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5 お前そういうとこだぞ


 つまり、まだ事件は終わっていない訳だ。ドズラン侯の協力者……まぁ、簡単に捜し出せる相手ではなさそうだが。

「それで? ここまで時間をかけたんだ。それで終わり……という訳ではないのだろう」

「はい。過去の資料を遡り、六代皇帝以前に近衛の高官だった貴族の中で、現在も残っている貴族家をまとめておきました」

 ……高位貴族だとニュンバル侯やマルドルサ侯、さらにヌンメヒト女伯の名前もある。下級貴族になると何ページも続いているな。

「多すぎる……だが直系ではなく、傍系に伝わっていた可能性まで考慮すると、こうなるのか」

「はい……ですが傾向として、元皇族(ガーデ)の家系でなく、かつロタール・ブングダルト系の貴族に多いです」

「しかも現在は帝国貴族でないところもあるな」

 ロコート王国領になっていた領地の貴族の名前もある。この中からドズラン侯の協力者を特定するのは無理があるだろう。


「なるほど……この情報から特定するのは無理だな」

「はい。ですが、いるかもしれないという情報は重要です」

 まぁそうだな。今回ドズラン侯を殺せたことで、全て解決した……と油断していたら、今度こそ殺されるかもしれないからな。

 ……結局、国内の貴族も完全に信用できない訳だが、それは今に始まったことではないしな。

「他にドズラン侯の協力者を捜し出す手掛かりは残っているか」

「現在ヴァレンリール殿に預けている、人形です」

 例の自動人形(オートマトン)か……人間のように振舞い、人間にしか見えない人形だ。どう見ても今の技術で作れるものじゃないし、古代文明の遺物……オーパーツだろう。


「つまり、アレは元々ドズラン侯の持ち物ではなかった可能性が高いと?」

「そちらについては、例の竜騎士への尋問から得た情報での推測になりますが……あの人形は、ドズラン侯に『協力者』から派遣された傭兵であること、それからその主はドズラン侯自身も知らなそうだったということです」

 襲撃の際、一頭のドラゴンによって制空権を取られたのが、俺たちが苦戦することになった理由の一つである。だがそのドラゴンは討伐され、その背に乗っていた竜騎士は捕虜として生かして捕らえることに成功していたのだ。


「その『協力者』が同一人物かは不明ですが……可能性は十分にあるかと」

「結局はヴァレンリールの解析次第か」

 問題はあの女がやる気を出すかどうかだ。明らかに気分屋だからなぁ。

「尋問の方は、なるべく手荒な真似は控えてくれ。まだ北方大陸の出方を窺いたい」

 竜騎士は冒険者にしかいないと言われていて、そして冒険者は北方大陸にしかいない。

 つまり……低いとは思うが、今回のドズラン侯の襲撃に冒険者組合が協力している可能性もある。向こうがさらに関係を悪化させるつもりで、その間にこちらが捕虜に拷問とかしていたら、向こうに都合のいい理由を与えることになる。


 向こうがどういうつもりなのか分からない以上、様子見をしたいって訳だ。

 だがまぁ、もし北方大陸が今までは帝国に干渉しようとしていて、しかし今回の件が失敗したことで方針転換……とか考えているなら、その流れに素直に乗ってやるつもりだ。

 別に断交されたら詰むって訳ではないが、帝国としては敵対する理由もないんだよね。禁輸されるくらいなら全然水に流してもいい。


「承知しております」

「……もしやってしまった場合は早めに報告してくれ」

 外国人じゃなかったら大逆罪で即処刑だからね。それに、帝国の為に必要なら、拷問するよう指示することもある。それを命じる覚悟はできている。まぁこの竜騎士については、不思議と心が痛まないのだが。

 ……最悪、殺してしまって知らぬ存ぜぬでもいいだろう。



 さて……これでこの話はようやく一段落ついた。そこで俺はもう一つ、宮中伯に聞いておきたいことを訊ねる。

「それとこんなことは宮中伯に言いたくないのだが……密偵の能力、下がってはいないだろうか」

 今回のドズラン侯の襲撃も含め、後手に回ることが多すぎる気がする。もっとも、それは俺も同じようなものなんだが。

「個々の技能は、この数年は変わっておりません。ですが、数が不足気味なのは事実です」

「この数年はってことは、それ以前と比べると下がったのか? あと、不足している理由は?」

 レベルが下がったように見えるのは、皇帝の近くにいる密偵が上澄みというか、優秀な者ばかりで、最下層の密偵はもともとそこまでレベルが高くなかった……ってこともあり得るか。


「不足の理由は、天届山脈以東に諜報網を延ばしているからです。距離が延びると、自然と必要な中継役も増えますので」

 なるほど……それもまぁ、考えてみれば当たり前か。皇国にいる密偵が直接帝国まで情報を持ってくるわけではない。潜入する者と、そこから得た情報をリレーのように次の担当者に伝えていく役があるのだろう。伝令の知らせより密偵の方が早く情報掴んでいることが多いのって、この差かもな。

