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げに恐ろしきは神か人か



 聖一教。それはこの大陸にあるほとんどの国家が『国教』に定める宗教だ。いわゆる一神教で、授聖者アインが残した『神の教え』を守ることを義務としている。これは『大原則』と呼ばれるもので、宗教学の講師から最初に教えられたことだった。

 唯一意味のある授業内容だったとも言える。


 それ以降の宗教学の授業で教えられたのは「西方派が正しく、異端を認めてはならない」という主張ばかりで、具体的にどんな異端(他宗派)があるのか、どんな教義の違いがあるのかは教えられてこなかった。『大原則』以外の教えもだ。


 だから俺は、この分野での知識に飢えていた。それがいけなかったのだろう。



***



 それはフレデリック・ルナン男爵に聖一語を教えてもらっている時のことだった。俺はいつも通り文章を読んで、分からない単語を質問していた。


「ルナン男爵、この『球界』とは何じゃ」

「それは『球状世界』の略です、陛下。聖典にもよく見られる言葉ですが……まさか、ご存じでないのですか」

 俺のピンと来ない反応を見て、男爵は驚きの声をあげた。だが実際に聞いたこともない単語だ。俺は思い切ってティモナに話を振ってみる。

「知らぬ。のう、ティモナよ」

「は、はい。教えられていません、父上」

 父親の前では安心感からか素直な反応ができるらしい。てかまともにしゃべったの初めてかもしれない。声も可愛い系だ……まだ声変わり来てないし、当たり前か。


「なるほど……」

 男爵は目を瞑り深く考え込むと、まるで覚悟を決めたかのような表情で顔を上げた。

「これは陛下が知っておくべきことでしょう。では、本日は聖一教についてお教えいたします」



「そもそも聖典とは、授聖者アインが『召天』した後、弟子たちによってまとめられた、授聖者アインの『御言葉』をまとめたものです。その中で彼のお方は『世界は球状である』と説かれました」

 ……マジで? それは……すごいな。重力とか自転とか、既に理解しているのか、この世界は。

「驚かれるのも無理はありません。そうですね、分かりやすいエピソードとしては……陛下、『海』と『船』はご存じですか」

「うむ。見たことは無いが分かるぞ」

 このくらいは知っていてもおかしくないだろう。


「授聖者アインは信者たちと共に船に乗り、神のお告げ通り東へと出港しました。授聖者アインが正しき教えを伝えるまでは、世界は平らで海の先には『無』があると考えられていました。しばらく航海を続けた後、やはり不安げな信者たちに向け、授聖者アインはこう言いました。『後ろを見よ。既に古き大陸は見えない。これは世界が球であるからだ』と」

 いわゆる水平線の話か。そういえば古代ギリシャにも似たような話があったな。当時の学者たちの間では、むしろ地球球体説が当たり前になっていたとか。

「さらにこう続けます『我らが落ちないのは、全て神の御力によるものである。故に正しき信仰を守る限り、我らが落ちることは無い』と」


 ……なるほど。つまり実際の現象を受け入れたうえで、その理由を神に求めたか。やっぱり世界が替わると宗教もまるで違うんだな。


「さて、聖一教にはいくつか宗派があります。このうちの一つが、この大陸に元々あった『終末思想』と結びつきました。これが『継承派』と『聖皇派』です。……もしやこれも?」

 終末思想は前世にもあった……と思う。詳しくないからよく知らないが。


「西方派以外の宗派はそもそも教えられておらぬ」

「わかりました。では聖一教の歴史を交えながら、宗派の違いについてお教えいたします」



 聖一教はアインが天に召された後、早い段階で三つに分裂した。それが『聖皇派』『継承派』『守教派』である。

 そもそも聖一教は、はじめ『天届山脈』以東で広まった宗教だ。この天届山脈は大陸のほぼ中央にある南北に伸びる険しい山脈で、ここ帝都からでもはっきりと見える。


 この山脈以西にある大国が帝国だとしたら、以東にある大国が『皇国』である。そして『聖皇派』はこの皇国が国教とする宗派で、皇国を「アインが認めた聖なる国」とした上で、最初に国教として保護された宗派だ。特徴としては、世界が終わる日、皇国のみは「選ばれた地」として保護されるという思想がある。

 皇国は「祈りの場」として教会などを国家事業として整備したため、聖一教信者は一気に増えた。だが古参の信者たちの中には、この流れから分離する者たちが現れた。それが『継承派』と『守教派』。

 

