ……言われてみれば確かにそうだ。同じ魔獣、同じサイズの素材があれば、より綺麗な方が高値が付くのは当たり前だ。つまり魔獣の殺し方も、なるべく綺麗に殺さなければ金にならないってことか。
純粋に魔物を狩って金を稼ぐことを生業にする冒険者としては、わざわざ竜騎士なんかならなくても良い訳だ。
「はい。ですが、戦力としては竜騎士は圧倒的です。都市の防衛能力の要、他国に対する抑止力になりますから……必然的に、我々『東党』の中では比較的志願者もおります。故郷を守る力になれるわけですから」
国としての在り方を重視する東党の人間からすれば、竜騎士は人気がある。だが、冒険者としての在り方を重視する西党では、竜騎士は不人気職……そしてジークフリート・ティセリウスは西党の竜騎士だ。あんなのでも貴重な戦力として切れなかったのだろう。
「そしてもう一つ、不人気な理由がございまして……ですがこれは、こちらからお伺いしたいことにも関わってきます。実はこれも私に課せられた仕事でして……よろしいでしょうか?」
まぁ、何となく中身は察せられる。しかしここまで話した感じ、理性的に話し合うことができる相手のようだ。だからまぁ、別にいいだろう。
「聞こう」
「元竜騎士、ジークフリート・ティセリウスは今どちらに?」
やっぱりそれだよなぁ。あの男は宮廷襲撃事件の犯人に等しい。帝国としては確保した以上、尋問して情報を吐かせた後、帝国の法に則り処刑しなければいけない存在だ。
だが彼ら冒険者組合としては国家機密もあるだろうし、是非とも回収したいところだろう。裁くにしたって自分たちのとこで裁きたいだろうし。
「確かに、アレは我々の方で逮捕した。やはり身柄を引き渡してもらうための交渉か?」
「いえ、そういう訳では」
……違う? てっきりそれが今回の本題だと思ったんだが。
「ならばこちらで好きにしていいと?」
「お任せします……と言いたいところですが、条件がございます」
やっぱり交渉が必須か。さて、どんな要求をされるんだか。まぁ、身柄を確保してるのはこっちだし、向こうは謝罪する立場だ。多少の要求は突っぱねられるだろう。
「聞こう」
「絶対に殺してください。その条件であれば、そこまでの過程はお好きになさってください。拷問による獄中死でも、処刑でも構いません。身柄も引き渡していただかなくて結構です」
……これは、流石に予想外だな。最終的に殺すなら何でもいい……ということは、それがこの男が派遣された理由なのだろう。
「もしかして、逃亡した竜騎士とドラゴンが生き残っていた場合は殺す……それが貴殿のもう一つの仕事か?」
「はい。冒険者としては、S級冒険者『殺竜騎士』と呼ばれております」
なにその異名、かっこいい。
彼の話によれば、そもそも竜騎士の人気がないもう一つの理由がこれ……自由がなくなることらしい。先ほど聞いた説明の、一部の冒険者を除いて稼いだ金を持って故郷に帰れるって話の「一部」とは、まさに竜騎士のことを指していたのだ。
その理由は簡単だ。竜騎士が他国に流出すれば、それだけで脅威になる。だからそうなる前に粛清するっていうのが、彼らの目的なのだろう。
また、もし相棒のリトルドラゴンが死んで元竜騎士になっていても、冒険者組合から抜けることは許されないらしい。
「基本的に、リトルドラゴンがパートナーに選ぶ人間は一人だけです。ですが、人間の方には制限はありません。そして騎竜が死亡したとしても、その元竜騎士には訓練で培った技能があります」
つまり、他国に渡った元竜騎士の元に、密輸入されたリトルドラゴンの卵が渡れば、他国に竜騎士が誕生してしまう可能性もあると。
「本来、いつ引退してもいい冒険者において、竜騎士だけはその自由がありません。それ故、あまり人気が無く、またどれほど失態を犯しても閑職に回すしかない訳です」
竜騎士は本当の意味での終身雇用制って訳か。というか、それだけ制限が多いとなると……。
「もしや貴殿の仕事は忙しいのでは?」
「えぇ、それなりに。今回も、生き残っていた場合は私が責任を持って殺処分する予定でした。ですので、リトルドラゴンの方を討伐していただけて、さらに竜騎士の方も捕縛していただいたとのことで、本当に助かりました。実のところ、処分で最も苦労するのは追跡でして」
確かに、空を飛べるドラゴンの追跡は苦労するだろう。だが殺すの自体は簡単だとでも言いたげなこの雰囲気……そして何より、逃亡兵の処刑という役割を冒険者組合から任せられている信用。
このマティアス・フルティエ、冒険者組合の中でも相当重要なポジションにいる。今の話的に引き抜くのは絶対に無理だが、仲良くしておいて損はないな。
「しかし良いのか? こちらの尋問で、ドラゴンや竜騎士として知られたくない情報を吐くかもしれないが」
「竜を操縦する技術は、いくら知識があっても上手くいかないかと。リトルドラゴンは特殊な上、個体差も大きいですから……我々も技術の継承には苦労しているぐらいなので」
実際、リトルドラゴンの卵を密輸入しないと、いくら知識があっても竜騎士は生まれないだろうし……未熟な状態ならこの男が殺しに来るのだろう。外交を重視するというのは、密輸されても早期に発覚すればいいという考えもありそうだ。
「そしてリトルドラゴンそのものに関する情報ですが、そもそも彼自身には、ほとんどないかと」
どうやら冒険者組合では、特殊な立場の竜騎士に対し、色々と優遇する政策を行っているようだ。その一つが給料制だし、もう一つがリトルドラゴンの管理を冒険者組合の方で全て負担するというもの。飼料代や管理費はもちろん全額冒険者組合持ち、そしてリトルドラゴンの世話も全て職員が行うという。
確かに、普通に働く者にとっては嬉しい制度だろう。だが同時に、冒険者組合への依存度を強制的に高めているとも言えるな。よく考えられている。
「ですが……厚かましい願いで恐縮なのですが、尋問の結果と内容について、我々にも共有していただけないでしょうか。今回の件は、特に逃亡後については我々からしても不明な点が多く、再発防止のためにも情報が必要なのです」
なるほど、それは確かに。同じようなことを繰り返して迷惑をかけない為……という建前では、こちらも無下にはできないな。
「しかし、本当にこちらで処刑していいんだな? その様子だと、本来は貴殿が直接情報を聞き出して処分する予定だったのでは?」
「えぇ、おっしゃる通りです。ですが我々は外交交渉を良しとする『東党』ですので……これも謝罪を受け入れていただく条件だったということにすれば、問題ありません。ただ、流石に処刑には立ち会わせていただきたい」
……なるほど、ここにきて『東党』が帝国にとって都合のいい相手だとアピールしてくるか。
「抜け目ないな……いいだろう」
帝国としても、彼らとは仲良くしたいしな。