 ……少し酷使しすぎたな。皇国侵攻に向けて本当は天届山脈以東の情報は削りたくはないのだが……背に腹は代えられないか。

「では皇国以外の国家に対する諜報網は縮小。皇国に対する諜報網も少しは規模を減らしていい」

 こればっかりは仕方がない。まだドズラン侯のように俺を狙っている貴族がいるかもしれない状況で、しかし次はもう魔法で解決できないからな。国内の防諜を最優先にするべきだろう。

「かしこまりました」


 さて……密偵はこれでしばらく様子見か。これで国内の密偵が増えれば多少は……いや、そもそも秘密主義な宮中伯だ。本当にこれだけだろうか。何か他にも隠してることがあるかもしれない。

「で……他にも、余に言っておくべきことがあるんじゃないのか?」

 まぁそう簡単にボロは出さないだろうと思いつつも、冗談半分でかまをかけてみた。

 すると意外にも、宮中伯はあっさりとそれに答えた。

「では一名、陛下に紹介したい者がおります」


***


 一度退出した宮中伯が、それからしばらくして連れてきたのは一人の少女だった。

 ……そう、少女だったのだ。これは嫌な予感がする。最近はあのエタエク伯やヴァレンリール、イルミーノとヤバいのばっか集ってくるんだ。間違いなくこの少女も普通じゃない。

「その者が紹介したい者か」

「はい。以前、『封魔結界』内での護衛であれば私以上に適任がいるとお話ししたこと、覚えておりますか」

 あー……そういえば春先にそんなことも言ってたな。確か、その時から宮中の護衛についていたのか。

「今回の事件でも?」

「はい。陛下にとっては妃さま方の安全が最優先かと思い、そちらの護衛につけていました」

 まぁ女性だし、ロザリアたちの近くに配属するのも普通だな。


「しかし普段、密偵個人をわざわざ紹介しない卿がこうして連れてきたのだ。事情があるのだろう」

 明らかに訳アリだ。外套のフードとマスクのせいで目元しか見えないが、一見すると普通の密偵にしか見えない。まぁ、話によると封魔結界内の技量……つまり魔法以外のスペックだから、武術系の才能がゼロの俺には凄さが分からな……あれ、その割には華奢すぎないか?

 エタエク伯みたいに、魔法を使うから男以上の戦力を発揮するなら分かる。だがこの少女はそうではない。

 ……しかもこの目元、どっかで見た気がする。



「この者の父親についてですが」

 宮中伯はそう言って、いきなり少女の身の上から語り始めた。

「彼女の存在は発覚すれば非常に都合が悪かったようで、半ば監禁されておりました。しかし一方、何かに使えるかもしれないと考えたようで……暗殺、隠密、さらに毒への慣らしなど、常人には過酷な訓練を施されておりました。どうも、自分だけの密偵として使おうとしていたようです」

 なるほど、隠し子か。そして表に出せない子供に、裏の仕事を……ね。まぁ、やってることはゴミだが、意図は分かる。

「帝国の密偵との関係は?」

 問題はその技術がどこ由来なのかだ。抜け忍ならぬ、抜け密偵がこの少女を育てていたら大問題だ。


「我々も疑いましたが、その可能性は低いかと。過酷さで言えば、一般的な『守り人』レベルの訓練を受けていたようですが、その内容はあまりに非効率的で合理性がありませんでした」

 密偵を育てるノウハウがあれば、やらないような訓練内容だった。だから帝国の密偵に限らず、そういった道のプロではない素人による訓練だった可能性が高い……か。

「実際、彼女の技術は密偵としてはあまりに稚拙です。特に隠密能力は平均以下かと。ただ、毒への耐性は私と同等です。また戦闘面に関しましては、潜在能力と素質は私以上です。しかし間違った教育を受けていたため、技術は全く無く……。現段階では到底、密偵の戦い方とは呼べません」

 宮中伯には珍しい饒舌ぶりだ。というか、なるほど。「護衛向き」って、フィジカルのスペックは高いけど密偵の技術は伴っていないからってことか。それなら密偵としてより、近衛として雇った方が向いてそうだけど。


 さて、ここまで引っ張られると、逆に聞くのが怖くなってきた。

「で、その父親ってのは誰なんだ?」

 隠し子に虐待紛いの訓練を施すとか、碌な親ではない。そんな碌でもないヤツ、知っている限りでは……。

「前真聖大導者、ゲオルグ五世です」

 ……本当に碌でもない奴だった。



 あまりに唐突で、いきなりの情報に、俺は思わず頭を抱える。

「マジで?」

 思わず素が出てしまい、俺は急いで誤魔化す。

「あー……真聖大導者が隠し子って、良いのか?」

「存命中に発覚していれば、すぐにでもその座から降ろされていたでしょうな」

 ですよねー。というかそんな重要人物、何で今まで黙ってたんだよ。事後報告が過ぎるだろう。

 真聖大導者は聖一教西方派の指導者の立場だ。現在は空位だが、もうすぐ埋まることになるこの役職は、俺が傀儡だった頃ゲオルグ五世という人間がその座についていた。兄である宰相の権力も利用し私腹を肥やしていた彼は、西方派内部の人間からも嫌われており、宰相粛清後はあっけなく火刑に処された。