 『継承派』は「選ばれた地」はアインが最初に上陸した地点だとする考え。対して『守教派』は「そもそも神の教えに『終末』なんてなかったし、教会で祈れなんて言われてない」とする宗派だ。


 これに関しては論争が続いているらしい。要は「どこまでが『神の教え』でどこからが『アインが考えた規則・思想』か」で対立したと。


 まぁ、そもそも「神」が実在するかどうかも怪しいけど……なんて言うと火刑に処されそうだから言わないが。

 

 さて、聖一教だがこの後さらに宗派が分かれる。

 分裂した『守教派』の穏健派と『聖皇派』の改革派がくっつき、天届山脈以東の「皇国と敵対する国々」で国教化したのが『正聖派』。

 『継承派』の中でも原理主義者が分離したのが『回帰派』。


 そして問題の、この国で信仰されている『西方派』について。


 初めロタール帝国は『継承派』を受け入れ、国教とした。だが継承派が『聖地』に定める、アインたちが最初に上陸した地点は、ロタール帝国の属国の土地であった。武力による聖地奪還を目指す継承派と平和的解決を望む帝国は決裂。

 帝国は『西方派』を新たに立ち上げた。


 ……あれ、もしかして国家の都合で勝手に作っちゃったってこと?


 ちなみに『西方派』は他の『聖一教』から異端として批判されているらしい。

 ……そりゃ教えてもらえんわな。てか、こんなこと教えて大丈夫なのか、この人。


「陛下、私は『西方派』はこの地の風習を尊重し、より良く発展してきたと考えます。その特徴は融和です。決して、異民族を従えるための武器にしてはなりませぬ」

 あ、ダメだこの人。なんか、覚悟した表情している。



 つまり、男爵も分かっているんだ。これが「教えてはいけない事(タブー)」だと。


「面白い授業じゃった。気に入った。また余の知らないことを教えてくれ」


 監視している宰相派・摂政派双方の人間が、今にも男爵を取り押さえるんじゃないかと冷や冷やしながら、俺はそう労いの言葉をかけた。


 ところがその場では、特に動きは無かった。このくらいなら見逃されるのかと、俺はホッとした。




 だが三日後、ティモナ・ルナンが消えた。「領地に戻った」と説明された。

 そして翌週、フレデリック・ルナン男爵は授業に現れなかった。そこで俺はようやく「男爵が異端審問にかけられている」ことを知った。



***



 時は遡って、ティモナ・ルナンが消えた日。


 俺はこの時点で、おおよその察しがついていた。西方派の最高位に当たる『真聖大導者』ゲオルグ五世……宰相の弟が動いたのだ。間違いなく、男爵は捕らえられているし、ティモナ・ルナンも良くて軟禁、最悪獄中にいる。



 夜、俺は寝ずの番を魔法で眠らせると、屋根裏に向けて手招きする。

 詳しい事情を知る為にも、ヴォデッド宮中伯のところへ行かなければならない。だが俺は、今彼がどこにいるか知らない。

 屋根裏にいる監視人を、案内役にしようと思ったのだ。


 だが屋根裏の人間はなかなか降りてこない。


 イライラしてきた俺は、全力で熱エネルギーを練り、収縮させる。


 やがて圧力に耐えきれず、魔力が光を発し始めた頃、その()はようやく降りてきた。どうやら男のようだ。


「遅い」

 自分でも驚くくらい、低い声が出た。


 それでも尚、男は声を発さず頭を下げるだけだった。


「ヴォデッド宮中伯の所まで案内しろ」

 俺がそう言うと、ようやく男は「お考え直し下さい」と顔を伏せたまま声を発した。


「十分に考えた上で言っている。さっさとしろ」

 魔力が身体から漏れ出ているのが、自分でも分かる。たぶん俺は、焦っている。

 だが同時に、冷静な思考も並列している。場合によっては、あの親子を助けられるはずだ。


「お前に許された選択肢は、ここで俺に殺されるか、素直に案内するかだ。言っておくが、貴様らが俺に殺気を向けたことがある事、忘れてはいないからな」


 男はそれから、ひねり出すような声で「ご案内します」と言った。


 ……余計な手間かけさせやがって。



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― 新着の感想 ―
[一言] 親父さんの方は確かに立派な人で恩も感じるだろうけど 息子の方は同情出来る部分はあるにせよ、ほぼ常時殺気を向けてくるだけで、今回の授業の時に始めて声を聞いたってくらいに親交なんて全く無いのに主…
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