「余は父親の仇のようなものだが、それについては?」

「アレは西方派内部で処刑が決まりましたし、仇ではないかと。その上、本人もゲオルグ五世に忠誠心などはありません」

 まぁ、既にロザリアの近くに置いていたってことは、よほど彼女が裏切らないという自信があるのだろう。それでも、これは事後報告が過ぎる。

「拾った時に相談しろよ」

「色々と確認に手間取りました。そもそも彼女は父親の役職も名前も知らなかったのですから」

 まぁ、ゲオルグ五世もこれだけヤバい秘密は本気で隠すだろうし、時間がかかるのも分かるが……。

「それでもだ……なんでその時に一言言わなかった」

「場合によってはこちらで処分するつもりでしたので」


 あまりに物騒な言い方に、俺は思わず少女の顔を見る。だが彼女は動揺していない……本人も納得した上なのだろうか。

「次からはもっと早い段階で報告しろ……それで? 生かすだけに留まらず密偵として取り立てるという事は、それだけ期待しているのか」

 俺なりにフォローを入れたつもりだったが、宮中伯はそんなこと意にも介さずに、あっけらかんと答える。

「いえ……この者を密偵としたのは()()()です。当初の目的は保護し、その出生を隠すことでした……外せ」


 そう言った宮中伯の言葉で、少女はフードとマスクを外す。すると、なんとそこにあったのは、俺たちとは異なる耳……ケモミミだった。

「恐らく母親は密輸入された獣人奴隷かと」



 ……が、がいこうもんだいぃ。

「発見した際は、外交問題になる可能性があったので我々の方で一時的に保護するだけの予定でしたが……父親が判明して以来、いよいよ表に出せなくなりました」

「……南方大陸から中央大陸へ渡る奴隷は、好待遇が約束された軍人奴隷では?」

 黄金羊商会が行っている、東方大陸・中央大陸・南方大陸の三角貿易の一角。彼らの富の源泉でもある。

 そして南方大陸から中央大陸に渡る獣人の奴隷は、一般的な奴隷とは比べ物にならないほどの好待遇を約束され、貴重な戦力として重宝されている。少なくとも、こんな扱いはされていないだろう。


「えぇ。そして調査したところ、彼女の母親は口封じに殺されています」

 あの黄金羊商会すら、おそらく南方大陸にはかなりの配慮をしている。金が大好きなはずの商会なのに、東方大陸には一切獣人奴隷を供給していないのがその証拠だ。あいつらなら、嬉々として売り込んできそうなのに。

 元々、奴隷を買う文化がそれほど盛んではないとはいえ、ここまで徹底しているとなると、それが南方大陸の意思だと察することができる。

 そして南方大陸の獣人国家は、黄金羊商会とは関わりあるが、帝国とは関わりがない。

 さらにこれをやらかしたゲオルグ五世は、敵対していたとはいえ俺の親族(ガーデ)だ。

「……国交のない彼らに、事情が正確に伝わるとも思えない。大事にならない可能性もあるが、その逆もまた然りだ」

「えぇ。しかし西方派や語り部の手に渡れば、ゲオルグ五世を断罪する証拠として表に出されそうだったので。いっそ『無かった』ことにしようかとも思いましたが……密偵になることを条件に生かすことにしました」

 ……なるほど。俺に長らく報告しなかったのは、場合によっては独断で殺してしまうつもりだったからか。確かに、西方派の手に渡れば、今行われている真聖大指導者を決める選挙に利用されるだろうな。そうなれば結果的に南方大陸にバレるかもしれない。リスクの観点からしても、その出生を知る人間は少ない方が良い。


「……本当に密偵として大丈夫なんだな?」

 確かに表には出せない存在だが、じゃあ密偵として裏で使えばいい……とはならないだろ普通。いや、下手に自由にするより、密偵として宮中伯の監視下にあった方が安心できるっていうのは分かるけどさ!

「しっかりと陛下とゲオルグ五世が敵であったことを理解しております。そして自分が生かされているだけ幸運であることも理解できています」

「……頼むぞ、本当に」

 帝国そのものを憎んでいて、後で復讐に動き出すとかやめてくれよ、マジで。結局のところ、この少女が何を考えているかとか、密偵になることを受け入れているのかとか、俺には全く分からないから本当に怖い。

「問題ありません。他の密偵同様、もしもの際は責任を持って処分いたします……陛下にご挨拶を」

「『吉兆』と名付けていただきました。よろしくお願いいたします」

 気づかぬうちに地雷をまた一つ抱えることになった……いや確かに、その生まれだけで殺してしまうのはかわいそうだから仕方ないけどさぁ。



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